朝寝坊弁慶のささやかな交湯録 -7ページ目

朝寝坊弁慶のささやかな交湯録

朝寝坊弁慶の由来は、朝寝坊して昼過ぎからのこのこと温泉に出かけていく習性に由来しております。

弁慶はなにかといえば、語呂合わせみたいなものです。

興味の幅がありすぎて、まとまりがありません。最近は京都に住んでいます。気持ち的にはです。

話は相当戻ります。それは宇佐神宮に行ったあとのこと(爆)。


別府に到着して最初に訪れたのは



浜田温泉


新たに建築された鉄筋コンクリートの建物。



なんと一番風呂ゲット。ナトリウムー塩化物泉、適温の湯船でした。


浜田温泉の歴史は古く、亀川温泉のシンボル的な温泉だったそうです。



こちらが旧浜田温泉で昭和10年に建築された建物で、現在は浜田温泉資料館として、歴史的な資料が見学できます。


地域住民の反対運動により取り壊しを免れたとのこと。



別府らしい半地下の浴室です。右側には脱衣する場所と着衣を置く棚。



こちらは蒸し風呂。今の施設にはないのが残念。



これは天井から灯を取り込む穴です。上部に硝子が嵌め込まれています。



昔の写真もいっぱい掲示されておりました。



左から2番目は日産パトロール(サファリ)の二代目だと思われます。だから1960年代かな。



上総堀りの仕組み。上総と名がついているのは、千葉県君津市で考案された技術で、少人数で掘削できる特徴があるそうです。



さて、この日の宿は加賀屋さん。館内には3つの浴室があり、外来も受け付けておりますが、宿泊者も外来も貸切での利用となりますので、予約が必要。



到着して最初に入ったのはヒノキ風呂。



翌朝は岩風呂。共に別府温泉。


ナトリウム・マグネシウムー炭酸水素塩・塩化物温泉


泉温は52℃だというけれど、浴槽は適温。



なんだか高級旅館だったことを思わせます。



さて、夜なんですが、


ファンクオールライトジャズカフェバー


竹瓦温泉の裏にあります。



別府の老舗のジャズバーです。


ね。

この日の最大の目的地は山鹿である。



山鹿の八千代座



明治43年(1910)に建設された芝居小屋・八千代座は開業以来様々な興行を行い、山鹿に賑わいをもたらした。地元の有志が一株三十円を出し合って合計二万数千円。当時としては相当な金額でした。山鹿は豊前街道の要所であったので、裕福な商人が多かったのです。


しかし昭和には映画館になり、テレビの普及により客足が減り閉館。小屋は荒れ果て、屋根には穴があき床は抜けた。不要といわれた八千代座を救うために立ち上がったのが、何事も事なかれで過ごす公僕どもではなく、この八千代座と共に育った老人たちと、永六輔の講演でその価値に気がついた青年部のメンバーでした。



平成になり重要文化財に指定され、平成13年、当時の姿を再現復興された八千代座。



この枡席に当時は8人座ったのだとか。今は4人で運用されている。



正面は上座の桟敷席。役者が花道で目一杯な演技をするのは、正面に上座があるから。



奈落も見学できる。



ドイツ製の回転舞台の装置。もちろん回すのは人力。



そしてやはり人力であげる、すっぽん



上演される芝居の内容を検閲する臨検席は時代を感じさせますね。



舞台の袖にある影拍子の席



花道。このように舞台の進行を見てタイミングよく登場するのだろうね。



てけつ。てけつ=チケット。つまり券売所。


視覚的に美しいし、保存されている歴史も素晴らしい。



そして、こちらは山鹿灯籠民芸館。セットで観ると少し安くなる。


旧安田銀行山鹿支店の建物なので、内部には重厚な金庫が現存しております。



山鹿灯籠というものは、和紙と糊だけで作られているので非常に軽い。これを頭に載せて踊るのが、山鹿灯籠踊り。


8月の山鹿灯籠まつりで夜通し踊られます。山鹿灯籠まつりの期限は、第12代景行天皇が山鹿に巡幸された時に山鹿の人々が松明を掲げてお迎えしたことが起源といいます。



この石門は金剛乗寺の石門で、1804年の作られた物。



こちらは山門です。


金剛乗寺は、空海によって開山された由緒ある寺院で、かつては西の高野山とまで呼ばれた寺院でした。一度衰退してしまってのですが、山鹿の温泉が枯れてしまった時に祈願によって復活させた、宥明法印が再興しました。



宥明法印が遷化された時に紙細工職人の名人、山口兵衛が数百の神灯籠を作り霊前に捧げたことが、山鹿灯籠の起こりとも言われています。


2つの出来事が融合して、現在の山鹿灯籠まつりとなったのでしょう。


ね。

次に向かったのは



荒立神社


芸能上達の神社で、有名人も数多く訪れているのだとか。


この地は瓊瓊杵命が降臨される途中で案内をした猿田彦命と天鈿女命が結婚して住んだと伝わる場所だそうです。



茅の輪くぐりがあったので、左右左と回らさせて頂きました。



この板木を7回打つと願いが叶うのだそうです。



いくつもあるので、そこらかしこから「カン、カン、カン・・・」と板を打つ音が聞こえてまいります。


そして、右奥にある石塔には「相川七瀬夫婦植樹」と掘られております。



こちらの板にはハートのマークがあるので、縁結びですな。それぞれの板木には御利益が割り振られております。



干支の板木もあるので、それはそれは何箇所にもあるのでございますよ。写真はアンミカかな。


そんなこんなで某芸妓さんの芸を祈り、縁を祈り(爆)。なかなか先客いて空いてないんでね😓。


いよいよ高千穂を後にいたしましたが、往路で気になった神社があったので、お立ち寄り。




草部吉見神社


「日本三大下り下り宮」と看板があったので、それが気になったわけで、



はい、下り宮でございます。



御祭神は神武天皇の第一皇子、日子八井命ほか12柱。



拝殿と本殿



境内には塩井社という摂社の鳥居があり、そこから階段を降りていくと



吉ノ池という池と、不老長寿の湧水がありました。飲むとたいへん美味しいのですが、はたして不老長寿になったのからどうかはわかりませぬ。


先を急ぎますが、2時を回り少し空腹を覚えてきたので、



道の駅 旭志に立ち寄り、そこの食彩館で



旭志牛のハンバーグサイコロステーキセットを頂きました。旭志牛とは、父に黒毛和牛、母にホルスタインを持つご当地ブランド牛とのこと。


ね。

やばいなあ。最近、気力ってもんが足らない。すぐに売り切れになる(爆)。


さて、今更ですが、高千穂峡をあとにし、昨夜、神楽を観た高千穂神社へ戻りました。



本殿


高千穂神社は高千穂郷八十八社の総社で、御祭神は高千穂皇神、瓊瓊杵尊、木花咲耶姫命、彦火火出見尊、豊玉姫命など。



こちらは昨夜、中に入った神楽殿



御祭神の三毛入野命が霜宮鬼八荒神を退治した様子と伝わる像。



パワースポット、高千穂宮の鎮石は、十一代垂仁天皇が勅命により伊勢神宮と高千穂宮が創建された時に使われたと伝わる。



この巨木は畠山重忠が手植えしたと伝わる秩父杉。なんだか身近に感じるなあ(爆)。



パワースポット、夫婦杉。夫婦で手を繋いで3回まわると良いらしい。



摂社 四皇子社


四皇子ヶ峰という峰は、五瀬命、稲飯命、三毛入野命、神日本余彦命(神武天皇)の兄弟の誕生の地であり、その神々が祀られている。


御朱印を頂きに行ったら「槵觸神社の御朱印もこちらで書きますが参られますか」と聞かれたので、頂くことにした。字が難しいのでコピペ笑。




槵觸神社の立派な鳥居



槵觸神社の石段



槵觸神社の御祭神は瓊瓊杵命



拝殿と本殿。


前出の四皇子峰や高天原などが近くにあり散策コースが整備されているのですが、もうそこまでは歩きたくないので(爆)


しかしながら、せっかくなので、もう少し神社を回っちゃいます。


ね。






高千穂峡に行きました。第1・第2は満車と看板が出ていたので、第3から入りました。



全容を一応確認して階段、そして舗装道路を降りますが、この舗装道路は第2駐車場からの退出路なのでした。第2駐車場を出口から入って入口を抜けるとその先に橋があって、そこから遊歩道へと入ります。



登り返すのきついだろうなぁと辿り着いた河原の遊歩道の橋からまずは眺めて、ふーんと思う。



そこからしばらく歩いて、なんとなく良さそうな場所が見えてきて



振り返るとこんなふうに柱状節理。



鬼八の力石と背後の仙人の屏風岩



真名井の滝。やはりここが一番の絶景かなあ。



おのころ池にはチョウザメがいる。



水車小屋



第1駐車場から入ると、いきなり賑やかな売店なんだよね。


さて、そこから戻って



第2駐車場のところにある食堂。寄りたかったけれど、朝食がたっぷりだったのでお腹がぜんぜん空かなかった。



はい、15分くらいかけて登り返して来ました。老人にはきつい。


ね。