五社巡りの続きです。
翌朝、天安河原まで朝の散歩に行きました。
こちらは西本宮の手力男命の像です。
最後に残った落立神社に行く前に西本宮で先に御朱印を頂きました。
落立神社 御祭神は伊邪那美命。妊娠した女性がお参りすると必ず安産するという伝えがある。
高千穂神楽31番 舞開
手水は真ん中の底に穴が開いていて、そこからこんこんと湧き上がっておりました。
大きな杉に囲まれた参道
拝殿と本殿
千代の富士。
藤田監督だ。
これにて五社巡りは終了となり、高千穂の町へと行ってみます。
ね。
その日泊まったのは東本宮の並びにある花旅館岩戸屋さんでした。
駐車場は建物の横から坂道を少し登ったところにありました。
こちら外観です。裏に回ると坂なので2階に裏口がある構造。部屋は3階でした。たぶん真ん中の窓の部屋。
食事付きで泊まるのは独りの時は珍しいですが、今回は2食付き。
下段左から、黒米のびっくりソーメン、珍味、三味こんにゃく、切り干し大根の酢の物、たれ、奥日向サーモンのカルパッチョ。
上段左は神楽煮しめ。
サツマイモのグラタンと宮崎ブランドパークのせいろ蒸し。
高千穂牛のビーフストロガノフと黒米パン。
奥日向サーモンの味噌汁と漬物、古代黒米。
デザートにて夕飯終了。
缶チューハイと生ビールを飲み、チェックイン時に案内された高千穂神楽。
総勢6人の客をワンボックスで高千穂神社まで送迎して頂きました。
料金は現地で千円の観覧料を支払うのみで、ホテルへの追加料金はありませんでした😲。
宿から高千穂神社までは20分くらいでしょうか。なにも調べずに来てしまいましたが、良い体験が出来て良かったですね。
お風呂は温泉ではありませんが、大浴場がありました。
蕎麦粥、手作り豆腐、紫花豆、赤鶏の生卵、油味噌、山のり、山女の甘露煮、山菜佃煮。
釜炊き飯と味噌汁、漬物。
ということで、朝からしっかり食べ過ぎました。
ね。
西があれば東もあります。
天岩戸神社 東本宮は、神官の言葉を借りれば、天岩戸に隠れた人(後の天照皇大神)が住んでいたあたりにあるとのこと。
拝殿
奥に進んで行くと七本杉という神域があります。7本の杉の根が繋がっている珍しい杉なのだそうです。
東本宮は西本宮から岩戸川を超えた反対側にありますので、この先に進むと天岩戸ということになりますが、まさにこの写真をとっている場所より先には進めません。
さて、事前調査はほとんどしていないので知りませんでしたが、天岩戸神社には五社巡りというなのがありまして、せっかくなので廻ってみることにしたわけですが、御朱印は全て西本宮で頂くことになります。だから回らなくても御朱印は揃うのでありますが、弁慶は真面目なので廻りますよ。
まずは石神神社。御祭神は国常立命。
左におわしますのは、高千穂神楽28番のの手力雄命の像。
石神神社は牛神神社から転じたようで、牛馬の守護神としての信仰が厚いようです。
本殿。無人ですが、しっかり管理されていることがわかる神社です。
近くには尾戸の口棚田があります。
次は五社巡りではないのですが、途中にあったので立ち寄ることにしました。
猫の出迎えあり。
八大龍王水神
こちらは何やら参拝者が多くてかなり信仰されている感があります。八大龍王は、八つの頭を持つので、二拍手ではなく八拍手するのだそうです。
普通にお参りして境内を見て回っていると、何やらやたらと拍手を続ける参拝者がいたので、こそっと調べてみたら、そんな記述を見つけました。
さて、一度西本宮の前を通り過ぎて、離合の出来ないような細い道をひたすら走って、まだかなあと思う頃にようやく到着するのが、
鉾神社。御祭神は日子穂穂出見命、豊玉比売命、菅原道真。
こちらにあるのは18番の八鉢の像。
もともとは鉾峠にあったのを、麓に移したそうです。
拝殿と本殿。こちらも無人ですが、ちょうど氏子の集会みたいなことが行われていたので、神主さんとご挨拶しましたよ。
この近くからも棚田の景色が見られます。良い景色だなあ。
ここから戻って途中の橋を渡り、天岩戸がある側の山道を走ります。やはり、というか、こっちはさらに細いかも。
二嶽神社。八幡大神、若宮大神、菅原道真が御祭神。
こちらも拝殿、奥に本殿。そしてこちらは26番柴引の像がありました。
疲れちゃったので、西本宮に行って三ヶ所の御朱印を貰って、本日は終了です。
ね。
そして、また山の中を走り回って天岩戸神社に到着。山の中と言っても阿蘇は草原の中とかも多いので、ちょっと景色が違いますよね。途中で子鹿さん轢かれてましたが。
天岩戸神社 西本宮
古事記にも日本書紀にも記述のある天岩戸がある神社です。
ですので、天照皇大神を祀った神社です。
こちらは、神楽殿であり、天安河原の遥拝所でもあります。
昔、東本宮あたりに住まわれていた人がいて、天岩戸へも出入りしていた。弟が乱暴者で天岩戸に隠れてしまって、それでどうしようかとみんなで集まって相談した場所が天安河原。
ここ高千穂では、神とは呼んでいなくて人だったのが、鹿児島の霧島連山、高千穂峰のほうで神と呼ばれるようになって、ここ高千穂でもそれに倣って神と呼ぶようになった。
日本に米を広めたのは3人ほどいたと言われているご、その1人が神武天皇だと思われる。神武天皇は、おそらく中国地方に稲作を指導しながら近畿へと移動していった。広島、岡山で10年くらい滞在しているが何をしていたかは記録がないが、おそらく米を普及させていたのではないか。
食糧を安定的に供給してくれた神武天皇を、人々は神様のようだと思った。そうなれば、神武天皇の子孫は神の子孫になる。そして祖先は神ということになる。
世界的に万物は神だったが、キリストやモーゼが現れてた。一神教なので、それまでの神々は否定されて神は唯一の存在となった。でも日本ではそうはならず、万物も神であり続けた。八百万の神という発想は生き続けたわけ。
でも神道は人間関係の問題は解決する術がない。古事記でも神様同士がしょっちゅう喧嘩しているわけで、そういうことに対応するのは苦手だ。それで仏教が導入された。仏教はそういったことが得意だったからだ。
などという話を案内をしてくれた神官の方が最後にされました。なかなか面白い話でした。
天安河原へは、西本宮から15分くらい歩きます。まずは河原へと降りていきます。
下流左側に天岩戸があるはずですが、こここらは当然見えません。左から流れる川の上流に天安河原があります。
橋を渡り、右へと進みます。河原には大きな甌穴が並んでいますね。
天安河原宮に到着。神域ですが、ここは立ち入り可能です。
中側からの眺め。誰も居ないわけではなくて、最初に来た時は観光客でいっぱいでした。これは、翌朝まだ観光客で賑わう前に再訪した時の写真です。もう一度訪れたい場所だったからです。緑が綺麗で安まります。
ね。
福岡はもちろん宿泊歴あり。佐賀は先日、唐津に泊まった。そして鹿児島にも泊まった。熊本は太古の昔に亡き横浜のおっさんと黒川に泊まった。
九州で泊まってない県は宮崎と長崎ということで、まずは宮崎を目指します。
早朝に出発して、九州のど真ん中を突っ切るように南下し、道の駅小石原で一休み。次に止まったのは
上色見熊野座神社
伊邪那岐命、伊邪那美命、岩君大将軍(健磐龍命の荒玉)を祀った神社です。
ここは天岩戸に行くことを決めたあと、何かのメディアで見た神社で、行き先に追加したのでした。
ずっと登ります。最近出かけると、登り下りが激しいんです。関東ってやっぱり平なんだと実感しますよ。
拝殿と本殿。お参りしたら、その裏に何か見えたので、それを目指して登って行きました。
なんと裏山の岩に風穴が開いていた!穿戸岩(うげといわ)といいます。
あとで観光協会の人から、あれは足で蹴破った穴ということになっていると教えてもらいました。
蹴破ったのは、鬼八という健磐龍命(たけいわつのみこと)の家来で、健磐龍命が阿蘇山から放った弓矢を拾わせたところ、100本の屋を足指に挟んで投げ返したことから健磐龍命が激怒し、追い回した時にこの地で山に逃げ道を阻まれて、蹴破って逃げたという話だそうです。
高森町観光協会は高森駅の前にあって、御朱印はこちらで頂くことができます。
トロッコ列車が発車を待っておりました。路線はどんな感じなのかと地図を眺めていたら、白蛇の神社があったので、訪ねてみました。
白蛇神社 阿蘇白水龍神権現
まずは銭洗い弁財天で、お金洗って死ぬまでお金に苦労しないようにとお願いしました(爆)。
こちらは悲しみを流してくれる弁財天です。
七福神もありました。
茅の輪くぐりもありました。
本殿と、その手前にあるのは阿蘇五岳岩
白水龍神岩と白蛇様拝観所
中の待合室に説明書きがありました。
お参りして、最後に財布とスマホを三宝に載せて、その上に白蛇様がとぐろをまいてくださりますので、さらに手をかざしお願い事を唱えるということができます。
そして三ヶ月有効のお札を頂戴しておしまいです。
一応、一千円。
境内にはお稲荷さんも鎮座されておりました。
お地蔵さんもおられます。
というところでした。信仰を集めている神社らしく参拝する方は多めだと感じました。さて、願いはかないますでしょうか。
ね。