滋賀で新幹線の窓に雨が当たる音で目が覚めた。
小雨の中、五条駅から五条大橋を小走りに渡るとトンビの鳴声が聴こえたので見上げると、川沿いの木にトンビが何羽も止まっていた。調べると、最近鴨川でトンビに食べ物を取られるとか、色々と被害が出ているようだ。
寺町をぶらぶらして、骨董屋さんなどを覗いたらして、一旦ホテルに戻ったあと一力茶屋の裏手に行くつもりだったのに勘違いして建仁寺の裏に出てしまった。急いだけれど約束の時間にわずかながら遅れてNさんに合流し、店に向かい店内で亜弥さんを待った。
今回の目的は3つ。おでん屋さんの女将の望んだ亜弥さんを連れてくることと、亜弥さんと三味線と唄を習うNさんとを出会わせることをかねた新年会みたいなもの。最後に翌日の飯室谷。
料理はアラカルトで注文して、私は最初はハイボールで始めたのだが、酒豪の2人に促されて日本酒🍶に移行😓。
おとおし1
湯葉うまし。
おとおし2
京野菜の大黒しめじのお椀は葛でとろみを付けているので、冬にはありがたい暖かさです。
肉刺し
胡麻油に塩を振ってくれているのだが、その塩加減がいつも絶妙で美味しい。
いちぼのたたきは柚子胡椒で頂きますが、柔らかくて美味しかった。
半熟卵、大根、蒟蒻、牛テール(和芥子、柚子胡椒)
牛テールはほぼ定番で頼む。
アイス
女子がいると、デザートも必要になるわけだ。
充分堪能してから、二次会は亜弥さんのお店へ徒歩移動。芸妓さんは着物でも歩くの速いからねえ。すたすたと向かう。
実は今回はNさんも着物である。
亜弥さんでは新年の福引があって、私は安定の6等だったが、Nさんは見事1位を引き当てて運の強さを見せつけてくれた。
運といえば、
カウンターで飲んでいると京都劇場で上演中の前進座の公演に出演中の地方のお師匠さん方が飲みに来て2階のカラオケのある部屋へ。
しばらくして三味線を習う女性が下にいると聞きつけたお師匠さん方から是非にとのお呼びがかかって、我々も合流させて頂くことになった💦。
Nさんの将来についてお師匠さん方から色々なアドバイスがあったりして、結局、亜弥さんとNさんは翌日の京都劇場の千秋楽に行くことになった。
なんだか、このところこのようなハプニングが続発しているが、京都のなせる技なのだろうね。
千秋楽を丁重にお断りした弁慶は、翌日は比叡山飯室谷まで出かけた。目的は火伏祈願と護摩供。
比叡山不動堂。実際の護摩は護摩堂で行われる。
新年初護摩で祈願した干支の形をした水晶入りの御守りは限定40個。この日から配布されると知っていたのだか、それ目的でガツガツ早く行くのは仏道に反すると感じるので、普通に向かって残っていたら頂こうと思っていた。幸い、まだ残っていて無事購入出来た。
護摩までの時間がまだあったので前回は行けなかった廃寺の安楽律院まで山を登って出かけてみた。登って行くと墓地があった。この中の一画に二度の千日回峰行を成した酒井大阿闍梨が眠っているのかなと思った。
そこから逆側に谷に降ったところに安楽律院はあった。
安楽律院の山門
安楽律院の説明が書いてある。
安楽谷は飯室谷の別所で、その昔、恵信僧都も隠棲したところであったそう。江戸時代には妙立、霊空などが厳しい戒律主義を唱導し、その一門を安楽律と呼びここに住した。
律院は1949年、放火によりそのほとんどを消失し、貴重な古仏書なども失われたのだそうだ。
火事で消失した僧坊の基礎だった石が残っている。
こちらは境内の地蔵菩薩。藤原定家の碑はどこにあるのかわからなかった。
現存する坊には、参拝者が記入するノートがあったので、記帳させて頂いた。
護摩供の様子は写真など撮れないので伝えられないけれど、火伏祈願のあったこの日は約2時間と普段より少し長い護摩供となった。
終了後、お下がりの手拭いと丸餅を頂戴し、山を徒歩で降った。
坂本の鶴喜そばは延暦寺御用達の老舗。
ビールと天麩羅で一息ついてから
季節限定の鴨汁せいろでご馳走様でした。
坂本の街は何組ものガイド付きツアーで賑わっていて、このような景色を眺めるのは初めてだった。
坂本に初めて来たのは6年前で、まだ新型コロナのパンデミックが起きるなんで誰も思ってなかったころだけど、ツアーをこんなに見ただろうか。記憶ないなあ。
ね。























































