朝寝坊弁慶のささやかな交湯録 -44ページ目

朝寝坊弁慶のささやかな交湯録

朝寝坊弁慶の由来は、朝寝坊して昼過ぎからのこのこと温泉に出かけていく習性に由来しております。

弁慶はなにかといえば、語呂合わせみたいなものです。

興味の幅がありすぎて、まとまりがありません。最近は京都に住んでいます。気持ち的にはです。

いよいよ、今回のメインイベントへ。



大村崑さん、懐かしい。



京都芸術大学 春秋座は、駅でいうと茶山・芸術大学駅なので、一乗寺より一つ出町寄りだから、もちろん歩いて移動。



階段の上には巨大な猫オブジェ



今年は宮川町の18人というタイトルでパネルが置いてあった。



前から6列目。ちょうど良い位置かな。でも29番は許容範囲ギリギリな感じで右隅に近い席であった。



春秋座の全体。ここは花道は左だけにある一般的な様式。


内容は東海道中膝栗毛のやじ・きたさんが時空を超えて旅をするという内容だったが、都をどりに続いて、こちらもステージライティングが華々しかった。



終演後は哲学の道へと向かう。花筏にすら、ちょっと遅い。



アンド ブル コーヒー

075-762-2929

京都府京都市左京区鹿ケ谷寺ノ前町10-2 

https://tabelog.com/kyoto/A2601/A260302/26039673/


ブルドッグのいるカフェで、あんず家さんと同じ石屋のお店。前払い制なので、まずは席を確保してからカウンターで注文するらしいが、弁慶は2回目なのに注文してから席を探した笑。



カプチーノとセットサラダ



マルゲリータ


そして近くの錦林車庫前からバスで移動。



久しぶりの青蓮院門跡に立ち寄る。宸殿は改修中で、庭側には足場があって景観は良くなかったが、元三大師像の前でしばし佇む。



庭を眺めながらお茶とか頂けると良いなあ。前はあったような気もするが、なんだか記憶が混濁しているのかもしれず、あれは三千院だったかとも思う。


あとは帰るだけ。乗るのはいつも通り自由席。



八大神社の御朱印、京おどりの有料パンフレット、てんてん(京言葉で手ぬぐいのこと)。


てんてんはおどりの途中で舞妓さんが1人2枚投げるのだが、それがたまたま飛んで来た。宮川町の舞妓さんに知り合いはいないので、たまたま。開いてみたら、「小との」とサインがありました。


ね。

4月第2週、金曜日の夜



禊川と桜



高瀬川と桜


いつものバーで飲んでいると日本チャップリン協会会長で脚本家の大野裕之さんがいらして、大学時代にチャップリン映画祭を企画した時の話などがあまりにも面白くてついつい日が変わったことに気がつかず夜更かししてしまったが、


翌朝



ドン珈琲館

093-522-6593

福岡県北九州市小倉北区京町3-6-19 

https://tabelog.com/fukuoka/A4004/A400401/40017214/


真相は、北九州に出張したのだが、集合時間が始発しか間に合わない時間だったので、前の日から勝手に出かけ、しかしながら小倉までは辿り着けなかったので、京都で降りた(爆)。そして朝、また新幹線に乗って小倉に着いたのである。


まずはブランチ。



喫茶店には、まだ誰も客はいなかった。



誰もいないが、インコはいた。



チキンカレー。チキンだからインコは関係ない。



コーヒーセット。こちらのコーヒーカップは自作なんだろうなあ。ちょっと飲みにくい。


まだ時間はあったので、散歩へ。



八坂神社。小倉にこんなに立派な八坂神社があるとは知らなかった。



小倉城は桜がもう散ってわずかに残っている状態だった。



城内の小次郎と武蔵の像


佐々木小次郎は細川忠興に認められて小倉藩の剣術指南役だった。


駅に戻って関西各地から集まって来た同僚とともにグループ会社へと移動して仕事して懇親会。


翌日



八大神社に月替わりの御朱印をもらいに来た。



ここには武蔵が決闘した時代の一乗寺下り松の古木が祀られている。別に武蔵つながりで動いているわけではない。


月替わりの御朱印が京おどりだったので、頂きにきたのだ。来年からは建替えの終わる宮川町歌舞練場に戻っての公演となるので、この御朱印は今年が最後かもしれない。



手水には綺麗な花



その先の野仏庵は以前はお茶が頂けたのだが、現在もまだコロナによる休業が続いている。



隣の一乗寺降魔不動明王。野仏庵と隣接する門があったので、野仏庵で管理しているのだろう。


一乗寺にはもともと一乗寺という名の天台宗の寺院があったそうだ。この更に奥に進むと、狸山不動尊があるのだが、時間の関係でここで戻る。


ね。





墨染に来たのは靴をオーダーする為であった。



OWN SHOESはオーダーメイドの靴と古着の店である。唯一、お店の方に撮ってもらった写真しかないので、これで雰囲気を感じてください。



寺田屋付近に面白いお店が増えて来たと教えてもらったので伏見駅に向かうと桜が綺麗だったが、桃山御陵前駅で降りると桜祭りの大混雑であったので、早々に引き上げて、一気に清水五条へ。



岩さき亭

075-533-4641

京都府京都市東山区六波羅南通東入多門町158 

https://tabelog.com/kyoto/A2601/A260201/26012420/


以前は六原あたりによく宿泊していて、その当時に見かけたいたお店に初めて行ってみた。



暑いのでまずはビール笑。



ランチセット。気軽に食べるのに良いお店だ。



店内のテレビではそこまで言って委員会をやっていて、知り合いの大野裕之も出演していた。



六波羅密寺に立ち寄る。



なぜなら、宝物館で、この空也上人を観たくなったからだ。空也上人の御言葉があまりにも尊く、南無阿弥陀仏と唱えるとその一字一字が阿弥陀仏となったことを表現した像である。



そして祇園甲部歌舞練場。もともと祇園には甲部と乙部があった。乙部は現在は祇園東となっている。



村上龍氏から寄贈された胡蝶蘭が並んでいた。



祇園甲部歌舞練場は左右に花道がある。改装されたことによるものか、ステージライティングが鮮やかすぎて、なんか別の物を観ているような気にもなったが。


歌舞練場を抜けるとすぐ裏なのだが、一般人は通れないのでぐるりと周り裏側へ移動。



あんず家 祇園石屋はなれ

075-532-2900

京都府京都市東山区祇園町南側570-130 

https://tabelog.com/kyoto/A2601/A260301/26031440/



これ、桜鯛。ちなみに桜鯛とは春にとれる真鯛で、時期的に外見もちょっと違うし、味も一番なので区別されてる。



肉刺し盛り合わせ



ユッケ



じゃがいもと半熟玉子のおでん



春雨のおでん。柚子と九条葱が効いていて美味しい。


ちなみに日曜日の夜だから、あとは慌しく駅に移動して新幹線に飛び乗って、ギリギリ帰りつくだけ。


ね。

結局飲まずに京都に帰った。別に京都から向かったわけではないけれど笑



木屋町の桜


空腹には程遠く、でもちょっとは食べたい気がして彷徨った。たどり着いたのは一軒のバー。



コルドン ノワール

075-212-3288

京都府京都市中京区木屋町通三条下ル石屋町121 松嶋屋ビル3F

https://tabelog.com/kyoto/A2601/A260202/26004606/


ここのマネージャーさんは、アメブロにブログ書いている。


お酒とシガーの楽しめるバー。弁慶はヘビーのつくスモーカーでシガーもパイプも経験したが、禁煙して8、9年になる。もともと好きだから、ちょっとのつもりで手を出してしまうと、また抜けられなくなりそうで怖いのである。



だから、とりあえず鰯と良質のオリーブオイルと、ラフロイグを補充して、シガーに心が揺れるのをぐっと堪えて席を立つ。


先斗町のホームバーと会員制バーをハシゴしたら、ちょうど帰る客がいて、その方の為にと明後日にお見世出しをする舞妓さん(ただしくは仕込さん)を、仕込さん最後の日(翌日は休み)ということで、ご挨拶に呼んでくれたので、弁慶も挨拶した。噂には聞いていたが、鶴ヶ島出身。



翌朝、少し早起きして藤森駅に移動。



古御香宮神社


秀吉が伏見城を築城したのち、御香宮神社を今の場所から伏見城の鬼門の位置に当たるここに移した。秀吉は、伏見地震は身分の低い者が天下を治ることに対する神の怒りという風評に対する答えとして、地震後3日で伏見城の築城に着手したと同時に、そこにあった桓武天皇の墓陵を破壊することで、神へ抗うことを宣言した訳だ。


この古御香宮神社の社の前の足の板は、破壊した桓武天皇の石棺の蓋なのだとか。


ちなみに御香宮神社を元の場所に戻したのは、家康である。天下をとったらそれまでの天下人とは逆をやるというのは、まあ某合衆国大統領を見ていると今も昔も変わらない。



そのまま息を切らしながら大岩山を登って見晴台へ。眼下に見えるのは今の伏見城。



ここは京都トレイルとして設定されている京都を徒歩で一回りできるルートの一部でもあった。そこから降って大岩神社へ。



大岩神社、大小の岩を御神体とする(というと私は縁があるような気になるが)珍しい神社である。



左は本殿で、神棚の手前には大小の石が並んでいた。疫病平癒に御利益がある。



社務所なのか休憩所なのかわからないが、猫がいた。無人のはずだが、なんだか気配があるような無いような。まあ、三峰山の旧神農の家のようにムササビとか住みつくこともある。



堂本印象の献上した鳥居。鳥居はもう一つあるらしいが、弁慶の通った経路では発見出来なかった。



もう1匹は黒猫で、こちらは警戒心が強い。



印象の鳥居を抜けて奥へと抜けて行くと



こちらの大きな鳥居のある林道へと出た。そのまま、林道を降り、大通りを西に進むと、こちらの鳥居があった。



ここからお詣りすると、堂本印象のもう一つの鳥居があるのだろうか。堂本印象と母親が敬虔なる信者で、病気平癒の御礼として寄贈したらしい。


いまは荒廃してしまっているが、かつては信者が多くいたのであろうことは、石の柵などに大阪など京都以外の地名が掘られていることからもわかる。


更に歩く。



墨染寺 通称 桜寺。あっさり言ってるが、けっこう距離がある。



翌日はお釈迦さまの誕生日なので、甘茶が用意されていた。なぜ甘茶をかけるのか。上に立つ者が良い政治を行い平和な世が訪れると、甘い露が降るという言い伝えがあることに因んだという説があるとか。最近の雨は苦いんだろうな。


ね。



葛城坐火雷神社の次に行ったのは九品寺。桜が綺麗だった。


九品寺を建立したのは、東大寺の大仏造営に功績のあった行基さんである。



本尊は重文の阿弥陀如来像。



こちらは地蔵堂。



千体石仏は、南朝に味方した楢原氏が戦に行くにあたって彫って奉納した物で、墓地へと続く九十九折りの道に並んでいる。



九十九折りの道を登ると景色が良かった。



九品寺では西国三十三観音霊場が一気に巡ることのできる。九品寺は含まれていないが、兵庫、大阪、和歌山、奈良、京都、滋賀、なぜか岐阜に広がる西国三十三観音霊場を一気に回れるのは便利。有名どころとしては清水寺とか石山寺、三井寺などが西国三十三観音霊場だ。



このように各霊場の石仏が並んでいる中を歩いて巡る。



桜が綺麗な霊場でもあった。



次に来たのは葛城一言主神社。鳥居の左先にあるのが蜘蛛塚。



蜘蛛塚とは、この辺りを荒らした大蜘蛛をたまたま通りかかった一言主神が退治した物と伝承されていると同時に、日本書紀にある葛城にいた反大和政権派の豪族を神武天皇が討伐した伝承でもある。


ちなみに葛城氏が滅ぼされたのは第21代、雄略天皇の時代。雄略天皇は考古学的に実存が確認できた最古の天皇である。



石段の上が境内。



拝殿で、ひとつだけ願い事を唱える。



拝殿の右側にも蜘蛛塚があった。



末社は稲荷神社、祓戸社、市杵島神社、天満神社、住吉神社、八幡神社、神功皇后社。


右に見えるのは雄略天皇像。ここで、葛城氏を滅ぼしたのは雄略天皇という話とつながる。



樹齢1200年の乳銀杏



次に移動したのは名柄神社


下照姫命が祭神である。下照姫は大国主命の娘。大国主命は国譲りをしたとか出雲大社に祀られていることはあまりにも有名すぎるが、国譲りとは勝者が都合良く語ったことだとすると、逆にかなり残忍なやり方で国を奪ったとも考えられる。実は古事記以外では大国主命とは呼ばれず大穴牟遅神などと呼ばれる。この大穴牟遅神とは、もともとは葛城の神であり、なかなか複雑だ。



名柄神社の末社



テガミ カフェ

0745-60-8386

奈良県御所市名柄326-1 郵便名柄館

https://tabelog.com/nara/A2903/A290303/29009336/


名柄神社のすぐそばにあったカフェだが、ラストオーダーの時間を少し過ぎていたので、写真だけ撮った。



旧名柄郵便局は大正2年の建築で、昭和50年に移転。長らく空家であったが、この建物を残したいという地元の方々を中心に平成27何に「郵便名柄館 tegami  cafe」として生まれ変わったそう。



さて、帰りはJRで帰ろうかなと思ったが、ちょうど良い電車がなく、また近鉄。



ただし来た時は大阪経由だったが、帰りは直接、京都に向かうことにした。途中で飲めるといいな。


ね。