朝寝坊弁慶のささやかな交湯録 -32ページ目

朝寝坊弁慶のささやかな交湯録

朝寝坊弁慶の由来は、朝寝坊して昼過ぎからのこのこと温泉に出かけていく習性に由来しております。

弁慶はなにかといえば、語呂合わせみたいなものです。

興味の幅がありすぎて、まとまりがありません。最近は京都に住んでいます。気持ち的にはです。

日本人男性の平均的寿命は81歳なのだが、そこから未婚男性だけを抽出すると、なんと67.2歳になるのだそうだ。死因としては、腎不全、糖尿病、高血圧性疾患、悪性癌となる。


離別男性も72.9歳なんだと!なんなん?、わしらは兎なんか?



これに当てはまると、弁慶の場合、定年まで勤めると、老後は2.2年しか残されていないことになるのだ!


しかも、健康寿命と寿命の間には男性で5.4年(女性は7.92年)の差があって、仮に67.2歳で死ぬとすると、もうすでに健康寿命は終わっていることになる(爆)。まあ確かに整体に通わないと腕が痛いし、定期通院して薬漬けだ。やはりこんなことはしていられない(爆)。



しかし、ここでまるっきり逆のことを話すのだけど、先月末、大樹生命のドリームロードのドル建の10年を契約した。満期は72歳の数日手前である(爆)。



9月30日に入金したので、その日のレートでドルに変更されて、以後は年利3.9%だったかな。石破ショックで円高に振れていたので、そこはラッキーだったはず。あとは100円を切るほどの円高にならない限り、元本割れになることはないはずなので、弁慶が本性を出して博打打って有金を全て無くしても、これは保全されるわけ。それに弁慶は兎ではなく寅年だから😸。


ちなみに女性は既婚者のほうが寿命が短いようだから、お気をつけあそばせ🤭



先週末は変に予定が入っていて、土曜日は加須まで仕事に行ったあとで、ギリギリ昼までの医者に間に合わせて血圧の薬を補充し、15時に先週と違う保険屋と会った。


なんだか里芋が食べたくなって、芋煮を作ろうと思ったが、食べたい物を適当に入れたので、木耳も入った(爆)。



甘さも抑えめ。肉も鳥で皮を入れなかったので、なんだかコクが無い(爆)。こんな毒のない生活していると、本当に死ぬかもしれんね。


里芋喰ったら、沢田研二が主演した「土を喰らう十二ヶ月」を観たくなったので、観た。


沢田研二は松たか子に一緒に住まないかと問いかけるが、心筋梗塞に倒れ奇跡的に助かり、退院したタクシーの中で松たか子が一緒に暮らすことを伝えると、今度はどうやら自分は1人で居たいらしいと断る。離別男性だが、72.9歳では死なないタイプだな🤭。


弁慶はたまにここで1人で心筋梗塞になったら死ぬだろうなと思ったりするから、ましてや松たか子だったら間違いなく暮らすななどと思ったわけで、やはり兎なのかもしれん。ますますヤバいか🤭。


話を戻して医者に行った時に体重を計測された。休肝日を積極的に設けた結果、体重は前回より2kg減っていた。先週も月火と金土と週4日も休肝日にした。


日曜日は整体師さんが講習会に行くので休みだけど8時半に来られるなら対応しますよといってくれたので整体に行き、夕方は付き合いというか強制連行で、伊勢崎までフラメンコの発表会に行った。



2日共、朝と15時に予定があったわけで、これだと何もできないね。


日曜日は休肝日ではなかったので、飲みに出た。



塩だれキャベツ



カシラとタケノコ



TKG


卵は1日3個食べると良いらしい。コレステロールが高くなるとかは、もう過去の間違った認識となった。免疫力が上がるし、色々効果あるよ。でも、卵かけご飯に納豆はダメなんだそうだ。ナットウキナーゼを阻害する物質が、黄身の中にあるんだそうだ。これで2個だから、あと1個食べなくっちゃ。


ね。




逃げ足の早かった桂小五郎は、当時花街だった三本木あたりに潜伏していた。この辺りは長州藩邸も近く、いざとなったら加勢も呼べたし、逃げ込むことが出来た。何より、この花街には後に妻となった幾松が居た。幾松はここの吉田屋に席があった、踊りと笛の上手な人気の芸妓だった。


そんな三本木には、もうそんな面影は残っていないというけれど、一度行ってみようと出かけて行った。


木屋町通りを上がって行くと、一之船入の手前に石碑があった。これまで何回も通ったと思うが、ちょっと気が付かなかったのが不思議だ。



兵部大輔従三位大村益次郎公遺址


ここは大村益次郎が襲われた宿の跡らしい。大村益次郎こと村田蔵六は元々は蘭方医だったが、その卓越した語学力で外国の軍事を学び兵学者となり、長州藩の軍事近代化への功績は大きかった。


河原町通りで出て、さらに上る。


そして河原町丸太町の交差点を超えてから鴨川方面に歩いて二つ目の路地を上がると三本木である。



まず最初に見つけたのは頼山陽の書斎であった山紫水明處。ここは国定史跡で保存会があるようだ。そういえば丸山公園の奥の長楽寺に行った時に頼山陽の墓所があったなあと思い出した。


注意深く歩いて行くのだが、他に何も見当たらず



唯一残されていたのは、ここ。


石碑には立命館草創の地。そして右にある木の立札は、吉田屋跡を示すものだった。調べると諸説書いてあるのでよくわからないのだが、おそらく右側の集合住宅がある辺りに吉田屋があって、この石碑の裏あたりが料亭、清輝楼だったのではないかと思われる。立命館の前身となった京都法政学校が清輝楼の2階に間借りして授業を行っていたことから、この地を草創の地として100周年を記念してこの石碑を作った。



吉田屋の木札はずいぶん痛んでいる。


更に北へと上がって行ったらお寺があった。



圓通寺


浄土宗のお寺のようだが、観光寺院ではない。あとは何も見つからない。


河原町通りに出ると居酒屋があった。



三本木商店

075-255-2810

京都府京都市上京区真町478 

https://tabelog.com/kyoto/A2601/A260202/26032695/


評価点の高い居酒屋さんであった。


そこからは昼過ぎの予定に向けて、ぶらぶらと歩く。



西国観音霊場の革堂行願寺は以前にも訪れている。



天台宗の大寺院だった大福寺は、色々な御朱印を展開していて、たびたび訪ねる。今回は角大師の限定御朱印をやっていたので、それ目的に訪ねてみた。


住職の奥さんと、元三大師専用御朱印帳を肴に歓談した。



寺町通りの古道具屋で物色し、



寺町京極のこちらはアンティークショップというほうが良いかな。こちらは通販で小皿を買ったことがあるけれど、実店舗ではまだ何も買っていない。



こちらも通販では買ったことが2回もあるのに、立ち寄っても何も買わないミリタリーショップ🤭



愛する人に先立たれることを大河ドラマで嘆いていた和泉式部が初代の住職となった誠心院には、



道長が崖をよじ登って参拝した金峯山を開いた役行者の石像、水かけの行者さんがある。



こちらは、骨董屋さんと呼ぶのが適切なお店。恐る恐る入ってみたら、奥さんが説明してくれた。次は江戸期くらいの蕎麦猪口あたりを買おうかな。



イベント会場に到着。こちらは麩屋町の三木半旅館さん。



この日のイベント、おおきに財団のおおきにパーティーは、今回初めて参加するのだが、友の会会員なので2,000円で参加可能。これに参加してしまうと暮れのイベントの割引が効かなくなるんだけれど、そちらは行けるのかわからないから、一泊の予定を二泊に変更して申し込んでみた。



全五花街から総勢9名の芸舞妓さんが接待で、踊りは祇園東が担当だったが、1人1分でキープしないでくださいね、そうすれば全員回れるので!との主催者の忠告も虚しく、4人しか回って来なかった。


京都でルールを守らないというと、すぐに外国人を連想するかもしれないけれど、最近の日本人もたいしたものですよ(爆)。


ね。

先日一周忌をやった件を書きましたが、あの時にお布施とお車代で6万円が必要だったので、少し多めに8万円をATMで下ろしました。


弁慶は基本的にPayPayとSuicaと楽天カードがあれば生きていけると思ってるほど現金を使わないので、未だ新札の一万円札を所有したことがないのです😂。


何もなければ、月あたり2万円くらいしか出金しないのと、たまに現金しか使えないお店で昼食をすることが主たる使い道なので、必ず千円札に両替して出金してしまうというのも、渋沢栄一に会えない要因と思います。


でも8万円もの現金を出金すれば絶対新札が含まれていて出会えるんだろうなあと思っていましたが、見事に裏切られました💦。


念の為に言っておきますと、見た事はありますからね。それと千円札と五千円札は新札を所有したことはあります。



日曜日は往復切符の残りを使う為に高崎に行きました。残りというのは、京都までの往復切符を買う場合、本庄から買うとギリギリ往復割引が適用されないので、あえて高崎から買う事で安くするということにおいての残りなのですが、



度数が少しだけ高い原酒を飲んで、だし巻き玉子のハーフを食べて



海女海苔そばの十割を食べて幸せでした🤭。



蕎麦湯も濃いので



最後の一滴💧まで綺麗に飲み干しました。不思議な話ですが、京都行くのとこの高崎の蕎麦屋はセットなのです(爆)。


石破ショックは期間的には限定的と予想しましたが、金曜日に買ったのが石破銘柄でもある防衛関連のIHIだったので、そんなに問題なかったです😅。それと限定的と読んだので、月曜日に更に突っ込む暴挙に!


そしたら、今度はイランがイスラエルを攻撃して混沌としています。まるで予想できないですが、地政学的リスクっていうやつの過去を調べると下落は短期で済んでいるようです。


でもどうなんだろうなあ。目まぐるしい💦。




高輪ゲートウェイ駅前の再開発エリアに労働衛生週間の安全パトロールというやつで出かけたので、品川で朝飯を食べました。山手線のホームには昔ながらのカレー屋があったけれど、こちらはコンコースにあるスパイスカレーのお店。



昼は報告会の前に崎陽軒の弁当であった。


ところで月曜日と火曜日は、朝と昼に多めに食べて夜は食べないということに挑戦してみたら、夜も普通に寝られるんだよね。意外と行けるかも🧐。もし抜くなら夜がベストだから、これは新しいステージに行けるか?


ね。



とうとう10月です。ブログはまだ10日遅れくらいで順調ですね。


さて話は戻って、子持ち鮎を食べた翌日は、大徳寺の真珠庵の特別公開に行ったというところからです。



源氏物語図屏風は、初めての公開なのだとか。拝観料は2,000円だが、それも仕方ないだろう。



撮影可なのは、一部の庭と、現代作家による襖絵なのだが、それはSNSには公開しないように説明されたので、庭だけ。


開祖は一休宗純。一休さんは、世間的にはとんちの効いた小坊主で、将軍義満と丁々発止のやりとりをするというイメージが漫画により刷り込まれているかと思うが、弁慶は晩年の一休宗純と森女との関係についての物語を読んだばかりなので、そんな襖絵もあって嬉しかった。その他の襖絵は、釣りバカ日誌の北見けんいち氏。もちろん浜ちゃんもスーさんも描かれている。そしてエヴァンゲリオンに、ファイナルファンタジーなど。


庭内にある井戸については、紫式部が生湯に浸かったのは、ここの井戸の水だと伝わっているらしい。その時代にはこの寺はなかった。その頃はここは雲林院の寺社領だった。



大徳寺から北大路通りを渡ったところにあるのが、その雲林院である。もともとは天台宗の寺院で、歴史は大徳寺よりもずっと古く、ただその後衰退したがゆえに大徳寺は雲林院の寺社領の中に建てられ、さらに雲林院が大徳寺の塔頭となった。


さらに応仁の乱で廃絶。現在の雲林院が再興されたのは1707年のことであった。



本尊は十一面千手観世音菩薩。


紫式部の墓所も近くにあるが、用事があるので逆の方面へと歩く。



居酒屋発見。


カドヤ

090-5294-4378

京都府京都市北区紫野南舟岡町73-18 

https://tabelog.com/kyoto/A2601/A260503/26020200/


寄りたいなぁと思わせる佇まいなんだけど、開店は18時だった。



船岡温泉♨️


温泉と言っても、銭湯である。関西では銭湯の屋号として温泉を使うところがいくつもある。しかし、建物は国の有形文化財で、一度は訪れたいところだ。



きゃら


お茶の葉を佃煮にして販売しているお店で、店主の女性が1人でやっているので、在庫はあまり置いていない。年齢的にもいつ廃業されるのかと、危うい気もする。持ち運びの問題もあるので、発送を依頼することが主で、今回は在庫があったので、前泊の宿へのお土産として購入。今回もデニムの着物で夜を過ごしたのだが、朝風呂に入っているうちに、布団を上げに来て、ついでに全部畳んでくれた。



中岡慎太郎の寓居跡の石碑のある、ホテルリソル三条河原町。入口を入ると記念館的な部屋がある。このレプリカの写真台でポーズをとって撮影してくださいと書いてあるが・・。



後藤象二郎直筆の書簡



象二郎が英国女王から賜った宝剣のレプリカ。これはパークス襲撃事件で象二郎が英国公司を護ったお礼なのだそうだ。当時の英国女王はビクトリア女王だ。


この日は株主優待券を利用し、このホテルに宿泊した。けっこう良かった。



チェックインしてから京都大丸へ。星野道夫写真展。



弁慶のような軟弱な人間には、とても体験できない圧倒的な自然。凄いです。そこまではとても無理だけど、また少し自然に出かけようかなという気持ちが起きたけど、どうなんだか。


そして、そこから出町柳に向かった。



串焼き いの田

075-256-0170

京都府京都市上京区寺町通今出川上ル表町26-1 

https://tabelog.com/kyoto/A2601/A260302/26004768/


出町桝形商店街の奥の方の串焼き屋さん。なかなか人気で入れないというのだか、試しに暖簾をくぐってみたら、カウンターの片隅が空いていた。



とりあえず生ビールを頼んでおいてから



メニューをじっくり観察し



かなりの混み具合から、間をつなぐ為に大根サラダを注文。



串焼きはおまかせと、名古屋コーチンを2本頼んでみた。



串焼きが来るまでには、追加の瓶ビールもかなり進みましたが、美味かった。


ね。