朝寝坊弁慶のささやかな交湯録 -32ページ目

朝寝坊弁慶のささやかな交湯録

朝寝坊弁慶の由来は、朝寝坊して昼過ぎからのこのこと温泉に出かけていく習性に由来しております。

弁慶はなにかといえば、語呂合わせみたいなものです。

興味の幅がありすぎて、まとまりがありません。最近は京都に住んでいます。気持ち的にはです。

大山寺をあとにして、裏大山に向かった。


住所だと江府町。撮影したいポイントがあるんだよね。それを探しながら走っていたら石碑と五輪塔があったので、なんだろうと見てみると



鳥取県童謡唱歌百選・早春譜の碑だった。


🎵春は名のみの 風の寒さ・・・


作詞 吉村一昌 作曲 田中 章



全部で百あるってことだよね。




水車小屋の撮影ポイントを見つけたけれど、雲が晴れそうもないね。諦めてもう一つのポイント、まあ撮影ポイントというよりは見てみたかったポイントを探していたら、雲が晴れてきたので戻ってみた。



いまいち!絵を描くおじさんでも撮って茶化すかな🤭。ちなみにもう一つもポイントも見つけました。農業倉庫が水車小屋の代わりにある感じ。



古い石の標識と石仏。そばの道路に蛇が横切っていて危うく轢きそうになったよ。


雲も完全に晴れないし、それで道の駅 奥大山に行ったのだけれど、ご飯物が売り切れていたので、高速に乗って一気に米子市内まで戻ったんだ。



満洲味

0859-22-9405

鳥取県米子市西福原9-21-15 

https://tabelog.com/tottori/A3103/A310301/31000028/


諸説あるけれど牛骨ラーメンの元祖のお店とのこと。駅前にも牛骨ラーメンのお店があったんだけど、そう聞いていたからここまで来てみたよ。それで塩ラーメンのセットを頼んだ。



人気のお店なんだね。もう少し遅かったら品切れ閉店で食べられなかったよ。


そしていよいよ



MOTO STYLE


革とシルバーのお店。とても勧められていたお店。ブリキのおもちゃとか、売り物ではないけれど、弁慶垂涎のコレクションがディスプレイされていたりしてする🤭。



名刺入れを無くしてから数年の間、コロナだったし適当に誤魔化していたんだけれど、買った。


その時はまだ、このまま誤魔化して生きていっても良かったんだけど、なんだか必要になることになってしまったような気がする。それはそのうち書くけど。



そして同じ敷地にあった本池ミュージアム。革のミュージアムなんだけど、こんなの聞いてないし(笑)。


MOTOブランドを立ち上げた本池秀夫氏の作品などが展示されている。



鉄の骨格、膠の肉、荒縄の血管、そして牛3頭分の革を漆を塗り磨くことで作った馬の像は、顔や足に粟縄により血管が浮かび上がっていてリアル。



各種動物像は、馬のクオリティーからすると、まあそれなりなんだけど



こちらは本池作人氏の作品。


一番見るべきなのは、唯一無二の革人形作家でもある本池秀夫氏のミニチュアの革の人形。街角の風景とか家族とかを何体もの人形と楽器や自転車、オートバイ、家具などで表現されている。これは撮影禁止なので写真撮れない。


これは凄いと思ったよ🫨。



次は海へ。



弓ヶ浜公園によってみたけれど、ここは駐車場に近い少し公園から外れたあたり。



今度は皆生温泉の前の方へ。



猫が住んでるので、猫好きの地元の人が集まってくるような場所があった。



なんでここは車が何台も路駐してるのかなって思った。



竜宮神社だ!



ちょっと広い空き地があって、車が停められる場所があって、そこから海を見た。反対側は島根半島だよ。


ね。


広島出張で京都に途中下車した。



フルーツとワインというコンセプトのお店だから、フルーツはマスト。



出前でだし巻き玉子サンド。



チーズ


この会員制のお店のオーナーは料理屋さんなのだが、バーテンダーの方はそのオーナーさんを以前料理長として雇っていた料理屋さんの女将さんで、その女将さんがバーを経営されていた頃に弁慶は知り合って、それでこのお店に出入りさせて頂いている。今回は、そのオーナーさんのお店を紹介して頂きたくてお願いにあがった次第。



ハーフムーンだった。



四条河原町南から夜バス22:03に乗車。



岡山行きの22:32に乗車。


翌朝はやくも27号の指定席特急券を買ってから広島に移動。



広島護国神社の参拝と



広島城からの矢賀で仕事して広島で飲んで、また岡山へ。予定より1時間以上早い18時半に到着して、まずはやくも25号に指定席特急券を変更して、ちょっとお茶して改札に来ると



え!まだ23号が発車してないじゃん💦


何があったの?もしかして路頭に迷うのか???と駅員に確認すると、線路への落石があったらしく、でももうすぐ運転再開になりそうだとのこと。


もう一回変更しちゃったんだよねって事情を話すと中の窓口で変更できますということで、



無事にちょうどやくも25号の発車時刻、約1時間半の遅れで発車したやくも23号に乗れた。



3,800円の安ホテルだけど、快適。朝食付きで、その朝ごはんはゆで卵とパンとコーヒーしかなかったけれど、弁慶はもともと朝はゆで卵とコーヒーなので、むしろ喜ばしいくらいだ🤭


ここまでが前置き。なが!😄



さて、鳥取で最初に行くところ。トヨタレンタカーで、天台宗の古刹、大山寺へ。駐車場からゆるい坂道がずっと続いて弁慶は死にそうだったけれど、



手水舎はちょっと変わってるね。



山門。もう心臓バクバク。



本堂。左の受付で参拝料300円を納める。



不動明王を祀ってある護摩堂。



下山観音堂。



宿坊もあったよ。



大山火の神岳温泉 豪円湯院


たまには旅先で温泉入らないと。もともと温泉ブログなんだし(爆)


湯船は露天のみだった。



源泉名 白雲荘

泉質 単純泉

pH 8.1 泉温 28℃


なのだけど、浴槽の湯温は40℃くらいはあるのに、それが小川のせせらぎ程度にかけ流されているのですよ。どうなってるのかな。



全国屈指の抗酸化作用とのことで、飲泉所もあった。左の源泉は一杯までと書いてあったが、ヒ素が含まれているからなのかな。右の還元水はいくらでも飲んで良いらしい。



大豆製品が名産品のようで、豆腐を販売していたし、入浴すると豆乳か豆乳アイスのサービスがあったよ。


いまさらだけど大山は「だいせん」と読むんだよ。


ね。


日本人男性の平均的寿命は81歳なのだが、そこから未婚男性だけを抽出すると、なんと67.2歳になるのだそうだ。死因としては、腎不全、糖尿病、高血圧性疾患、悪性癌となる。


離別男性も72.9歳なんだと!なんなん?、わしらは兎なんか?



これに当てはまると、弁慶の場合、定年まで勤めると、老後は2.2年しか残されていないことになるのだ!


しかも、健康寿命と寿命の間には男性で5.4年(女性は7.92年)の差があって、仮に67.2歳で死ぬとすると、もうすでに健康寿命は終わっていることになる(爆)。まあ確かに整体に通わないと腕が痛いし、定期通院して薬漬けだ。やはりこんなことはしていられない(爆)。



しかし、ここでまるっきり逆のことを話すのだけど、先月末、大樹生命のドリームロードのドル建の10年を契約した。満期は72歳の数日手前である(爆)。



9月30日に入金したので、その日のレートでドルに変更されて、以後は年利3.9%だったかな。石破ショックで円高に振れていたので、そこはラッキーだったはず。あとは100円を切るほどの円高にならない限り、元本割れになることはないはずなので、弁慶が本性を出して博打打って有金を全て無くしても、これは保全されるわけ。それに弁慶は兎ではなく寅年だから😸。


ちなみに女性は既婚者のほうが寿命が短いようだから、お気をつけあそばせ🤭



先週末は変に予定が入っていて、土曜日は加須まで仕事に行ったあとで、ギリギリ昼までの医者に間に合わせて血圧の薬を補充し、15時に先週と違う保険屋と会った。


なんだか里芋が食べたくなって、芋煮を作ろうと思ったが、食べたい物を適当に入れたので、木耳も入った(爆)。



甘さも抑えめ。肉も鳥で皮を入れなかったので、なんだかコクが無い(爆)。こんな毒のない生活していると、本当に死ぬかもしれんね。


里芋喰ったら、沢田研二が主演した「土を喰らう十二ヶ月」を観たくなったので、観た。


沢田研二は松たか子に一緒に住まないかと問いかけるが、心筋梗塞に倒れ奇跡的に助かり、退院したタクシーの中で松たか子が一緒に暮らすことを伝えると、今度はどうやら自分は1人で居たいらしいと断る。離別男性だが、72.9歳では死なないタイプだな🤭。


弁慶はたまにここで1人で心筋梗塞になったら死ぬだろうなと思ったりするから、ましてや松たか子だったら間違いなく暮らすななどと思ったわけで、やはり兎なのかもしれん。ますますヤバいか🤭。


話を戻して医者に行った時に体重を計測された。休肝日を積極的に設けた結果、体重は前回より2kg減っていた。先週も月火と金土と週4日も休肝日にした。


日曜日は整体師さんが講習会に行くので休みだけど8時半に来られるなら対応しますよといってくれたので整体に行き、夕方は付き合いというか強制連行で、伊勢崎までフラメンコの発表会に行った。



2日共、朝と15時に予定があったわけで、これだと何もできないね。


日曜日は休肝日ではなかったので、飲みに出た。



塩だれキャベツ



カシラとタケノコ



TKG


卵は1日3個食べると良いらしい。コレステロールが高くなるとかは、もう過去の間違った認識となった。免疫力が上がるし、色々効果あるよ。でも、卵かけご飯に納豆はダメなんだそうだ。ナットウキナーゼを阻害する物質が、黄身の中にあるんだそうだ。これで2個だから、あと1個食べなくっちゃ。


ね。




逃げ足の早かった桂小五郎は、当時花街だった三本木あたりに潜伏していた。この辺りは長州藩邸も近く、いざとなったら加勢も呼べたし、逃げ込むことが出来た。何より、この花街には後に妻となった幾松が居た。幾松はここの吉田屋に席があった、踊りと笛の上手な人気の芸妓だった。


そんな三本木には、もうそんな面影は残っていないというけれど、一度行ってみようと出かけて行った。


木屋町通りを上がって行くと、一之船入の手前に石碑があった。これまで何回も通ったと思うが、ちょっと気が付かなかったのが不思議だ。



兵部大輔従三位大村益次郎公遺址


ここは大村益次郎が襲われた宿の跡らしい。大村益次郎こと村田蔵六は元々は蘭方医だったが、その卓越した語学力で外国の軍事を学び兵学者となり、長州藩の軍事近代化への功績は大きかった。


河原町通りで出て、さらに上る。


そして河原町丸太町の交差点を超えてから鴨川方面に歩いて二つ目の路地を上がると三本木である。



まず最初に見つけたのは頼山陽の書斎であった山紫水明處。ここは国定史跡で保存会があるようだ。そういえば丸山公園の奥の長楽寺に行った時に頼山陽の墓所があったなあと思い出した。


注意深く歩いて行くのだが、他に何も見当たらず



唯一残されていたのは、ここ。


石碑には立命館草創の地。そして右にある木の立札は、吉田屋跡を示すものだった。調べると諸説書いてあるのでよくわからないのだが、おそらく右側の集合住宅がある辺りに吉田屋があって、この石碑の裏あたりが料亭、清輝楼だったのではないかと思われる。立命館の前身となった京都法政学校が清輝楼の2階に間借りして授業を行っていたことから、この地を草創の地として100周年を記念してこの石碑を作った。



吉田屋の木札はずいぶん痛んでいる。


更に北へと上がって行ったらお寺があった。



圓通寺


浄土宗のお寺のようだが、観光寺院ではない。あとは何も見つからない。


河原町通りに出ると居酒屋があった。



三本木商店

075-255-2810

京都府京都市上京区真町478 

https://tabelog.com/kyoto/A2601/A260202/26032695/


評価点の高い居酒屋さんであった。


そこからは昼過ぎの予定に向けて、ぶらぶらと歩く。



西国観音霊場の革堂行願寺は以前にも訪れている。



天台宗の大寺院だった大福寺は、色々な御朱印を展開していて、たびたび訪ねる。今回は角大師の限定御朱印をやっていたので、それ目的に訪ねてみた。


住職の奥さんと、元三大師専用御朱印帳を肴に歓談した。



寺町通りの古道具屋で物色し、



寺町京極のこちらはアンティークショップというほうが良いかな。こちらは通販で小皿を買ったことがあるけれど、実店舗ではまだ何も買っていない。



こちらも通販では買ったことが2回もあるのに、立ち寄っても何も買わないミリタリーショップ🤭



愛する人に先立たれることを大河ドラマで嘆いていた和泉式部が初代の住職となった誠心院には、



道長が崖をよじ登って参拝した金峯山を開いた役行者の石像、水かけの行者さんがある。



こちらは、骨董屋さんと呼ぶのが適切なお店。恐る恐る入ってみたら、奥さんが説明してくれた。次は江戸期くらいの蕎麦猪口あたりを買おうかな。



イベント会場に到着。こちらは麩屋町の三木半旅館さん。



この日のイベント、おおきに財団のおおきにパーティーは、今回初めて参加するのだが、友の会会員なので2,000円で参加可能。これに参加してしまうと暮れのイベントの割引が効かなくなるんだけれど、そちらは行けるのかわからないから、一泊の予定を二泊に変更して申し込んでみた。



全五花街から総勢9名の芸舞妓さんが接待で、踊りは祇園東が担当だったが、1人1分でキープしないでくださいね、そうすれば全員回れるので!との主催者の忠告も虚しく、4人しか回って来なかった。


京都でルールを守らないというと、すぐに外国人を連想するかもしれないけれど、最近の日本人もたいしたものですよ(爆)。


ね。