朝寝坊弁慶のささやかな交湯録 -17ページ目

朝寝坊弁慶のささやかな交湯録

朝寝坊弁慶の由来は、朝寝坊して昼過ぎからのこのこと温泉に出かけていく習性に由来しております。

弁慶はなにかといえば、語呂合わせみたいなものです。

興味の幅がありすぎて、まとまりがありません。最近は京都に住んでいます。気持ち的にはです。

始まりはこの看板



最近は京都ばっかり行ってる弁慶ですが、実はちょっと変な温泉マニアだったのです(爆)。まあ、引退したわけでもないんですけどね。


さて、この看板を観て「なんだ、鉱泉か」と歯牙にも掛けない方は多いだろう。源泉掛け流し至上主義から見れば、まったく価値のないものだろうが、弁慶にとっては、お宝が隠れているかもしれないことを教えてくれるたいへん貴重な看板である。


調べてみると六ヶ迫鉱泉しらさぎ荘という旅館があって、平成30年に残念ながら廃館しているらしい。だいたい鉱泉宿などは一鉱泉に一軒だったりするので、もうダメなのかと思ったのだが、さらに検索をしてみると鷺来ヶ迫温泉というのがあって、これも「ろくがさこ」と読むらしいし、どうやら地域も同じようだ。


ということで、山間の道を進んで到着したのが



鷺来ヶ迫温泉 源泉 俵屋旅館コト白鷺館



坂を降りて行くと、ちょうど玄関に宿の方が出てきて暖簾を掛けた。入浴をお願いすると料金は500円で、お風呂は右側の入口から入って階段を降りた先だということを教えてくれた。



Wi-Fiもあるじゃないか!



階段を降りたところに、休憩所らしき空間と椅子とトイレがあった。壁を見渡すと



利用客からの感謝状



昔の写真などが、掲載されていた。



奥を左に入ると褐色の源泉があった。さらに奥を見ると



ここは源泉を飲泉する場所となっている。



白鷺御神体堂


この六ヶ迫鉱泉は、元文年間(1736〜40)に一羽の白鷺が足を痛めてこの谷に飛来し、谷川で十七日間沐浴して傷が癒て飛び去ったことにちなんで、その名がついたということなので、もともとの字は鷺来ヶ迫で、六ヶ迫は後の時代の当て字なのでしょう。


どうやら閉館した「しらさぎ荘」は、ここより少し下にあって、後に発見された源泉で営業していた旅館のようだ。



窓が開かなかったので、すごい湿度でこれ以上中に入っての撮影は困難だった。さて、左側の大きな湯槽は激アツで46℃と推測します。褐色に濁っております。その右側の少し小さい湯槽は、有色透明で43℃から44℃くらいで、この湯槽には湯口がありますが、入浴時には投入されてありませんでした。高低差ではこちらの槽の方が高く、こちらから溢れたお湯は褐色の湯槽に流れます。でも温度は逆。仕組みはよくわかりません。


さらに右側には、待ってましたという感じで20℃くらきの源泉槽がありました。こちらも褐色で濁っておりました。


もちろん源泉槽には冷たくても入りました(それが目的だからね)が、褐色の激アツ槽には足までしか入れませんでした。46℃は鹿の湯でも入れなかったもんね。それで推測した数値です。



俵屋旅館コト白鷺館と書いてあるので、この旅館の名称は白鷺館だいうことらしい。料理も良さそうですね。


源泉は飲んだ感じはそんなにクセが強くは感じられなかった。色的にはもっと不味そうに見えるけれど(笑)、でも前出の感謝状の方のように三升は飲めないよね。


毎朝三升って何かがおかしい。



臼杵藩主の命も救った献上湯。


九代泰道公がその人のようで、西江禅師に命じて薬師堂を建立し、そこを湯治場とするに至ったということのようです。西江禅師とは、臼杵城下の臨済宗多福寺の七世の住職とのことです。


ひさしぶりらに温泉好きの記憶が疼いて、このあとで近所の泊まれるホテルを検索したわけです。近所・・・でもないか(笑)。


ね。

佐賀関のある臼杵市には何があるのだろうかと検索したら出てきたのが、国宝臼杵石仏。石仏といっても岩に彫られた石仏なので、いわゆる磨崖仏である。



深田の鳥居は、石仏入口の交差点のそばにポツンとあった。室町時代のもので、石仏群の後ろの山の上にある日吉社と関連があるのではないかと推測されている。



この地は臼杵荘という九条家の所領だった。九条家は延暦寺との関係も深く、この磨崖仏が彫られた頃にはこの地に満月寺という天台宗の大きな寺院があったそうだ。その鎮護社が日吉社ということだ。



以前は雨ざらしだったようだが、現在はこのように屋根がかかり保護されている。



ホキ石仏第二群第二龕・九品の弥陀



ホキ石仏第二群第一龕・阿弥陀三尊像



ホキ石仏第一群第一龕・如来坐像三体と菩薩立像二体



ホキ石仏第一群第三龕・大日如来像他



ホキ石仏第一群第四龕・地蔵菩薩と十王像



ホキ石仏第一群第二龕・阿弥陀如来坐像、薬師如来坐像、如来坐像



山王山石仏


ここから山を登っていくと日吉社があり、五輪塔がある。私より若いファミリーのお父さんは「パパは登らない」と言ってさっさと先に行ったので、ファミリーも登らなかった。



日吉社には土俵があった。



県指定有形文化財の石造五輪塔は平安末期から鎌倉にかけての時期に作られたのではないかとされている。


降る。



最後に国宝に指定された古園石仏の金剛力士像



古園石仏・大日如来像を中心とした曼荼羅


臼杵石仏の中心的存在で、特に大日如来像は日本の石仏の中でも最高傑作の一つといえるそうだ。



現在の満月寺



日吉塔(宝篋印塔=宝篋印陀羅尼教を納める塔)は、宝篋印塔としては日本最大級の高さで、中世にあった満月寺の守護社であり、その時代からここにあり移動されていないことが判明しているのだそうだ。



満月寺にあった石仏。一番左側はちょっと変わっていて貴族のように笏を持っている。どこかでも見たことがあるような気もするんだけれど、うーん、思い出せない。


ね。

何か美味しい物ないかなと考えていたら、そうか、九州には関サバ、関アジもあるよねって思いついた。



関あじ関さば館

097-575-2338

大分県大分市大字白木949 

https://tabelog.com/oita/A4401/A440101/44008076/


ずばり、そのままのお名前。



ノンアルコールビールの中を貨物船は通らない



関さば定食


味噌汁はクロメ入りにしたから200円増し



柚子香る茶碗蒸しの中身が何か知りたかった。



これは別の施設だけど、ここもそのまま、関あじ関さば直売所。


近くに国道九四フェリーの乗り場がありましたが、ここから四国に渡るのが最短なようです。ここで渡って道後から小倉に戻るのも手ですかね。



駐車場。この干しているのがクロメかな。



これかな(違うかも)。



セキタクシーと海岸通りのサイクリングロード。10年前なら。


ね。

天智天皇勅願の寺 石光寺は浄土宗、知恩院の末寺で、役小角開山。役小角は、別の名を役行者といいます。役行者を求めて旅しているわけではないけれど、なんだかよく登場しますね。



霊光を放つ大石が見つかり、天智天皇が勅命によりこの石に弥勒菩薩を彫らせた堂宇を建立したのが始まり伝わっておりました。



想観の沙(そうかんのすな)


入口からすぐにあります。砂を沙と書くのは河の砂、釈迦が沐浴をしたガンジス川の砂を意味するからで、阿弥陀経の中に「ガンジス川の砂の数ほどのたくさんの諸仏が弥陀を信じ極楽往生を願う」というくだりがあるそうです。



中将姫の石像と當麻寺の本尊、蓮糸曼荼羅を織った時に糸を染めた「染の井」と「糸掛桜」があります。









塔の基礎だった石。


また、石光寺は花の寺。境内には色とりどりの花が咲くようですが、まだ春浅いのでそれほどでもないかと山門から覗いて帰る方もおりました。









境内は思いのほか奥に広かってそちらにも花がいっぱい咲いていました。



弥勒堂


長い間、伝説でしかなかった弥勒菩薩は、1991年に発掘により出土し、日本最古の石仏であることがわかりました。そして伝説が本当だったという証にもなったのです。ロマンだ。


ね。


あ、レンタカーの時間がないと言いながら、無理して寄ったもんだから、結局返却時間を超えてしまい、追加料金をとられました😅

當麻寺には40年前に行った記憶があるのですが、とても曖昧なのです。



あの頃、五木寛之の「風の王国」を読んで、二上山に興味があったので、當麻寺の背後に聳える二上山へと登りました。それははっきりとした記憶として残っておりますが、當麻寺となると記憶の底に沈んでしまっておるのです。



東大門



當麻寺の境内。


當麻寺は高野山真言宗五院と浄土宗八院の塔頭により形成されていて、當麻寺自体には本坊はないのだそうです。曼荼羅堂(本堂)は両派が、金堂、講堂、塔の管理は真言宗で行われています。



まずは曼荼羅堂(本堂)へと参ります。本堂で拝観料を支払うと、内陣への立入を含む伽藍三堂への立入が許されます。


本堂では曼荼羅を納めた国宝の厨子が間近でみられます。



講堂は平安から鎌倉にかけての仏像群が納められております。



金堂では弥勒菩薩と四天王など白鳳期の仏像が観られます。



塔頭の西南院には真言宗のお寺で、池泉回遊式庭園があります。(別途拝観料)



心字の池に映るのは、国宝の西塔で、手前は水琴窟で、たいへん心地よい空間でした。1番のおすすめ。



同じく西南院の展望台からの景色は、奥は東塔で手前が西塔です、日本で東西両塔が現存しているのは、この當麻寺だけです。


東西の両塔というと、イメージとしては本堂を挟んで左右にあると思ってしまいますが、伽藍が南北方向なので、本堂正面にあたる東大門から手前が東塔で奥が西塔という並びで、その間に護念寺(浄土宗)があります。



奥院(浄土宗)(別途拝観料)



浄土庭園。



中之坊(真言宗)(別途拝観料)



中将姫剃髪所



そしてこちらが中将姫誓いの石


ということで、中将姫について何も説明してなかった😅。


當麻寺の本尊である當麻曼荼羅を織りあげたと伝わる藤原家の姫君で、當麻寺で修行をし出家を許され法如という尼僧になったそうです。


中将姫誓いの石は、女人禁制だった當麻寺にどうしても入りたいと一心に読経を続けたところ、その功徳により石に姫の足跡がついたといわれる石です。



東塔と心字の池。



茶室 知足庵


レンタカーの時間があり、駆け足の見学となったのでちょっと見切れませんでしたよ。


ね。