朝寝坊弁慶のささやかな交湯録 -13ページ目

朝寝坊弁慶のささやかな交湯録

朝寝坊弁慶の由来は、朝寝坊して昼過ぎからのこのこと温泉に出かけていく習性に由来しております。

弁慶はなにかといえば、語呂合わせみたいなものです。

興味の幅がありすぎて、まとまりがありません。最近は京都に住んでいます。気持ち的にはです。

夜は久しぶりに社会人になった三味線・長唄・歌舞伎好き女子から連絡があって、酒飲みに行きました。



照月

075-791-4131

京都府京都市左京区下鴨上川原町24 

https://tabelog.com/kyoto/A2601/A260503/26005782/


カジュアルコースです。



急遽1人から2人に変更をお願いしたところ、満席のカウンターに1人追加して対応してくれました。



いつも無理を言いますが、快く対応していただけ、ありがとうございます。



筍食べたかったんだよね。



特に仕事で悩んでいるとかもないようで、まあ普段三味線弾く時間がないとかはあるようだけど。



あと先斗町に連れて行った時に知り合った篠笛奏者と歌舞伎を観に行ったりすると、よく遭遇するとか。



まあ取り留めもなく、食後はまたまた先斗町でした。


ね。

今宮神社の参道には平安時代創業の、あぶり餅のお店がある。



一和 一文字屋 和輔

075-492-6852

京都府京都市北区紫野今宮町69 

https://tabelog.com/kyoto/A2601/A260503/26001669/


店の奥に創業以来使い続ける古い井戸があって、それをテレビ番組で観たことがある。


右側がそうで、左側は江戸時代創業の


あぶり餅 本家 根元 かざりや

075-491-9402

京都府京都市北区紫野今宮町96 

https://tabelog.com/kyoto/A2601/A260503/26001670/



紫野 今宮神社


今宮神社は妙心寺の近所にもありますが、紫野は初めて来ました。



摂社 奥に月読社、手前右に地主稲荷社



拝殿



織姫社



阿保賢さん(重軽石)


石を撫でた手で身体の悪いところをさすると病が治るそうで、また願をかける前と後で足の重さが軽くなったら、願いが叶うのだそうで、ネガティヴな弁慶は軽くならない事が怖いから、こういうのはやらない(爆)。



日吉社、大将軍社等々。


あぶり餅はそこそこ繁盛しておりましたので、並びたくない弁慶は移動(笑)。



西向寺



まあこの時期、青紅葉はどこに行っても美しいです。ちょうど法事をやっていたので、すぐに退散。


大通りに出ると行列が。たんぽぽという京ラーメンのお店で、あの映画たんぽぽから名前を頂いたそうですが、



おもいで

075-493-5072

京都府京都市北区紫野西蓮台野町72-1 

https://tabelog.com/kyoto/A2601/A260503/26010174/


右のファミマの先に小さく見える行列が、たんぽぽの行列。弁慶の今年のテーマは庶民の食堂なので、こちらに。



元祖ポンから定食を頂きました。そこから繁華街に大きく戻って



鴨川をどりの4日目2回目の公演に。


おおきに財団友の会特典でお茶席付き特等席を1枚頂けるとので、その分で観覧。


お茶席に行ったら丹鶴の女将さんがご案内されていて、ご挨拶したところお正客席に案内して頂きました。


今年から売店がエレベーター前に移動してました。



ガチャガチャもあった(爆)。



こちらは待合室。一昨年くらいの演目がDVDで上映されてました。



8列目


芸舞妓さんの数が減っているのが気がかりでありますな。今年は舞妓が6人しか居ないので、仕込さんも踊りに参加してました。


宮川町歌舞会があれだけ盛況になっているので、なり手が居ないからではないと思うのですよ。



ビアホールは今年もやるようです。会場から大文字が拝めます。主催はサントリーです。


ね。

逢坂の関所の先には日本一のうなぎって謳い文句のお店がある。



逢坂山 かねよ レストラン部

050-5890-8288

滋賀県大津市大谷町22-13 

https://tabelog.com/shiga/A2501/A250101/25002530/


こにらには一度行ってるが、



逢坂山 かねよ 本店

050-5570-9968

滋賀県大津市大谷町23-15 

https://tabelog.com/shiga/A2501/A250101/25000117/


その向かいにあるのが本店で庭園もあって高級感漂わせている。もちろん庶民である弁慶はレストラン部へ。



それでも上をみたらキリがない。



でもビール(●´ω`●)



きんし丼の並。吸物は肝と湯葉が選べるが肝吸にした。それにしても、このきんし丼の食べ方は、よくわからない(爆)。この分厚い卵焼きは、味付いてないんだよね。やはりタレかけて食べるのだろうか。


そして夜までは、ただぶらぶらと過ごすのであった。



三条のジャズバー



ビルの2階にあって、その立地がすごく面白い。右側は駐車場へのスロープ。もちろん、階段かエレベーターで2階に来るんだけれど、ここからも来られないわけではないね。



この日はライブがあったので、ワンドリンクはチャージ料に含まれている。ポップコーンもサービスで、ナッツは別注。



御年91歳のジャズギタリスト、寺井豊さんを聴きに来たのであった。


まあ運命的というか、ある日突然、インスタに出てきたんだよね。それで調べたら、ちょうど京都に行く日にライブがあったんだよ。たまにこういうのってあるよね。


最近飲みに出るのも遠くてたいへんで、家に帰るとギターを弾くようになったのね。まあ、これまでも適当にしかやってないから全然ダメなんだけど、91歳まであと29年あるし、それまでには少し弾けるようになるかもしれないと思ったよ(爆)。



3セットあったんだけど、浜大津に帰る終電がなくなるので、2セット終わった段階で退席。お酒追加したから5010円でした。


ね。

びわ湖浜大津におりまして、逢坂の関を目指して歩きます。


まず京阪が路面電車ではなくなるちょっと手前にあった寺から。



1465年、比叡山衆徒により打ち壊された本願寺の代わりに蓮如はこの地に親鸞聖人像を安置し顕證寺とした。その為10年後に山科に本願寺が再興されるまでの間、ここが実質的な本願寺であったそうで、現在は本願寺近松別院となっている。



銭湯があった。小町湯という。美人の湯かもしれない。


その角を右に入る。



狸が寝ていてお互いびっくりしあったが、彼は逃げた。長安寺宝塔。さりげなくあるが、国の重文と書いてある。鎌倉時代の石塔で、この一帯にあった関寺の、一般的には牛塔と呼ばれている。



長安寺は関寺の遺構にある唯一の堂とのこと。



本尊は牛仏。



小町供養塔。小野小町は晩年この辺りに住んでいたという伝承があるようだ。小町については、いろいろ訪ねたつもりだったが、ここはこの日まで知らなかった。



比叡山焼き討ちで埋もれた石仏は、ケーブル沿いに安置されているが、ここにも100体が移されて祀られている。


ここから石仏が並んでいる山の上の方に向かってしまい、線路沿いにあった寺院を素通りしてしまう😅。おそらく無数にある石仏も、この一帯が広大な関寺だった遺構ゆえなのだろう。


山を道なりに降りた来て国道1号線。



安養寺は事前に申し込まないと拝観できないようである。関寺の旧跡であり、蓮如上人の旧跡でもある。境内の立聞観音は東海道名称図絵などに記載されるなど古くから有名なんだとか。



逢坂山隧道はかつて東海道本線が通っていた。



関蝉丸神社上社



本殿。御祭神は蝉丸さん。だから芸能の神様。開催中の鴨川をどりの成功を祈願しました。蝉丸神社は他に下社と分社がある。



水車谷不動尊。初めて聞く名前だけど行ってみるよ。



水力のある湧水があった。



舗装路が途切れた。その奥にあるらしい。



水車谷不動尊。毎月の縁日には行があるという。



そんなこんなで逢坂の関所跡に到着。



清少納言の逢坂の関を歌った歌碑



三条右大臣の逢坂山を歌った歌碑


三条右大臣とは藤原定方のことで、家系的には紫式部の出た家系。



そして蝉丸さん。


あまり人の行くよつな場所ではないけれど、青紅葉が綺麗だった。青紅葉を求めて人の大勢いるところに行くくらいなら。


ね。



赤間神宮をあとにして、目の前のモニュメント。



朝鮮通信使が上陸した場所である。阿彌陀寺は、朝鮮通信使の宿舎でもあった。



この碇は、謡曲「碇潜」を記念して設置されているらしい。船頭(幽霊になった平知盛)に旅の僧が戦の物語を聞かせてくれないかと所望する話である。


さて、対岸は九州ですな。次の目的地はそちらの山間の地。



隠蓑の里。すでに目的が表示されとるがのう。



この先に道あるの?と思うような小径を進みます。



薬師寺 隠徳庵



正面に何か祀られていて、右には御堂があり、真ん中に意味ありげな石碑が見えた。



安徳天皇御陵 隠蓑伝承地である。


安徳天皇を奉じた平家の一門が源氏の追手を逃れてこの地まで来た時に、里人が藁の中に安徳帝を隠して逃れさせたとの伝承があり、安徳帝はその後この地で暮らし崩御されたのだという。


そのことを伝承する祭、しびきせ祭は現在も毎年12月15日に行われているそうだ。今年の12月15日は月曜日だなあ、残念。



こちらは本堂



左手にはずらりと石仏が並んでいる。この前の広場が祭の場所になるのだろうなあ。


安徳天皇陵を回ってみようと思ったのは、たまたま地図を見ていて発見したこの伝承地が始まりでした。地図で探していたのは近所のコンビニなんだけどね。


参考地、伝承地はまだまだあるけれど、いささか遠すぎる。硫黄島とかは流石に(爆)。でもまた行ってみるつもりである。


ね。