宅配便が来るので、土曜日は在宅。そして日曜日。
安徳天皇西市陵墓参考地
漁師の網に掛かって引き上げられた安徳天皇の御遺体は、義経の命により密かに運びだされ、いずれかの地に向かったようです。
この石碑から山の中に1キロほど入った場所で、棺を載せた車が動かなくなったので、
この地に埋葬されたのだという伝承があります。
宮内庁の管理なので、この柵の中には入れません。石段を登った先に陵墓があるそうです。
御衣濯の池は、安徳天皇の衣を清めた池だそうです。右側の古刀出土の地は、三種の神器の中で唯一見つからなかった剣とする向きもありますが、そもそも義経が安徳天皇の御遺体を密かに運ばせた理由が、剣が見つからないことを隠す為だったということなので、それはありませんね。
奥に見えるのは豊田湖というダム湖で、増水すると陵墓がほとんど水没してしまうので、嵩上げ工事が予定されているようです。
場所は下関から長門に向かう途中です。近くには、あの俵山温泉がありますので、
麻羅観音に再訪。
戦国時代、7歳で殺された大内歓寿丸の霊を慰める為に建立されたのが始まりです。
ちなみに安徳天皇が崩御されたのは8歳で、戦乱に巻き込まれて亡くなった唯一の天皇であります。
陶器製の男根がいっぱい奉納されているが、この男根は温泉街で販売されている。
なぜ男根なのかというと、この地で殺された時、観寿丸は男根を切り取られて証拠として持ち去られたので、それを不憫に思った里の人々が観音堂を建立したからなのである。
うーん、鳴き声でわかったけれど、君は石仏に同化しすぎてるよ(爆)。
次はせっかく山口に来たので、ちょっと寄り道します。
ね。

























































