真言宗智山派 総本山智積院 金堂
拝観料を支払ってみることができるのは収蔵庫と名勝庭園「利休好みの庭」、および庭に隣接する講堂と書院の内部である。撮影禁止の収蔵庫には長谷川等伯らによって描かれた祥雲禅寺の客殿を飾っていた金碧障壁画などが収められている。
庭へは唐門をくぐり講堂へと上がる。
庭園を眺められる講堂の広間でしばらく休むことにした。左に立ってるのが羅漢石で、僧が滝に向かって合掌している図だという。智積院を訪れるとはあまり考えていなかったので、そんなことはまったく知らずに庭を眺めていたのだが、ふと、この石が僧侶みたいだなと気が付いた。そうすると築山の白い石が観世音菩薩のように見えてきて、池の奥から鯉が背鰭を水面で裂くように泳ぎ出てきてくる様子が、龍のように見えた。やはりまだ意識が朦朧としていたのかも知れない(爆)。
こうして改めて見ると、むしろ正面の石が仏が合掌しているかのように見えるが、白い石は観世音菩薩には見えない。
講堂の布袋唐子嬉戯の図は月梢道人作。特に撮影禁止の表記はなかったが、一般的には襖絵等は撮影禁止が普通なので、はたして本当に撮影して良いのか悩んでしまう。もしかしたらどこかに書いてあったかもしれないと不安になる。本当にどうしようもなく日本人なんだと感ずる。でも一応撮っておく。駄目なら消せば良い。これもどうしようもなく日本人である。
ところで、あの撮影禁止というルールは、大嫌いである。いちいち目で見た物を覚えておける記憶力があればともかく、そんなものはあるわけがない。およそ通り一遍見たら忘れる。確かにそれでも記憶に残るような素晴らしい物もあるかもしれない。それは、どのくらいの確立で会えるのだろうかと思う。出会えれば幸せだろうと思う。その場ではそこまで良いと思わなくても、後で見返すことでまた別の感情が浮かれることもあるし、興味を持って調べたくなる物もある。できればそうしたい。
さて、智積院は広くまだまだ見るべき物があると思うが、あまりにもくつろいでしまったので、先を急ぐことにした。
入口に戻って行くと、寺紋の桔梗も咲いていた。
御朱印は本尊の大日如来である。
御朱印所は入口を入るとすぐ左側にある。御朱印帳を最初に預けて帰る時に受け取ったのだが、どうやら別の方と勘違いをされた御詠歌も書いてしまわれたとのことであった。そんなことも一興である。
ちえをつみ とくをみがくの てらなれば このよをてらす のりのともしび
そんな偶然から「のりのともしび」って何?と思ったりするから、それを調べるわけであり、仏前にともす灯明であると知ることになる。
ね。









