落倉高原 ペンション「かむるーぷす」
栂池高原スキー場へ行った
帰りに、落倉高原にあるペンション「かむるーぷす」に寄ってみました。
栂池は小谷村ですが、栂池のふもとの落倉高原は白馬村になります。この「かむるーぷす」は、昨年カナダのログハウススクールでお世話になった㈲ログホームプランニングが建てたログハウスです。また、カムループスは、カナダのラックルジューンリゾートにいた時に、休みの日や夜、遊びに行った思い出の町の名前でもあります。
昨年のクリスマスにオープンしてまだ4か月。昨年の11月にログホームプランニングの武川ログヤードを訪ねた時の、建設中の「かむるーぷす」の写真です。
佐野坂スキー場とパブペンションりこぼ
今日も昨日に引き続いて佐野坂スキー場に行ってきました。今日も快晴です。わたしはまた2~3本滑って家に戻り、買い物や雪かきや薪運びをしました。
そして!なんと!もう時効なので公開しますが、送り迎えはこんな状態でした。おまわりさんごめんなさい。この軽トラは友人たちの間では「オープンカー」と呼ばれていました。(笑)
帰り道、姫川源流の近くにあるパブペンション「りこぼ」
に寄って、お茶をして帰りました。
佐野坂スキー場と葛温泉
大糸タイムス社「グリーンL」いっこの石
昭和62年1月1日大糸タイムス社発行の「グリーンL」に父が囲炉裏の思い出を書いた文章が掲載されました。内容は下記のとおりです。
私の家には今も燃え続けている囲炉裏があります。この地域は夏でも朝晩は冷え込みますので、ほとんど一年中、火を絶やした事はありません。現在の家屋は大正9年に建てられたものですが、この囲炉裏はその先代の家から移設したもので、既に200年以上もの間、多くの人の体と心を暖め続けてきました。
この囲炉裏の一角に、丁度ゴムまりくらいの大きさの石が置いてあります。私が子供の頃から、あったので、いつから置かれていたものかわかりませんが、もう手垢がいっぱいついていて、新しい石と並べてみるとその古さが良く分かります。そしてよくもまあこんなにまんまるな石があったものだと思うほど、丸い石です。
私が幼い頃、年寄りに聞いたところによると、これは「囲炉裏の守り神」だというのです。私の民宿に泊まられたお客さんも、十人中、八、九人は、「これは何ですか?」と聞いてきます。私は最初の頃、とっさにうまく説明できずに困っていましたが、今では、「あの野口英世の家にもこの石があったら、大やけどをしなくて済んだかもしれませんね。」とお話しています。
はっきりしたいわれは分かりませんが、囲炉裏の角に「守り神」が置いてあれば、「守り神」をまたいで歩くような事は誰もしませんし、その石を見るたびに囲炉裏に落ちないように気をつけることでしょう。そんなことから派生したものであり、言い伝えだと思います。
つい20~30年前までは、白馬村のどこの家にも囲炉裏があり、朝起きるとすぐに囲炉裏を焚き付け、お湯をわかして、鍋をかけたものでした。食事をするのも囲炉裏をかこみ、近所の人たちとの話も、お客さんを迎えるときも、いつも囲炉裏の火を囲んでいました。囲炉裏が生活の中心だったのです。
長い年月のうちには、どこかの家で赤ん坊が囲炉裏に転んでやけどをしています。転んだひょうしに鍋をかぶって命を落としたという、なんとも痛ましい話も聞いています。囲炉裏の火は、山村の文化を築き、重要な役割を担ってきましたが、反面、時としてこのようなやけどの原因となる、非常に危険な火でもありました。そんな危険から、長い間多くの人を守ってきてくれたこの石は、我家の宝です。
山と渓谷のウッディーライフ23にカナダでのログハウスづくり記事掲載
昭和61年12月25日発行 山と渓谷社のウッディーライフ№23のP140に私が参加したカナダログハウス造りツアーについて、「Lac Le Jeune ウッディーライフヴィレッジづくりが始まった」という記事が掲載されました。記事の一部を抜粋しました。
山と渓谷社が異国カナダ ラック・ル・ジューン・リゾートでログハウスの理想郷「ウッディーライフ・ヴィレッジ」づくりを企画し、参加者を募集したところ、500名近い応募者があった。厳正な書類審査により選ばれた20名が、8月26日~9月18日までの約1ヶ月間で、ログビルダー マイルス・ポーター氏の指導のもと4棟のログハウスを造り上げた。
針葉樹の森に囲まれた美しいふたつの湖を擁するラック・ル・ジューンには、はや秋の香りが漂っていた。
異国カナダでログハウスの理想郷「ウッディーライフ・ヴィレッジ」づくりを目指して集まった20名とスタッフ6名。500名近い応募者の中から選ばれた幸運な人たちだ。
バンクーバーからバスで4時間余り。日本から15時間という長旅で疲れたメンバーを迎えてくれたのは、このラックルジューンリゾートのオーナーであり、このイベントの最大の理解者であるデリック・マクドナルドさんと、カナダのプロのログビルダーで今回のメインインストラクターのマイルスポーターさんのふたりの笑顔。ふたりともカナダ人らしいおおらかな性格で、期待と不安が交錯した顔つきのメンバーにジョークを飛ばし、少しでもなごませようと気を遣ってくれた。
カナダでの滞在は3週間の予定である。といっても正味は2週間。この間に4棟の棟上げをしようというのだから、作業は勢いハードになる。しかし、本場カナダのログビルダーと日本の一流ログビルダーの下でのスクーリングと作業だ。ちょこちょこっとかじるのではなく、ログハウスづくりのすべてを丸かじりするということで、全員頑張った。また、棟上げをして、家らしい形になってこそ、ログハウスづくりの感激が味わえるものだ。そこで、一日も早い棟上げを目指した。
ログハウスを建てた場所は、ラック・ル・ジューンのスキー場。冬はクロスカントリースキーで賑わうところだが、夏は草を食べる牛だけがチラホラ。このスキー場のロッジが食事や休憩の場所として割り当てられた。キャンプサイトも目の前に作られ、作業中はほとんどこの近くで過ごした。
メンバーの毎日の楽しみといったら何と言ってもメシ。ログワークはとにかく腹が減る。近くのローガンレイクで中国レストランをやっているアルフレッドさんが、3食ごと豪華な料理を作ってくれた。本来は中国料理のコックだが、メニューは多彩で、ステーキあり、パスタあり、フライやピカタありと日本食が恋しくなる暇もないほど。腹がペコペコになっているせいか、メンバーの食欲も旺盛。ビュッフェスタイルのため、おかわりをする人が続出した。コックのアルフレッドさんの根っからの明るい笑顔も食事のいいスパイスになったものだ。
A班~D班まで5人ずつ分かれたメンバーは、ひとりずつ付いたインストラクターの指導の下に、A班は10×8mのロフト付き大型タイプ、B~D班は9×7mの平屋タイプを担当。メインインストラクターのマイルスポーターさんは、各ステップでのデモと各班の手助けが役目。日本側インストラクター代表の関根さんは各班の進行状態の調整とクレーンの運転を担当した。
作業で一番大変だったのは、丸太の皮むき。作業の半分を費やしたと言っても過言ではないだろう。平均13mのスプルース材を250本。ハンドピールの感触を残すために、1本1本手で剥いていくのはなかなかしんどい作業だ。しかし、これがログハウス造りの第一歩であり、木との触れ合いと考えればそれほど苦痛ではなかった。使用したチェーンソーは、新ダイワ#500(排気量50cc)。初心者にも使いやすく、最後まで焼きが無かったのは幸運だった。
マイルスポーターさんは、さすがと思わせる技術と知見を随所に披露してくれた。彼はひとりでログハウスを建てるという基本姿勢を持っており、重い丸太をひとりで自由に動かすP.V.(木まわし)の使い方、スピーディーなスクライビングやノッチやグルービングのためのチェーンソーワークなどメンバーはもちろん、日本のインストラクターにとっても参考になる事を、数え切れぬほど教えてくれた。
9月13日夕刻。すべてのログハウスの棟上げが完了。
夕陽に映し出された4棟のログハウスは、メンバー一人ひとりの思いが託された結晶であり、ほかのどのログハウスよりも美しく見えた。この瞬間、皮剥きに汗を流したことや休みの日に湖で釣りをした楽しい思い出などが走馬灯のように流れていったものだ。遥か日本から、ログハウス造りを夢見てきた男たちの姿が、まぶしく、そして頼もしく見えた瞬間でもあった。





























