九代目七右衛門の徒然日記 -715ページ目

黄金色の稲穂と白馬三山

黄金色の稲穂と白馬三山です。

黄金の田んぼと白馬三山

 

 

大下(おおしも)から見た百日草(ジニア)と白馬三山

大下(おおしも)から見た百日草(ジニア)と白馬三山です。

百日草と白馬三山、遠景の山々

 

 

 

最近の写真と元民宿の常連客の方から届いた暑中見舞いを持って母との面会に出発します

最近の写真と

作業リストと写真

元民宿の常連客の方から届いた暑中見舞いを持って

暑中見舞いと母との面会

母との面会に出発します。

シルバーの車と山並み

 

 

玄関から見た茅小舎(茅葺きの農機具置き場)

玄関から見た茅小舎(茅葺きの農機具置き場)です。

茅葺き屋根の農機具小屋と山並み

 

 

 

 

 

 

玄関から見た正面の青空と蕎麦畑

玄関から見た正面の青空と蕎麦畑です。

青空と蕎麦畑、田園風景

 

 

 

前座敷の額に飾ってある書は故 矢口富士郎さんが父の事を書いて下さった詩

前座敷の額に飾ってある書は故 矢口富士郎さんが父の事を書いて下さった詩を、父の友人の松澤寿幸さんが筆で書いて下さったものです。松澤さんは白馬村役場の助役など要職を歴任された方です。矢口さんは元プロスキーヤーでSIA日本職業スキー教師連盟理事として長年にわたり要職を歴任され、小谷山村留学育成会理事長を務めていらっしゃった方です。
矢口さんが書かれた内容は父の名前も住所も書いてないのですが、父を知っている人ならばすぐに誰の事かわかる内容でした。

矢口富士郎 詩 額 伊藤家 尊厳の翁に学
尊厳の翁に学 矢口富士郎
一、我古きよりその人の名を知れり
広大なる館は今なお茅葺きにして営々囲炉裏に火を絶やさず今日に至る
世相の変遷殊に意にせず
日常変わらざること山川の如し
されど訪れる人あとを絶たず
まさにその見識の高さを尊ぶ
二、三百年に及ばんとするその館(現在の建物は大正9年築で今年で96年ですが、我が家は正徳4年からなので300年以上になります)
威風辺りを払って厳然たり
況や日本建築の粋を表す
襖に残る杜甫の詩一編
人口に膾炙されし飲中八仙の歌(前座敷の襖は、旧家から持ってきたもので250年以上前のものです。 杜甫の七言古詩「飲中八仙歌」が書かれており、賀知章、汝陽王李璡、李適之、崔宗之、蘇晋、李白、張旭、焦遂の八人の酒豪の姿が描かれています)
欅に刻むは高橋是清の揮毫なり「碧潭皎潔に清し」とぞ(奥座敷には欅の一枚板に、日本銀行総裁・大蔵大臣・商工大臣・農林大臣・内閣総理大臣等を歴任し、二・二六事件により昭和11年(1936)83才で逝去された髙橋是清の書で碧潭清皎潔と書かれています。へきたんきよくしてこうけつたりと読み、どこまでも透明な水をたたえ底のない青く深い淵、汚れのない清浄無垢な心境を表すそうです。)
三、横座に翁あり嫁座に媼あり媼かいがいしく翁を看る
共に睦まじく茶を飲みそして飯を食う
これ以上何を望むべからんや
爽快なる卒寿にして意気軒昂
我この期に及んで稀有の師を得たり
願わくば我もまた翁のごとき男たらんことを
最後の方はちょっと褒め過ぎのような気もしますが、生前 父は人が来るとよく見せていました。

杜甫の七言古詩「飲中八仙歌」賀知章、汝陽王李璡、李適之、崔宗之、蘇晋、李白、張旭、焦遂の8人

杜甫の七言古詩「飲中八仙歌」が書かれており、

飲中八仙歌:杜甫の七言古詩

賀知章、汝陽王李璡、李適之、崔宗之、蘇晋、李白、張旭、焦遂の8人の酒豪の姿が描かれています。

飲中八仙歌 8人の酒豪の絵

 

 

 

10畳の前座敷の襖は、正徳4年(1714)築の旧家から持ってきたもので311年前のものです

10畳の前座敷の襖は、正徳4年(1714)築の旧家から持ってきたもので311年前のものです。

1714年築の旧家、襖絵と和室

 

 

奥座敷の床の間の前から前座敷と表玄関を見たところ

奥座敷の床の間の前から前座敷と表玄関を見たところです。

和室の奥座敷から前座敷と玄関を望む

 

 

 

奥座敷の縁側はたくさんの傷が出来てあとで補修キットを買ってきて補修しようと思います

奥座敷の縁側は留学生のイベント準備の際にストーブや机を引きずったようで、たくさんの傷が出来ていました。あとで補修キットを買ってきて補修しようと思います。

床の傷とストーブ