(大白蓮華、5月号、2022、「未来を開く対話」への道より)
また、第2次世界大戦の体験が、博士の歴史観に影響を与えていた。
文明と宗教の関係を探り続けた末、文明の目的は、高等宗教を生み出すことにあると考えるに至ったのである。
そして、危機の時代を乗り越えていくためには、高等宗教が必要であると、博士は洞察していた。
博士は、現代文明の危機を超える高等宗教として、仏教に強い期待を持っていた。
親日家でもある博士は、日本の文化や宗教の研究を重ね、訪日も3度にわたっている。
3度目の来日(67年)の際にも、博士は日本の学者や識者たちに、仏教について熱心に尋ねた。その際、多くの人から耳にしたのが、創価学会のことであった。
事業家・松下幸之助氏は、京都にある氏の別邸に博士を招き、宗教界の問題について語り合った。
博士が「これからの日本にとって一番大事な人は誰か」と尋ねると、氏は池田先生の名を挙げた。