10 種田先生のお葬式のときに。 | 猿腕&スワンネック変形指&不気味な形の爪のPIANIST NAMUKAのBLOG

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インフルエンサーなどに楽曲や耳コピピアノアレンジを提供(HAPPYちゃん他) 耳コピアレンジやオリジナルピアノ楽曲をスワンネック変形指&猿腕ピアニストとして弾く。フジコヘミング氏のリハーサルピアニストや、漁師ピアニストの徳永さんにラカンパネラを指導。


種田先生は、






生きてる時に、




私の父のような存在でいてくれてました









実の父が44歳という若さで亡くなり、

それからは、種田先生がほんとの父のような、
師匠であった存在




私の存在を、いつも肯定してくれた存在でした









お通夜の日、

まだ式が始まる前のときに、

種田先生の奥様ルート夫人に、私は棺の中の種田先生が眠るところへ連れてかれて、
ルート夫人はこう言った。




「主人から、私は忍耐というものを教えてもらいました。
あなたのことは、娘のようだといつも言ってました。とても大切に思っていました。」



私は、泣きすぎて、


もぬけの殻状態でルート夫人の言葉を聞いていた







「主人が生きてる時の最後にCDで聴いた曲、エレーヌ・グリモーが弾いてるリストの大ソナタ。
このCDを聴きながら勉強してください。
主人は、その演奏を、何もいうことがないほど素晴らしい、と、意識をなくす前に言った。
それはあなたが最後に遺言で主人から出された課題の曲だった。
このことは偶然ではないと思います」








「この先。えりさんは。
もしかしたらピアノを弾きたくなくなることもあるかもしれません。
えりさんの、やりたいことを、
自由に、人生を歩んでいってほしい。
ピアノだけに縛られる必要もない。
あなたの人生はあなたが主人公だから」




私は、

種田先生がいなくなってしまうまでの、
父が亡くなってからの10年間、






種田先生に、私の人生をまるまる指揮していただいていたような感じだったと思う







大半は、ピアノのことに、
そして、
種田先生が言われることに、時間を使っていたから








ピアノの練習とレッスンと勉強。







種田先生から、"学びきる。"って決めて、
過ごしてきた








"種田先生が主人公の私の人生"になっていることを、
ルート夫人は気づいていたのだ










"あなたの人生の主人公はあなた"




このルート夫人の言葉。






私が、種田先生に指揮をとってもらいながらピアノを学んできたということは、
種田先生に指揮をとってもらって生きてきたことにも比例するのだ






種田先生が亡くなる2ヶ月前に言った。



「あなたにはもう全て教えました」





「あとは、一流の演奏家の演奏をたくさん聴きなさい。
そして自分で判断して弾く、
こういうことを繰り返していくんだからね。」





先生は、まるで自分が死ぬことを知ってたかのような言葉、




先生がいなくなっても私が大丈夫であるようにいれる言葉を、亡くなる3.4ヶ月前から発していた。




振り返ってみると、不思議だけど、

嘘みたいな本当の話。





きわめつけは、

「やっと精神世界の演奏が出来るようになった」って、

最期のレッスンの3日前に言われた。




ここで私の場合、

"こんな自分が、そんなわけない"

という脳内の自分が発する自分から自分への言葉の攻撃と、

"褒めてもらえてうれしい"
という脳内の自分から自分への言葉と両方が存在していた。



だけど
人間は、


否定悲観のエネルギーの方が自分への影響が強いモノだったりする。




これについては、







当時の私はどうすることも出来なかった。











種田先生のお通夜とお葬式では、
同じ門下だったしおりねぇちゃんと一緒に2人で受付係をして。





有名なピアニストの方や著名な方、知人など、あらゆる方がきていた。






私は、もぬけの殻の状態で対応してた









"絶望的すぎる現実"を
どうしても受けいれれないでいた