マンガテークという催しが、メディアテークで開かれていると聞いて行ってきました。


何しろフランス語で「情報の棚」という意味を持つ、せんだいメディアテークが会場ですから、日本のマンガ文化の真髄に迫るお堅いイベントに違いないでしょう。
(私が足を運んだ理由は、単にマンガを楽しみたいだけだろう、というご指摘に反論はしません)


しかし、入場させてもらえませんでした。
18歳超お断りだそうです(笑)


かつて散々「18歳未満お断り」の憂き目にあい、その4倍もの年齢になった今、「18歳超お断り」に遭遇です!

*写真の男性も入場できませんでした。同好の士のようです。
くつろぎながら楽しそうにマンガを読んでいる子供たちを尻目に、トボトボ帰りました。

 

時代小説を読むと、主膳(しゅぜん)、頼母(たのも)、図書(ずしょ)などとともに、外記(げき)という名前の侍がよく登場します。

仙台に住み始めてすぐ、外記丁という地名を見つけたときも、伊達藩の名高い重臣にあやかったのだろうと簡単に考えてスルーしていました。思い込みってヤツです。


ある日の朝8時頃、時間調整で目的地近くの公園に立ち寄りました。
出勤途中に一服する人たちをチラホラ見かける、仙台ではありふれた公園です。


ベンチに腰をおろすと太い幹が目に入りました。
見上げるほど大きなケヤキが2本。


枝ぶりのいいモミジもあります。
紅葉の頃は良いだろうなあ、などと思いながらボーッとしました。


雰囲気の良い公園だったので、帰りに銘板を見ると「外記丁通公園」とあります。
あの外記丁か。

調べてみると、政宗公の時代に下級藩士だった齋藤外記というお侍は、多くの武勇伝を残したそうです。
その恩賞として、俸禄(ほうろく=給料)より自分の名前を地名にすることを求め、名付けられたのが「外記丁」でした。
名誉を重んじる武士の心意気を感じますね。


江戸時代から続いた外記丁。
現在も通りの名前として引き継がれ、公園の名前もそれにちなんで付けられたそうです。

樹木の手入れだけではなく掃除も行き届いていて、連綿と続く仙台藩士の心意気を垣間見た気がしました。

杜の都仙台、季節は秋の入口です。

@国際センター付近


キンモクセイの香りを楽しもうと訪れた西公園の南側(大橋の手前)で、風に揺れるハギの花に気づきました。


ミヤギノハギ(宮城野萩)です。


枝が弓なりに垂れた優雅な姿が特徴で、宮城県の花に指定されているそうです。


ハギの漢字は「艹」(くさかんむり)に秋。
秋を代表する花のひとつですよね。

仙台駅付近を東西に横切りたいときは、杜の陽だまりガレリア(仙台駅東西のペデストリアンデッキを結ぶ通路)を通ります。
言わずもがなですね。

そして、仙石線の仙台駅とあおば通駅間をエスパル仙台本館地下1階経由で結ぶ、地下通路(仙台駅東西地下自由通路)があります。
恥ずかしながら最近まで知りませんでした。


もし、自転車で横切りたいときは、


仙台駅の南100㍍にある高架下を西へ進むと、北目町通りに出ます。
私は結構この道路を使います。


この通路を東へ進むと東八番丁通りに繋がります。
線路下の狭いスペースなのに、車道・自転車道・歩道がうまく区切られていて、安全ですよ。

さらに南へ100㍍の新寺通り⇔五橋通りを通行したいときは、


新幹線と東北本線をくぐるアンダーパスを通ります。

(上の写真は東側から、下の写真は西側から撮影)


歩行者で混雑していることがほとんどないので、気持ちよく通れます。

また、名掛丁が鉄道で東西に分断されたことをうかがわせる地下通路もあります。


駅ビルの北端にあるこの通路は、ご覧のとおり工事中です。


ここには自転車を押すには急すぎる(!)階段があったのですが、距離が1番短い(線路のすぐ向こうに初恋通りが見える)通路でした。
どんなふうに改修されるか楽しみですね。

 

がん患者やその家族を支援し、また地域全体でがんと向き合い、がん征圧を目指すチャリティ活動=リレーフォーライフが、9月27~28日に青葉山公園で行われました。
参加者が24時間夜通しでタスキをつないで歩くリレーウォークがメインイベントです。


アメリカで始まったこの活動は、日本全国で実施されており、宮城県では毎年リレーイベントが開催されています。(今年はクマ出没の心配などがあり21時まで)
イベントでは、がんの経験者、家族、医療従事者、地域住民が参加し、がん征圧のメッセージを伝え、勇気と希望を分かち合います。


屋内では、がんに関する講演、患者会の活動の紹介、それにアトラクションなどが行われていました。


また、近くの政宗公騎馬像は紫色(がん経験者の象徴の色)に照らされているほか、

ミヤギTVは大念寺山のテレビ塔を紫色にライトアップして応援です。

がんは2人に1人がかかる病気。
他人ごとではなく、自分ごととして考えていきましょう。