ユアテックスタジアムで行われるラグビー・リーグワン観戦の前に、腹ごしらえをしようと八乙女駅で下車しました。


伊達政宗公が領地とする前に仙台を治めていた国分氏の分流に八乙女氏がいて、その八乙女氏の功績(田畑、用水、堤の開発)が認められ、八乙女という地名が残されたそうです。


看板が大きく目立つ(笑)ので、初めての土地でしたが迷わず到着しました。


ここ「味弦十割そば八乙女庵」は、以前から気になっていた店です。
予想どおり店内に4人、外に6人、車の中で数人が順番を待っていました。人気店ですね。


1人だったせいか意外と早く名前が呼ばれ、迷わず「二色そば更科田舎」を注文しました。
濃い色のそばが田舎そば(玄そば)、白く写っている方が更科です。
気になる味ですが、そばはどちらも細め・コシはしっかり・喉ごしツルツルです。
つゆは甘くなく、しっかり出汁がきいた私好みの味です。
天ぷらは、エビ・ピーマン・カボチャ・椎茸、それに笹かま(!)で、地元の食材を使っているそう。


写真に写っている薬味の赤い方は、大根に赤唐辛子を詰めて一緒にすりおろした紅葉おろし。
ピリッとしていて特に更科との相性が良いように感じました。
店自慢のそば湯も全部いただき幸せ気分です。


写真は、八乙女付近の七北田川です。
のどかな風景が広がり、道草をしながらユアッテックスタジアムへ向かいました。

杜の都は花の季節を迎えています。
前回に引き続き街にで見かけた花を取り上げます。
今回は沈丁花(ジンチョウゲ)。


西公園SL広場には何株も植えられていて、あたり一面芳醇な香りが漂っていました。


晩翠通りでは、よく手入れされた沈丁花が夕陽を浴びていました。


ビルのこぢんまりしたエントランスの植栽。

白い沈丁花がおしゃれです。
北二番丁通りで見かけました。


雨の南町通りです。
傘を差す人にも香りを届け、確かな春の訪れを告げているようでした。

青葉通りを大橋に向かって進んでいると、ほのかな香りがします。


通り沿いに咲いていたのは、馬酔木(アセビ)の花です。
注意して見ないと通り過ぎてしまうほど、ひっそり咲いていました。
白いアセビも見つけました。


馬が食べると麻痺して酔ったようになる、といういわれをもつアセビ。
でも、奥ゆかしく可憐な花は万葉の世から愛されてきました。
宮城県はアセビの天然分布の北限だそうです。
 

媚びが得意な人が言う「世界の真ん中で咲き誇る」花より、人知れず凜と咲いている姿に心がひかれます。

ポカポカ陽気の日、公園の広場で盛り上がった土を発見。


モグラがつくった盛り土です。
モグラが巣を拡げたり、エサを探して掘り進めたりする際に土を押し上げるためできるそう。


このあたりは、あまり観光の人たちが通らないので、土がふかふかで巣づくりにもってこいかな。
意外なことにモグラは、完全肉食系だそうなので、ミミズやコガネムシの幼虫などのエサが多い場所なのかもしれません。

私は、モグラをじかに見たことはありませんが、ここ(青葉山公園の二の丸広場)に生息していることは確かです。
杜の都は、小動物が安心して公園に巣を作れるほど自然豊かですね。

仙台で猫塚といえば、まっさきに若林区南小泉にある少林神社(わかばやしじんじゃ)の猫塚古墳を思い浮かべる人が多いことでしょう。
江戸時代、武士の奥方を大蛇から身を挺して守った猫を祀ったと言われる猫塚古墳があるからです。


でも今回の話題は、曹洞宗の栽松院(さいしょういん)という寺にある猫塚。
この裁松院は、実の母親から疎んじられていた幼少期の伊達正宗公を慈しみ養育してくれた大切な祖母=久保姫を弔うため、政宗公が建立した寺院です。


猫塚のいわれは、
仙台藩に草刈昌之丞という武士がいて、飼い猫の清女(せいにょ)がしばしば隣に住んでいた片倉小十郎の飼っている鶏を襲って食べていた
小十郎は激怒し、ある日とうとう塀の上で日向ぼっこをしていた猫を鉄砲で撃ち殺してしまった
飼っていた猫を殺された昌之丞は悔しく思ったが、小十郎が仙台藩の家老だったので抗議することもできず、 後日栽松院の境内に猫塚(墓石?)を築き手厚く弔った
のだそうです。


見えにくいかもしれませんが、墓石には猫塚の二文字と絵姿が刻まれており、1863年(文久3年)建立当時は猫の目に金箔、首輪に朱が挿されていたと伝えられています。
横にある小さい方は、猫を供養するために一緒に建てられた石塔・供養塔だとか。


そこまでした昌之丞は、よほどの愛猫家だったのですね。

もうすぐ桜の季節を迎えます。
裁松院には、枝垂れ桜の大木が3本あり桜の名所です。
昌之丞や清女(せいにょ)に思いをはせながら、花見を楽しんではいかがですか。