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目隠しで流鏑馬を的中させるほど…というほど難しい、りゅうぐうにクレーターをつくるはやぶさのトライは大成功だったと歓声が上がったJAXA。詰めかけた報道や一般の人たちが見守る中での成功である。日本の宇宙探査技術が世界をリードした瞬間ではないか。生物発生の未知が解明される糸口になるかも知れないという。

 原爆も大陸間弾道ミサイルも持たない日本が、宇宙開発力では世界のトップを走ることになるだろう。大陸間弾道ミサイルも原水爆も持たない日本が、世界の列強に伍すためには、宇宙開発で先端を走ることが大事かもしれない。地球上での戦力を超える宇宙戦略が現実になっていくかもしれない。はやぶさの成果を日本防衛戦力に活かすことが期待される。核ミサイルを持たなくても世界の最先端防衛力を持つ日が見えてくるような力強いはやぶさの快挙である。 
 


 

令和元年5月11日に米寿となる、二年後の90歳からは超高齢者に仲間入りする。

 

平成の30年間は減益が終わっていわゆる第2の人生だった。再雇用の仕事や福祉関係の勉強や資格取得と福祉活動と地域の住民活動に励んだ。しかしここ数年は趣味活動と菜作りが主体になった。あと二年で第二の人生も終わり、超高齢者で第三の人生に向かう。言わば人生の改元でもあるから、年号と生き方・暮らし方を一新しなければならない。令和はじめの二年間をそのための準備と移行期間にしたいと思う。

 

「今度は自分の改元を」と考えるが、考案者はもちろん意見を聞くひともいないので、自分一人で進めなければならない。

 

あわてずじっくり考えて、自分の身の丈にぴったり合う元号をつくって、超高齢者の仲間入りを果たしたい。

 
 


 

遂にあらゆる重圧を克服して、春の選抜高校野球大会の平成の幕開けと幕締めを果たした東邦高校野球。30年前の優勝選手が見守る中で見事に習志野高を5対0で優勝旗を掲げ甲子園球場を1周した。準決勝後のインタビューで決勝は勝ちにいくと力強くかったった石川が、習志野の強打を3安打に抑えたうえ自ら日本の本塁打をスタンドへ運んだ。もう何も言うことはない、東邦ナインにに見事というより言葉が出ない。

 

おめでとう東邦高校、平成を輝いて令和の新時代へ繋ぐ快挙だった。

 

準優勝の習志野高はじめ甲子園で熱戦を展開した、出場各校の善戦にも更に深く賞賛し素晴らしい感動を与えてくれたことを感謝したい。

 

おかげで平成から令和へ元気に移ることができる、ありがとう球児諸君。 

 
 


 

MTSHそしてRの5時代を生きる人、明治43年生まれの108歳の土屋威一郎は日進市の特養ホームで「よく生きてきたものだ」とその人生を振り返った。

 

「とにかく世の中が平和であれば」とも思いを述べたという。

 

昭和6年から3時代へ入り10数年は生きたい、という自分は3時代が精いっぱいだ。

 

症は末期生まれの人でも5時代を生きることはかなり難しいだろう。

 

いずれにしても100才を越えて4~5時代を目標に出来る30代初めの人たちは頑張ってほしいと思う。

 

昭和58年と平成30年に令和を20年生きないと、108歳に届かない自分の人生を考えると、5時代108歳でかくしゃくと笑う土屋さんの偉大さに心から打感服する。人間の生命の限界という125歳の長寿世界記録をめざしてもらいたい。

 

あとやっと30日で3時代へ入り100歳の巨大な急坂を遠くめざす自分の歩みを、土屋さんを大きな目標にして、日々ひたすら前に進めつづけたい。

 
 


 

11時40分、菅官房長官が新元号を発表した。

 

「新元号は、令和です」と墨こんも力強く「令和」と書かれた額を示した。

 

初めて日本の古典である万葉集巻五「梅花32種の序文から引用したことを説明した。

 

良い元号だというのが第一印象だった。直ぐ用意しておいた和紙に大きく「令和」を一気に書いた。新元号に新しい生きる力を込めて。

 

5月11日に88歳となるが、令話の時代を十数年元気に生きたいと大きな目標を立てた。「初春令月,気淑風和、梅花鑑前之粉、蘭薫珮後之香」の序文による梅花を歌った和歌32首を早く読んでみたいと思う。

 

梅花は百花の魁と、春の幕開けをする花と言われる。超高齢者の魁をめざしたい。

 
 


 

いよいよ明日、新元号が発表される。思いだすのは「平成であります」と墨書した紙を掲げた小渕官房長官の姿である。書道の大家が書いたであろう、平成の美しく凛とした墨書が今もまぶたに残る。30年なじんだ元号が書き換えられる明日が待たれる。

 

自分としては「和光・光和・光明」を期待しているが、「和と光と明と」の文字が入ってほしいと願っている。

 

新元号の時代を第3の人生として、力強く生きていこうと心機一転をしたいと心に決めている。そのための力とするのが「和と光と明と」の3字だから、新元号に入ることを願っている。

 

静かに明日の発表を待ちたいと思う。

 
 


 

4年前は30%前後に多かった中部6県の無投票県議選挙が、今回は愛知・岐阜の40%ラインと他の5県の13.627パーセントにわかれた。名古屋市議はゼロから今回初めて7.4%が無投票になった。今回の立候補者の競争率は過去最低で1.38%だと言う。

 

地元の市街地を見ても選挙の気配をほとんど感じない、定数57人が立候補しているが、はじめからほぼ確定して、事実上は無投票と同じかもしれない。全国的にも町・村の議員は立候補者が少なくなる傾向とも言う。

 

地方政治の重要性が言われる一方で、立候補者が衰退傾向にあるのは何故だろうか。

 

選挙権が18歳になっても、国民の政治、ことに身近な地方政治や地方議員に対する期待や感心が低落する傾向を止めることができないようだ。

 

国会論議が国政論議と言うより、忖度やあげあし取りの個人攻撃に集中することへの反動が根底にあるかも知れない。

 

国政・地方政治の議会活動が、本来の姿になって、地方吟選挙にも選挙民の関心が高まり活発な地方選挙になっていくことを願う統一地方選挙である。

 

 

 
 


 

日本は年間130万人以上の人が死ぬという多死社会に向かうが、仏教でいう輪廻転生があるかというと疑わしい。いや無いと言ったほうが分りやすい、つまり死で人生は終わり。霊魂も消えると考え方が良いようだ。今日の中日新聞にイエール大学のケーガン教授のインタビュー記事を見た。教授は「死はまさに一巻の終わりだ」という教授は明確に「身体が朽ちても魂は生き続けるとは考えない」と明言する。

 

「人間関係は人生で最も重要な要素」だから人生における人間関係に感謝し、いかに人生の価値を高めるるかが大事だともいう。

 

自分では意識できない死を考えるより、どう生きるかを考えることだと理解した。

 

そのポイントは「人間関係への感謝の心」だというのがケーガン授受の伝えたかった人生の生き方であると。

 

人生は死の側から見るのでなく、生の側で見るべきものだと納得したインタビュー記事であった。

 
 


 

沖縄の普天間飛行場を辺野古へ移すのがどうしてこんなに難しくなったのか。

 

世論調査による県民の反対が民意だから、民主政治なら県民の声を聞けということだろう。ただ、民意と国家の意志のギャップがあるものをどうして解決できるのか。

 

沖縄県も具体的な代替案を出して、政府と競技すべきではないか。

 

一帯一路を進める中国、平和条約締結が難しいロシア、韓国の対日反抗政策、追いつめられる北朝鮮など日本を巡る国際情勢は極めて多難である。

 

平和憲法、不戦宣言を貫くことで他国からの侵略を完全に止められるか。

 

米国の核の傘のもとで戦争は米国にまかせる他力本願では、平和国家の存亡が問われるのではないか。国連でも拒否権ひとつで、日本の平和主義は葬られるのではないか。

 

戦争をしないで平和な文化国家を維持するためには、日米安保条約による他力本願の姿勢を貫くしか選択肢はない気がする。辺野古移転もこの他力本願の中の問題ではないだろうか。普天間の危険な状態を一日も早く解決するため、辺野古に移転しない次善の具体策を民意に問うことも大事ではないか。

 

 四月のカレンダーに「和光」と書いておいたが、今日「和光」を加えた。
 

新聞でも和とか安を使った言語の人気があるようだ。

 

官房長官は提案を依頼した人の氏名を公表せず所在も秘密にして、事前に漏れないよう慎重を期している。下世話では安倍総理の「安」を入れるのではないかとも話題になる。

 

まさかそれほど忖度されることはなかろうが、「安」は避けた方が無難ではないか。

 

もし総理が「安」を入れることに反対しないとすれば、一強多弱の自民党政治が一挙に大揺れするかもしれない。

 

国民がそろって親しめる明るき希望のある元号が生まれることを期待したい。

 

超高齢期目前の自分としては、発表される新元号のもとにしっかり心を定めて第三の人生に入りたい。新元号とともに生まれ変わった気持になれれば最高の喜びだ。