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明日からいよいよ10連休に入る。

 

急病の往診体制も一応は自治体で考えるようだが、高齢者には何より救急病院のことだけが心配になる。毎日が休みだから仕事や行楽も特に気を使うこともないし、わざわざ混雑する交通事情に捲き込まれて、出かけることもない。と言うと、なにか冷めた話になるが、一つだけやりたいことがある。それは自分自身の心の置き所をしっかり決めておくことである。言い換えると10連休中の心のスケジュールを組みたい。が、わざわざカレンダーに書き込むことでないので、胸にしっかり刻んでおこう。

 

ぶれないように心のポテンシャルを高く過ごしたい。

 

 

 
 

 

注目された沖縄と大坂の衆院補選は、自民党・公明党の完敗だった。

 

野党連合が必ずしも成功したわけではないが、自公候補の腰砕けと言うところではないか。与党幹部の消費税解散問題のコメントが、大きく政局になってしまう。衆参同日選挙へ追いこみかねない情勢だ。安倍内閣も手詰まり状態になってきただけに、案外本心かも知れない。

 

それにしても野党共闘体制の構築は難しい、かつて民主党政権ができた選挙のように強力なリーダーが必要ではないか。小異を捨てて大同につくは当然として、さらに思い切った踏み込みが無いと野党共闘もかたちだけになりかねない。

 

小沢氏の出番ではないかと考えたくもなるが、仮に選挙に勝ってもかつての民主党政権のように無様なことはゆるされない。

 

責任ある野党共闘の出現が望まれるが、ほど遠い夢ものがたりか…。。

 

 

 

 

 
 

 

令和21年には独居の高齢者世帯が、全都道府県で3割になり東京など15都道府県では4割にもなるという。独居の高齢者を世帯と言えるのかとも考え込んでしまう。

 

世帯は最低でも二人でないと、生計や住居を一緒に暮らす世帯と言 いにくい。

 

世帯より所帯のほうがなじみやすいが、どうも世帯が一般的である。

 

世帯も所帯もいわゆる家族が構成の基本でおりたいが、いまは家族意識が急速に薄れていくようだ。家族の共助が、公的な福祉介護・医療制度の負担に代っていく。

 

その最たるものは独居高齢者と高齢者夫婦の介護・医療である。20年後の令和時代はどうなっていくのか、いや自分の明日が不安になる令和時代になるかも知れない。

 

先ず自分が一日でも長く元気に自分の力で生きていきたいとおもう。

 

 

 
 


 

今日の正午過ぎ、東京池袋の横断歩道にカ所で87歳の高齢運転者が大事故を起こした。「アクセルが戻らなくて、人をひいてしまった」と息子に携帯電話をしたという。

 

女児二人を含む十人をはねて、若い母と幼児が死亡した。ゴミ収集車とも衝突し横転させるなどブレーキも効かずアクセルが切れなかったとは、何とも悲惨な事故である。

 

高齢者の運転事故が社会問題化している中での、典型的な高齢者運転事故のようだ。

 

同じ87歳の身でひとしお心の痛む事故でもある、小事故で運転を止め自転車にきりかえた十数年前の決断の正しさを実感している。

 

まだ身近の高齢者で運転を続ける人たちが、思い切って免許返上の決断してくれることを期待したい。と言いながらも、83歳の妻の運転する車で便利をしている自分の身勝手を恥じる。犠牲者に深く同情して、やむを得ず運転を続ける高齢者の人たちに安全運転を祈りたい。

 
 

 

寺田豊彦の警句とされる「天災は忘れたころにやってくる」は、古くて新しいインパクトがあることばだ。近代都市の高度な耐震構造はスカイツリーも絶対大丈夫だろうか。

 

最先端の科学技術であらゆる天災に対しての安全性を極めている近代都市であるが、なにか思わぬ盲点があるような気もする。設計上の安全値は万能ではない、想定する危険度設定に対する安全性である。したがって8年前の東北大震災・津波や原発の二次被災などは、総て設計者の想定外となってしまう。テロや戦争の被害に至っては想定外では済まされない。

 

 自然を科学技術の力で人間の都合の良いように変えていく、AI社会は「天災は征服する」社会だろうか。

 

寺田豊彦の「天災は忘れたころにやってくる」というのは自然を恐れる弱い社会で、今は自然を征服する強い社会だと信じていいのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
 

 

長さ40cm・胴回り25cmで色白でつるつるの肌をした、大根が並ぶ姿は不思議なぐらい他の野菜を圧する見事な美しさだ。スーパーの野菜売り場でいつも立ち止まるほど

 

だが、今日はひときわ目立った。自分の畑で食べつくした自作の大根の不揃いで貧弱な

 

大根と比べると全く異次元の大根でもある。まるで工場で型枠にはめて大量生産したような気がするほどだ。だいたい高齢者の二人暮らしでこんな太くて大きい大根を買っても始末に困るのではないかと考え込んでしまう。野菜売り場に並ぶ白菜・キャベツ・ねぎ・ごぼう・人参なども姿は違うが、いずれおとらぬ容姿端麗で揃いの大きさである。

 

よくもこれだけ粒ぞろいを揃えるものだと感心する。が、自家生産の野菜で育った身にはどうも異様な感じがする。土や根がまったくない野菜は工場生産かと頭をかしげる。

 

これらの見事な野菜は、種子も粒ぞろいでなければ育たないだろう。

 

その固定首を守る種子法が廃止されて一年になる、野菜は多様な自然の固定種子から一代限りの雑種強勢で大量均一に生産れる工業製品に代わっていくのか。と不安や驚きを感じるスーパーの野菜でもある。

 

 

 

 

 
 

 

遂にブラックホールの黒い影を地球規模の電波望遠鏡がとらえた。5500万光年先のおとめ座M87の巨大ブラックホールは、太陽の65億倍の質量影、あで直径がなんと400億㎞と言う。光まで呑みこむ黒い穴がはっきり映像で見える、いわゆる事象の地平とも言える。しかし噴出しているはずのジエットが見られなかったのはどうしたことか、と研究者が首をかしげる。とらえたブラックホールは真っ黒な陰で何も見えない、光が吸い込まれて反射しないからだろうか。まだまだ想像の域を脱していない謎の天体であることは確かだ。宇宙の神秘はますます深くなっていく、四次元の観測では影となってしまうブラックホールを人の視覚でみることは不可能だということか。

 

はやぶさ2がりゅうぐうを探査していることが、いかに小さいことかと思えてくる。想像すること自体が無理なことになりそうな、大宇宙の不思議を実感するニュースだった。

 

 

 
 

 

五年後に一万円札は渋沢栄一、五千円札は津田梅子、千円札は北里柴三郎に刷新するという。財務省が令和に改元の直前に発表したが、なぜこの時期に5年先の刷新をと考えたくなる。政府の理由は偽造防止とのことだが、真意は少し違う気がしてならない。

 

改元、東京オリンピック、大阪万博、リニア新幹線開通とたてつづきに令和をダイナミックに動かしていくためには、安倍総理の任期も大胆に伸ばしていこうという声がもう出始めているのだろうか。紙幣と同じで安倍内閣の偽造を試みる動きを事前に抑える明手になるかも知れない。安倍一強支配は、五年先まで続くと天の声が聞こえてくるようだ…。

 
 

 

今朝窓先の花畑に黒光りするような紫色のチューリップが咲いていた。赤色の一輪はすがれておちていたが、黄色の数輪と向き合った一輪の濃い紫色が際立っている。

 

この花は室内の花瓶に移すと、紫が引き立たないから明るい春の陽光で眺めたいと妻は言う。なるほど花には居所があるのだと実感し、濃い紫色に輝くような花をじっと見た。

 

統一地方選も終わって、ひきこもごもの立候補者であろうが、結局は落ち着くべきところへ収まったとも言えよう。人もいるべきところに居ないと、ちからも発揮できないしその人品も引き立たない。当選者の謙虚さと落選者の再起が生きるような、それぞれ活躍の場を求めていっそう輝いてほしい「紫色のチューリップ」のように。

 

 

 
 

 

投票が終了した夜8時の時報の時報ととも流れ出す。あに、テレビで知事選の当確情報が流れ出す。北海道の与野党対決は与党の勝、自民が割れた福岡は麻生派の押した自民公認が負ける。島根も自民の分裂選挙、大阪は与党公明推薦が負けた…。悲喜こもごも北海道で野党共闘の候補が敗れたことでは、野党共闘にも影を落としている。

 

秋の参議院選挙や衆議院選挙にも微妙な流れを誘うかもしれない。

 

地方議員選挙も順次当確が速報られるが、首長選挙の様相が反映することは避けられないであろう。しかし最大の問題は投票率の低迷と特に若い世代の関心が薄いことではないかと思う。伝統的な地域組織の選挙活動から、投票をしない有権者が参加意欲を高める新鮮な選挙戦を展開することが喫緊の課題ではないか。