私どもは何一つ押し付けるつもりはありません。
強要するものは何一つありません。
私たちが求めるものは協調です。
ご自分で判断されて、こうすることが正しく、かつ当然であると言う認識のもとに、そちらから手を差し伸べて協力してくださることを望みます。

理性をお使いになったからといって少しも不快には思いません。
私どもの述べたことに疑問を持たれたからといって、いささかも不愉快には思いません。
そのあげくに魂の属性である知性と理性とがどうしても納得しないと言うことであれば、それは私たちはあなた方の指導霊としては不適格であると言うことです。


霊的向上の道は容易ではありません。
知識の受容力が増した事は、それだけ大きい責任を負う能力を身につけたことであらねばならないのです。
幸と不幸、これはともに神の僕です。

一方を得ずして他方を得ることができません。
高く登れば登るほどそれだけ低くまで落ちることもあると言うことであり、低く落ちれば落ちるほどそれだけ高く残る可能性があることを意味します。

それは当然のことでしょう。

ふわふわの依存的なスピリチュアルではなくて、


哲学的な意味を持つスピリチュアリズムを知ることは、


自分自身との対話の機会が持てるように思います。


不安、恐怖、怒り…様々な感情の奥底にあるもの。

ずっと封印してきたものかも知れない。

それらを汲み上げてみる。


人知れず、でも問題ない。


底上げなんかやりたくないと思っていても、

無意識に行うこともある。


必要な方には無料で遠隔のヒーリングを送ります。


コメント又はメッセージでお知らせください。




グリーフケアの本を色々読んでいます。

今はコレ。








質問
「例えば50人の部下がいて、その部下たちがよからぬことをしたとします。
その場合は気苦労の種になってもやむを得ないように思いますが。」

シルバーバーチ
「責任は個々において背負うというのが摂理です。
摂理の下においては、あなたは他人の行為に責任を負う事はありません」


質問
「あからさまに言えば、取り越し苦労症の人は霊的に未熟と言うことでしょうか?」

シルバーバーチ
「その通りです。
真理を悟った人間は決して取り越し苦労はしません。
なぜなら人生には神の計画が行き渡っていることを知っているからです。
真面目で、正直で、慈悲心に富み、無欲の人でありながら、人生の意義と目的を悟るほどの霊的資質を身に付けていない人がいます。

無用の心配をするという事、そのことが霊的成長の欠如の指標といえます。
たとえ僅かでも心配の念を抱くと言う事は、まだ魂が本当の確信を持つに至っていないことを意味するからです。
もし確信があれば心配の念は出てこないでしょう。

偉大なる魂は泰然自若の態度で人生に臨みます。
確信があるからです。
その確信は何者によっても動揺する事はありません。

このことだけは絶対に譲歩するわけにはいきません。
なぜならそれが私たちの霊訓の土台であらねばならないからです。



上の続きです。


それに加えて背後霊の愛と導きがあります。

困難が生じたときは平静な受け身の心になるよう努力なさることです。

そうすればあなた自身の貯蔵庫からまだ充分には開発されてなくても、必要な回答が湧き出てきます。

きっと得られます。

我々は皆進化の過程にある存在である以上、その時のあなたの発達いかんによっては充分なものが得られないことがあります。

その場合もまた慌てずに援助を待つことです。

今度は背後霊が何とかしてくれます。




宇宙と言う大生命体を機能させている偉大な創造原理があなた方一人一人にも宿っているのです。

意識を持った存在としての生を受けたと言う事が、神的属性の全てが内部に宿っていることを意味します。

全生命を創造し、宇宙の愛とあらゆる活動を維持せしめている力があなた方にも宿っており、その無尽蔵の貯蔵庫から必要なものを引き出すことができるのです。
そのためには平静さが必要です。
いかなる事態にあっても心を常に平成に保てるようになれば、その無尽蔵のエネルギーが湧き出てきます。
それは霊的なものですからあなたが直面するいかなる困難、いかなる問題をも克服することができます。

神は完全なる公正です。
神の叡智は完全です。
なぜなら完全なる摂理として作用しているからです。
あなた方の理解力が一定の尺度に限られている以上、宇宙の全知識を極める事は不可能です。

どうか"不治の病"と言う観念はお持ちにならないでください。
そういうものは存在しません。
治らないのは往々にして、その人の魂がまだそうした治療による苦しみの緩和、軽減、安堵、ないしは完治を手にする資格を身に付けていないからであり、そこにカルマの法則が働いていると言うことです。

こんなことを申し上げるのは諦めの観念を吹聴するだけためではありません。
たとえ目に見えなくても、何事にも摂理と言うものが働いていると言う原則をして指摘しているのです。

不治の病と言うものはありません。
すべての病気にそれなりの治療法があります。
宇宙は単純にして複雑です。
深い奥行きがあるのです。
法則の奥にまた法則があるのです。
知識は新しい知識へ導き、その知識がさらに次の知識と導きます。

理解には際限がありません。
叡智は無限です。
こう申し上げるのはいかなる質問にも簡単な答えは出せない、と言うことを知っていただきたいからです。

すべては魂の本質、その構造、その進化、その宿命に関わることだからです。


祈りとは本来自分の波長を普段以上に高めるための霊的な行為です。
波長を高め、人の為に役に立ちたいと祈る行為はそれなりの効果を見出します。

あなたが抱える問題について神は先刻ご承知です。
神は宇宙の大霊であるがゆえに、宇宙間の出来事の全てに通じておられます。

神とは大自然の摂理の背後の叡智です。

したがってその折りをごまかすことができません。
神をごまかすことはできないのです。
あなた自身さえごまかすことができません。