質問
「例えば50人の部下がいて、その部下たちがよからぬことをしたとします。
その場合は気苦労の種になってもやむを得ないように思いますが。」

シルバーバーチ
「責任は個々において背負うというのが摂理です。
摂理の下においては、あなたは他人の行為に責任を負う事はありません」


質問
「あからさまに言えば、取り越し苦労症の人は霊的に未熟と言うことでしょうか?」

シルバーバーチ
「その通りです。
真理を悟った人間は決して取り越し苦労はしません。
なぜなら人生には神の計画が行き渡っていることを知っているからです。
真面目で、正直で、慈悲心に富み、無欲の人でありながら、人生の意義と目的を悟るほどの霊的資質を身に付けていない人がいます。

無用の心配をするという事、そのことが霊的成長の欠如の指標といえます。
たとえ僅かでも心配の念を抱くと言う事は、まだ魂が本当の確信を持つに至っていないことを意味するからです。
もし確信があれば心配の念は出てこないでしょう。

偉大なる魂は泰然自若の態度で人生に臨みます。
確信があるからです。
その確信は何者によっても動揺する事はありません。

このことだけは絶対に譲歩するわけにはいきません。
なぜならそれが私たちの霊訓の土台であらねばならないからです。



上の続きです。


それに加えて背後霊の愛と導きがあります。

困難が生じたときは平静な受け身の心になるよう努力なさることです。

そうすればあなた自身の貯蔵庫からまだ充分には開発されてなくても、必要な回答が湧き出てきます。

きっと得られます。

我々は皆進化の過程にある存在である以上、その時のあなたの発達いかんによっては充分なものが得られないことがあります。

その場合もまた慌てずに援助を待つことです。

今度は背後霊が何とかしてくれます。




宇宙と言う大生命体を機能させている偉大な創造原理があなた方一人一人にも宿っているのです。

意識を持った存在としての生を受けたと言う事が、神的属性の全てが内部に宿っていることを意味します。

全生命を創造し、宇宙の愛とあらゆる活動を維持せしめている力があなた方にも宿っており、その無尽蔵の貯蔵庫から必要なものを引き出すことができるのです。
そのためには平静さが必要です。
いかなる事態にあっても心を常に平成に保てるようになれば、その無尽蔵のエネルギーが湧き出てきます。
それは霊的なものですからあなたが直面するいかなる困難、いかなる問題をも克服することができます。

神は完全なる公正です。
神の叡智は完全です。
なぜなら完全なる摂理として作用しているからです。
あなた方の理解力が一定の尺度に限られている以上、宇宙の全知識を極める事は不可能です。

どうか"不治の病"と言う観念はお持ちにならないでください。
そういうものは存在しません。
治らないのは往々にして、その人の魂がまだそうした治療による苦しみの緩和、軽減、安堵、ないしは完治を手にする資格を身に付けていないからであり、そこにカルマの法則が働いていると言うことです。

こんなことを申し上げるのは諦めの観念を吹聴するだけためではありません。
たとえ目に見えなくても、何事にも摂理と言うものが働いていると言う原則をして指摘しているのです。

不治の病と言うものはありません。
すべての病気にそれなりの治療法があります。
宇宙は単純にして複雑です。
深い奥行きがあるのです。
法則の奥にまた法則があるのです。
知識は新しい知識へ導き、その知識がさらに次の知識と導きます。

理解には際限がありません。
叡智は無限です。
こう申し上げるのはいかなる質問にも簡単な答えは出せない、と言うことを知っていただきたいからです。

すべては魂の本質、その構造、その進化、その宿命に関わることだからです。


祈りとは本来自分の波長を普段以上に高めるための霊的な行為です。
波長を高め、人の為に役に立ちたいと祈る行為はそれなりの効果を見出します。

あなたが抱える問題について神は先刻ご承知です。
神は宇宙の大霊であるがゆえに、宇宙間の出来事の全てに通じておられます。

神とは大自然の摂理の背後の叡智です。

したがってその折りをごまかすことができません。
神をごまかすことはできないのです。
あなた自身さえごまかすことができません。

この問題も祈りの時と祈る人の計画に寄ります。

ご承知の通り宇宙は隅から隅まで法則によって支配されており、偶然とか奇跡とかは絶対に起こりません。
もしもその祈りが利己心から発したものであれば、それはそのままその人の霊格を示すもので、そんな人の祈りで病気が治るものではないと言う事は言うまでもありません。
ですが自分を忘れひたすら救ってあげたいと言う真情から出たものであれば、それはその人の霊格が高いことを意味し、それほどの人の祈りは高級神霊界にも届きます。
自動的に治療効果を生む条件を作り出す力も備わっています。
要するに祈る人と霊格によって決まることです。


サークルの1人の心霊治療に関する質問
「患者としてはあくまで1人の治療家のお世話になるのが好ましいのでしょうか」

シルバーバーチ
「それは一般論としてはお答えしにくい問題です。
何故かといいますと大切なのはその患者の霊的状態と治療家の霊的状態との関連だからです。

心霊治療にも色々と種類があることを忘れてはなりません。
霊的な力を全く使用しないで治している人もいます。
自分の身体の持つ豊富な生体エネルギーを注入することで治すのです。
霊の世界は全く関わっておりません。
それは決していけないことではありません。

ただし1つだけ好ましくない態度を申せば次から次へと治療家を変えていくことです。

それでは治療家にちゃんとした治療を施すチャンスを与えていないことになるからです。
私たち霊界のものは何とか力になってあげたいと思って臨んでいても、そういう態度で訪れる人の周りには1種のうろたえ、感情的なうろたえの雰囲気が漂い、それが霊力の働きかけを妨げます。

ご承知のように霊力が1番働きやすいのは受け身的な、穏やかな雰囲気の時です。

その中で初めて魂が本来の自分になりきれるからです」

私の周りにも次から次へと治療家を変える人がいます。
ほんの数人変えるのは悪くはないけれど、治る前に変えてしまったり、
恐れ、不安、不信などで、まさに狼狽の中での治療の繰り返しです。

気づきの言葉を伝えてみましたが、本意は伝わりません。
狼狽は強力な妨げです。

心霊治療家のハリーエドワーズとシルバーバーチの会話の続きです。

シルバーバーチ
「霊格が高いことを示す1番の証明は人を選り好みしないと言うことです。

私たちは必要とあらばどこへでも出かけます。

これが高級神霊界の鉄則なのです。
あなた方も患者を断るような事は、決してなさってはいけません。

あなた方は既に精神的にも、霊的にも、本質において永遠の価値を持った成果をあげておられます。
人間的な目で判断してはいけません。
あなた方には物事の裏側を見る目がないのです。

したがって自分のしたことがどんな影響を及ぼしているかもお分かりになりません。