シルバーバーチの霊訓7の中にある文章ですが、
他の書物からの引用箇所がありました。
興味深く感じたので紹介します。
その方の「体外遊離体験」となっています。
霊界の妻との関係と思われるが、私は妻の勤める霊界の病院へたびたび連れて行かれる。
病院といっても、地上から霊界入りしたばかりの人を介抱する施設である。
ある時、その施設を妻の案内で見学したのであるが、そこは若い女性ばかりの患者を介抱する施設だった。
そこの食堂へ行ってみるとちょうど食事中で、私も妙な食欲を覚えた。
テーブルの間を通かけながら患者のオーラとコンタクトしてみたが、死因となった事故のショックや恐怖、地上での苦しみや不安の念が根強く残っていた。
中には、地上の病院での消毒液の匂いが漂っているものもいた。
事故死した者の腕や首や顔に傷あての赤い絆創膏の後がうっすらと残っている人もいた。
精神に焼き付いた映像がまだ消えていないのである。
しかし、ホール全体に穏やかな雰囲気が漂っていて、1人として病人臭さを見せていない。
これは高級界から間断なく送られてくる生命力のせいで、こうした特殊の患者にはそれが必要なのである。
若い女性ばかり?、笑それはさておき、
まだこの病院の世界は地上での影響が強く残っているのですね。
亡くなったばかりというのは、地上での恐怖、苦しみがまだ色濃いと言うのがわかります。
先日。「亡くなったばかりの人との霊界通信が難しいのはどうしてですか?」と聞かれたのですが、
この様な事が霊界で行われている間は中々故人さまとの通信はスムーズにはいかなさそうですね。
前回の続きです。
ですから、例えばテーブルも何も用いずに何分か、ただ2人で座って黙祷すると言うだけでもいいのです。
言葉に出すのも良いかも知れませんが、それも必ずしも必要ではありません。
心を空にして穏やかな気持ちの中で精神を統一するだけで充分です。
その統一状態の中で霊の力が働くのです。
そうした静かな精神状態というのが物的生活に振り回されている騒々しさに一時的なストップをかけることになります。
そのわずかな時間を冷静の開拓と自宅内での霊的存在の認識を受けたことになります。
穏やかな気持ちの中で精神を統一するだけで良いそうです。
続きます。
前回の続きです。
「人間は永遠の海を当てもなく翻弄されているコルクではありません。
永遠の創造活動の中の不可欠の存在なのです。
自分の努力、自分の行為、自分の生活が、そうした永遠の創造、家庭になにがしかの貢献をしているのです。
神の息吹の一部であり、無限なる霊の一部であり、宇宙の一部であり、それが自分を通して働き雄大なる。宇宙的機構に光輝を与えることになるのです。」
前回の続きです。
シルバーバーチ
「鍛錬によって、人間は内部の神性が目覚め、より広くより豊かなものを表現して参ります。
地上的な垢が落とされ霊の純金が姿を表します。
これは当然のことながら、苦痛を伴わない過程ではあり得ませんが、それも宇宙的思考に仕組まれた、一部、比較対象の中で真理に目覚めるように意図された機構の1部なのです。
苦痛を知らずして健康のありがたさを知ることができません。
日陰を知らずして日向のありがたさは分かりません。
そうしたことの全てが歪むと調和の中で展開する創造活動の一大パノラマを演じているのです。」
続きます
質問者の
「宇宙創造の目的についてと言うお考えをお持ちですか。
その目的に付随して、なぜこんなに多くの苦痛と邪悪と苦闘がなければならないのかそれが分かりません。
人類の立場からは、そうした目的が理解できないのです」
と言う質問に対して、シルバーバーチの答えを3回に分けて記載します。
シルバーバーチ
「目的はあります。
永遠の時の中で成就すべき目的があります。
生命は無窮の過去から存在し、未来永劫にわたって存在し続けます。
しかし、その生命の辿る道は、1つの頂上を極めると次の頂上が見えてくると言う果てしない進化の道程です。
1つの頂上を極めることに、あなたの霊的質が向上していることです。」
続きます。
