所詮は短い人生です。
その短い人生において、たった1人の人間でもいいから、重荷を軽くしてあげることに成功したら、たった1人の人間の涙を拭ってあげることができたら、たった1人の人間の悩みを取り除いてあげることができたら、それだけでもあなたの生涯は無駄でなかったことになります。
ところが悲しいことに、地上生活の終わりを迎えたときに、何一つ他人のためになることをしていない人が実に多いのです。

世間で言う成功者になるかならないかはどうでも良いことです。
その世的な成功によって手に入れたものは、そのうちあっさりと価値を失ってしまいます。
大切なのは、自分の霊性の最高のものに対して誠実であることを、自分でこれこそ真実であると信じるものに目をつぶることなく、本当の自分自身に忠実であること、良心の命令に素直に従うことです。
それさえできれば世間がどうみようと自分は自分たちの最善を尽くしたのだ、と言う信念が湧いてきます。
そしていよいよ地上生活に別れを告げる時が来た時、死後に待ち受ける生活への備えが10分にできていると言う自信を持って、平然として死を迎えることができます。
これが私からのアドバイスです。

一つ一つの経験から教訓を学ぶことです。

難しいと思った時はひるまず自分にムチ打つのです。

そうすればそれだけ前より強い人間となります。

自分が霊であること、それが肉体を通して表現しているのだということ。

そして自分と言う永遠の霊に傷を負わせたり、害を及ぼしたりするものは、決して生じないと言うことを忘れないことです。


続きます


もしも人生が初めから終わりまでラクに行ったら、もしも乗り切るべき困難もなく、耐え忍ぶべき試練もなく、克服すべき障害もないとしたら、そこには何の進歩も得られないことになります。
レースは競い合うからこそ価値があるのです。
賞は楽にはもらえず、一生懸命頑張った後にいただくから価値があるのです。
そういう価値ある人間になるように努力なさい。
この世に克服できない悩みはありません。
ですから悩んではいけないのです。
征服できない困難は無いのです。
力の及ばないほど大きな出来事は何一つ起きないのです。

少年ルースの質問

「わけのわからない夢はどう理解したら良いのですか」


シルバーバーチ

「へんてこな夢のことですか。

あれは異次元体験を脳で思い出そうとするからそうなるのです。

脳は小さな袋のようなものです。

霊体が肉体に戻ってきて、その間の体験を脳に詰め込もうとするのですが、小さな袋には全部が入りきらないのです。

それを無理して押し込もうとするために、あのようなへんてこな形になるのです。

ゆめと言うのは別世界ての体験がそのまま現れるのではなく、その断片的な思い出に過ぎません。



さて、こうした事実から学ばねばならない教訓があります。
それは物質面での発達を全面的ではなくてもいいから、霊的並びに精神的側面にもある程度反映するようにならない限り、人類は自らの存在の産物、自らの創造の成果を平和的生活の中で味わえるようにはならないと言うことです。
そうならない限り、地上には混沌と無秩序と不協和音が絶えないと言うことです。
良いことをしようと言う意欲を起こさせ、協調と奉仕の仕事へ行するのは精神と霊の発達なのです。

物質面では、非常に高度なものを成就しました。
驚異的な発達ぶりであったと言えましょう。
しかし、発達が精神面と霊的な面に見られないのです。
人類は物質と精神と魂のうちの物質面だけが異常に成長してしまいました。
他の2つの側面がそれについて行っていないのです。
それから、利己主義と言う地上で、最も厄介な罪を生むことになったのです。
明日に続きます。