こんにちは。

 

今回は、疑心暗鬼で疑うべき存在を間違えてる人持つと考えられる、真実を理解するのに妨げとなる性質を中心に考えていきます。

世の中を見渡して、あまりに不条理な物事がまかり通っていること、政治家や官僚をはじめとする公務員や報道機関が嘘つきばかりである異常事態から、もはや何を信じたら良いのか分からなくなってしまった人は少なくないと思います。最近では、自民党議員の裏金問題がより大きくなっており、彼らは国民が無抵抗なのをいいことに悪事を隠す気もありません。だからと言って、客観的に正しいことまで疑ったり、信頼を置こうとする相手が間違ったりしていては損失しかありません。世の悪をある程度知ったからといって、自分で何でも正しい判断が出来るわけではありません。わしも世の中がおかしいと本格的に知り始めた頃、何も本気では信じてはいけないんじゃないかと思ったことがありました。しかし、「真の聖書福音と預言」のブログに出会い、世の中の実態に関する理解を深め、聖書を理解して日常生活で実践に努めることで、疑うべき存在を間違えないようになり、解決していきました。贔屓目とかは一切ありません。こちらの実体験も交えてお伝えします。

 

また、わしは確信に基づいた内容を定期的に発信する中で、多くの人の様々な意見や考えをたくさん知りたいと考えております。記事の内容に関連する真剣な意見交換は光栄です。新しい視点を得ることもできるからです。よろしければ、お気軽にコメント投稿欄にてご投稿をよろしくお願いいたします。ただし、記事の内容に関係の無いものは削除いたしますので、ご了承ください。

 

 

はじめに 

 

何でもないはずのことを何もかも疑わしく思ってしまう状態は、一言でいえば「疑心暗鬼を生ず」の状態が近く、その特徴を心理学的に解説するサイトをいくらか目にします。今回の記事では、精神衛生的な観点からではなく、あくまでも否定しようのない事実(球体説や進化論といった欺瞞、太陽暦は詐欺制度、婚外性交や占いや偶像崇拝の罪、日曜休日の悪しき由来ほか)を疑いの目で見て、聖書が信用ならんと疑ってる人(故意か無意識かは問わない)に向けた注意喚起が趣旨です。そのままの状態を放置したらどう悪いことに繋がるかまず知る必要があると考え、こちら(CoCoSiA)(以下「参考記事」と記す)を参考に、疑心暗鬼の原因や特徴について、特に致命的と考えられる点を考察いたしました。この参考記事に根本的な解決策はあまり無いものの、特徴を端的に知るのに分かり易いと感じたためです。

 

 

一、他責思考で、いつまでも正しい情報を入手できない 

 

疑心暗鬼を生ずる人は、正しい情報を自ら拒絶してる可能性があります。そして、心の中で疑いを持ち始めると、本来なら何でもないはずのことが恐ろしく、忌まわしく思えたりします。わしは考えもつかなかったですが、参考記事には、何でもないことが怖くなる人は『自分のミスが原因で階段から滑り落ちたりしても、誰かが自分を殺すか脅すためにやったのだ』と酷い場合には考えると示されています。自分の過ちや不注意が原因で、自分の落ち度であるにも拘らず、それを棚に上げて他責する感じですね。この挙げられた例はかなり極端に感じますが、要らぬ疑いの心を持つ人が他責思考なのは珍しくないです。この地が平面であることを理解しないのは自らが偽りの「常識」に支配されたままであるからなのに、自ら情報を調べて検証するのを怠り、「フラットアースを言ってる人らが胡散臭いから」みたいな理由で拒絶する人々を時々見掛けます。ワクチンを接種して健康を害したのは、厚生労働省や報道機関や御用医師側を盲信し、ワクチン接種の危険性を周知する声を踏みにじったからなのに、決して自責しない人ばかりなのと同じです。他にも、せっかく世のおかしさに気付いても、悪魔崇拝者どもによるやりたい放題を許してる状況や賃金低下と重税による生活苦を彼らのせいにばかりして民衆の行いの悪さに向き合わないとか、厚かましくも神を人間の思い通りの存在と看做して不幸な世相について神を責めるとかも当てはまると思います。人間の勝手な計略ではなく神の御計画こそ実現する(旧約聖書 箴言 十九章二十一節参照)のが事実で、創造主である神を無視する人間の意向を神が汲んでやる義理は全くありません。ただ、一応人間は各自の自由意志で動いており、歴史や現在の世相は各時代を生きる人々それぞれの行いの結果です。最近でも、こちら(マネーボイス)、札幌にある企業のこおろぎ養殖事業が廃業しました。これは人々の食用コオロギへの強い拒絶が功を奏したのも大きいです。食用にしてはならない昆虫のこおろぎを猛烈に宣伝し、こおろぎに含まれる発がん性物質や酸化グラフェンを人々に摂取させるという支配層の邪悪な企みに気付く人が少ないのが残念ですが、多くの人が拒否すれば広まらないのがよく分かる例です。同じように、個人番号券制度や憲法改悪の危険性にも気付いて、「昆虫食なんか生理的に受け付けない」と言うように断固拒絶し抵抗する必要があります。そうでない限り、まともな人が少数派ではまともな声が潰されるし、無抵抗なままなら「さあどうぞ、悪事をご自由にやりたい放題してください」と言ってるに等しいです。

少し話が逸れましたが、正しい基準を知らないまま何でも疑ってかかるのは、正しい情報の認知の妨げとなり得ます。特に、大多数が聖書を宗教だ、悪人によって読む価値が無い程に改ざんされてる、支配層が聖書に則って計画を実行してるだのと好き勝手言ってる投稿をネットで頻繁に目にします。これは非常に致命的です。聖書に関しては自らまともに調べずに世間で聖書に無知な人らの愚かな発言を真に受けてるのに、それを棚に上げて「自分はテレビや新聞の情報を真に受けてる人よりはマシ」と思うなら、大手報道機関をはじめ世の権威を盲信してる人々と同じくらい危険です。聖書無しで世の中の本質を理解するのは不可能です。ただ、単なる凡人のわしが急にそう理解できたわけではありませんでした。聖書こそ世の本質を理解するのに必須だと知れたのは、自ら聖書を理解するように努めてきたからでもあると思いますが、最も大きな要因は「真の聖書福音と預言」を管理するミカエル氏の伝道、そしてこちらと同じく学びを得る信仰の兄弟方との交流です。ミカエル氏はただ聖書の内容を語るだけではなく、世の中の実態や動向も併せて鋭い洞察をし、我々が何をすべきかを明確に示しています。世の中の実態に関する有益な情報を周知してくれる人はネット上でも一定数居りますが、ただの情報共有だけで終わり、具体的に我々がどのように有益な行動を取るべきか書かれてることが少ないと感じます。ミカエル氏が、ただ情報共有だけでなくどうすべきかを具体的に書けるのは、聖書にある神(主イエス・キリスト)の律法、掟、戒めをことごとく守っており、正しい善悪の基準を身につけて物事を見誤らないからだと、わしは考えています。また、意図的に広められた太陽暦の実態、パウロという偽使徒から始まった偽キリスト教(カトリック、正教会、プロテスタント、その他キリスト教系カルト)の実態、現代日本人に根強く存在するあらゆる問題点の根源、その他にもほぼ誰も認知してない事柄を誰にでも分かり易く提示されています。また、自分の人生はあくまで自分自身が決めることで、全て自分の責任である(他の人や物のせいにはできない)ことも大いに学びました。だからこそ自分自身があれこれ信じられないといった状態にならず済み、物事の問題にもまず自分に原因があるのではないかという考え方を持つようになりました。主イエス・キリストという模範、基準に基づき、自分には何が足らんのかを十分に理解し、改善して成長に繋げたいからです。反対に、頑なに聖書に対して疑わしく思えてしまう場合には、これらの事実を認められないと思います。実に損失でしかありません。

 

二、そもそも裏切られないようにすべきだ 

 

裏切り行為に遭うと、その人を信用できなくなり、酷い場合は誰をも信じられなくなる場合もあります。しかし、裏切られたからといって、誰も彼も信じられんと思っても良いことは何もありません。そもそも裏切られないようにするにはどうすべきか、この節の終盤に書いています。

普通の人であれば、裏切りの悪さを容易に想像できます。誠実な心があれば、誰かを裏切ったりすることは無いはずです。イスカリオテのユダが主イエス・キリストを裏切った事実は、聖書を読んだことがない人にも割と知られてると思います。主イエスは地上で富を集めるなと教えたのに、イスカリオテのユダは金銭に目が眩んで兵士や祭司長等を連れて来て主イエスを逮捕させ、その報酬を受け取りました。悪魔が高慢になって神を裏切り反逆したのと同じように、裏切りは悪人がすることです。

人間関係において、中には精神的外傷を受けてもおかしくない程の大きな裏切りを受けた経験のある人が居ます。そこまでではなくても、この邪悪な世俗社会において、「裏切り」に該当する事柄は珍しくありません。例えば、好きで応援していた芸能人や有名人が不祥事を行ったり、醜悪な本性を露呈させたりしたら、失望するかもしれません。もっと重大な例だと、政治家や官僚をはじめとする公務員が、日本国憲法第十五条第二項に規定されてる「全体の奉仕者」として日本の国益のために働かず、支那や朝鮮や英米と背後の支配層(ローマ教皇、イエズス会、偽ユダヤ系金融資本ほか)の意向に従って「一部の奉仕者」として日本の売国に勤しんでる事実です。「社会保障関連費用のために…」みたいな建前で消費税を導入し、もっともらしい理由をつけてじわじわと税率を上げたにも拘らず、それを法人税減税の穴埋め等に使って結局一部の大企業だけが潤うようにし、他にもどんどん税負担を上げながら税金の無駄遣いし放題。挙げれば切りが無いですが…、他にも個人番号券(マイナンバーカード)作成を任意と言いながら健康保険証や運転免許証と一体化して実質強制のようにする動きが盛んです。新世界秩序構築に向け、支那のような超共産主義で国民の個人情報を掌握して一挙一動を監視管理する社会構築のための個人番号券をごり押しし、現憲法下で強制はできない故に憲法改悪して強制、従わねば制裁を下せる社会にしようとしてます。公務員らの国民への裏切りは数知れません。中には、売国議員だらけの中で国民の益になるような公約を掲げる政党もありますが、前回記事「神への不信仰による罠」で申し上げたように、それらも決して信用に値しません。

となると、やはり「何を信じたらいいんだよ」と思ってもおかしくはありません。わしはかつて、芸能界や報道機関、公的機関、団体や連合、至る所で在日朝鮮人や支那人が幅を利かせてること、朝鮮や支那の反日の実態を知るに至って、そんな彼らに日本が蹂躙されてるなんて絶対に嫌だと思ってました。それで、世間的に「保守」「右派」と言われてる特に自民党の議員たちを応援しよう、是非とも反日諸国に強気に出て欲しいと期待を寄せていました。しかし、長年の不景気や少子高齢化や在日問題ほか日本の諸問題が放置され、国民の生活は豊かになってないのに税金をやたら上げ、諸外国に弱腰で、政治家の不祥事や森友加計問題があやふやにされてることから、自民党への疑念が深まりました。ミカエル氏の「真の聖書福音と預言」に出会ってから、自民党は売国極左であり与野党グルで他の既存政党も同じ穴の狢で、英米の間接植民地であるという決定的な事実を知るに至り、完全に政治家への期待は失われました。そんな日本の中枢の酷い実態を知って、最初は他人に裏切られたのと似たような気持ちになりました。本当に何を信じるのが正解なのかと非常にもやもやしたと思います。しかし、悪とは無縁のイエス・キリストの性質、悪が支配するこの世に希望は無いが後の世で永続する平和と正義に満ちた神の王国が実現されること、ミカエル氏が主イエスに心から倣い、日本や日本人を心から想って客観的に事実を論証する姿勢に感化され、だんだんと聖書こそ本当に信じられると思えるようになりました。そのお陰で疑心暗鬼になって「何を信じればいいのか」と迷うことなく、間違いではないことに対して無駄な勘繰りをしたりせずに済んだのです。世の中には全く期待しないようになり、「実で見分ける」(マタイ七章二十節参照)という主イエス・キリストの御言葉どおり、他者を行い等で慎重に見極めるように努め、両建て工作員、変な政党やカルト宗教の罠にも嵌らず、「裏切られた」と思うことも無くなりました。今後も引き続き学びや実践に励む所存です。世の中悪人ばかりで何が正しいのか分からんと今は思ってる方も、どうかわしの経験が活きれば誠に幸いです。

 

 

三、価値観や行動を変えて不安を無くしましょう 

 

何を信じるべきか分からない、色々なものが疑わしく思えてくる状態だと、心の平安とは程遠い状態です。普段の生活において、誰しもが不安を抱えるものと考えられます。人間関係、日々の生活、仕事、学業等があり、我々人間には将来を見通せないため将来に漠然と不安を持ってもおかしくはないです。疑心暗鬼を生じては余計に不安に繋がり、全く益はありません。不安になることの悪影響は大きいです。過去からずっと、支配層は恐怖や不安といった人々の感情を煽り、人々を思うがままに操るためにそれらの感情を利用してきました。恐怖心や不安に支配された人々は、平常時と異なって理性的な判断を失うし、そもそも無知な人が多ければ余計に簡単に扇動されます。コロナ犯罪も同様、ありもしないウイルスの脅威をでっち上げ、あたかも恐ろしい感染症が流行ってるかのように演出し、人々に偽りの感染対策を強要させ(→自由を奪う)、有害な感染対策(特にワクチン接種やマスク着用)をも正義と信じ込ませて従わないまともな人間を異常者と看做すよう仕向けられました。今でこそ、一時よりはコロナがどうのと騒がれなくなりましたが、多くの人がその実態に気付いたのではなく、未だコロナは脅威と思ってる人は未だ不安に思って有害無益なワクチン接種をしたりし続けてるのでしょう。このままだと、再び種類問わず大多数が不安や恐怖に支配されて扇動されるに違いありません。二千二十四年の二月頃(太陽暦五月)に国際保健規則(IHR)の改正案(実際は改悪)とパンデミックに関する法的文書(通称:「パンデミック条約」)が採択される予定です。これはワクチン開発の継続が前面に出ており、今後更なる偽感染症騒動が煽られる危険性が高いです。フィリピンや、欧州のスロバキアとエストニアは、感染爆発に関する条約と国際保健規則の改定を拒否すると意思表示を示しており、本来国益を考えるならこれが普通の姿勢ですが、日本は追従する可能性がほぼ十割です。あまりに実態に気付いてる人が少数であり、気付いていても大規模な抗議とかではなく、選挙やネットでのぼやきでどうにかなると思ってる呑気な人が多いな…と正直感じざるを得ません。ただ、この改正案や条約のとおりになっても、諦めない方法を学べました。

日本国憲法が国際条約よりも上位であり、憲法違反の条約なんてすべて無効であると知らぬ者が殆どではないか。憲法九十八条一項により、憲法に反する内容の国際条約もその締結行為も、法律も、閣議決定も、官公庁の命令や規制等もすべて無効です。違憲無効なんやから従う必要が無いし、従わんでもその処罰根拠となる法が憲法に反するなら無効故、罰せられへんからや。万一、不服従によって不当に罰せられそうになれば、捜査機関が提示してきた処罰根拠の法規は違憲無効と抗弁し、そないな不当処罰に対しては不法行為に基づく損害賠償請求が出来ることを覚えときや。更に、当局から不当処罰を受けたら、受けた被害を大声で世間に周知しなはれ。臆するな、戦え。悪人に膝をつくなら、同じ悪人になるだけやで。

(引用元:成功するためには | 真の聖書福音と預言 (ameblo.jp)

すなわち、現憲法下で上記のような抵抗が十分に行えるということです。条約にばかり注意が行って、このように冷静に対処法を判断できなくなってる人が結構見られたので、是非とも頭に入れることを勧めます。引用元の記事には、法的な内容だけでなく、日本の現状と要改善の問題点や、本来の人間として成功するための方法が論証されており非常に有益です。

話を戻しまして、不安になる原因として、参考記事には次のように書かれています。『漠然とした多くの不安は、元々の脳の脆弱さが原因です。脳の構造上の問題であったり、生まれ育った環境や、ストレスを受けやすい生活が影響しています。』と。確かに、性格的に不安を感じやすい人は存在し(わしもどちらかと言えばその傾向)、人間自身の心掛けのみでどうにかなるわけではないかもしれません。しかしそれより、疑心暗鬼になって不安になるより大きな原因に、確固たる信念が無いことが挙げられると考えています。わしは元々否定的思考で不安になり易い方でしたが、聖書から何が善で悪かを知ってその明確な基準に則って行動していくので、だんだんとその傾向が薄れていきました。この経験から、元々の脳の構造上の問題や性格的な要因にも打ち勝てるはずだと考えています。自信を取り戻し、主体性を持ち、簡単には他者に流されにくくもなるでしょう。

 

 

四、被害妄想の基は内面の悪さ 

 

参考記事によると、他者をあまりに疑うと、被害妄想が激しくなり得るとのことです。被害妄想と言うと、精神的な問題や性格的な問題と捉えられがちですが、性格とか関係無く勝手に相手から自分が危害を加えられてると思い込む心理は珍しくありません。特に、完全に自身の言動が悪く、それを正当に非難する声をも迫害や攻撃等と妄想する状態です。項目一でも触れた他責思考に似ていると思います。自身の行いを客観視できず、自分こそ正しいと思い込む傲慢な人は例外なくこのようです。疑心暗鬼を生じてる人も、結局のところ自分の勝手な判断で要らぬ疑いを持つわけなので、そのままにするなら被害妄想に陥りやすくなって軌道修正できない状態になります。被害妄想に陥ることによって自分自身の問題を客観的に捉えて解決に向かう意志が妨げられ、自分が何に洗脳され囚われてるかに気付かず、自分の当てにならん感覚に頼り、時に事実を虚偽と看做す…という悪循環に陥る危険性が高いです。

現在の「新約聖書」に収められてる十程度の書簡を書いた偽使徒パウロやその信者も、被害妄想が激しいです。世の「クリスチャン」「キリスト者」を名乗る人のほとんどがパウロ信者に該当し、聖書によって被害妄想が激しい性質になってるのではなく、彼らがそもそも神の御品性や秩序に逆らってるが故です。パウロの下劣ぶりは、以下の引用元から知ることができます。

パウロは主イエスに敵対したファリサイ派であり、偽装回心し、神の聖徒であるキリスト者の集いにバルナバの手引きで潜入し(使徒言行録九章二十七節)、律法を守る必要は無いと律法を否定し、偽福音を吹聴し、目に見える不思議な業等を駆使し、撹乱や仲違いを引き起こした。パウロが神の律法を否定したことで、多くのユダヤ人から命を狙われることとなった。そのパウロ自身の罪故にそうなったのに、パウロはあたかも彼自身が正しいことをしてるが故に、主イエスのために働いてるが故に迫害されてると裁判の場で被害妄想を訴え、また手紙ではキリスト者として伝道することで多くの苦難を受けたと書き綴った。パウロこそが実際に多くのキリスト者たちを投獄したり死に追いやり、偽福音を吹聴して騙したことでも多くの人々を永遠の破滅(第二の死)に導いたにも拘らず、彼が受けた自業自得な苦難について大袈裟に触れ回り、如何にも頑張った偉大な使徒かのように演出した。パウロは、ほんまに狡猾で病的な嘘つきであることは、疑いの余地が無い。

(引用元:偽使徒パウロの反キリスト教義 七 | 真の聖書福音と預言 (ameblo.jp)

被害妄想は傍から見ると非常に迷惑なのですが、自らがそうなっていると中々気付くことができません。偽使徒パウロを教祖のように崇める者たちは、パウロと同様に非論理的な発言や被害妄想をするのです。

七番目に彼らが示した箇所は、ペトロ二一の三章十五節。これもパウロ教信者ならではの意味不明なパウロを持ち上げる無理筋の主張ばかりが展開され、挙句は攻撃を受けてるとパウロの側に立って被害妄想を言う始末…。

引用元:パウロを偽使徒と認めない反キリストの有様 | 真の聖書福音と預言 (ameblo.jp)

(↑上記は、SOSTVという南朝鮮人とSDAと関わりが深い人たちが、パウロを「使徒」と思い込む根拠として強引に示した箇所に関して述べられてる部分からの抜粋です)

使徒ペトロが言った使徒の要件にパウロは全然当てはまらないし、パウロは主イエスの教義とは明らかに異なった教義を吹聴した事実は疑いようもないのに、パウロは偽使徒で、反キリストである旨を受け入れないのは理解できません。何故なら、聖書や神(主イエス・キリスト)に対しその実は疑ってるからと言えます。悪人こそ正当な言論を中傷し、自身を棚に上げて被害妄想をするとお分かりいただけるはずです。キリスト者を名乗ってるから信用できるわけではありません。また、彼らの実態を知れば、世のキリスト教の実態が分かり、聖書に対するおかしな誤解も解けると思います。

 

 

五、孤独感に負けず、目指す先を間違えてはならない 

 

疑心暗鬼を生ずる人が孤独感に支配される危険性を掘り下げるというよりは、どんな人であっても孤独感を解消するのに間違った方向に行かないように喚起します。

悪人の支配の雁字搦めになっている世俗社会では、悪人に与する悪人が大勢であり、世の悪に関する事実を周知しても中々受け入れられません…。賛同者があまりに少ないと、孤独さを感じても無理はないかと思います。しかし、孤独感に負けてしまうのは危険です。快楽、酒、タバコ等の依存性が高い事柄の虜になる可能性があり、もっと悪い例ではカルト宗教や賭博に嵌ってしまうことも起こり得るからです。もし聖書を真剣に学んで理解したいと考えるなら、周囲に自身の信仰や信念を理解してもらえず孤独感を覚えても決して諦めてはならないですし、主イエスによる信仰の兄弟同士で互いに愛するという掟を表面上守ためだけに集まっても高め合いどころか傷の舐め合いや馴れ合いにしかならず、面倒やいざこざのもとにもなります。そうならんよう、目指す先を間違えないでください。

 

 

人々をより疑心暗鬼にさせる言論に注意

 

画像引用元:https://twitter.com/touyoui/status/1753207037037785396

 

画像引用元:https://twitter.com/retopsnart/status/1749706188638535879

 

この地が平面であること(フラットアース)やコロナウイルス等のウイルスが存在しないのは事実なのに、明らかにおかしいQやトランプ信者と一緒くたにして中傷し、信じさせないようにしてます。大半は世の動向や人々の健康に関して有益な内容を発信する大型口座でも、致命的な嘘が混じってる場合が少なくないです。「詐欺師は九割の真実に一割の嘘を混ぜる」とも言われ、支配層が用意した両建て工作員もゴロゴロ存在するので要注意です。結局何を信じるべきなのかを人々に対して分からなくさせるのに寄与してると言えますが、罠にかかってはなりません。この世で何のために人間は創られ生かされてるのか、人間の本分とは何なのかを知って人生に意味を見出だすきっかけも聖書しか無いです。

 

 

結び 

 

あらゆる物事や人物を簡単に盲信してはならんのは確かですが、だからと言って何でもかんでも疑うのは時に危険であり、自ら真実を見出だす機会を捨てることにもなると気付いていただけたなら幸いです。

支配層とその手下は新世界秩序構築に向けて動いており、誰もその流れを止める者は存在しません。日本でも憲法改悪や個人番号券強制化等、時間の問題であり、もし当ブログの内容に賛同してくださるなら、早くに聖書を手に取って読み、日々実践していき、こちらと共に真の正義であるキリスト道を歩む仲間となれば幸いです。こちら(キリスト道)の要項を確認して、まずはその通りにしてみてください。