京都の北野天満宮で拝殿の外側に鏡が吊るして

あったので気になっていました。

 

 

 

 

 

 

鏡に因んだ話題を載せますね ニコニコ

 

鏡開きとは?意味・由来や食べ方まで詳しく紹介

 

鏡開きとは、お正月の間に飾っていた鏡餅を神棚や床の間から

下げ、無病息災を祈願して食べる行事のことです。鏡餅や鏡開き

の「鏡」は平和・円満の意味があり、「開き」は末広がりを意味

します。「鏡割り」とも言われるものの、「割る」は壊すことに

通じる忌み言葉であるため、一般的には縁起を担いで「鏡開き」

と呼称します。

鏡開きの日付は、基本的に松の内が明けたあとの日です。

 

現代の東日本で行う1月11日の鏡開きは、江戸時代に行われていた

具足開きの日付を受け継いでいます。

3. 鏡開きのNG行為

○松の内が明ける前に食べる

○包丁を使って切る

○鏡餅を食べずに捨てる

 

鏡(19)開(12)き(4)・・・35画

1&1&1=3

35&3=38・・・3&8=11

 

 

 

 

そもそも丸い餅を「鏡餅」と呼ぶのは、昔は鏡が丸かったと

いう理由であるが、人の心臓(魂)を模した形が丸となった

とも言われている。また大小2つ合わせるのは、太陽と月を

表しているとも。

●なぜ「開く」と言うのか
 神さまが宿っていたお餅を食べることは、新しい生命力を

得るという意味合いがあるという。そんなお餅を包丁などで

切ったりすることは避け、カナヅチなどで砕いたり手で割い

たりして細かくする作業を「開く」という。「切る」や

「割る」という言葉が忌まれたための縁起担ぎである。

https://dot.asahi.com/dot/2020010900058.html?page=2

 

 

 

 

鏡開きの際の掛け声「よいしょ」が一般的です。

ただし、回数が異なる場合があります。
一回の場合「せーの、よいしょ」の掛け声と

ともに、樽酒の蓋を割ります。

三回の場合「よいしょ、よいしょ、よいしょ」
の三回目で樽酒の蓋を割ります。

 

お酒もお餅と同様に原料はお米のため、とても神聖

な飲み物とされています。そのため、健康や幸福を

祈願し樽を開いた後は、参列者でお酒を酌み交わし

ますますの成熟を願うのです。

お餅の鏡開きと樽酒の鏡開きは、どちらも新たなスタート

時や区切りのときに無病息災を祈願するという同じ意味

合いがあります。

https://trenjoyce.com/2042/

 

よいしょ・・・7画

せーの、よいしょ・・・11

よいしょ、よいしょ、よいしょ・・・7 7 7画

 

 

 

みかんは「橙」とも呼びます。その橙の言葉にあやかって

家族が代々(橙)繁栄していきますように」という願い

が込められているのです。

それから、みかんの木を思い浮かべてください。1本の木に

収穫期には沢山のみかんが育っています。特に橙は成長して

収穫するまでに5年前後掛かり、ゆっくり大きく成長して

いくことから長寿の意味もあるらしいです。

 

他にも、「代々(橙)後世まで家が栄えますように」と

いう意味もあります。

 

 

橙・・・16画(8 8)

代々・・・8

み(3)か(3)ん(2)=8

 

 

 

古くから鏡は剣や勾玉まがたまとともに祭具として、重要な意味を

持って扱われています。
神社にお祀りされる神様に、具体的な姿、形は無く、岩や

木などに神様がりつくと考えられてきました。鏡も神様

が宿られる“依代よりしろ”の一つとして、神様の存在と威儀を示し

ています。また、鏡を通して神様と自分が向かい合い、

誠実で清らかな心でお参りをする、そんな役割も鏡は担って

いるのです。

 

 
 

 
 

ー八咫形の大鏡拓本ー

 御本殿正面には明治13年5月に当宮に奉納された、八咫形

の大鏡が掲げられています。この度、当宮境内の蔵から、

大鏡の拓本の掛軸が発見されました。

 大鏡の裏面には当時の世界地図、中央上部には大きく

「北野天満大神」の文字、下部左右には、奉納された講組織

の方々の名前を浮き彫りにした実に見事なものです。重さは

200キロ、直径108センチ、厚さ4.5センチにもなります。
 当宮には、加藤清正が奉納した「本州大鏡」松浦武四郎奉納

の「北辺大鏡」本山彦一奉納の「西辺大鏡」等、日本地図の

大鏡の奉納はありますが、御本殿前の八咫形の大鏡の裏面に

世界地図が彫られている事が確認された。

 日本は江戸時代までは鎖国をしており神仏混淆の世であった

が、明治時代には開国し神仏分離となった。
 この大鏡の奉納者等は、学問をはじめ芸能・厄除け・冤罪

を晴らす神・至誠の神等の御神徳がある御祭神 菅原道真公を

崇敬する心、そして、日本固有の精神・文化をもって外国から

伝来した学問を活用するという菅公の和魂漢才の精神は、

明治期には和魂洋才となり、この理念および、神道、仏教

あらゆる宗派を超えて世界に広く菅原道真公の御神徳を宣揚

する思いから「世界地図に北野天満大神」の文字を刻み、

当宮に大鏡を奉納したのではないだろうか。

 

 
 
 
拝殿の大鏡
 
北野天満宮の拝殿には大鏡が設置されています。
これは参拝時に「自らの姿を映し出すことで、自分自身に誓う
という意味が込められていると云われています。

なお、神社にある鏡は一般的には円形をしていますが、当社
の大鏡は角が八方向に伸びた特異な形をしています。
ちなみに、この大鏡は明治13年(1880年)に信者が奉納
したものであり、倉から見つかった拓本によれば、裏に
世界地図」が刻まれていることが分かったそうです。

参考資料:京都新聞:大鏡裏面に世界地図
 
 
 
(Wiki)
神鏡(しんきょう)とは、神聖な鏡という意味の一般名詞である。
神霊のご神体として神社の本殿に祀られている鏡もあれば、また
は拝殿の神前に置かれている鏡もある。三種の神器の一つである
八咫の鏡も、神鏡の一つである。

神鏡の意義に関しては、一般的には太陽を鏡で指していると言わ

れる。これは、鏡で日の光を反射した際、それを正面から見ると

太陽のように輝いて見える為であり、日本神道では太陽神である

天照大神(アマテラスオオカミ)を最上の神として崇め祀るので、

太陽を象徴する鏡で以て御神体とし、神社に祀るとされている。

日本書紀』においては、天照大神は孫である瓊瓊杵尊(ニニギ

ノミコト)に、「これらの鏡を私の御魂として、拝するように

常に奉りなさい」と記述されている。

また、この神鏡を乗せる台は通常雲の形をしていて、これは雲形

台と言われる。神鏡の発祥は中国に遡ると言われる。

魏志倭人伝』によると邪馬台国の女王・卑弥呼が魏に遣いを送り、

魏から銅鏡百枚を下賜されたとあることからも、日本の神鏡文化は

中国からの文化輸入であると考えられる。

なお、朝鮮においても神鏡は多数出土される。

御霊代神鏡
神社宮中では神鏡を御霊代とする事が多い。規定では「天神地祇
並びに天皇はその鏡径を一尺、諸臣は七寸とし、裏面に神名を刻し、
に紅をかけ、に入れ、柳箱に納め、この箱を入帷子に
包み、唐櫃に納め、ここに覆いをかけるか、御で包む。
なお、唐櫃を使用せず、神鏡をで包み、御樋代に、次に御船代
に納め、御衾で覆うも可」としている[1]
三角縁神獣鏡(さんかくえんしんじゅうきょう/さんかくぶちしん
じゅうきょう)青銅で出来、断面が突出して三角形を成しており、
且つ神獣の文様が刻まれている為にこう呼ばれる。日本でのみ
出土されるが、神獣鏡は中国や朝鮮でも多数出土されており、
三角縁である点が日本固有の特徴である。
 
 
 
 
 

福みくじ

十二支のかわいい福みくじです。今年の干支、ご機嫌な

様子の兎のなかに1羽お口がへの字の不機嫌な子がいる…

とおもったら迷い込んだねずみさんでした。

少しずつ表情の違う表情の干支たちにぜひご注目ください😊

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福(13)み(3)く(1)じ(3)=20画(1 1)

 

 

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