2011.8.30~2012.2.24 同世代の志をつなぐ世界一周の旅 -7ページ目

ローマ〜フィレンツェ

こんばんは。
ご無沙汰しています。

ブログ更新が滞ってしまって
すみませんでした。

ミラノ、バルセロナと
アクシデントやビザ取得でバタバタで
更新できていませんでした。。


今日は旅立って3ヶ月1日目です。
半分を超えここからまた最高の旅にしていきます!


今回のブログでは
ローマ、フィレンツェについて書こうと思います。


ローマ、フィレンツェには
合計8日いました。

主に観光をし、
主要な場所は一通りいきました!!

イタリアの街は
寒くなってきていて
冬の到来間近の時でした。


ただ観光地の感想を書くのは簡単ですし
他のサイトやブログにも載っていると思うので、
街並みや人について書こうと思います。


ローマに降り立ち
日本人の大阪のおばさん達から
テルミニ駅へはどう行けばいいか聞かれ
僕も同じ目的地だったため一緒に向かいました。

おばさんたちは弾丸ツアーできた模様。

1人の人は何度もイタリアを訪れていると言っていました。


「イタリア人は英語ができないふりをする」
「ローマは気をつけな」

と言われ目的地に着き
僕は単独行動になりました。

まず、びっくりしたことは
落書きの多さ。

壁や看板は当然で
地下鉄にも落書きだらけ。

少し心配になりました。

そして、ツアーリストインフォのスタッフの対応。
本当に酷いものでした。

これがローマかと内心嫌だなと思いました。

翌日から観光スタート。

駅の切符売り場では
買おうとする隣から勝手にボタン押して
買わせてあげたぞ感を出しチップを請求してくる物乞いの人たち。

コロッセオ近くでは勝手に王冠頭に乗せてきて
写真を取りチップを請求してくるコスプレイヤー。


ここはチップ大国かと思いました。
(一切払っていませんが)


みんな親切をしたと思えば
お金を請求してくる。

僕は別に求めていなかったので
お金を支払わない。

そうすると彼らは怒らず
他の人へいきます。


「ローマは気をつけな」
の意味はこういうことだったのかと感じました。


街並みは最高でした。
少し歩けば教会があり、そこには広場が広がっている。

石畳の道と家。
道でイタリアンを食べる人たち。

素敵な光景だと思いました。

バチカン市国にも行き
サンピエトロ大聖堂は素晴らしいものでした。

ローマの観光地は当然
ローマ帝国の時の遺跡や建築物ですが
どれもスケールがでかく
当時のローマ帝国の力の強さを物語っていました。



フィレンツェは電車で移動。
20ユーロしないくらいで行けました。


フィレンツェは完全に観光。

フィレンツェのすごいところは
見所全て歩いていけること。

広場にはテントを張り
デモをしている人たちがいました。

と言っても過激なものではなく
住民と話し、意見を求めていたように見えました。


フィレンツェで1番感動したのは
ストリートパフォーマー。

ハープギターで様々な曲を奏でていました。

フィレンツェはストリートで
多くの職人やパフォーマーがいます。

歌、楽器演奏、風景画、人物画、
バルーンアート、静止像

など。

全て素晴らしく
街と人とが調和していました。


フィレンツェで驚いたことは
東洋人がかなりいたこと。

みんな旅行者だったと思いますが
日本人もツアーとして多く遭遇しました。


ローマ、フィレンツェは
今まで中東を旅してきたので
街で日本人を発見することがかなり多くて
不思議でした。


ローマは別に危険ではなかったし、
注意しながら観光すればなんの問題もありませんでした。

フィレンツェは
正直そんなことも忘れ楽しめました。



書いてきたように経済が国として
危ない状態になっているのは街や駅、人を見て
顕著にわかります。


ですが、
素晴らしいものは残っています。


純粋にイタリアが好きになりました。


次回のブログではミラノについて書きます!

若者の勢い カイロまとめ

こんばんは。
なかなか更新できず申し訳ありません。


現在はイタリア・フィレンツェにおり
明日からミラノに行く予定です。


今日はエジプト・カイロのことを書きます!


まず困ったのは
イスラエルでエジプトビザが取れなかったこと。

これは完全に自分のせいなのですが、
金土がイスラエルは休日で大使館も領事館もやっていません。

また僕がいた週は祭日だったため
水曜日まで休みと領事館前に書いてありました。

本来は陸路で抜ける場合
エイラットというイスラエルからの国境がある場所の
領事館でビザを即日取れるのですが
僕の場合無理でした。

強行突破でビザなしで国境へ行き
エジプトのシナイ半島までは2週間ビザなしで入れることを思い出し
その後、シェムリシェケ空港でチェンジビザをし
カイロまで行くことができました。


そんなこんなで無事カイロに到着。


ピラミッドやスフィンクスを見たり
カイロの人とお酒飲んだりしました。

昨期出逢ったカイロ大学のアハメッドとも会い
カイロを案内してもらいました。

僕がいた週はちょうど犠牲祭の週で
牛や羊を道端で殺すという非常にエグいものを見せられました。

夜はタハリール広場を中心に若者がとんでもない騒ぎをしており
朝は本当に静かです。

その週は一般企業も夜0時から朝8時まで
働きます。


みんな朝早い時間は静かに寝ています。


その週は公共の施設は大体休みで
カイロ大学も休みで
昨期会った学生と学校外で会いました。

みんな日本語が喋れて志も高い。
日本へ出て仕事したいと語ってくれました。


カイロの街を見て思ったのは
若者の勢い、団結力がすごいということ。

革命が起こる前からfacebookなどで
盛り上がりついに政権をひっくりかえしてしまったのです。

その後も勢いはやむどころからさらに盛り上がりを増し
今日に至っています。


そしてエジプトは物価が異常なまでに安いです。
光熱費や家賃はもちろん食費までも。

もちろん給料も安いのですが。。

これはムバラク政権の時
国民の反感を買わないためにライフラインやインフラを極限まで安くしたとのこと。


これからおそらく上がって行くのでしょう。

また、カイロは中東の拠点として最適な場所です。

各地への直行便は出ているし、
英語も多少は通じます。

テロというテロは僕がいた時なかったですが、
夜は1人で歩くには危なかったです。


カイロを始めエジプトは今後発展して行くと感じます。
これ以下がないと思うので。

カイロにはまた行きたいと思います!

イスラエルで感じたこと

こんばんは。
金田隼人です。

イスラエルから国境を超え
エジプト・カイロに滞在して
今日からローマに入ります!

今日はイスラエルのまとめ記事を
書こうと思います。


エルサレム観光
ベツレヘム観光
テルアビブ観光
ヘブライ大学訪問

を主にしたわけですが、
それらのことを踏まえて書きます。


まずイスラエルについてですが、
キリスト教、イスラム教、ユダヤ教と
3つの宗教が混在しています。

エルサレムのオールドシティ(城壁に四方八方囲まれた場所)の中には
全ての宗教の聖地画あります。

イエスキリストが十字架を背負って歩いた道
処刑された教会
ユダヤ人が過去の古人を思って嘆く壁
イスラム教徒が集会して祈りを捧げるモスク


全てがあります。


僕は因みに
中高キリスト教学校で毎朝礼拝をし
聖書を読み讃美歌を歌っておりました。


聖書の舞台となっている
土地の名前や教会、人物名があり
感慨深かったです。


この3つの宗教は全くの別物というわけではなく
歴史的にも相当入り乱れています。


また、3つの宗教は同一の神ヤハウェに
祈りを捧げます。


エルサレムという地はそれだけ3つの宗教にとって
根強いものなのかと感じました。


2日目はベツレヘムへ。
ベツレヘムと言えばイエスキリストが生まれた場所。

パレスチナ自治区にあり、
入るには大きな壁を通る必要があります。

まるで外国。
国旗も違います。

観光場所は人がいますが、
あとは全く人がいません。

イスラエルの友達に大丈夫だった?と聞かれましたが、
全然大丈夫でした。




イスラエルは
物価が高いだけに生活水準も高く
治安も今はいいです。

ネット環境も素晴らしく
一面乾燥地帯でもFreeWifiが通っていました。



宗教の根付きは本当に色々考えさせられます。

イスラムのお祈りが聞こえたと思えば
逆から教会の鐘の音が聞こえる。

そんな街です。


キリスト教徒の人とユダヤ教徒の人とイスラム教徒の人が
同じキャンパスで話し、普通に電車を譲り合い、
みんな同じ街で暮らしている。


今はこじれた歴史や宗教も
しっかりと生きている。


イスラエル、ここは
宗教とはなんなのか
歴史とはなんなのか
少し見える場所でした。


おすすめの場所です。