そして2014年
気持ちが安定し始め、心に余裕ができてきた
しかし、同時にコマに申し訳ない気持ちが出てきた。
コマはもうその時8歳で、一戸建ての家に一緒に住んでても、
2008年からなるべく顔を合わせないように、コマは1階で、自分は2階によくこもっていた。
ほぼ接することはなかった、世話も親に任せていた。
でも結局飼いたいと思ったのは自分だし、コマに痛みや恐怖などの辛い思いをさせてしまったのもあった。
その申し訳ない気持ちが溢れ出てきた。
とはいえ、すぐにはコマと距離を縮めることはできなかった。
コマは、自分と関わりたくないと思ってただろうし
また自分自身、コマにイラついて怒ったり手を出すかもしれない、という恐怖心があった。
だけどちょっとずつ、コマと関わるようにした。
最初は優しく声がけのあいさつを、ちょっとずつするぐらいから始めたと思う。
コマが小さい時から、とても辛い体験をさせてしまった
そしてすでに8歳、このまま辛い体験が強いまま
コマを死なせたくないと思った。
なるべく残りの日々を、できるだけ楽しいと思える気持ちを持たせてあげたいと思った。
とはいっても、ほんの少しずつの関わりだけど、ごくまれに散歩に連れて行く程度だった。
それを2014〜15年、続けていた。
この2年間、無理のない程度に関わってコマとの距離間を考えていた
それと2013年から意識が変わったといっても
気持ちの不安定は減ったにしても、まだまだ不安定さが自分の中にはあることを自覚していた
だからちょっとずつ関わるようにした。
コマは嫌がっていたかもしれないけど、自分なりに少しでもできることをしたかった。
過去の分を取り戻そうとしていた。
2013年から2016年あたりにかけて、自分の心は徐々に緩やかになっていった。
2013年までの自分は、本当に殺伐としていた
心が落ち着かず、常に何かに怯え、何かにイライラして、しんどい状態だった。
当時は、「なぜ自分はこんなにも苦しいのか?」と、原因を探ろうと努力していたが、結局わからないままだった。
今なら、それが斜頭症と境界知能によるものだったとわかる。
斜頭症は身体的な負担、境界知能は脳の負担
そしてそれが本人も周りの人も理解、考慮しないことによる相乗効果もある。
その2つの肉体と脳の負担が、自分の生きづらさと余裕のなさを引き起こしていた。
わからなかったことによるストレスが、自分にとって一番大きかった。
つまり、原因が見えないまま生きることで、精神的な負担がさらに増していたんだと思う。
このことは、過去の記事の「生きづらさ」という記事に詳しく書いてます。↓
そして2016年の1月から、コマが亡くなる2018年12月まで、夕方の散歩は自分の担当になっていた。
その頃ぐらいになると、心の余裕が増え
コマに怒ることもなく、普通に接することができていた。
コマは多少、歩けるけど、足が不自由になっていたので
ベビーカーに乗せて、公園までいったり
これが結構多かったけど、車に乗せて公園につれてったりしてた。
車ということで、普段行かなかった
色んな公園を探して、そこで散歩したりした
色んな公園にいけば、喜ぶかなと思った。
コマはどう思ってたかは、わからないけど
その頃の自分は、過去一番と言えるくらい精神的に安定していたと思う。
2000年代の頃と比べたら、とても落ち着いていた。
ただ、コマには本当に申し訳ないことをした。
精神的に不安定だった自分が、犬を飼うべきではなかったと思うし、
過去に戻って、最初っから大切に育ててあげたいと何度も思った。
2018年12月、ガンでコマは亡くなった。
コマは優しい犬だった。
バカな自分に、色々な気づきを与えてくれた大切な存在
最後の3年くらいは、優しく接することができたかなと思う。
でも、自分の精神が安定するまでの長い間コマにはつらい思いをさせてしまった。
2013年までの自分は、常に心がカツカツで焦燥感に駆られていた。
中学からその殺伐感、焦燥感があり
それが10年以上あった。
2000年代後半ぐらいに、よく思っていたのは、
犯罪をしてしまうのではないかという思いがあった
自然とそういう気持ちがでるほど、今思えば不安定だった。
でも当時、2000年代なかばぐらいからの自分は
その自分の中にある、殺伐感や焦燥感を自覚し
それらの感情に飲まれないように必死に抵抗していた。
なぜなら自分がしてしまったことだけど、ハムスター達の命を無駄にしたくないと思ったから
再び、過ちを犯してはいけないと思った。
中学3年の時、その自分の中にある狂気に徐々に気づき
高1の時は、その自分の中にある
よくわからない、怒りとも憎しみとも狂気とも思えるような
ぐちゃぐちゃした激しい感情と対峙していた
意識的にそれと向き合って、飲まれないようにしてたけど
色々あってそういうのに疲れてしまったのか
2005年には、自殺未遂をした。
今思えば、当時の自分は相当追い詰められていたんだと思う。
結局、斜頭症や境界知能による負担が、自分を苦しめていたと今ならわかる
もしその負担が原因だとわかっていたら、少しは生きやすかったかもしれない。
何が原因か分からなかったことで、より一層ストレスが増していた。
悲劇だったと思う
もちろん、自分の未熟さ愚かさの責任の部分もある。
だけど何が原因かわからず、もがいていたことが、自分の精神的負担をさらに大きくしていた。
その結果、自分の心は荒み
コマとハムスター達に苦しい思いをさせてしまった。
これは自分の罪であり、一生背負わなければならない苦しみでもある。
自分がやってしまったことだけど、彼らの存在を無駄にしたくないと思った
彼らは愚かな自分に、いろいろな気づきを教えてくれた
ハムスターは、自分の中の狂気を
コマは、自分の中の怒りを
それによりその2つを意識し、どうコントロールするかを考え続けてきた。
そして2020年頃には、自分は心の平穏を手に入れた。
でもそれは自分のしてしまった過ちと、彼らを犠牲にしてしまった上に成り立っている。
だから、ハムスターやコマには
感謝はおかしいかもしれないが
気づきを教えてくれたことに感謝、と同時に申し訳ない気持ちがある
その思いがあったからこそ、猫のエリーを迎えた時は
「最初から最後まで大切に育てる」と誓った。
ハムスター達やコマにしてしまったことを反省し、
エリーには怒ることもなければ、手を出すことも一切しなかった。
本当に最初から最後まで、愛情を持って接することができた
そして、エリー自身もとても優しい猫だった。
自分の愚かさもあるけど
重度斜頭の身体への影響、境界知能の影響は自分の中では軽いものでもないし、
それらの理解とサポートがなければ、過大にストレスがかかる可能性があり、それによって心を見失ってしまう。
そしてそれら過ちと、自分の中の生きづらさの原因と向き合い、言語化し発信することは
苦しめてしまった彼らにたいしての、自分なりの贖罪の気持ち
これが自分が過ちから学んだことであり、今の自分に至るまでの道のり


