そして2008年、もう自分はコマと距離を置いた方がいいと思った。
なんとか優しくあろうとするけど
自分の心が、コントロールできるような状態じゃない
自分が飼いたいと思って飼った責任から
世話をしようとすればするほど、コマを傷つけてしまうし、
コマを傷つけてしまう自分自身をみて、自分も傷ついてしまう
仲良くやろうと、優しくしようとしても
結局怒りが湧いて、コマに怒ったり手を出してしまう可能性があるから
それはコマとっても、自分にとってもよくないと思った
だから、2008年から散歩とかの世話も全部親に任せた。
とにかく、当時の自分は感情のコントロールをなんとかしなければと思った。
以前からそうだったけど2008年からは、より自分と向き合い
自分自身の感情を意識し向き合うよう心がけた。
そして転機が訪れたのは2013年
この話は
「大人の斜頭症」という記事と「生きづらさ」という記事に、話が繋がっていくことになる。
「大人の斜頭症」という記事の中で
自分は坊主にして、頭の歪み(斜頭)を確認するっていうことを記事に書いてたけど、あれをきっかけに自分の精神状態が変わった。
※その記事↓
つまり頭の歪み(斜頭)があり、後々わかる境界知能があることによって
日常生活、学業、仕事において自分の精神に影響(ストレス)を与え、それによりカツカツ状態になってしまっていた。
さらに、それら(斜頭と境界知能)がわからなかったことによる
謎のもどかしさによる苦しみ、言い訳できない苦しみも相まって
心身ともに過重な負荷が、かかっていた事に気づき始める最初の入口だった、2013年は。
ここから2013年の当時の、意識を語ります。
言葉にはできない
身体に謎の負担、不調があることによって社会でうまくいかず、生きづらさがあった。今思えば。
それプラス、物を覚えづらいというプレッシャーもあった(境界知能)
勉強はできないなとは思ってたけど
それよりも身体の不調の方に、意識が向いてた。
2013年、丸坊主にし頭の歪みを確認した。
そして頭の歪みを見たとき
この頭の歪み(斜頭)が、少なからず身体に不調をもたらし、生きる上でディスアドバンテージとなって
生きづらさを感じさせてるのでは?と
つまり「自分は学業にしても仕事にしても、この頭の歪み(斜頭)による身体への不調を考慮してこなかったことによって、無理をしてきていたのではないか?」と当時考えた、
そう思うと、心模様が変わっていき
自分は結局今までの人生、無理してきたんじゃないか
という意識が芽生えるようになった。
それと同時に何か心にゆとりというか、余裕が生まれるようになっていくのを感じた。
25歳にして、ようやく自分の心の立ち位置が見え始めた瞬間だった。
そしてもう一つ
10代、特に中学以降からの謎の怒りや情緒不安定にも、合点がいくようになっていった
みんなと同じよう(学校や仕事)に、という当たり前の意識が
自分を追い詰めていたことに、徐々に気づきはじめていた。
ただ2013年の時点では、自分はまだ境界知能を知らない段階
ではなぜ、学校において斜頭がディスアドバンテージになっていたと、当時感じたかというと
過去の斜頭の記事でも書いたけど
斜頭による首への違和感を感じはじめだしたのは、中学に入ったぐらいからだった。
その違和感とは、ストレスを感じさせるものだったなと思う
それとその中学の時から、この下の画像のようにベッドから頭を出して、首をまっすぐにしたいという気持ちでてきて
無意識的に、↓こういうストレッチをしていた。
※イメージ図
たぶん、首をまっすぐにすることによって
重度斜頭による首への曲がりを修正する、または負担を軽減させる
というのを無意識的に感じ取って、やりだしたストレッチなんだろうと思う。
これを10代後半まで、たまにやっていた。
それらの違和感(ストレス)により
授業などの話を聞く、理解する、というのを少なからず妨げていたのでは?
と2013年の自分は考えた。
ただこれに関しては2025年、今の視点の自分からしたら
学校に対しての辛さの原因は、メインは境界知能で、サブが斜頭によるストレス
それによって授業の内容を聞く、理解するというのが困難になっていたと分析する。
学校側に、境界知能の生徒に対してのサポートがあればまた変わっていただろうけど
2000年代前半は、そういったものは皆無だったので、必然的に苦しむ可能性が高まる。
それにより結果、精神が追い込まれる。
今思えば中学の時の自分は、心が壊れてたなと思う。
話は変わるけど
宮口幸治さんの
「ケーキの切れない非行少年たち」
という本を読んだ。
自分はそこで書かれていた少年達のことが、わからなくもなかった。
境界知能の人達、全員とは言いませんが
境界知能の子ども達は、
平均知能の子どもと比べて、物事の理解に時間がかかる可能性がある。
しかし、その可能性が周囲に理解されず
平均知能を前提に教育が進められると、それによる齟齬で
本人にとっては、強いプレッシャーや焦燥感を感じる可能性がある
少なくとも境界知能の自分はそうだった。
このような理解やサポートの欠如によって、
境界知能の子どもの心は次第に追い詰められ、自信を失い、それによって強いストレスにさらされる
境界知能でも個人差はあるだろうけど
その境界知能の面で、物事を理解する遅れの部分もあり
さらにそれらのストレスも相まって、
人の気持ちとかを理解する余裕や、力がさらに低下していく可能性がある。
それにより
そこから、こぼれ落ちた境界知能の子達が、犯罪に手を染めてしまうケースもあるのではないかと考える。
つまり
「境界知能であることを、本人も周囲も知らずに育ったこと」
「理解や配慮がなかったこと」
「物事の理解に時間がかかる特性」
が重なり合い、悪循環、負のスパイラルにより
全てではないけど、一部の境界知能の子どもは
そこの負の部分に陥り、深い問題行動へとつながる可能性があると考える。
全ての境界知能の人が、犯罪者になってしまうわけではないことと
適切な理解とサポートがあれば
深い問題行動を起こす境界知能の子どもを、減らすことはできると思っている。
なぜなら理解とサポートが、有ると無いとでは
天と地ほどの差ぐらい、違うと思うから
精神的ストレスの部分で。
理解やサポートが幼少期からあることで、犯罪に手を染める確率が減り
その負に陥る可能性がある、境界知能の子ども達を救えると思う。
話を元に戻すと
2013年、坊主にして
頭の歪み(斜頭)による身体への影響を明確に意識しだした。
それにより自分は無理をしていたことに気づいた
それに気づき始めた瞬間から
長らくあったネガティブな感情
手放したくても中々、手放すことができなかった感情
焦燥感、プレッシャー、謎の怒り、謎の憎しみ、謎の恨み、謎の抑圧、劣等感
勉強や仕事ができない自責の念
気づき始めて、それらが薄まったというか、徐々に消え始めていったというか、そんな感覚を感じた。
ネガティブな感情
言語化しようにも中々、言語化しづらかった負の感情
なぜこのような、ネガティブな感情が出てくるのかという長年の疑問
それらの理由もわかりはじめ
自分の中で合点がいった
つまり
「無理をしていた」
ということ
それにより
ようやく身にまとっていた重りに、気づいた
気づくという瞬間の感覚は、
「俺、こんなものを背負ってたんだ」
というハッとさせられる感覚に近かった。
常に張りつめていた心が、安堵していくの感じた
完全にリラックスしたわけではないけど、その2013年以降
徐々に精神が安定していくのを感じていった、始まりの年だった
2013年は


