ここまで来るのに疲れたし、説明するの大変だけど、言いたい


自分は境界知能と重度斜頭症の負担で苦しんできた人生だった。

境界知能って言っても色んな境界知能の人いるだろうけど、自分はその1つのケースで
学校(小学校高学年から特に)や仕事において覚える速度が人よりも遅く、大変だった。

しかも出来なければ甘えだの努力不足だの、そんなのが蔓延してた時代だ。
家でも外でも、大なり小なりそんなんだ。

確かに甘え過ぎないことと努力は大事でもそんなんじゃ片付けられない人もいる、それが境界知能だ。



答えは簡単だった
境界知能というものを子供の時の自分も周りの人も理解し、
その子のペースで学ばせてあげる、周りの子の学習ペースと比べずに。

周りと比べると自信を失ったりする、それと出来ないことで怒られることが多ければなおさらだ。

自信を失うと学ぶ意欲がなくなって悪循環だ。

イギリスのある小学校では、小学5年生の子達がいて、周りは5年生レベルの勉強をしているけど、ある子だけ小学4年の勉強させてたりするらしい、その子の学力に合わせてあげるためらしい。

いいなと思った
結局勉強がついていけず置いてけぼりにされて自信を失うより遅くてもいいからその子、その子のそれぞれの学力に合わせて学ばせる、素敵だなと思った。
そのクラスの先生が言うには、それぞれ学ぶペースは違うから、周りと比べずその子なりのペースで学ばせるということらしい。



日本は一律でオールマイティでなければいけない学校教育な感じがする。

それが出来る人はそうすればいい、だけど境界知能の自分は勉強についていけず落ちこぼれになり、自信を失い

学校に行くことがストレスフルだった特に中学の時、休みがちだったけど
親に行けと言われ仕方なく行く

学校では勉強についていけないから、授業を聞くのが苦痛だから寝るしかない、しかも中学から重度斜頭の影響も少し出始め、首に違和感を感じ始めていた。

教師も勉強ができない自分を無視して、授業を進めていく毎日
ホント地獄だった

境界知能というものが当時だれも知らなかったのかもしれないけど、それでも精神に深い負担だった
無知によるものかもしれないけど社会からの虐待を受けた感じだった。



境界知能はここ3年で知られるようになって、自分は1年前に知った。

境界知能を知った時「これだ!」と思った

2019年に発達障害(asd)を診断された時よりも、境界知能を知った時のほうが自分の中でしっくり来た、生きづらさ的に



自分は、境界知能+発達障害(asd)でストレス耐性が低く

かつ斜頭症の負担で、首のコリ、股関節、膝への影響もあり

フルタイムの仕事は難しい

斜頭症の負担で特に首のコリなどでストレスが発生し、そして境界知能などでストレス耐性が低いことによって長時間の労働が難しい、集中力的にも肉体的にも

働けてもせいぜい4、5時間ってとこか

境界知能で集中力があまり続きにくいのに加えて、斜頭症の負担(特に首のコリで)のストレスで集中力が低下しやすく、注意が散漫になる可能性があり、だから働く時ゆったりなペースが自分に求められる。



どっちか一方だったらまだ良かったんだろうけど、例えば境界知能が有って、身体に負担は無いとかだったら、事務作業よりも肉体労働に行けたんだろうし

身体に負担が有って、でも境界知能とかじゃなかったら肉体労働よりも事務作業的なのが出来たのかもしれない。

とにかくこの脳(境界知能など)と身体(斜頭症の負担)が、相互作用して働きずらい。

自分のペースで働ける場所を探すしかない。

だから最近発達障害の部分で障害者手帳3級を取得し、障害者雇用で働こうと思っている。


※取得した手帳です。




理解がえられ4、5時間働ける場所があれば自分にも出来そうだ。

今35歳で10代20代は、今みたいに把握しきれず
働いては挫折して引きこもり、働いては挫折して引きこもりの繰り返しだった。

周りから理解されず、甘えだのなんだの空気が漂っていた、30代になる頃には疲れ切っていた。

でも30代になる頃に、自分の脳と身体の仕組みが分かってきて、自分の生きづらさが分かってきた。

でも社会に絶望している

境界知能は知られてきているけど、でも発達障害に比べたらまだまだだし

斜頭症は多少認識されてるけど
大人の斜頭症で、重度斜頭症のまま大人になった場合の影響(身体への負担)が研究されなさすぎてる。
社会に理解されない。


孤独だ

でも負けたくねえ

張り続けてやる






2022年11月23日 記述

※自分のインスタ文章の引用