2015.11.14
受験生にとっては、追い込みのシーズンになりました。
ここ数年医学部ブームが続いており、読者の中にもご自身が医師を目指していたり、お子さんを医学部に進ませたいと思っていたりする方がいるのではないでしょうか。
先日、私のところにも、高校生、医学生、そして研修医が、心臓外科手術の見学に来ました。
中には、ぜひ、心臓外科医になってほしいと思うような有望な若者もいるのですが、残念ながら、既に研修医になった人でも自分勝手な解釈による自己利益しか頭にない人もいます。
自分が患者だったらそういう医者には診て欲しくないと思うので、医局員は増やしたいところではありますが、一緒に働く仲間には加えないようにしています。
多くの医学生は、成績がいいから医学部を目指し、どの大学を受けるかも偏差値で決めることがほとんどでしょう。
日本の医学部入試制度や進学指導が長年にわたってそのような方向で医学生をつくってきたことが大きな原因となっています。
医学部ならどこでもいい感じで、教授陣の顔ぶれや教育方針や各大学の特色を調べて選んでいるわけではないようです。
本来は、A先生の授業を受けたいとか、こういうことがやりたいからB大学にするといった選び方をすべきではないでしょうか。
オープンキャンパスなども盛んにやっているわけですから、大学のほうももっと情報を公開して、大学の特色や、特徴のある授業をアピールしたほうがいいと思います。
ただ偏差値が高いだけで漠然と医師を目指し、努力もしないで自分は選ばれた人間であるかのように勘違いした状態で医師になってしまうと危険です。
医師になれば安定した生活が送れるので、早く一人前になりたいと考えるのは、まだ患者さんを診察しようという意欲が失せていないだけましなのかもしれません。
自分は選ばれた人間なのだから、新しい治療を実施して有名になろうとか、患者さんを診るのは二の次で患者さんの顔がレセプト(診療報酬表)に見えて、その枚数を稼いでお金儲けができればいいというふうになってしまう恐れがあります。
<医師には知らざるは許されない。
医師になることは身震いするほど怖いことだ>
これは、2002年4月16日付の朝日新聞の「私の視点」に「医学生へ 医学を選んだ君へ問う」というタイトルで掲載された金沢大学名誉教授の河崎一夫先生の文章の一節です。私はこの新聞の切り抜きを、教授室に貼っています。
少し長いのですが、一部を紹介します。
医学生は「よく学び、よく学ぶ」しかないと覚悟せよ
<君に問う。人前で堂々と医学を選んだ理由を言えるか? 万一「将来、経済的に社会的に恵まれそう」以外の本音の理由が想起でき
ないなら、君はダンテの「神曲」を読破せねばならない。それが出来ないなら早々に転学すべきである。
さらに問う。奉仕と犠牲の精神はあるか? 医師の仕事はテレビドラマのような格好のいいものではない。
重症患者のため連夜の泊まりこみ、急患のため休日の予定の突然の取り消しなど日常茶飯事だ。死に至る病に泣く患者の心に君は添えるか?
君に強く求める。医師の知識不足は許されない。知識不足のまま医師になると、罪のない患者を死なす。知らない病名の診断は不可能だ。
知らない治療をできるはずがない。
そして自責の念がないままに「あらゆる手を尽くしましたが、残念でした」と言って恥じない。
こんな医師になりたくないなら、「よく学び、よく遊び」は許されない。
医学生は「よく学び、よく学び」しかないと覚悟せねばならない>
<最後に君に願う。医師の歓びは2つある。
その1は自分の医療によって健康を回復した患者の歓びがすなわち医師の歓びである。
その2は世のため人のために役立つ医学的発見の歓びである>
医師を目指す医学生へ向けて書かれたものですが、私はいつもこの記事を見るたびに、身が引き締まる思いがします。
私の思いも全く同じです。医師に知識不足は許されません。医師になった後も、よく学び、よく学ばなければいけないと思います。
私自身、医学的な知識を身につけることはもちろん、幅広い分野の本を読んで日々勉強するようにしています。
「世のため人のため」、「社会のため」に働くというのは、言葉にすると口幅ったいのですが、これは医学に限ったことではありません。
ビジネスの世界や介護現場、教育現場でも同じかもしれませんが、自分が快適に1日1日を過ごして人生を過ごすために何をするかではないでしょうか。
何もしなかったら快適ではないですし、人に対して、害を及ぼすようなことしたら自分もあまり気持ちよくありません。
自分がいい1日だったと思ういい1日を作る要素は何かを考えると、行動が何に対してプラスか、自分に対して、人に対して、社会に対して、プラスの割合をどのようにするかです。
医師になった恩恵を社会に還元しなければならない
目標を立てて、その目標に向かって実現を得るために努力することは、社会の中である一定の責任を背負っている方たちは経験してきたことだと思います。
世のため人のためと思ってやったことでも、その中には失敗もありますから、自分、他人、物に対してのダメージ、周囲に対してのダメージ、世の中に与えたダメージがどのくらいか、取り返しがつくかつかないか、そういう分析をしっかりすることも重要です。
自分やチームとして実施したことを、1週間、1カ月、四半期、半年、1年間といったスパンで振り返り、今年はこれだけのことができたから、来年はこんなことができるといった予測のもとに経時的な目標を持って動くことが大切です。
先日、これまで24年間勝利を得ることができなかった日本のラグビーチームが、世界最高峰のワールドカップで番狂わせとも思われる南アフリカから劇的な勝利を得て、その後もサモア、米国に勝利しました。
残念ながら決勝トーナメントには進めませんでしたが、その結果もさることながら、世界一と評価される猛練習が紹介されていました。
これに対して異を唱える世論は聞こえず、さらに精進して次の日本大会ではもっと大きな成果をと期待は高まるばかりです。
われわれ医師の世界も一部の自己利益だけを追求する同業者が存在するうちは世界一にはなれないでしょう。
全ての同業者が世界をリードする業績を賞賛し、さらなる成果を期待するようになって初めて世界一の医療体制と言えるのではないでしょうか。
番狂わせではない確実な進歩を勝ち取るためには、医師になることがゴールと考え、その後はしらけた観衆になるような若手を減らし、患者貢献・社会貢献を責務とする医療界を構築することが大切だと思うのです。
経済界では、災害や諸外国からの影響を受け、自分の努力だけではどうにもならないことも起きます。しかし、医療の世界は、そういった外界の影響をあまり受けずに相当予測した状況で動ける利点があります。
将来の人口動態を踏まえて、きちんとした将来ビジョンのもとに医療者が動くようになれば、もっと医療もよいものになるのではないでしょうか。
特に、医師は自分ひとりの力で医師になれたわけではなく、国立大学はもちろん、私立大学でも国からかなりの助成を受け税金を使って育てられています。
最低でも20年、私の場合は40年かけて、その恩恵を社会に還元しなければならないと考えています。
(天野 篤(あまの・あつし)
順天堂大学病院副院長・心臓血管外科教授
1955年埼玉県生まれ。
83年日本大学医学部卒業。
新東京病院心臓血管外科部長、
昭和大学横浜市北部病院循環器センター長・教授などを経て、
2002年より現職。
冠動脈オフポンプ・バイパス手術の第一人者であり、
12年2月、天皇陛下の心臓手術を執刀。
著書に『最新よくわかる心臓病』(誠文堂新光社)、『一途一心、命をつなぐ』(飛鳥新社)、『熱く生きる 赤本 覚悟を持て編』『熱く生きる 青本 道を究めろ編』(セブン&アイ出版)など。</span>
(順天堂大学病院副院長・心臓血管外科教授 天野篤 構成=福島安紀 撮影=的野弘路)
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