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親と関係を38年、いや、
43歳くらいまで拗らせてきたわたしは、
親を(相手を)変えるための労力
や
自分を変える労力
に時間やパワーを注いでいたんです。
で。
2010年に、カウンセリング受けて、
この両方を捨ててみた。
どういうことか?というと、、
相手に掲げた
親たるものこうあるべき
を捨て
自分に掲げてた
娘たるものこうあるべき
も捨てた。
ポイントは両方セットで捨てる♡
【父に掲げてきた、理想の父親像】
父親なら、私の話を静かに聞くべき!
父親なら、私の気持ちに共感するべき!
父親なら、私を信頼して見守るべき!
【母への理想像】
母親なら、娘に愚痴らないべき!
母親なら娘に関心持つべき!
【わたしの理想像】
娘なら、親に反抗しないでいうことに従うべき
娘なら、親に心配をかけないべき。
娘なら、親を助けるべき。
娘なら、親の愚痴を黙って受け入れるべき。
などなど。。
わたしは長年
父や母とは違う人格を相手に求め、
父や母を変えようとがんばったし、
また父も、わたしが電話に出ないと
お前は何様だ?と腹を立てたし。
お互いが相手を変えようとする悪循環の中にずーっといて、
息苦しかった。
わたしも結婚し、娘を産み育ても、
今度は夫や娘に理想を掲げ
わたしは妻として母としての
こうあるべき!にがんじがらめになったわけです。
なんか知らないけど家族から関係がうまく築けないとくすぶっていたわたしは
2010年にカウンセリングを受けて
わたしがしてきた滑稽な
不毛なやりとりにやっと、気がついて
頭を殴られたような衝撃と
これから築いていく関係がパアーっと明るく開けた感動があった。
あのときの感動をずっと今も
13年変わらず持ち続けてるから
今毎日あの手この手で
わたしたちは愛されてる
わたしたちは愛を受け取る価値がある
わたしたちは生命力がある(←最近の気づき
わたしたちは豊かである
を伝えています。
わたしのこうあるべき。
相手はこうあるべき。
を捨てて
ただ裸の両者を
全てをありのままにみて、
満ち足りてることに気づくことが
幸せのスタート。
この人間の美しさに魅せられてもいるのです。
もうすでに
愛の存在で
生命力をいただいて
豊かなわたしたちなんだから、
こっちもあっちも架空の理想なんて捨てて
何も持たないようで
全てある裸の自分や相手を愛そうではないですか。
そう思っているのです。
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Meg.