てんとう虫 2
考えても仕方ない。今日は秘密の瀬波さんを堪能することにした。
壁にかかった白衣を手に取ると、ふわりと瀬波さんの香りがした。シャンプーなのか整髪料なのか、グリーンノートの香りが鼻をくすぐり瀬波さんを身近に感じられた。
こうして白衣を手にしていると、自分がハンガーにかけたような錯覚がおきる。
帰ってきた瀬波さんから白衣を受け取り、ハンガーにかける…まるで一緒に暮らしているような…
夢見がちな想像。
実際は白衣を来て街中を歩くことなど有り得ないのに、いままで憧れていた姿が白衣だっただけに、お付き合いを始めた今でも白衣を着た瀬波さんにドキリとする。
自分に当ててみると、足首に届くほど長い。
……ちょっと着てみようかな……
なんだかいけない事をするという感じはある。一歩間違ったらストーカーみたいな。
でも私は思いきって着てみた。だって瀬波さんが悪いんだもの。そうして、どこかで自分をごまかしながら。瀬波さんのせいにして。
私を一人にするから、いけないんです……
大きめの白衣は私を包んでまだ余裕がある。動くと衣ずれがして、また瀬波さんの香りがたつ。
目を閉じると、すぐそばに瀬波さんがいるみたい。
私はきっと瀬波さんにかまってもらいたい……
今までなら何でもなかった約束のドタキャンでさえ、期待していた分だけ寂しくてたまらない。瀬波さんの喜びそうなお店を探して、瀬波さんの好きなお肉を注文しようとか、食事に合わせてお酒も飲もうとか。
瀬波さんとのお付き合い以前は、約束をドタキャンされても、もっときちんと諦めていたのに。
瀬波さんの椅子を引き出して座ってみる。
瀬波さんのいつも見ている風景は、壁一面の引き出しのある、真っ白な世界。
清潔できちんと分類されている。真っ白な壁に自分の気持ちを投影することがあるのかしら。
何を思って何を考えるの。
私の真っ白な壁には、悔しいくらい瀬波さんしか写らない。はにかむように笑った顔も、パソコンを覗きこむ真剣な眼差しも。ゆるゆると頬を緩めてできる、やわらかな笑顔も。
デスクに触れてみると、ひやりと熱を奪う。
瀬波さんの温もりが残っていたら、ほお擦りしてしまいそう。
考えに耽っていたら、ガチリとドアノブが回る音がした。音を耳が拾い、瞬きして見ると、そこには瀬波さんが立っていた。
いきなり現れた瀬波さんは、私が会いたかったから?
夢を見ているの?
「どうして…」
「連絡が取れないから、まだ大学かもしれないと思って」
「でも…なんでここだって」
いつもの やわらかな印象ではなく、ざらついた感情が透けて見えるようだ。
「下駄箱の鍵、持って行ったでしょう。他にどこに行くんですか」
「…勝手に入ってごめんなさい」
しかも白衣は無断着用してる。
瀬波さんは、くしゃりと髪をかきあげる。
「僕がどんな気持ちか分かりますか」
瀬波さんは椅子に座ったままの私に近づき、屈んで目線を合わせる。
答えられない私は首を振る。瀬波さんの瞳の色は深く、複雑で考えを読み取ることは出来ない。
「連絡が取れないので、心配しました」
「お友達と一緒なら、もう今日は連絡がないと思いました」
離れている友達となら、いくら話しても話し足りないだろうから、食事でもしてその後はお酒を飲んでいると思っていた。
「彼は日帰りの予定です。見送りがてら話しただけです。ただ、その後で食事を、というと遅くなりますから、今日はやめてもらいました」
私はきちんと聞いていなかったの?日帰りだなんて…忙しいのに。心配かけて探してもらって。
俯いてしまった私を見て、瀬波さんは顎に手をかける。
「反省しているんですか」
「ごめんなさい」
吐息が触れてしまいそうで恥ずかしい。瀬波さんの顔は整っていて、息すら乱れていない。こんなにドキドキしているのは、私だけみたい…
「今、キスはしません。うやむやにしたくないんです」
壁にかかった白衣を手に取ると、ふわりと瀬波さんの香りがした。シャンプーなのか整髪料なのか、グリーンノートの香りが鼻をくすぐり瀬波さんを身近に感じられた。
こうして白衣を手にしていると、自分がハンガーにかけたような錯覚がおきる。
帰ってきた瀬波さんから白衣を受け取り、ハンガーにかける…まるで一緒に暮らしているような…
夢見がちな想像。
実際は白衣を来て街中を歩くことなど有り得ないのに、いままで憧れていた姿が白衣だっただけに、お付き合いを始めた今でも白衣を着た瀬波さんにドキリとする。
自分に当ててみると、足首に届くほど長い。
……ちょっと着てみようかな……
なんだかいけない事をするという感じはある。一歩間違ったらストーカーみたいな。
でも私は思いきって着てみた。だって瀬波さんが悪いんだもの。そうして、どこかで自分をごまかしながら。瀬波さんのせいにして。
私を一人にするから、いけないんです……
大きめの白衣は私を包んでまだ余裕がある。動くと衣ずれがして、また瀬波さんの香りがたつ。
目を閉じると、すぐそばに瀬波さんがいるみたい。
私はきっと瀬波さんにかまってもらいたい……
今までなら何でもなかった約束のドタキャンでさえ、期待していた分だけ寂しくてたまらない。瀬波さんの喜びそうなお店を探して、瀬波さんの好きなお肉を注文しようとか、食事に合わせてお酒も飲もうとか。
瀬波さんとのお付き合い以前は、約束をドタキャンされても、もっときちんと諦めていたのに。
瀬波さんの椅子を引き出して座ってみる。
瀬波さんのいつも見ている風景は、壁一面の引き出しのある、真っ白な世界。
清潔できちんと分類されている。真っ白な壁に自分の気持ちを投影することがあるのかしら。
何を思って何を考えるの。
私の真っ白な壁には、悔しいくらい瀬波さんしか写らない。はにかむように笑った顔も、パソコンを覗きこむ真剣な眼差しも。ゆるゆると頬を緩めてできる、やわらかな笑顔も。
デスクに触れてみると、ひやりと熱を奪う。
瀬波さんの温もりが残っていたら、ほお擦りしてしまいそう。
考えに耽っていたら、ガチリとドアノブが回る音がした。音を耳が拾い、瞬きして見ると、そこには瀬波さんが立っていた。
いきなり現れた瀬波さんは、私が会いたかったから?
夢を見ているの?
「どうして…」
「連絡が取れないから、まだ大学かもしれないと思って」
「でも…なんでここだって」
いつもの やわらかな印象ではなく、ざらついた感情が透けて見えるようだ。
「下駄箱の鍵、持って行ったでしょう。他にどこに行くんですか」
「…勝手に入ってごめんなさい」
しかも白衣は無断着用してる。
瀬波さんは、くしゃりと髪をかきあげる。
「僕がどんな気持ちか分かりますか」
瀬波さんは椅子に座ったままの私に近づき、屈んで目線を合わせる。
答えられない私は首を振る。瀬波さんの瞳の色は深く、複雑で考えを読み取ることは出来ない。
「連絡が取れないので、心配しました」
「お友達と一緒なら、もう今日は連絡がないと思いました」
離れている友達となら、いくら話しても話し足りないだろうから、食事でもしてその後はお酒を飲んでいると思っていた。
「彼は日帰りの予定です。見送りがてら話しただけです。ただ、その後で食事を、というと遅くなりますから、今日はやめてもらいました」
私はきちんと聞いていなかったの?日帰りだなんて…忙しいのに。心配かけて探してもらって。
俯いてしまった私を見て、瀬波さんは顎に手をかける。
「反省しているんですか」
「ごめんなさい」
吐息が触れてしまいそうで恥ずかしい。瀬波さんの顔は整っていて、息すら乱れていない。こんなにドキドキしているのは、私だけみたい…
「今、キスはしません。うやむやにしたくないんです」
てんとう虫 1
私は怒っていた。
夏からお付き合いしている、瀬波さんのあんまりにあんまりな仕打ちに、ふつふつと怒りが込み上げてくる。
どうして私と約束していたのに、その約束を破って他の人と出かけたりするんだろう。
ぷりぷり怒りながらも、約束が反古になってしまった私には予定がなくなってしまった。行ってみようね、と言っていたレストランに一人で行く気にはならないからだ。
そこで、私は瀬波さんの研究室に行ってみようという気になった。
今まで頼んでも、絶対に入れてくれなかった。理由は、散らかっているからという事らしい。
瀬波さんの公の姿とも言える研究室。研究室の鍵だって下駄箱に置いてあることをちゃんと知ってる。
好奇心半分、いたずらな気持ち半分といったところ。なんなら密室であるはずの研究室に、いたずらを仕掛けてもいい。
明日、研究室に来た瀬波さんのマグカップから、コーヒー豆が溢れているとか、デスクの上が片付いていて、必要書類を探すのに手間取るとか。
慌てふためく瀬波さんを考えていたら、ちょっとだけすっきりした。
研究室という秘密の部屋。そこには、私の知らない瀬波さんの姿があるはずだった。
下駄箱から隠したなんて言えないくらい堂々とある小さな鍵を探し出して、研究室のドアを開ける。
そこには人の気配がないのに、どこかに瀬波さんの痕跡を探してしまう。
きょろきょろしなくても、壁際に付けられた金具に、瀬波さんの白衣がかかっていた。
その壁際の席が瀬波さんの机だと見当をつけてそばに行くと、私のプレゼントしたペンスタンドが置いてあった。
瀬波さんのいつも目につく所に置いて欲しくて、眼鏡のフレームと同じメタルのペンスタンドを買いに行ったのだ。
透明な物差しと、やっぱりメタリックな鋏、ボールペンなどがちんまりと収まっていた。
意外にも机の上はきちんと整理されていて、散らかっていると決めつけていたことが誤りだと分かった。本当は瀬波さんは、細やかな気遣いの出来る人だって知っているのに…
今日の約束だって、私の約束が先だったけれど、自分の先生の講演のために関西の大学から来た友達から連絡がきて会うことになったのだった。
私だって我が儘だって分かっているもの。
レストランは予約していた訳ではないし、一年で何度会えるかも分からない友達を取るのも仕方ない。
ファイル分けされた背表紙に真面目な性格が滲み出ているようだった。
夏からお付き合いしている、瀬波さんのあんまりにあんまりな仕打ちに、ふつふつと怒りが込み上げてくる。
どうして私と約束していたのに、その約束を破って他の人と出かけたりするんだろう。
ぷりぷり怒りながらも、約束が反古になってしまった私には予定がなくなってしまった。行ってみようね、と言っていたレストランに一人で行く気にはならないからだ。
そこで、私は瀬波さんの研究室に行ってみようという気になった。
今まで頼んでも、絶対に入れてくれなかった。理由は、散らかっているからという事らしい。
瀬波さんの公の姿とも言える研究室。研究室の鍵だって下駄箱に置いてあることをちゃんと知ってる。
好奇心半分、いたずらな気持ち半分といったところ。なんなら密室であるはずの研究室に、いたずらを仕掛けてもいい。
明日、研究室に来た瀬波さんのマグカップから、コーヒー豆が溢れているとか、デスクの上が片付いていて、必要書類を探すのに手間取るとか。
慌てふためく瀬波さんを考えていたら、ちょっとだけすっきりした。
研究室という秘密の部屋。そこには、私の知らない瀬波さんの姿があるはずだった。
下駄箱から隠したなんて言えないくらい堂々とある小さな鍵を探し出して、研究室のドアを開ける。
そこには人の気配がないのに、どこかに瀬波さんの痕跡を探してしまう。
きょろきょろしなくても、壁際に付けられた金具に、瀬波さんの白衣がかかっていた。
その壁際の席が瀬波さんの机だと見当をつけてそばに行くと、私のプレゼントしたペンスタンドが置いてあった。
瀬波さんのいつも目につく所に置いて欲しくて、眼鏡のフレームと同じメタルのペンスタンドを買いに行ったのだ。
透明な物差しと、やっぱりメタリックな鋏、ボールペンなどがちんまりと収まっていた。
意外にも机の上はきちんと整理されていて、散らかっていると決めつけていたことが誤りだと分かった。本当は瀬波さんは、細やかな気遣いの出来る人だって知っているのに…
今日の約束だって、私の約束が先だったけれど、自分の先生の講演のために関西の大学から来た友達から連絡がきて会うことになったのだった。
私だって我が儘だって分かっているもの。
レストランは予約していた訳ではないし、一年で何度会えるかも分からない友達を取るのも仕方ない。
ファイル分けされた背表紙に真面目な性格が滲み出ているようだった。
月の裏で会いましょう(余談)
夜を駆ける
完結しました~
嬉しいな。
長い時間がかかったので、頭の中であーだこーだと付け加えられたエピソードも、エピローグとして形に残すことにしました。
ここは、シュウメイの友達ソウニャに語っていただきました。
ソウニャ、ハンは韓国名、シュウメイはそれに合わせてカタカナ表記していましたが、漢字があります。
容 柊茗
たまにメイメイと言っていました。パンダみたいです。中国名ですね。おとーさん、おかーさんが中国の方なのです。ふたりのロマンスもあるのですが、見たいという人がいるとも思えないので(苦笑)
ソウニャの子供のユエちゃんはまた中国名…
月と書いてユエ。
ええ…とある場所から頂いてきたのですが、わたしが使いたがる名前ですね…
月だもの。
シュウメイの語れる話ではないのに、このエピソードをシュウメイ視点で書こうとしていたなんて…今思えば信じられない。
書いていると、どーしても後付けエピソードが出てくるのですが書いて出しなので、前に遡ってエピソードを付け加えたくなります。
遅筆って残念ですね。
あれやらこれやら。書こうと思いますが、あれでしょうか…やっぱり。
夜を駆けるは、個人的にとても好きな作品です。こんな色気のない作品ですが、お付き合いいただいた方には最大級の感謝を捧げて、頭を下げたいと思います。
ありがとう。
完結しました~
嬉しいな。
長い時間がかかったので、頭の中であーだこーだと付け加えられたエピソードも、エピローグとして形に残すことにしました。
ここは、シュウメイの友達ソウニャに語っていただきました。
ソウニャ、ハンは韓国名、シュウメイはそれに合わせてカタカナ表記していましたが、漢字があります。
容 柊茗
たまにメイメイと言っていました。パンダみたいです。中国名ですね。おとーさん、おかーさんが中国の方なのです。ふたりのロマンスもあるのですが、見たいという人がいるとも思えないので(苦笑)
ソウニャの子供のユエちゃんはまた中国名…
月と書いてユエ。
ええ…とある場所から頂いてきたのですが、わたしが使いたがる名前ですね…
月だもの。
シュウメイの語れる話ではないのに、このエピソードをシュウメイ視点で書こうとしていたなんて…今思えば信じられない。
書いていると、どーしても後付けエピソードが出てくるのですが書いて出しなので、前に遡ってエピソードを付け加えたくなります。
遅筆って残念ですね。
あれやらこれやら。書こうと思いますが、あれでしょうか…やっぱり。
夜を駆けるは、個人的にとても好きな作品です。こんな色気のない作品ですが、お付き合いいただいた方には最大級の感謝を捧げて、頭を下げたいと思います。
ありがとう。