スピカ 4
…ううん。胃が消化不良を起こしそう。せっかくの銀ダラの余韻が、村岡さんにかけられた一言で消し飛んでしまった。
わたしは村岡さんから受けた言葉に少なからず傷ついていた。
冷血…
確かに感情を表すのは苦手かもしれない。でも傷つかない訳じゃない。
覚束ない足取りで売り場に戻ると、里沙ちゃんに昼食交代を告げる。
「大丈夫~亜依?なんかここ、シワ寄ってる」
つんつんと眉間を指した里沙ちゃんはつるつるの色白で、ぱっちりした目の美人だ。今日も完璧に巻いた髪が、バービー人形のように可愛いらしい。
担当売場が近いので、仲良くしているが、もし持ち場が違ったなら、話すのにも緊張してしまいそうな美人オーラを出している。
「また村岡さんに絡まれた」
「もうっ亜依ったら人が良すぎ!また高木くんを庇ったんでしょ。高木くんも亜依に甘えすぎなんだから」
ぷりぷりと華奢な腕を組んでいても可愛いらしさは損なわれない。かえって生き生きとした表情で目をひく。
「まあわかるよね、高木くんが村岡さんを苦手なの」
「はっきりしない高木がワルイ!」
どーんとワゴンを叩くとタグやサイズチップが飛び散った。
一瞬、我にかえった里沙ちゃんは周りを見回し、しぶしぶ飛び散った物を拾い集めはじめた。
「もう。集めとくから、お昼行ったら?」
里沙ちゃんの手からサイズチップを奪いながら、わたしも屈む。
「うう…ごめんね亜依。でも高木くんにはガツンと言ってやらなくちゃ」
「どうせ言うなら村岡さんにしてよ」
「確かに!でも聞く耳ないよ?」
そこでわたし達は顔を見合わせて笑った。
「も~早くお昼行っておいで?」
集めたサイズチップをワゴンに乗せると、「じゃごめ~~ん」と里沙ちゃんが小走りでバックヤードに消えていった。
里沙ちゃんは子供服担当なので、サイズチップも10センチ間隔で小刻みになる。
引き出しを開けて仕切りごとにチップを分けていく。
分けながら高木くんのお弁当の行方をあれこれ考えていた。
わたしは村岡さんから受けた言葉に少なからず傷ついていた。
冷血…
確かに感情を表すのは苦手かもしれない。でも傷つかない訳じゃない。
覚束ない足取りで売り場に戻ると、里沙ちゃんに昼食交代を告げる。
「大丈夫~亜依?なんかここ、シワ寄ってる」
つんつんと眉間を指した里沙ちゃんはつるつるの色白で、ぱっちりした目の美人だ。今日も完璧に巻いた髪が、バービー人形のように可愛いらしい。
担当売場が近いので、仲良くしているが、もし持ち場が違ったなら、話すのにも緊張してしまいそうな美人オーラを出している。
「また村岡さんに絡まれた」
「もうっ亜依ったら人が良すぎ!また高木くんを庇ったんでしょ。高木くんも亜依に甘えすぎなんだから」
ぷりぷりと華奢な腕を組んでいても可愛いらしさは損なわれない。かえって生き生きとした表情で目をひく。
「まあわかるよね、高木くんが村岡さんを苦手なの」
「はっきりしない高木がワルイ!」
どーんとワゴンを叩くとタグやサイズチップが飛び散った。
一瞬、我にかえった里沙ちゃんは周りを見回し、しぶしぶ飛び散った物を拾い集めはじめた。
「もう。集めとくから、お昼行ったら?」
里沙ちゃんの手からサイズチップを奪いながら、わたしも屈む。
「うう…ごめんね亜依。でも高木くんにはガツンと言ってやらなくちゃ」
「どうせ言うなら村岡さんにしてよ」
「確かに!でも聞く耳ないよ?」
そこでわたし達は顔を見合わせて笑った。
「も~早くお昼行っておいで?」
集めたサイズチップをワゴンに乗せると、「じゃごめ~~ん」と里沙ちゃんが小走りでバックヤードに消えていった。
里沙ちゃんは子供服担当なので、サイズチップも10センチ間隔で小刻みになる。
引き出しを開けて仕切りごとにチップを分けていく。
分けながら高木くんのお弁当の行方をあれこれ考えていた。
緑の指 4
繁殖用の蛍を取り置いて、あとは放流することにした。
最後に自由に飛ぶ蛍が見たかったからだ。短い一生のほんの僅かな恋の時間を、狭い籠に閉じ込めて終わらせるのは忍びない。
すいっと光りながら蛍が飛ぶ。淡淡とした小さな光は、ぽつりぽつりでしかなく、寂しさを掻き立てる。
片膝を立てて腰を下ろして、蛍を仰ぎ見る。
隠している臆病な気持ちを教授に看破されて、苦笑いしか浮かばない。
知ることも触れることも、人目を避けるようになっていた。それでも一生のこととして生物を選択したのだ。
覚悟が足りないと言われても仕方ない。
放心してぼうっとしていたら、生き物の気配を感じた。慎重に歩く軽い足音はタヌキだろうか。人なつっこいようで懐かないタヌキの丸い顔が見たくなった。
下草を掻き分けると、薄闇にほっそりとした華奢な姿があった。
どきんと心臓が大きく跳ねる。声をかけるより先に悲鳴があがる。
「きゃああぁ」
振り向いた顔は、見間違いではなくいつも探している彼女だった。
「高瀬さんか…驚いた」
どうしてこんな所に一人でいるのか、そのほうが気になったけれど用水路に用があったのだろう。
心配の言葉を口にしたなら、彼女の気に障るのではないかと口をつぐんだ。
「ご…ごめんなさい。野犬かなにかだと思って」
怖いなら一人で来てはいけませんよ。胸のなかで言葉をかける。どうも自分の身の安全を軽く考えているようだ。
「野犬というよりタヌキかと思った。いるんだよ、ここ」
胸で握っていた両手の力が抜けていく。緊張がほぐれたようなので、ちょっとしたいたずら心がわいた。
「タヌキは夜行性だし、雑食だからね。美人なタヌキだったよ」
最後に自由に飛ぶ蛍が見たかったからだ。短い一生のほんの僅かな恋の時間を、狭い籠に閉じ込めて終わらせるのは忍びない。
すいっと光りながら蛍が飛ぶ。淡淡とした小さな光は、ぽつりぽつりでしかなく、寂しさを掻き立てる。
片膝を立てて腰を下ろして、蛍を仰ぎ見る。
隠している臆病な気持ちを教授に看破されて、苦笑いしか浮かばない。
知ることも触れることも、人目を避けるようになっていた。それでも一生のこととして生物を選択したのだ。
覚悟が足りないと言われても仕方ない。
放心してぼうっとしていたら、生き物の気配を感じた。慎重に歩く軽い足音はタヌキだろうか。人なつっこいようで懐かないタヌキの丸い顔が見たくなった。
下草を掻き分けると、薄闇にほっそりとした華奢な姿があった。
どきんと心臓が大きく跳ねる。声をかけるより先に悲鳴があがる。
「きゃああぁ」
振り向いた顔は、見間違いではなくいつも探している彼女だった。
「高瀬さんか…驚いた」
どうしてこんな所に一人でいるのか、そのほうが気になったけれど用水路に用があったのだろう。
心配の言葉を口にしたなら、彼女の気に障るのではないかと口をつぐんだ。
「ご…ごめんなさい。野犬かなにかだと思って」
怖いなら一人で来てはいけませんよ。胸のなかで言葉をかける。どうも自分の身の安全を軽く考えているようだ。
「野犬というよりタヌキかと思った。いるんだよ、ここ」
胸で握っていた両手の力が抜けていく。緊張がほぐれたようなので、ちょっとしたいたずら心がわいた。
「タヌキは夜行性だし、雑食だからね。美人なタヌキだったよ」
