近い場所
心は何処へでもいけるから
死を思うとき
死のすぐそばに
寄ってしまう
生きていくことに
喜びがあるなら
すぐに戻ってこれるけれど
生きていくことに
少しばかり疲れていると
死を認めてしまう
仲のよい友達のように
受けいれてしまう
そうあることが楽な気がして
自分から逃げることはできない
心を殺して生きていくのは
辛いことだ
何も感じない
心がそんな状態になったら
外へ出よう
咲いている花を愛でよう
木陰をつくる木々の
爽やかな香りに触れよう
水音をたてて流れる川を見よう
生きている命を感じよう
生きている自分
生かされている自分を感じよう
生きること
アメブロにmacotoさんという方がいらっしゃいます。
現在、お父さんが危篤状態でブログの更新をしていません。
彼のブログでYouTubeの「命の授業」について書かれていました。
わたしも見せてもらいましたが、感動して涙、涙…
首の骨を折り、不可能だといわれていたことを可能にしていった生命力、そしてなにより精神の強さ。
目はその人のいいところを見るためにつかう
口は愚痴をいわず、人を褒めるため慰めるためにつかう
耳は人の話をとことん聞くためにつかう
手は人を助けるためにつかう
覚え書きなので違うかもしれませんが、生きることについてここ数日、考えています。
白血病患者さんへの骨髄移植や子供からの臓器提供、見たり知ったりすることでなにか変わるのではないかと思います。
札幌にある市立札幌病院は最後の時間を家族と過ごせるように個室で、きちんと脳死の判定についての説明と遺族のケアをしてくださるそうで、国内での臓器提供数が多いそうです。
国内で臓器提供のコーディネートをしているのは(社)日本臓器移植ネットワークのみです。
ホームページのアドレスはこちら
臓器提供者のご家族、提供を受けたご本人の言葉が載っていました。
www.jotnw.or.jp
すべての人が死を迎えるけれど
死はその人らしく
迎えにきてくれると
そう思います
わたしがそう思うからといえ
誰かに臓器提供を押し付けるつもりはありません
すべて なるように
なりますから
お付き合いありがとうございました。
臓器移植について。
新しい保険証の裏を見ましたか?
写真を撮ったのに、更新されないので同じことを三回書いています。
7月に法案が改正されて、15歳以下の臓器移植も認められました。
今まで海外に頼っていた子供の臓器移植も規制がかかり、難しい状況になりましたね。
脳死判定での移植は、
心臓、肺、肝臓、腎臓、膵臓、小腸、眼球などがあります。
心臓停止後では、
腎臓、膵臓、眼球に減ります。
それから、臓器を提供しないという意思表示。
書き込むのに悩みますね。
わたし個人でいえば、燃やしてしまうなら必要な人にあげてかまわないのですが、家族にその意思を伝えておかないといけません。
遺体を損ねることに抵抗のある人は多いと思いますが、お葬式で裸の遺体を見せるものでもないしね。
アメリカでも臓器提供の浸透まで20年かかったといいます。
まだ日本はこれから。
どうなるのでしょうね。