ふんわりシフォン -260ページ目

FULL MOON 10

くぐもった轟きが空気をふるわせる。なにかがぶつかる鈍い衝撃。

なにが、どこに?

疑問が頭をもたげ黒猫を見ると、小さく息をついた。

「…もたない。来るよコノハナ」

ドォンと衝撃音がして辻の向こうから、硫黄の煙りをたなびかせた黒い物が現れた。
どう例えたらいいだろう。角のある頭は牛のようで、体は猫科のしなやかさと獰猛さがある。
硫黄を燻らせているのは、なにかやってきたからなのか…



「奴の間合いに入っちゃダメ」

「知らないって、そんなの」

金色の瞳孔はヤギのように横に開いていて、あたりを伺っていた視線がぴたりと照準を合わせる。

間違いない。俺にだ。

手のひらに浮いた汗をジーンズでぬぐい、ジョーカーを盗み見た。腕を組み平然とした様子で獣を見ていた。

「どぉすんだよ…俺になんとかしろっての」

ジョーカーは唇の端をあげて笑う。眼光は鋭くて嫌味とも取れる。

「お手なみ拝見」






咆哮が空気を震わせる。鼓膜を震わせ、衝撃が細かな石粒のように体を打つ。

「朔哉、間合いは5メートルだ。昨日の、試してみよう」

軽くしっぽを揺らしながら明け星が言う。名前で呼ぶことを意識していない。無意識の意識。

「明け星、前に出るなよ。吹っ飛ばされても知らねーから」

覚悟を決める。下腹に力を入れて、足を開く。
ぐるぐると喉を鳴らす獣から、目をそらしたら、ダメだ。頭からかじられたって、おかしくない。
ゆっくり右に移動してみる。追いかけてくる視線から、ターゲット間違いなく俺だとわかった。前脚で土を払い威嚇する姿勢を崩さない。

バン

明け星がたてた物音に、一瞬獣の意識が向く。
その目を狙ってカプセルを投げつけた。




ギャオオオォォ




狂ったように目をこする。

「右目、貰った」

走り寄り、耳の後ろに蹴りを入れる。続けざまに首へと蹴りを入れようとして、特製塩コショウ唐辛子カプセルに潰されていない左目がこちらに向く。

鋭い爪が空を裂く。

いちかばちか至近距離からカプセルを投げつける。
避けようとした前脚で、カプセルは割れ粉塵は獣の顔面を襲う。

狂ったようにのたうつ獣の眉間に向けて、弾みをつけた踵を振り下ろす。



ゴキン



衝撃がかなりの手応えを伝えてくる。これでダメなら嫌だがとどめを刺すしかない。





一瞬の迷いに、ジョーカーの声がかぶる。

「とどめも慈悲だ。殺らなければ寝首をかかれるぞ」

狂ったように転げ回る獣にはかなりなダメージを与えたはずたったが、まだ生きていた。

背中から包丁を取り出す。さらしに巻いて上着の下に背負っていたものだ。刺身包丁で、刃渡りは30センチある。

「背中からでいい。肋の間を狙うんだ」

冷酷だ、明け星。どこからそんなこと知ってくるんだよ。実行は俺なのに。






包丁を持って決心をつけかねていると、ジョーカーがため息をついた。

「………」

腕のひとふりが鞭のようにしなり、無数の見えない刃が獣に振り下ろされた。






「言ったろう?切り札だと」

クリスタル・ツリー

春の風が吹いて

冷たい北風にさらされていた木々に新芽がやどる

葉の裏のうぶげを銀色に光らせ

霧に煙る春がくる



つい何日か前には

雪の銀色だったのに

やわらかな日差しに温もり湯気をあげる畑は

呼吸をしているようで

春が動きだしている

陽のあたる木に

溶けた雪の雫が

きらきらとして

クリスタルを下げたツリーのように輝く

生きているって

大変な時も多くて

でも きらきらした時間もある


けなげに立つ木々が

きらきらと綺麗で

一瞬の巡りあわせの

ちいさな幸せ

FULL MOON 9

どうしても知りたい。この先には何があるのか。これが運命だというなら、俺達をどこへ連れて行くのか。

「呼び出した理由は、自己紹介ではないですよね」

「そうだ。君の戯言を聞く時間でもない。君には選択件はないのだよ」

唇が引き締まり笑いの形になる。薄い唇はお面のようなつくりものの笑いに見える。



「守らなければ、狩られる」

あっさりと言い切る。

「猫は守護獣さ。命を守るためのね」

「そんなこと……望んでなんていないのに」

普通に生きていけたらよかった。彼女と笑いながら、買い物したり食事をしたり…たわいない時間を過ごしたかった。
命のやり取りに参加する気なんてなかった…



狩られる



こちらから手を出さなくても、向こうからやってくるというのか。

あの…禍々しいものが。

「選択の余地はない。死にたいなら別だ」

腕のひと振りで、カラスは翼をひろげ、上空を旋回する。

「払ったはずなんだがな」

ぼそりと呟いた言葉の後になにか背筋を這う悪寒を感じた。