若かった頃は、会社という組織に当たり前のように属し、出来る範囲で無難に仕事を要領よくこなしていた。
要領よくこなせることが自分の力だと思っていた。
休みが楽しみで、土日はもちろん夏休み冬休みは確実に仕事から解放されていた。
そして月曜日が憂鬱で、でも月曜から同僚と飲んでいた。
将来は順調に出世し、社長になれなくても取締役ぐらいにはなると思っていた。
事実、役員手前の部長に40前半でなった。
すごく頑張って実績を残したわけでもないのだが、なぜか周囲の評価は高かった。
上司に対して厳しい意見も言っていたが、上司からは頼られ、社長や役員からは一目置かれた。
しかし、大きな組織から外れ、自分力の無さに今気づかされている。
要領が良すぎたかもしれない。努力が無かったかもしれない。順調に行き過ぎたのかもしれない。
取り敢えず無難に一日を過ごすことに何の不安も無かった。
今は毎日が不安である。
今日は何が進んだのだろうか?昨日より進歩しているのだろうか?
明日は何をしなければならないのか?来月は?来年は?
常に自分の足跡と進化の度合いが気になる。
この歳になって、今の立場になって改めて働くこと、仕事をすることに気づくことがある。
気づかずに要領よく、役員になって定年を迎えずに良かった。
自分力を高める必要性を感じることが出来てよかった。
今日は大阪に日帰り出張。
目的は大阪の取次会社主催の新年会への出席。
斜陽産業といわれつつも、さすが2兆円産業。
最寄の駅から会場まで出席者の大行列。
業界内の人脈のない私としては、大人数の中でどう振舞うか不安であったが、
他の出版社で働く大学のクラブの後輩も出席しており、大分助けられた。
彼は優秀な営業で社内でも表彰されるとおり、顔見知りも多く、主要なお客さんを紹介してくれた。
そのときの私を紹介する言葉が「私の大先輩で、大変お世話になった人」である。
当然みなさん快く接してくれてビジネスチャンスももらえそうである。
人を紹介するということは、紹介する人(ここでは私)の印象を強く相手に与えることが大事であるということに気
付かされた。
闇雲に知っている偉いさん?を紹介してやるよ的な紹介のされ方ではその場限りのご対面で終わる可能性が高
い。
本当によい後輩をもったものだ。 ありがたい。