灰羽紳士による名言・珍言集 -9ページ目

「闇の香りはリンスと共に」 その3

 かなり暗くなってきている。いつも通っているはずの部室までの道程が異常


に不気味に感じるのは学校という空間のせいか、それともここが旧校舎だか


らだろうか。


「水上、うちって人、泊められるような客間的なものっあるのか」


「そんなものはない。布団と寝袋はあるからなんとかなるだろう」


 相変わらず冷静な事だ。家出少女を匿うとかどんな部活だよ。


 ダメ元で神馬さんと桜沢に連絡をとろうとするもやはり出てくれない。明日


会ったらこの件関してはマジでなんとかしよう。今後、これが致命傷になる


予感がする。


「あの、あまり気を使わないでいいよ。私は私なりに覚悟を持ってあなたたち


にお世話になっているわけだし、少しくらいのエッチな事、私は全然我慢する


よ?」


 一瞬にして気まずい空気が一帯に流れる。何言ってるんですかこの人は。


「まぁなるべくそうならないようにはするつもりだけど。ここでお前に手を出し


たらなんか、傷になるような気がするからな」


「そういう風にカッコつけながらも下半身に抗えないのが男でしょ?」


「おっさんかお前は。どう思おうが勝手だがな。とりあえず手は出すつもりは


ないから」


 面倒くせぇ。っつーかこいつ、今まで『そういう事』をしていたという事なのだ


ろうか。


 部室に到着。中に入る各々の荷物を置き、水上は当然の如くエプロンを付


け始める。


「あり合わせで飯を今から作るがその間シャワーでも浴びてくればいい。お前


ドロドロだろ。風呂のセットは確か押し入れにあったと思うからそれ使ってくれ」


 なぜそんなものまである。寝袋といい、普段から完全にここで泊まる気満々


じゃねーか。


「シャワーとかあんのか」


「一階にな。主に運動部が使うものなんだけど今はあんまり使われてないやつ


がな」


 いかにも怪しいつーか大丈夫かよ、それ。


 ただ、確かに女子にその状態で風呂無しでっていうのも酷な話なので水上の


言っていたお風呂セットなるものを探す。 しかし、どこを探してもそれらしき物


は影も形もない。


「おい、水上。風呂セットないぞ」


「ん? おかしいなぁ。いつも開けたところにあるはずなんだけど……ないんだ


ったら、そうだな。悪いけどバスタオルだけでも近所のコンビニに」


「コンビニにバスタオルとか売ってたっけ?」


「さぁ?」


「殺すぞ」


「いいよ、いいよ。なんか悪いし一日くらい我慢するよ」


 一日くらいってこいつやっぱり結構長めの滞在期間をご所望なのだろうか。


なぜか自然とため息が出た。


(続く)






 

「闇の香りはリンスと共に」 その2

「しばらく、どちらかの家に泊めて欲しいんだけど、ダメかな」


 詳しい事情を聞くため、近くの自販機近くで話を聞く事になったのだがその


少女が発した第一声がこれである。少し拍子抜けというか、もっとややこしい


事態を想定していたため内心、ホッとする。


 ただの家出少女か。厄介事ではあるが命に関わらないだけまだましという


ものだ。衣服の汚れからてっきり何かから逃げているのかと思っていたのだ


が、汚れに関しては後でさりげなく聞いてみるか。


「水上、うちの部ってそういう依頼も受けるのか」


「いや、微妙だな。厄介事や揉め事で霊関係以外でも依頼を引き受ける例は


今までにもあったが結局のところ、桜沢先輩や神馬さんのサジ加減ひとつだ


からな。断る事もままあった」


「じゃあとりあえずどっちかに電話するしかないんじゃね」


「まぁそうなんだが、あの二人、あんまり出ないんだよなぁ。メールも返信来な


いし」


 そう呟きながら携帯電話をポケットから取り出し、ボタンを押し始める。


 そういえば以前も放課後に連絡取ろうとしたけど出なかったけか。


 しばらく少女と共に水上の連絡を取る様子を観察していたが表情と様子から


やはり全く出ないようだ。全く、なんのため携帯電話なんだか。


「ダメだ。全然、出ない」


「もう、お前の家に泊めてやったら、それこそここで『じゃあ、ダメです。ごめん


なさい』ってわけにもいかないだろう?俺、実家だし」


「いや、俺もだよ。親になんて説明するんだ」


「俺の彼女ですでいいんじゃね。うん、それで万事解決だよ」


「何も解決してないし、彼女に失礼だ!」


 珍しく、少し感情の入った口調とわずかな顔の紅潮を見ると吹きそうになって


しまった。そこまでクールに徹しているわけでもないのか。少女の方は少し困っ


たような表情と共になるべく視線を合わせないようにしている。照れかな。ぶっ


ちゃけ発端である水上に押しつけてみたいような気もするがあんまり揉めても


彼女も気まずいだろうし、とっとと次善の手を提案するか。


「じゃあ仕方がない。うちの部室に泊まってもらうしかないんじゃないか。幸い


あそこには布団も食い物もある」


「それしかなさそうだな」


 水上もどうやら同じ事を考えていたみたいだ。まぁそれしかないしな。


 水上は少女に歩み寄り、部室に泊める旨を伝える。


「一応、うちの学校内なんで部外者あんた一人でってわけにはいかないから


俺達も一緒に事になるけどその辺を了承してもらえればって話だけどどうか


な」


 っつーか俺もかよ。面倒くさい。少女の容姿から考えればアリだけどな。我


ながらなんと俗な。


「ええっ、それでいいわ。二人にこの相談を持ちかけた時点でその辺は仕方


がない事だし、むしろ全然オッケーよ」


 もう少し、警戒していただきたいものなんだけど、最近は俺が知らないだけ


で皆こうなのだろうか。


「じゃあそういう事で。私は下灘 百合、どうぞよろしく、おふたりさん♪」


 こうして俺達はさっきまで歩いていた道をふたたび戻る。


 俺の中では初の女子とのお泊まりにうきうきする自分と何か不安な感じを


覚える自分とが複雑に絡み合い、今、俺自身がどういう気持ちなのかよく分


からないままただ歩み続けた。


(続く)




「闇の香りはリンスと共に」 その1

 日が経つ事に暑さは増し、体感的にはもう夏の本格的到来を宣言しても問題


ない感じである。登下校の時間が比較的気温の低い時間帯ではあるとはいえ


やはり徒歩という行動による体温の上昇と発汗は毎年の事ながらうんざりであ


る。


 そんな事を頭に過ぎらせ、同じ部活仲間である水上 冬馬と帰路についてい


るところだ。こいつとはそろそろ知り合って一月くらい経つが相変わらずよく分


からない奴である。まぁよく分からないという意味では神馬さん含め、他の部


員も同様だが……そういう観点で考えれば、水上はまだまともな部類に入る


人間ではある。我が民俗学研究会の『戦闘』担当でクールなイメージを受け


る。中学時代はここいら一帯に悪名轟かす……


「しかし、部活ってのはこういうものなのかね」


 なぜかは自分でもよく分からなかったけどとりあえず話してみたくなった。


「なんの話だ」


「うちの部活だよ。今日も適当に集まって、料理食って、喋って終わりだぜ?


何部だっつー話。そう思わね?」


 水上は視線を前に向けたまま、少し考え込む。


「うーん……けどあれだ、うちの部は波風が立つ時ってのはそれこそ嵐の如


くだろ? 普段のあの緩い空気はむしろバランス取れてるんじゃないか」


「まぁ……そう言われる確かに……」


 なんか妙に納得してしまう。しかし、それだと今の状態は何か大きな災厄が


起こる前触れという話になるわけだが考えただけで鬱になりそうだ。全く出来


ればそういう事は避けたいのだが、部長である桜沢がトラブルを招くどころか


自ら突っ込んで行くような奴だ。そう望むのははっきり無駄だという事を最近


理解した。


 そして……


 目の前に少女が立っている。年齢は中学生だろうか、制服を着てはいるが


この辺りでは見ないタイプの制服だ。しかし、その制服は何故かかなりボロボ


ロで本人も顔や腕の露出している部分には擦り傷が少々。その茶髪の少女は


俺達と目が逢うとこちらへ近づきこう言った。


「お願い、助けて……」


 そして放って置いても向こうからやってくる。面倒な、全く。


 俺は水上の方を見、反応を伺う。


 水上はこちらを少し視線を走らせ、すぐに少女へ戻す。


「何があったか、説明してくれますか。俺らでなんとかなりそうな話でしたらな


んとかしますけど」


「水上!!」


 なんの躊躇もなく目の前のおそらく厄介事になるであろう少女の助けを求め


る手を即座に取らんとするその快諾に俺は思わず声を上げる。


「しょうがないだろう、この状況、無下無視するわけにはいかないだろう?」


「そうだけど……」


 分かってはいる。人として、無視するわけにはいかない場面では分かっては


いるがなぜ、こいつは、いやこいつも、厄介事になると予測しうる救いを求める


手をこうも迷いもなく取れるのか。俺にはどうしても分からなかった。


 





創造するということ  その11

 比較的、厄介な事にならず帰路につけたのはまぁ上々とすべきか。つー


か寝たい。明日の授業は……もうあきらめよう。


 車内にも疲労が空気に混じり漂っている、なんとなくそんな気がする。


「神馬さん、神馬さんはあの女、もうあーゆう事本当にしないと信じている


んですか?」


 どうやらうちの部長殿は今回の沙汰にご不満のようだ。終始無言の森先


輩はともかく、水上は室内での件からも桜沢、似た心情だろう。


「おそらくだがやめないだろうねぇ。奴はあんなナリをしてはいるが職人だ。


あいつは多分、本物の御霊人形を作ろうとしているのさ。市松人形じゃ今


時、売れないだろうしそんなに愛でてももらえないだろう。そこで考えた結


果、今回テディベアの件なるわけだが、それもあまりうまくいかず。おそらく


隣の和室、おそらく工房かなんかだろうが既に次の試作っぽいのが転がっ


ていたよ」


「いいんすか」


「正義の味方じゃないからな。依頼の件が達成出来れば私としては問題な


いよ。個人的に気に入らないっていうならどうぞご自由にだ。なんならここ


で降ろそうか?」


「いえ……それはちょっと……」


 黙り込む水上。


「しかし、先程、神馬さんと香月の会話では現代人はそこまで人形を大切


にしないと言ってましたけどそれは今回とは別の『愛される』人形なんです


か?」


「そりぁな、まぁ。愛する人形と別称されるくらいの代物だ」


 なんとなく分かってきた。出来ればその話は止めて欲しい。なんか気ま


ずい。


 神馬さんはおそらく分かっていて言っているのだろう口調は真面目だが


口元がにやけている。


「それは……」


「そう所謂、ダッチワイフってやつだ。あれなら確かに愛される。しかも上


等なやつだど六十万とかするし、商売としてもおいしいだろうよ」


「なぁ要、ダッチワイフっ何?」


 場が凍り付くっつーかお前は東先輩になんつー事を聞くんだ。神馬さ


んは運転席で笑いをこらえるのに必死といった感じで体を震わせている。


 東先輩は少し考えた末、周りを気にしながら桜沢の耳元で何やら囁く。


どんな説明かはまぁ大体、予想はつき、予想通りに桜沢は顔をみるみる


赤らめながら、こちらを少し蔑視し、そのまま黙り込んだ。


 不覚にもその恥ずかしがっている桜沢を少し可愛いと思えた。


(了)

創造するということ  その10

「御霊入れ?」


 少なくとも俺の今までの人生では聞いたことない単語だ。


「簡単に言うとそうだな。何かを作る時に魂を込めて作るとか言うだろあれだ。


仏像なんかは出荷前に坊さんがそういう御霊を入れるために儀式的な行い


をする場合もある。無論、本物の魂など込めないがな」


「なるほど。この女は『本物』の御霊の入った人形を作ろうとしていたってわけ


ね」


 桜沢は少し、いつもとは違う思い声質だった。表情から嫌悪感から滲み出て


いる。


「普通は禁術の部類入る術だが。特に今のご時世に普通なら論外だけどその


辺はどうなの香月さん」


「どうも何も私もそう思ったけど昔のよしみで断り切れなかったんだよ。こっち


来てから色々、世話になっいる人で……」


「ちょっといいっすか。無駄かもしれないっけど一応。あんた人の命を」


「あーうるさいなぁ」


 水上の言葉を遮り、さらに悪態をつく。どうやら地雷質問だったらしい。


「そういうなんか道徳的な偽善臭いセリフ、虫酸が走るな。一応、答えるけど


命がどうたらとかいう説教はなしね。人、一人の命より完成された人形の方が


価値は上、それが香月の思想。まぁ私も特に『香月』の名に誇りがあるわけで


もないから香月がどうこうとは言わないけど六十億もいるんだから一人ぐらい


いいでしょ? って痛い!痛いって」


 水上がねじ上げてすでに完全に極まっている手首をさらに捻る。


「神馬さん、こいつ殴っていいっすか」


 変わった人達とは思っていたがこの辺の価値観は意外と普通なんだな。と


ちょっと驚く。


「そう興奮するな。人形師っというか職人タイプの人間ならまぁそういう極端な


価値観の人も珍しくないんだ。育った環境そのものが特殊なケースが大体起


因している事が多いな」


「それでもなんかムカつくっす」


「我慢だよ。我慢。殴ったところでどうにもならん、お互いな。さて、そろそろ行く


とするかな。おい、お前も今のご時世こういう事をすると目立つんだ。ほどほど


にしておけよ」


 神馬さんはそう言いながら立ち上がる。


 随分と軽い注意だ。もう少しなんらかのペナルティがあると思ったのだが変な


所で寛容な人だな。


「はっ分かってますって。私もそこまでバカじゃない。それに今回の件で確信を


持ったよ。このやり方では昔ならいざ知らず、現代では完成させることは不可能


に近いってことがね。」


「今回の件がむしろ例外って事か。今の子は確かにそこまでひとつの物に執着


はしないかもね」


「そゆこと。現に私の製作した十三体の内でそれが最後だったが……正直、少


々残念だよ」


 香月は寂しそうな表情を浮かべる。この世に生み出した親としての心情といっ


たところか。よく分からんが。


「まぁいいか。水上、じゃあ帰るから落として」


「分かりました」


 香月の表情が一瞬、硬直しすると同時に水上の腕が香月の首に巻き付く。所


謂『裸絞め』の状態だ。


 一体、何を……


 そう考える間もなく水上は腕に軽く力を込め、香月の意識を虚空の彼方へ消


し去った。


「帰り際に逆襲されちゃたまらないからな。用心だよ。用心」


 俺の思考を読んでか、玄関へ向かうすれ違い際に神馬さんは言い訳っぽくそ


う呟いた。こいつら怖ぇなと思いながらもその行動は正解のような気もするから


心境的には微妙だ。


(続く)

 

創造するということ  その9

 意外な事に拍子抜けするぐらい何の物音もしないまま、605号室のドア


があっさり開き、中から神馬さんが顔を出す。


「捕獲成功。さっさっと中に入って」


 随分とあっさりだな。てっきりもう少しややこしい事になるんじゃないかと


予想していたのだがまぁ何もないのにこしたことはない。とりあえず部屋へ


入る。リビングらしき部屋では今回の件の容疑者香月 静留と思われる人


物がうつ伏せの状態で水上に完全に組み伏されていた。顔は今の位置か


らは見えないが金髪のショートカットに浴衣というアンバランスな格好から


まぁ多分、変わった奴だろうなとなんとなく思った。


「随分とおとなしいな。もっと抵抗するものだと思っていたんだが……」


 神馬さんはそう言いながら香月の頭のずぐ隣に腰をおろす。


「おい、叫ぶなよ。少しでも叫んだら、気絶させて拉致って別の場所で


無惨な拷問する羽目になる。それはお互い面倒だろう?」


 サラッと恐ろしい事言うな、この人。完全に犯罪だし、っつーか既に犯


罪か。なぜ、こうなったし。


 香月は顔を上げ、ゆっくり頭を上下させる。口にはガムテープが貼ってあ


る。こんな状況にしては妙に表情は落ち着いている。そういうものだろうか。


年齢は二十代前半くらいか。まぁ適当だけど。


 神馬さんはゆっくりとガムテープをはがす。


「ふう、厄日だな。クソッ。で何? 聞きたい事って。なんとなく見当はつくけ


ど」


 当然の悪態か。この状況悪態つけるのも凄いけどな。俺だったら泣きた


くなる。


「うん。話が早くて助かる。見て欲しい物があるんだけど、この写真のぬい


ぐるみ、見覚えある?」


 神馬さんはおもむろに香月の目の前に一枚の写真を出す。写真はおそ


らく例のテディベアのものだろう。


 不機嫌な視線を神馬さんの持っている写真に向ける。そして深いため息


をひとつつく。


「確かにこれは私の製作した人形だ。全く、だから嫌だと言ったんだ」


 香月は何やらグチを言い始めた。どうやら誰かに依頼されて渋々、作っ


たようだ。


「持ち主が魂を喰われて困っている。対処法は?」


「人形から当人を離せば浸食は止まるわ。喰われちゃった分は申し訳


ないけど自然回復待ちって事になる。気休め程度でいいなら回復を促す


薬ぐらいなら処方しよう」


「随分と素直ね。もう少し自分の正当性とか芸術論とか語ると思ってた


んだけど」

 

 隣にいる桜沢が余計な事を言う。いいじゃん別に。


「作ったとは言っても副業としてだよ。普段はしがないOL。そこまでプラ


イド持って人形師やってるわけでもないしね」


「ま、そんなところだろうな。さて対処方も聞いたし、大体、予想通りだっ


たが」


 そう言いながら神馬さんは立ち上がる。帰る気だろうか。


「神馬さん、そいつは何者かから若月さんの呪殺を依頼されたわけです


よね?そいつについては聞かなくていいんすか」


 急にさっきまで黙って香月を取り押さえていた水上が神馬さんに質問


をした。俺もそれは考えていたが面倒くさくて言うのをやめていた。根本


の原因はそこなのだからそいつを何とかしないとこの件は解決したとは


言えないだろう。当然っといえば当然の疑問だ。


「呪殺?ははっお前勘違いしてるぞ。こいつはあくまで人形師だ。人形し


か作らん」


「はぁ」


 気のない返事をする水上。


「いまいち分かっていないようだな。そうだな……お前ら御霊入れって知


っているか?」


(続く)

創造するということ  その8

 夜風を少し肌に感じはするものの六月特有蒸し暑さは緊張と相まって呼吸


すらし辛く思える。


 屋上に上がるやいなや神馬さんはすぐにボストンバックからザイルやら金具


やらを出して何やら準備を始める。


 まさかここから犯人の部屋のベランダに降りる気か?ははっ本当だったらお


もしろい冗談だな。


 神馬さんがザイルのカナグを給水塔の梯子に取り付ける。どうやらマジらしい。


作業を終え、戻ってくる。


「では作戦を説明する。私と水上でここからベランダに降り、室内へ侵入。水上


は犯人の拘束。私はすぐに中から鍵を開けるから他の奴ら605号室前で待


機。以上だがなにか質問は?ないならすぐに決行する。行くぞ水上」


 そう言い終わると神馬さんは早くも降りるため水上と共に歩き始める。相変わ


らず無茶ではあるが俺が降りなくていいというのはこの上なく素晴らしい。桜沢


がなぜか不満顔だがなんでだ? と思いながら、俺は東先輩と共に屋内へ入ろ


うとすると突然、後ろで桜沢の声が聞こえた。


「神馬さん、私も降りたかったんですけど」


 どうやらこいつはこの降下作戦もどきをやりたかったみたいだ。この人、どこま


でアグレッシブなんだよ。ややこしいな。


「お前なぁ、以前もやりたいって言ってやらせて落ちかけただろうが」


「今回は大丈夫ですよ。あれから学校で何回か練習しましたし、前みたいには


なりませんよ」


 学校で何やってるんだよ。っつーかどんだけ行きたいんだよ。理解に苦しむな。


トラブルを楽しめる桜沢にとってはそれほど魅力的という事なのだろう。


「そうなのか」


 神馬さんは面倒くさそうな表情をしながら水上に形式上っぽい確認をとる。


「はい。学校で二十回程、落下八回、降りられなくなった六回と自分としてはま


だ実践するのは危険っすね」


「だそうだ。残念でした」


「水上~この裏切り者。空気読めバカ」


 いや、当然だろ。どうでもいいから早くしてほしい。眠いのもあるだろうがどうや


ら俺はちょっとイライラしているっぽい。ちょっと自己嫌悪。


「すんません。けどやっぱ危ないんで……」


 桜沢はまだ納得したわけではなさそうだったが水上の心情を察してか不機


嫌顔でこちらに向かってくる。てっきりもっと駄々をこねると思ったが。


「行くわよ」


「ああっ、さっさっと済ませて帰りたいよ、マジで」


 俺と桜沢と東先輩は指示通り605号室前に到着。現時点でおそらくベラン


ダに降下し終えていると考える今からが本題といったところか。最悪、警察沙


汰もあり得るだけにぜひとも無理はして欲しくない。


 沈黙。何も聞こえない。仮に犯人(仮)の香月 静留が中で都合良く寝ていた


としても多少なり何か物音が聞こえると思うのだが。もしかして留守だったとか


だったら俺としてはこれ以上の幸福はないと言える、本日限定だけどね。頼む


から大声で助けを呼ばれるとかだけは勘弁してほしい。っつーかそうなったら


どうすればいいんだろう。考えれば考える程、不安がつのるばかりだ。


(続く)

 



創造するということ  その7

 疾走する車の窓をただ眺めてはいるが目に映るのは黒に黒が配色された


漆黒の世界。外を眺めれば気も紛れるかと思ったが暗闇対する潜在的恐怖


心から心がザワつくだけだった。


 いつものメンバーはいるようだがさすがに皆、心なし眠そうに見える。


「今から行く所ってやっぱり犯人の所か?」


 前に座っている桜沢に声を掛ける。何か喋ってないと不安でどうにかなりそ


うだ。


「ええ。やっと特定出来たみたいでさっき連絡があってこうやって全員の強制


招集となったわけ」


「まぁ実際はほとんど要がやったようなものだけどね。私は今回の作戦の下


準備とかした程度だがね」


 神馬さんはそう補足しながらバックミラー越しに視線を寄越す。


「神馬さんがこうやってわざわざ付き添ってくれているって事は今回も結構


ヤバイ感じって事ですか?」


「可能性としてはね。まぁそう不安がるな霊的な事象でヤバい事なんてそうそ


うないから」


 これほど説得力ない言葉も珍しい。っつーか人の魂を喰らう人形が出てい


る時点ですでに充分、尋常ではない。心の底から不安だ。


「けどそんな人形を作るくらいの人物なんですよね、犯人は。何者なんです」


 神馬さんは少し面倒くさそうな表情をする。


「要、頼む」


「分かりました。今回、あの魂を喰らう人形の製作と思われる人物、名前は香


月 静留。人形作りの名家香月家の末裔にあたる人で、江戸時代ではその業


界で香月の名を知らない者はいないくらいのビッグネームだったらしいわね」


「だった? じゃあ今は?」


「人形作りに関しては数年前に廃業しているわね」


 森先輩はノートパソコンの画面を見ながら淡々と説明する。


「神馬さん、こういう昔の人形師っていうのは今回みたいな呪術みたいなもの


をよく使ったりするんですか」


 とりあえず、疑問に思ったことを口走る。霊的な質問なので神馬さんにして


みる。


「さぁ」


 随分と素っ気ない返事が返ってくる。


「なにぶん、閉あーいう伝統系って鎖された社会構造を形成しているからなぁ。


情報があまり出てこないんだよ。裏ではそういう術の存在があるかもしれない


し、第三者が介入してきた可能性もある。結局のところ」


 車が静かに停車し、ドアが自動で開く。どうやら市街地の中らしい。


「本人に聞いてみないと何とも言えないって事だ。さぁ到着だ。行くぞ」


  神馬さんは助手席からてかいボストンバックを肩に掛け、車外に出る。俺


達もそれにあわせてとりあえず出る。


 人形作りの名家とさっき聞いて、でかい日本家屋的なものを想像していた


のだがどうもそれっぽい建物はなさそうだな。ここから少し歩くのだろうか。


「よし、全員降りたな。今回の件の犯人はこの目の前のマンションの最上階


605号室に住んでいる。とりあえず、ここじゃ目立つからこのマンションの屋


上へ行くから」


 そう言いながら神馬さんはマンションの入り口に向かって歩を進め。俺以


外の全員なんの躊躇もなくそれについていく。


 俺はため息混じりにその後を追い、改めてそのマンションを眺める。どう


見ても普通のどっちかというと安っぽい外観だ。


「意外っちゃー意外かな」


 俺はそう静かに呟いた。


(続く)


 




 

創造するということ  その6

 あの不法侵入の件から数日、特に何もなく過ぎ、今日も俺は桜沢や水上と


くだらない事を喋るか本を読むといった感じの時間を過ごしている。事件を処



理している時以外は特にやる事のない部なので自分は何をやってるんだとた



まに自問自答してしまう。運動部とかと違ってトレーニングなどないので仕方



がないと言えば仕方がないのだが。


「桜沢。あのぬいぐるみの出所を調べるって言ってたけどやっぱりまだかかる



のか?」


「うーん今、神馬さんと要が調べてるんだけどこればっかりはねぇ。連絡もない


し」


 定時連絡とかさせればいいのに。というかあんな情報だけで一体、どうやって



調べるというのだろう。


「若月 楓の方は?」


「まだしばらくは保つとは思うけど……一週間経って分からなかったら次の手を


打つわ。だからもう少しだけ我慢して」


「まぁ別にいいけど」


 次の手は一応、あるのか。やはりあの人形そのものを直接どうにかするのだ


ろうか。


 学校のチャイムが鳴り響く。そろそろ下校時刻だ。今日も特に連絡なしか。



 奥の台所で水上の食器を洗う音がむなしく響く。思わずため息が出る。


「さて、帰りましょう。何かあったらまた連絡するからよろしくね」


「ああ」


 俺は気のない返事をすると共に鞄を持ち、部室を出て帰路につく。


 自宅に帰り、晩飯を食べ、その後で宿題をやろうとしたのだが事件のせいか


いまいち集中出来ずにいた。


 全く、腹の立つ話だ。自分は正義の味方気取りみたいな事は嫌いだし、今


回の件も自分にはどうしようもない。気にするべきではない。そう自分には言


い聞かせているのだがこうしている今も、若月 楓の魂は徐々に喰われていく。


その事とそれを気にしてしまう自分の心境に心底むかつき、そして心をかき乱


した。


 ああっもう俺はこういう他人についてグタグタ悩むタイプじゃないはずなんだ


けどなぁ。もういいや。今日は寝よ。明日になればこの心境も多少マシになる


だろう、と祈りつつ俺は少し早いと思いつつも床につく事にした。


 深夜二時、暗闇の静寂を引き裂く、携帯の着信音に目を覚ます。


 こんな時間に誰だよと思いながらもこういう非常識な時間に電話を掛けてく


るバカは俺の知り合いに一人しかいない。予想通り、携帯の画面には桜沢の


二文字。いらつきと安堵の混合された感情のせいか微妙に頭痛を覚える。


「はい。切石です」


「あっ切石? 今って大丈夫?」


「おい、今何時だ」


「二時三十分」


「常識っ文字はないのか、お前の辞書には」


「人命が危機に瀕している時などの非常時にはそういうものは適用外にな


るのよ。これこそ常識。救急車やパトカーが信号を無視していいようにね」


「なんか納得いかねぇ」


 なんとなく筋が通っているようにも聞こえるその暴論に抵抗せずにはいら


れない。


「とにかく、今あんたの家の前にいるから、とっとと出てきて」


「おいちょっと待て、最初セリフは何だったんだ。今、命令形になったぞ」


「一応ね。建前よ。空気、読んでね」


 そう言って、携帯が切れる。


 腹は立つがこうやって迎えに来たところを見ると製作者と居場所が判明


したのだろう。行く事にはこのまま悩んでいるよりはマシなのでいいのだが


……大丈夫なのだろうか、そんな呪いの人形作っているような奴の所へ直


接行って。新しく生まれたその不安に俺は胃に鈍い痛みを感じた。

創造するということ  その5

桜沢は二階を上がってすぐ所にいた。


「切石、こっちこっち」


 そう言いながら俺の腕を掴むと急かすように引っ張ってきた。俺はどっちか


というとそんな霊的現象に関わりたくないので無駄とは分かりつつも若干、抵


抗しつつ歩く。桜沢の方はやはりなんか生き生きとしている。


 引っ張られながら入った部屋はどうやら若月 楓の自室らしい。よく考えれ


ば女子の部屋に入るのはこれが初めてかもしれないな。それが不法侵入と


は泣けてくる。


 しかし、初めてなので標準的な女子の部屋を知らない。案外、普通という


感想が真っ先に浮かんだ。ベッド、机、本棚と部屋におけるいわゆるスタン


ダードな物が配置されている。女子の部屋とはもう少し可愛いものだど思っ


ていたがどうやら妄想だったらしい。もっとも若月 楓なる人物が元々そうい


う人物だったかも知れないが。強いて挙げれば所々に飾られているぬいぐ


るみがわずかながらここの部屋の主が女性である事を予感させる程度か。


「で、どれだよ。来てみたけどそんな悪いモノがいる感じは微塵もしないぞ」


「うん、やはりそうか。ということはこの件に携わっている奴がそれなりの奴


だっていう事になる」


 部屋のベット腰掛けていた神馬さんは俺の反応をさも当然のように態度で


喋り続ける。


「普通、呪詛や怪異の類が近くいれば、よっぽど鈍感な奴じゃない限り、何


かを感じるはずだ。それは生物としての生存本能だ。人間も他の生物と比


べ危機察知能力が退化しているとは言ってもまぁ『ここは嫌だな』と感じる


程度の能力は一応ある。私達みたいな人種なら尚更、そういうのには敏感


なわけだが」


 なんとなくだが分かる気がする。事実、科学がこんなにも進んだ世の中


なのに人の入らない、入ってはいけない場所や地域の存在を考えると妙


に納得してしまう話である。


「怪異も呪いをかける側、特に後者はそれでは成立しないのでそれなり


のレベルの術者なら気付かれないような細工を施すわけだ」


「で、今回の件はそれだと?」


 いきなりなんの説明かと思った。


「そういう事、あそこにティディベアがあるでしょ」


 神馬さんが自分の後ろにある出窓を指さす。そこには確かに数体の動


物のぬいぐるみと共にティディベアがあったがやはり特に何も感じない。


「あれですか」


 いまいち信じられないなと思いつつ、俺はおもむろにそれに近づこうとす


る。


「そう。あっ触るなよ。誰が作ったかもどういう術を掛けてあるかも分から


ないんだ」


「じゃあどうするんです。これが原因なんでしょ?」


 いきなりその辺にありそうな熊の人形が呪いの原因ですと言われても


いまいちピンと来ない。半信半疑というのが正直な所だ。


「そう急くな。既にこいつは若月とかいう女の魂を半分近く喰ってる、安


易に取り除けば済むというステージではないんだ、すでに。魂魄がめい


ぐるみとリンクしている可能性もある。この下手をすれば元に戻らなくな


る可能性だってある」


「じゃあ、やっぱり大元、このぬいぐるみの製作者を捜すしかないですね」


 桜沢が口を挟む。


「そうだな。ロゴと四方からぬいぐるみを撮影し、調査してみるか」


 急遽、ぬいぐるみの撮影会を行い。ほどなく撤収。若月の家を後にする。

 

 しかし、今回は直接的な怪異でないせいか終始、俺は騙されているんじ


ゃないだろうかと疑念と不法侵入がバレないだろうかという不安が同時に


胸中で渦巻き、妙な気分の悪さを感じた。

(続く)