灰羽紳士による名言・珍言集 -7ページ目

「樹海は謳う」 その9

 水上は弓での攻撃の警戒からだろう。目標から左側へ旋回するように疾走


し、木隷へと接近していく。木隷共もそれを認識したらしく歩く速度を緩め、鉈


を構える。相対距離と速度から戦闘開始まで数秒と掛からないだろう。


 水上は速度を維持したまま、急に持っているリュックをまさぐり始めるとすぐ


になにやら取り出した。あれは鎖?そう思った次の瞬間、水上は素早い踏み


込んだ動作と共に腕を振る。それは遠目から見ている俺から水上が何かの


魔法を使ったと錯覚しそうになる不思議な光景だった。全くの間合いの外の


距離に居た木隷の頭がいきなり小さく爆発するように爆ぜた。


「桜沢。水上は何をしたんだ一体」


「分銅鎖だ。あいつの通っている道場、確か黒真流とか言ったっけかな。そ


の道場はなぜか今時、戦場武術を売り文句に掲げている酔狂な道場で格


闘技はもちろん、ああいう武器も使い方とかまで教えているらしいなのよ。


あの武器はなんでもしていいっていう許可が出た時のみ使う得物ね。見て


の通り、殺傷能力がえげつない武器だから」


 なるほどとか思っているうちにもう一体の木隷の頭も当然の如く爆ぜ、ド


ス黒い花を咲かせる。


「おい馬鹿共、そっちももうすぐ来るぞ。構えろ!」


 急な神馬さんからの指示に思わず体が硬直する。


 そうだった、今回は俺達も闘らなければいけないんだよな。女性の桜沢


を闘わせるわけにはいかないので必然的に俺が闘う羽目になりそうなの


は分かっているがさてどうしたものか。俺には神馬さんのような武器も水


上のような格闘術もない。さてどうしたものか。


「神馬さん、どうしたらいいですか。この場合。出来れば指示が欲しいん


ですけど」


 既に敵は視界に入っていて、こちらも接触までもうそんなに時間がなく


心境的にはプレッシャーと恐怖で本当に頭がおかしくなりそうだ。だがそ


れでもギリギリでなぜかまだ思考する冷静さが残っているのは我ながら


不思議だ。


 神馬さん指示を聞いているとねすぐ近くで聞き覚えのある空気の排出


音が耳元で響く。


「ちっやっぱり効かないか」


 隣で桜沢がいつの間にか例の麻酔ダーツ銃を取り出し、木隷に向か


って撃ちまくっていた。


 特に思う事もなかったがとりあえず「やっぱ、こいつすげぇわ、いろん


な意味で」とは思った。もう少し怖がってくれた方が可愛げがあるという


もの……いや、それはそれでこいつらしくないか。


「何よ。切石ね今、ちょっと私の事、馬鹿にしたでしょ」


「さすが。桜沢姐さん、当たらずとも遠からずってとこです」


 少し、戯けて見せると遠慮なく脇腹にボディブローが飛んできた。


「まぁ冗談はさておき、いや、冗談ついでに言わせてもらおうかな」


「何を?」


「お前は俺が護ってみせる」


「はっ、言ってろ」


 少し、顔を紅潮させながら、鼻で笑う桜沢を後目に、俺はなぜこんな場面


でここまで冷静を保っていられるのか、やっと気付いた。


(こいつがいるからか……)


 そう考えが浮かんだ瞬間、俺の中で熱いとも冷たいともいえないこれまで


の人生で一度も経験した事のない感覚が渦巻いた。

「樹海は謳う」 その8

 とは言ったものの対象である樹まではまだ結構距離がある上に走ってだと俺


と桜沢が置いてきぼりを食らう事が早々に判明したため少し速めの徒歩での前


進となった。情けないとも思うがこんな重たい物を着てなぜまだあれだけ速く動


けるのか不思議に思う。


 やはり目算で言うと百~二百メートルの間くらいだろうか、対象の方向から何


かが飛んでくる。俺達の体に次々と着弾していくがそれが俺達の体内に食い込


む事はなく、全て鎖帷子に弾かれ、地面に落ちる。当たった感触は種にしては


それなり威力がありそれなりに強く、スーパーボールを思い切りぶつけられる


くらいの衝撃が体に伝わる。もちろん問題ない。落ちた種にはすぐに札を貼り


それから拾って自前の瓶に入れる。神馬さんが言うには貴重な資料なので何


個か回収して欲しいとの事だ。


「神馬さん、木隷の方に変化は?」


 樹との距離もかなり縮まり、残り百メートルを切る地点まで進み、少々不安な


心境に駆られ、ちょっと質問してみる。


「いや、まだ動きはないな。そろそろ距離的に動いてもおかしくないんだが、ああ


言っておくが『あれ』は既に死体みたいなモノだからな水上、遠慮はいらないぞ」


「了解っす」


 淡泊な水上の反応は頼もしいような気がする。と思うように努力する。


「おっ動き出した。気をつけろよ。まずいな相手は武器を取り出し始めた」


「得物の種類は何っすか!」


「鉈が四、弓が二、弓が固定で鉈はツーマンセルで前進」


「ちょっと待ってよ。弓ですって鎖帷子は弓に対しては効果薄いはずよね、確


か」


 桜沢の珍しく慌てた声が聞こえる。


 えっそうなの?それ最悪じゃないか。いや、待てそうとも言えない。こっちに


は狙撃銃が後衛に構えているんだ。神馬さんにその弓兵を処理してもらえば


なんの問題もない。


「神馬さん、その銃で弓兵狙えるますか?」


「ダメだ。上手く遮蔽物に隠れやがってここの位置からじゃ狙えないこちらも


遮蔽物に隠れながら迎撃して」


 もう!なんのための後衛だよ。クソッ。


 とりあえず俺達はすぐに傍にあった大きめの樹木に体わ隠し、臨時作戦会


議を開催する。


「どうするよ。あんまり時間がないけど、最悪撤退も……」


「いや、それには及ばない。神馬さん、敵の状況は?」


 水上は俺の言葉を遮り、神馬さんと会話し始める。いや、どう考えてもこの


状況はヤバ過ぎるだろ。


「敵、前衛、二組は二手に分かれ、あんたらを挟み込むように向かって来て


いる」


「了解。いいか、俺はすぐにここから左側へ向かいそっち側の敵を討つ、そし


てそのまま迂回しながら弓兵に近づき、弓兵も片づける。お前らには悪いが


右側から来る敵の得物は鉈だ。最悪、致命傷はなんとか避けられるはずだ


からここでなんとか防御に徹して俺が弓兵を倒して戻ってくるまでなんとか持


ってくれ。もしダメそうだったら言え、そして出来れば逃げろ。以上」


 水上はそう一方的に喋り続け、すぐにこの樹木の安全地帯から飛び出す。


 その勢いよく飛び出した姿は一発の弾丸を彷彿とさせ、俺は一瞬だがこの


まま水上が戻ってこないのではと考えてしまった。




「樹海は謳う」 その7

形状からスコープのような物が付いている所から狙撃銃ってことは分かるが


当然、ながらここは日本なので完全な非合法の逸品だ。


「それ、本物?」


「当たり前だろ。こんな所に玩具持ってきてどうするよ。場所が今回、人の


いない場所だったからな。本来はあまり出番のない武器だよ。重いしかさ


ばるしな。」


「あっ神馬さん。それ!」


 茂みの中から場違いな嬉しそうな声が聞こえ、帷子姿の桜沢が姿を現す。


「確か、M40A3 狙撃銃だったかしら神馬さんそんな面白い物持ってたんです


か。まさか今日はそれを使用する気では!? いいなぁ私も撃ってみたい~」


 桜沢は子供ようにだだをこねる。状況が状況でなければさぞ、微笑ましい


光景だろう。ていうか神馬さん、あんたはどういうルートでそんな物騒な物を


仕入れたのだろう。かなり気になる。


「ダメだって。これはあんたの持ってるおもちゃと違って本物なんだから。素


人が扱うにはいろいろ問題があるんだ」


 銃の存在そのものが既に問題のような気がするが。いや、そもそも、桜沢


の持っている麻酔銃も充分、玩具の範囲を超えてると思うが。


「またそうやって子供扱いする。私、もう十六ですよ」


 いや、こんな状況でそんな我が儘言う奴を大人とは言わない。


「とにかく、今日は無理だ。また機械、作ってあげるから」


 しぶしぶ、引き下がる桜沢。前衛陣が鎖帷子を装備、し終え、必要な物の


みを持ってきた小さなリュックに入れ、いよいよ作戦開始の段となった。


「よし、いよいよ、作戦開始なわけだが指示はその今、着けてもらっているイ


ンカムから出す。もう一つ忠告だが私はあくまで全体の状況に応じた指示し


か出さない。狙撃は本当に私がヤバいと思った時のみ使用するから。その


辺は理解しといてね」


 いまいち大胆か慎重なのかよく分からない人だな。戦闘はおそらく水上頼


みになってしまうだろう。そして水上の格闘能力から考えて相手が余程、強


くない限りは圧倒するだろう。ただ不安な要素も少なからずある。まず、この


防御の為の鎖帷子がどの程度、我々の動きを制限するか。少なくとも普通


の状態のようにはいかないだろう。そして全身を守らなければいけないため


頭まですっぽり被って眼しか出ていない状態はかなり視界を狭める。戦闘で


はあまり役に立てないのは目に見えているのでせめて水上が不意打ちや背


後からやられるのを防止するくらいだ。そんな無駄かも知れない考えを巡ら


せていると装着していたインカムから神馬さんの声が聞こえてくる。


「準備はいいな。お前ら?ではミッション開始」


 そして俺達はこれから戦場となる舞台へと勢いよく飛び出していった。

 

 




 

「樹海は謳う」 その6

「で神馬さん、あれは結局何なの?」


 とりあえず、今回の件の原因をどうにかするための作戦会議が急遽、樹海


のど真ん中で行われる事になった。神馬さんはさっきから自分の撃たれた方


向を双眼鏡で対象物を確認している。


「おそらく木霊の一種だろうが私もああいうタイプは初めてだ。突然変異種かも。


おそらくああやって人に種を打ち込んで人からエネルギーを吸収していたんだ


ろう。種は半霊体だった事を考えるとおそらく打ち込む時だけ実体があり、打ち


込まれてから物質のみ体内に吸収され、消え、霊体の種のみが残った。仕組


みとしては多分そんなところだろうな」


「何か見えますか」


 神馬さんは双眼鏡から眼を離し、俺へ近づいてくる。やはり、いつもと違い少


し険しい表情に見える。


「ちょっと厄介だな。まぁそれでも私の想定の範囲からは出ていないけどね」


 そう言うと神馬さんは俺のリュックを漁り始め、なにやら重そうな物を次々取


り出す。地面に置く度に起こる、重量感タップリの音がその重さを物語ってい


る。


「何です?それ?」


「鎖帷子だ。霊的術式も施してあるから霊撃及び斬撃も防げる優れものだ。


これで全身を守り、あの木に近づく。そして、この徐霊剤の入ったアンプルを


木の周囲に刺し、木を完全に枯らす以上が今回の作戦内容だ。後は周囲を


確認し、指示を出す後衛とその指示を実行する前衛を決める。というかほと


んど決まっているけどな」


 嫌な予感しかしない。どうせいつも通りの俺と水上が前衛コースだろう。


「前衛は水上と切石で後衛は私と東で桜沢はどうする?」


 ほらな。嬉しすぎて涙が出るよ、本当に。でなぜ桜沢だけ選択権があるん


だよ。どんな差別だよ。


「えっなんで私だけ?あっあれですね?私はフレキシブルな能力の持ち主


だから神馬さんも使い所を迷っているんですね。前衛にも後衛にも欲しい


逸材。我ながら自分の才能の凄さに……」


「いや、別に今回の作戦で特にあんたに決まった役割がないからどっちでも


いいんだ、正直。好きな方に行っていいよ」


 桜沢が笑顔のまま固まり、冷たい空気が流れる。なんでこっちまで恥ずか


しい気持ちにならなきゃいけないんだ。そして同じ境遇のはずなのに俺は前


衛固定ってどういう事なんだ。凄く泣きたい気持ちになる。


「じゃあ、前衛で前線の方がおもしろそうだしね」


 無理矢理笑みを作り、鎖帷子の置いてある俺のリュックの方へ歩を進める。


ちょっと半泣きの桜沢。神馬さんもはっきり言うなぁしかし。適当にどっちかに


振ればよかったのに。いや、改めて神馬さんの口に手を当て、笑いを堪えて


いる所を見るとわざとか。余裕なのか?それとも憂さ晴らしか。


 とりあえず俺と水上そして桜沢が鎖帷子を装着し始める。


 思っていたよりこれは重いな。しかも、動き難そう。大丈夫かよ。


「神馬さん。あの木の周辺にいる人は何っすか」


 覚悟の違いだろうか水上は俺よりも速く鎖帷子を着ると双眼鏡で木の方


向を観察し、現状を確認する。


「ああ、あれね。開始時に説明しようと思っていたんだけど。『木隷』って言


って、まぁあの木の守護者と言ったところかな。まぁ能力は一般的な人間


に毛が生えた程度だが」


 神馬さんは説明不足に対して悪びれもせず解説を入れる。そしてずっと


肩から掛けていたあの重そうなバックから狙撃銃を取り出している。


 なんだあれは?

「樹海は謳う」 その5

「そう不安がるなよ。こう普通に歩いているように見えるがちゃんと周囲の変化


や違和感に気を配りながら歩いているんだ。本当にヤバいと思ったらちゃんと


撤退するさ。たとえそれがなんの収穫が得られなかった結果になろうともね」


 そいつは嬉しい限りだが、それもこの人のヤバいと感じるレベルってどんな


程度かを知らないため、不安を拭いきれないのが正直な感想だ。


「水上、どうなんだよ。この人その辺の察知能力ってあるのか?」


「さぁ?あんまり俺も長いつきあいじゃないからな。今までの経験から言うとそ


れなりにあるが神馬さん自体の性格に問題があって役に立ってなかったのは


一回あったかな確か」


「どういう意味だよ」


「結構、ギリギリまで攻める人なんだよ、あの人」


 うわぁ。また嫌な情報、聞いちまったよ。誰かこの人を止めてくれ。


 そんな事を思いながら視線を神馬さんの背中に戻した瞬間、神馬さんの歩


みが突然、止まったと思った次の瞬間だった。


「全員ストップ! すぐに後退……」 


 全員の体が一斉に硬直、小さな衝撃音のようなものが聞こえる。神馬さん


舌打ちをしながら右手で肩を押さえ、数歩、大きくバックステップで後退し


その場でうずくまる。神馬さんが手で押さえている箇所には馬鹿でかい緑色


のアーモンドのようなモノが刺さっているように見えた。


「神馬さん、それは、一体……」


 一体、どういう状況なのか。説明して欲しいところだがどうもそういう雰囲気


ではない事をすぐに察し口を噤む。


「うっさい。黙れ。さっさっともっと離れろ」


 そう吐き捨てると神馬さんは大きく息を吸い、その種子のような物体を自分


の体から引き離す。するとその種子と一緒にまるで触手のような根(?)が神


馬さんの鮮血で真っ赤に染まり、引きずり出される。右手でその気色の悪い


物体を叩きつけると左手ですぐさまその物体に札を貼り付ける。神馬さんの


左肩からは結構な量の出血が確認出来、凄まじい勢いで衣服に赤黒い模


様が広がっていく。


「神馬さん」


「大丈夫だ。大丈夫だから、もう少し離れよう、ここは危険だ」


 傷口に手をあてがい、なんとか立ち上がる。表情からいつもの余裕が消え


少し、汗をかいているのが確認出来る。こんな神馬さん、初めてだ。


 神馬さんの言った通りに俺達はその場から少し離れる。俺のリュックから救


急箱を取り出すと東先輩と水上で応急手当を始めた。主に東先輩が指示をし


それを水上が実行するといった感じだ。


「どうします。止血はなんとかしましたけど傷の状態はあまり……すぐに医者


に診てもらった方がいいと思います。思ったより深くて」


「撤退っすか?」


「はっ!馬鹿言え。ここまで来て、ここまでやられたんだ。相手も見つかった


し、キッチリここでカタをつけてやるよ」


「さすが神馬さん。そう来なくちゃ」


 笑みを浮かべながらもその表情に凶気を孕んませる神馬さんに本当に嬉し


そうな桜沢。よくこういう状況でこんなテンションになれるよなぁ。正体不明の


攻撃に対する不安とか恐怖とかないのだろうか。水上と東先輩はもう慣れて


いるのかこんな状況の二人を見てもやれやれと言った感じで各々なにやら


準備みたいな事を始めている。これはこれで順応しすぎだろ。


「帰ろうよ」


 俺は聞こえないようなか細い声で呟いた。

「樹海は謳う」 その4

 結局、その十分後に仕切直しの意味も込めて、小休止となった。


「どうなってるんですか。神馬さん。さっきと全然話がちがうじゃないですか。も


しかして迷ってるとかじゃないですよね?」


 あまりのしんどさからか、心中の不安を思わず吐露してしまう。言ってはみた


ものの本当にそうだったらマジで泣きたくなる。


「いや、迷ってはいない。それだけは確信を持って言える。GPSも持ってきてい


るから帰ろうと思えば、すぐにでも帰れるさ」


「じゃあ、帰りません?」


「むしろ問題なのは……」


 無視かよ。


「思ったよりもその原因たる『モノ』が深部にいるという点だ。人の迷い込むような


所だからそれほど深部にはないと考えていたんだがな」


 神馬さんは顎に指を添え、考え込むような仕草をする。


「神馬さん、これ以上、霊泉に近づくのはあまりよくないのでは?」


 珍しく東先輩が神馬さんに意見している。あまり見ない光景だ。


 霊泉?また聞いた事のない単語だ。言葉から推察するに神馬さんはその『霊


泉』ってものを目指して進んでいるのか。


「確かにな。雰囲気と読みながら歩いて、場合によっては撤退も考えてはいると


りあえず、もう少し進んではみようとは思うよ。さて、休憩終わり、行くぞ、お前


ら」


 全員が渋々、立ち上がり、そしてまた神馬さんの後ろについて歩く形でハイキ


ングを再開する。俺の肩には再び強烈な重量が食い込む。


「おい、桜沢」


 少し先程の神馬さんと東先輩の会話が気になったため、話しかける。


「さっきお前らの会話の中に出てきた、『霊泉』とか『霊子』ってなんだ?」


「ん?ああ、お前には説明した事なかったわね、そういえば。要、ちょっと説明し


てやって」


 また東先輩かよ。桜沢にしても神馬さんにしても、なんか説明に関しては基本


東先輩に振るシステムになっているらしい。


「えーと切石君、今、少し、呼吸とかし辛くない?」


 ん? そう言われれば、雰囲気としんどさのせいかと思っていたが確かに普段


より吸っている酸素の濃度が高いような感じがする。


「そうですね、少し、空気を吸った感触がなんか「ドロッ」としているといか、うまく


言えませんが」


「それは『私達の住んでいる地域よりもここの『霊子』が濃いからなの。『霊子』っ


ていうのは空気中に含まれる霊的酵素なんだけど主に心霊スポットや聖域なん


かが濃かったりするわけ。そしてこれが濃い地域では怪異や奇跡が起こりやす


いと一般的に言われているわ」


 随分と一部の限られた業界での一般論のように思う。


「つまり、今、俺達の歩いている場所は霊子が濃いため、目的のモノを見つける


前に別の怪異に遭遇してしまう可能性があるって事ですね」


 自分で言っていて、その結末だけは本当に勘弁して欲しいと切に願った。


「そういう事。まぁそれを避けるために水上君の方リュックには常時発動型の簡


易結界を発動させているんだけどね。それも完璧ってわけじゃないし、濃度が高


ければ高い程、危険度も増す。ここからはどこで引くかっていうのがターニング


ポイントになるかもいろんな意味でね」


 ああ、聞けば聞く程気が滅入る情報ばかりが入ってくる。じゃあ帰ろうよ。


「で『霊泉』とはもう分かるとは思うけどその霊子が湧き出ている源泉の事なの。


当然、近くほど霊子は濃くなるわ」


「どう? 分かった?」


 桜沢はなぜか自分か説明したようなちょっとドヤ顔の入った笑顔向けてくる。


どういう心境なのだろうか。こいつは多分、楽しんでるんだろうな。


「了解。理解、理解はしたよ。で帰るって選択肢をそろそろ桜沢から提案してく


れよ。結構、ヤバいんだろ?」


「何を言ってるのよ。おもしろいのはこっからでしょ?切石君?」


 わざとらしい口調で桜沢は小悪魔っぽい笑みを浮かべる。


 ダメだこいつ。なんかいろんな意味手遅れくさい。ちょっと水上とまともな会


話がしたいとふと思った。


(続く)




「樹海は謳う」 その3

「しかし、それは確かに妙ですが、やや決定打としては弱いのでは? 遺族


の方が遺体に何かされた可能性も」


 珍しく、東先輩が口を挟む。先輩らしく、あくまで論理的な意見ではあるし


俺もその可能性はあり得ると思った。


「馬鹿者。その辺の素人坊主ならともかく、さっきも言ったがそれなりの場


数も踏んでいる僧だぞ。後から添加した香りと内側から自然な香りの違い


くらい分かるさ。それにどんな強い香水を使ったところで腐臭と混ざって余


計にエグい臭いになるだけだ。それが分からなかったとも思えん」


 随分とその住職を買っている、いやこれは信頼しているのか?


「という事はその檀家の息子とやらを死に至らしめた原因がこの樹海にあ


ると?」


 まぁ話の流れと現状から考えて当然の結論と言えるが一応、聞いてみる。


「まぁそういう事だ。その息子が体調がおかしくなる直前及び死ぬ前日にど


うやらこの樹海に来ていたらしい。特に死ぬまでの一週間などは立つ事も


ままならなかったのにも関わらずだ。どうだこれはもう決定打だろ?」


 嫌な決定打だな。


「神馬さん、それは私としてもかなり興味深いですね。神馬さんとしてはそ


のその死に至らしめた『モノ』正体について何か心当たりあるんですか?」


「大体はな。私見だが木霊もしくは樹木に取り憑きし、異形の類が考えら


れるがこればっかりは実際、見てみないとなんとも……」


「場所に関しても見当はついてるんですか」


 一番、不安なのはそこだ。こんなクソ重たい荷物背負わされて、適当に


ウロチョロされてはたまらない。とは言ってもここまで来て戻る事など許さ


れないだろうが。なんか理不尽だよなぁ。


「下準備で忙しかったと言ったろ? 当然そこは最も重要なポイントだ。様


々な情報や東の分析を併せてかなりの確度の位置は割り出せた。安心


したまえ、君のその苦しみも名残惜しくも後十分程だよ」


 自信ありげな笑みを浮かべこちらを一瞥し、再度前を向く。


 まぁそれならもう少しの我慢かと少し、ほっとしたがよく考えれば、それ


はその檀家の息子とやらを死に至らしめた『モノ』とのエンカウントを意味


するわけであるからなんとも微妙な心境である。


 『あと十分程度だよ』、あの神馬さんのセリフを聞いてから一体、何十


分たっただろうか。同じような風景の連続にうんざりし、腕時計で時間を


確認するのも億劫になってきている。本当に身体的にも肉体的にも限


界だ。それは少なからず皆一緒であり、全員の口数は極端に減りただ


黙々と歩く。神馬さんだけはさっきからしきりに『おかしいな」を連発して


いる。全く、この人は信用していいのか、駄目なのかいまいち分からな


い人だなぁ。


 そんなわけで現在に至るというわけだ。全く、なぜこうなるかな。溜息


を漏らしたかったがしんどくてそれすらも出来なかった。


(続く)

「樹海は謳う」 その2

 木々が鬱蒼と生い茂り、まだ歩いて十分程度だというのに既に四方が同じ


ような風景が広がっている。これは少しでもはぐれたら迷子確定だな。等と


考えながら神馬さんの背中を視認しつつ、それについていく。それにしても


このリュック重いな。


「そろそろ、今回の件について詳しく話して下さいよ」


 歩きながら他愛ない会話をしていたというかそうでもして、気を紛らわさな


いと正直、辛いというのもあったのだが。そんな時、桜沢がおもむろにみん


なが薄々、気になっていたがなんとなく聞きにくかった話題を切り出してくれ


た。


 神馬さんはGPSような機械の画面から視線を上げ、少しだけこちらに視線


を寄越す。


「ああ……そう言えばまだだったな」


 なんか白々しいな。それよりも桜沢にまで知らされていないというのはちょ


っと意外だな。


「お前が知らされていないっていうのは珍しいな」


「まぁね。事前にこの樹海に来るとは知らされていたんだけどそれ以外は全


く」


「すまんな。急遽、といか私の独断で今回の件は決めたんだ。いろいろと下


準備もあったせいで詳しく話せなかったな。そうだな歩きながらになるが簡


単に今回の件について説明しようか」


 少しだけ何故か、周囲の空気が重くなったのを感じた。


「先週、知り合いの寺の住職と会って、少し話をしたんだ」


 いまいち神馬さんのイメージと一致しないような気もするが。勝手なイメー


ジだが信心とか薄そうだ。一体、どういう繋がりなんだろうか。


「そこで奇妙な話を聞いた。なんでもそれまでずっと健康体で病気らしい病


は今までしたことがないという人物がある檀家の息子にいたそうなのだが数


年前からいきなり別人のように虚弱していき、みるみるうちに衰弱していき


つい先日、亡くなったという話だ」


「それだけでは……」


 東先輩が呟く。確かに、怪しいとは思うが、霊的要素の関与わ決めつける


にはやや早計な気がする。


「まぁ普通はそう思うわな。私もそう思った。だがこの話には続きがある。そ


の住職なんだが、その檀家の息子の葬式に出ていた。住職は『みえる』人


ではないが、それなりにこなしている方でな、たまに妙な感じのするホトケ


さんがあるそうだ」


「で、今回、その檀家の息子の遺体がそれだったと」


「そういう事、具体的には表現しづらいんだそうだけど。そして決定的とも言


える違和感がその遺体にはあり、住職はそれに気づき、そして私に話した」


「違和感?」


 桜沢は既にスイッチが入ったらしく、眼を輝かせて、神馬さんの話を聞き入


っている。ちなみに俺は気が重い。


「一日、安置したはずのその遺体は六月の蒸し暑い最中にも関わらず腐臭


が一切せず、甘い果実のような香りが漂っていた」


(続く)

「樹海は謳う」 その1

 六月の終盤という事もあるだろうがやはり暑い。俺はそんな事をぼんやり思


い浮かべながら、今はただ歩く。ちょっと前までは色々な感情や思考を巡らせ


ていたのだが現状の俺にそんな余裕はなく、ただ、息を乱しつつ、ついていく


のがやっとだ。只今、俺は自称『民俗学研究部』のハイキングに参加している。


 まぁ、俺もバカじゃないのでこの部活で『ハイキング』に行くと言われればお


そらくまた、厄介事に首を突っ込みに行くのだろう。そこまでは安易に予想出


来た。そこはもう諦めている。だからある程度、覚悟はしていたし、ある程度の


事では驚かないと心に決めていた。しかし、それでもやはり足りないのが我が


部であり、実情である。常にこちらの想定の斜め上を行く。


 まず、早朝、校門前に集合と言われ、行ったはいいがそこにあったのはいつ


も神馬さんが乗っているワゴン車ではなく。あきらかに『それ、廃車っすか』と


突っ込みたくなるほどのボロボロのワゴン車が停まっており、違ってくれと祈る


間もなく、車に背を預け、携帯をいじっている神馬さんの姿が眼に入る。一体


なんなんだよ。


 そしてほどなくして全員が集合し、車内に乗り込んだのはいいが見た目は


こんなだけど中身はって事はなく、内装も最悪なわけで、シートはボロボロ


ガソリン車特有の吐き気をもよおす車内臭。そして一度、走り始めれば、そ


の乗り心地は地震体験マシンに乗せられているのではと錯覚を起こす程の


揺れ。車に弱い人ならば十分で吐くような最凶仕様である。さすがにいつも


神馬さんのやる事に文句を言わないうちの部の面々がクレームを言ってい


るのだからやはりよっぽどなのだろう。


 しかし、そんなクレームにも神馬さんは悪びれる様子もなくただ「いろいろ


理由があるのよ」っと曖昧な感じでしか答えてくれない。


 どうみても廃車寸前の車検を通っているかも怪しい車だ。考えられるのは


使い捨てにするとかだが、車を使って特攻でもする気だろうか。冗談っぽく


考えるもこの人だったらやりかねないから怖い。面倒臭いなぁ。


 そんなこんなで一時間程の苦行タイムを終え、なんとか目的地っぽい所


に到着、地獄の車内から解放され、みんなが少なからず安堵の表情を浮か


べる。俺もそれは同じなのだがすぐに妙な疑問が浮かぶ。


 現在、俺達のいる場所ははっきり言ってしまえば、ただの道路であるハイ


キングコースらしい道はどこにもない。整備もなにもされていないそのまん


まの木々が生い茂る森(これはもしかして話に聞く樹海というやつか?)しか


見当たらない。


 そんな疑問を余所に神馬さんは車の後ろから何やら荷物を降ろしている。


その方向に視線を向け、一瞬眼を疑った。


 そこにあったのはリュックサックだった。当然、ただのリュックサックではな


く驚くべきはそのでかさだ。リュックだけ見るならこれからエベレストにでも挑


戦ですかと問いたくなるような大きさだ。


「なんですか? それ」


「お前ら、男子は今からこれを背負って登ってもらう。、どうだ楽しいハイキン


グになりそうだろ?」


 そう言う神馬さんは腰に手を当て、何故かドヤ顔だ。


「ジョークですよね」


 無駄と分かっているがとりあえず言ってみる。


「悪いな。今回はちとややこしい事になる可能性があるのでな、念には念を


と思ったらこうなってしまった」


「日帰りっすよね。弁当でも入ってるんっすか?」


「そう言うな。いろいろあるのだよるここでは少々目立つ、詳細はハイキン


グ中に追々説明する」


 なんだって言うんだ。クソッ。


 悪態をつきながらリュックに手を掛ける。そして見た目通りの重量感に絶


望する。水上には申し訳ないがなんとか頼み、重い方をもって貰う。どちら


も重いが片方はちょっと洒落にならないくらい重かった。一体、何が入って


いるんだ。


 女性陣も各々の荷物を持ち、いよいよ楽しい、楽しいハイキングのスター


トとなったわけだが既にきついんだけど……


 そしてもうひとつ気になるのが神馬さんと桜沢が肩から掛けている細長


いバッグ、桜沢のはいつもの麻酔銃、神馬さんのもか?この二人の荷物


を見ただけでもこれから起こる事が厄介事だという事が容易に想像出来


る。出来れば杞憂であって欲しいものだ。この荷物も、あいつらの装備も。


 苦行タイムを終え、安堵も束の間、お次は修験タイムとなり、こうして俺


らのハイキングは始まった。


(続く)


 


 




「闇の香りはリンスと共に」 その14


 桜沢は食べている途中にも関わらず、レンゲをちゃぶ台に強く、鋭く置



き、わざと大きい音を出す。その音、そして視線から怒りを感じる。



「そう、もしかしたら、家族を殺すようにその女を巧く焚きつけた可能性すら



あるわ。たまに、そういう輩がいるのよ。素養のある素人に術を教え、事件



を起こそうとする奴がね」



「今回の術式はおそらく術者の血と魂魄を媒体として発動するタイプで生け



贄や細かい儀式的な要素を省いた簡易版のようです。その分、術者の精神



と肉体にかかる負担はかなりきついものようです。教えた奴も実験的に、悪く



言えばモルモットとして彼女にこの術式を教えたかもしれません。神馬さん曰



く、非常に中途半端な術式だったとまぁ今回はそのおかげで助かったというの



もあります。発動にはかなりの集中力がいるみたいですし。簡易式としてもか



なり欠点だらけの術式だそうです」



 最後の一撃の刹那、発動しなかったのはそのためか。



 とはいえ最悪な話だ。この話、俺が考えていたよりはるかに深くややこしい話



に思わず溜息が出る。



「彼女から事情聴取して、そのクソ野郎を捕まえる事っ出来ないんっすか」



「難しいでしょうね。多少情報は得られるとしてもその手の輩が足跡を残す



とは考えにくいわ」



 残念そうに目を伏せ、首を振る桜沢。



「最後に。これも気になっていたんだけど、結局、彼女の目的はなんだっ



たんですか?」



「彼女の最後の言葉『楽園(エデン)』。まぁつまりは単に居場所が欲しかった



ただそけだけよ」



 桜沢は少し、表情を緩め、ゆっくりとまた食事を再開し始める。



「いや、それだけじゃ今回の事件の引き金には……」



(「どうするもない。一晩は泊めるが後は神馬さんに相談して、終いだ。多分だが


ここに泊め続ける事を良しとは言わないだろうさ。そうすれば自動的に後の彼女


の処遇は大人達に委ねられる。俺達の考えるこっちゃないよ」



「そりゃそうか」)



「あれか……」



「どうやら思い当たる節があるようね」



 俺はすぐに水上の方を見る。



 どうやら水上も気付いたらしく、おそらく暑さのせいではない汗を掻き、その



眉間には深々と皺が刻まれていた。そして急に立ち上がると鞄を持ち、部室



から出るようとしている。



「水上!」



 俺は思わず声を掛けてしまったが紡ぐべき言葉は全く浮かんでこない。



「水上。別に今回のお前の行動、間違っていないよ。お前の良識ある人間であ



る事を知っている。おそらくお前は正しい選択をした。結果的には反省点はある



かもしれないけどお前は私達を護り、そして命を賭けて闘った。それは事実で



あり、正しい。それは私が保証する」



 俺の代わり喋るように桜沢はまるでそれは水上を本心から誇りに思っている



事を実感させるような、とても真っ直ぐな言葉だった。



「ありがとうございます。分かっていいます。ただ、今日は帰らせてください。



すんません」



 水上はそう言うと部室から出ていった。



 こうして、幕を降ろしたと思われた事件は思わぬ、黒幕の存在と共に自身の



行動の選択の重要性を認識させた。何が正しかったのだろう。そして正解は



あったのか。この胸に残った嫌なしこりはしばらく後に引きそうだと思いながら



俺は水上の出ていった後のわずかに開いた戸をしばらく眺めていた。


(完)