灰羽紳士による名言・珍言集 -8ページ目

「闇の香りはリンスと共に」 その13

「結局、あれは一体、なんだったんだ」


 あの事件の翌日の放課後、いつも通り全員が部室に集合している。


 あの後、ほどなくして神馬さんが到着、拘束していた下灘 百合を連れどこ


かへさっさっと行ってしまった。俺達は結局、校舎に泊まる事なくかなり時間


的にかなり遅くはあったがとりあえず帰路に着く事にした。まぁあんな校舎に


泊まるなんて頼まれてもお断りだ。なぜか校舎にいた桜沢についてだがたま


にだがあの校舎で泊まる事があるのだそうだが理由に関してはなにやら深い


理由があるのか、ないのか。ただ一言。


「いいじゃない、別に。ただそういう気分だっただけよ。なんか文句ある」だ。


 ひどく損壊してしまった校舎に関しては、さすがに一夜で修理は不可能なわ


けで、とりあえず放置していたのだが案の定、翌日生徒の間ではその話題で


持ちきりになった。当事者としてはなんとなく微妙な話題ではあるがとりあえず


は「まじで」とか言っておく。教師はあくまで何者かの悪戯と主張し、多くは語ら


なかった。雰囲気から推測すると何かを察していて敢えてそう発表しているよ


うにも思えるがまぁぶっちゃけ、よく分からない。


 で本日、我々、民俗学研究部(仮)は事後、神馬さん除いた全員が集合、事


後報告会となったわけだ。


 目の前にはいつも通り、水上の作った中華料理が湯気と共に食欲を刺激す


る旨そうな香りを放っている。ちなみに今日は天津飯だ。そして全員に行き渡


ったところで俺は堪えきれずに先程の第一声を放つ。


 よそわれた天津飯を美味しそうに口へ運び、じっくりと口の中で味を堪能し


そして、飲み込む。


「まぁ、一番、気になる所よね」


「一応とは言え、報告会って銘打っているんだ、神馬さんから何か聞いてい


ないのか」


「要」


 桜沢はそう一言発し、引き続き天津飯を食べる。東先輩の方に視線を送り


東先輩は無言でうなずき目の前にあるノートパソコンのキーボードを叩き始


める。


「今回の件、依頼者、下灘 百合についての情報ですが本名は野上 加奈子。


半年前、隣の県起きた一家惨殺事件、唯一の行方不明者です」


「ああ……あの事件の。どうりで」


 と水上が呟く。


「殺害された家族は皆、まるで巨大なハンマーのような物で殴られてような


死体だったそうよ」


「それもあの女が?」


「でしょうね。動機に関しては詳細はよく分からないけど、うまくいっていたら


こうはならないでしょうね。まぁ遺体の状態や状況の異常性から警察の捜


査も難航していたみたいだけど」


「ただ、彼女の家系にはその手の能力者が一切、存在しない事から突然変


異タイプだと推測出来ます。ただ……」


 東先輩はキーボードを叩くのを止め、やや表情を曇らせる。


「おい、どういう意味だ」

 漂う空気になにか嫌な物を感じ、妙な緊張感を覚える。

「突然変異で霊的能力得た人間の能力ってのは特性的に単純なモノがほと

んどなのよ。物質に火を点けるとか脚力や腕力が異常に強力になるとかね。

それに対してあの女は『召喚術』という儀式系の能力を使っていた。これは

ある程度の知識が必要となり、それに関する文献のほとんどは消失、もしく

は死蔵されていて一般人の目に付くことなどまずありえない」

「おい、それじゃあ、あれか、何者かが彼女にその『召喚術』を教えたってい

う事か?」

「闇の香りはリンスと共に」 その12

 問いかけに対して下灘はただ無言の返答を返すも桜沢は気にせず一方的


に喋り始める。


「聞きたいことはいろいろと腐るほどあるんだけど今のあなたの状態から考え


て、まともな受け答えしてもらえなさそうだから、詳しくは後日聞くとして、ひと


つだけ」


 聞きたいことが腐るほどあるっ点に関して言えば、お前も同様だけどな。と


俺は心の中で静かに呟く。


「わざわざ、こんなしょーもない男子二人を騙して、こんな所まで連れてこさ


せた上で召喚術なんてものまで使用しての襲撃。一体、あなたの目的はな


んだったのかしら」


 確かな。殺すことが目的ならわざわざ、こんな所まで来る必要がない。あ


れだけの化け物だ。水上は例外として、普通の人ならば俺も含めて秒殺出


来る。また金銭目的ならば持ち金の知れている高校生など狙うはずがない。


召喚の条件とかが関係しているとかか?


「ふっ…… 目的ねぇ。そんな難しい話じゃないわよ。ただここが」


 下灘はそう言いながら、驚く程の速い動作で先程から抱えていたスケッチ


ブックを廊下に開いて置き、その上に再度、血塗れの手を乗せる。


「水上!!」


 叫ぶよりも先に、下灘へ向かい弾丸のような加速する水上。桜沢も叫ぶと


同時に銃を構える。俺はというと周囲急な温度変化に付いていけず、とりあ


えず下灘に向かい、水上の後を追う。


「楽園(エデン)じゃなかっただけよ!!」


 下灘はそう叫びながらこちらに向けて手をかざす。水上との距離を考える


ほんの少しだが彼女の召喚の方が速い。間に合わないか。


「なっ出ない?なんで」


 そう言い終わらない内に水上の容赦のない突き蹴りが下灘の右頬を捉え


蹴り抜く。鈍く不快な音と共に蹴られた勢いのまま左頬を扉にぶつけ、引き


ずるように倒れ、そのままぴくりとも動かなくなった。だが水上は倒れた下


灘の腕を掴み、無理矢理、引っ張り上げようとしている。


「おい、水上。これ以上何をする気だよ」


「いや、手と足の骨を一、二本折っておこうと」


「もういいだろ。充分過ぎる」


「桜沢先輩がまだ敵だと認識しているならばそれは俺の敵だ。敵は徹底的に


叩く」


 味方の俺にまで攻撃してきそうな鋭い視線をこちらへ向ける。いつもの冷静


沈着な水上から想像も出来ない凶暴な雰囲気だ。一体どういう事だ?


「水上、そこまでやれば上等よ」


 桜沢が軽い感じでいいタイミングで声を掛けてきた。ナイスだ桜沢。


「これで充分よ」


 (『これで』?)


 そんな疑問が頭を過ぎるよりも速く、空気を排出するような音が周囲に響く。


とっさに下灘の方へ視線を走らせると彼女の腹部に見覚えのある蛍光色の


ピンクのダーツが刺さっていた。


「これで少なくとも朝までは起きないはずだわ」


 満面の笑顔の桜沢。


「お前も大概だな」


 こうして、ラブコメ的な様相を呈していたはずがいつの間にかホラーになっ


てしまった夜のクソ演劇もようやくフィナーレと言ったところか。いろいろと疑


問は残るが今宵はただこの外に広がる深い闇を眺め、静かに幕を閉じるとし


よう。ただなんとなくそう思った。


(続く)


「闇の香りはリンスと共に」 その11

 目の前を走り抜けていった水上につられるように俺も戸を思い切り開け、廊


下に出る。視界に水上の後ろ姿を捉えるがもの凄い勢いで遠のいていく。


「おい、水上」


 そう叫びながら、追いかけるも聞こえていないのか振り向きすらしない。一


体どうなっている。水上はどこへ行く気だ。そもそも、あの異形なるモノはどう


なった。様々な思考を巡らせながら走っていると先程、通り過ぎた教室の戸


が開く音がし、思わず速度を緩め、振り向く。


「切石、これはどういう事? というかどういう状況?」


 さすがの桜沢もこの現状を把握出来ずにやや困惑気味に聞いてくる。


「俺もよく分からない。ただ、今、水上が走っていて」


 そうこう言っているうちに水上は廊下を右に回り、渡り廊下へ姿を消す。


「とにかく後を追うしかないわね」


「そうだな」


 そう言いながら、俺と桜沢は水上の後を追い、渡り廊下の前に辿り着く。


水上が姿を消してからのタイムラグは一分たらずくらいか。視界と体を完


全に渡り廊下の方向へ向ける。


 渡り廊下では新校舎への入り口で血塗れのスケッチブックを持ち、しゃ


がみ込む下灘 百合。そして全長のほぼ中頃の位置で少し肩で息をしな


がらたたずむ水上。


 状況から考えると水上がなんらかの方法でさっきの異形を倒し、その


状況に窮した下灘はトイレから逃亡、それを見た水上が下灘を追跡した。


しかし、とっさに入った渡り廊下だったが新校舎への扉は鍵が掛かってお


り、万事休すといったところか。


「水上、大丈夫だったか」


「ああ、なんとかな。それより……」


 水上はわずかにこちらに視線を寄越すもまだ警戒しているらしく、下灘


から眼を離さない。まぁ当然の事ではあるが。


「桜沢先輩、どうします?この女」


 さすがに浴衣なのに加え、銃まで持っているので速くは走れないらしく


遅れてたった今、到着した桜沢に水上は問いかける。


「そうね。少しだけ話したいんだけどいいかな?」


 それはどちらに言った言葉なのだろう。両者に言ったのか?


「ええっどうぞ。ただ気をつけてください。奴の眼、まだ生きています」「……」


 下灘は無言だった。息をするたびにしんどそうに大きく揺れる体から見


て気絶はしていなさそうだが。


「分かってるって」


 そう軽い感じで返事をし、ゆっくりとした足取りで水上のすぐ隣に立つ。


「下灘さんだったわよね。少し、話をしませんか」


(続く)



「闇の香りはリンスと共に」 その10

 そこにいたのは確かに下灘 百合、本人に間違いない。ただ状況が奇異だ。


彼女は一体何をしているのだろう。


 彼女は窓とトイレの入り口のちょうど中間にあたるぐらいの場所でうずくまっ


ていた。なぜか彼女の前にはスケッチブックのようなものが開かれており、そ


こに右手を置いている。そしてそこから出ている思われるドス黒い花のような


模様、あれは血か?息を飲む光景ではあるが依頼人が生きているのは何より


ではあるがそれ以上に衝撃的な仮説が俺の頭に過ぎる。


 まさかこいつが……そう考えた刹那、下灘の狂気を孕んだ顔ががこちらへ向


く。振り乱した髪、憔悴したような雰囲気ついさっき会った時とはまるで別人だ。


まずい、気付かれたか。


 下灘はこちらに手をかざし、狂気の表情をさらに苦痛で歪めさせながら何かを


叫ぶ。


 信じられない、いや、ここまで来てそう思うはずがない。正確には信じたくなか


ったが正しいか。彼女が手をかざしたすぐ先にさっき、俺達の前に現れた異形


が出現した。


 最悪の状況だ。おそらく奴は窓ごと俺を薙ぐつもりだろう。先程から見せられ


ているあの豪腕の威力なら充分過ぎる上に釣りが来る。なんとか初撃だけでも


避けなければ、しかし、相手こちらにその手段を考える時間すら与えてはくれな


い。


 軽く前へステップするとその強大な腕を上へと振り上げる。


「どうしたの。何があったの? ねぇ」


 そう言いながら、桜沢が俺と同じ位置に視線を上げようとしている。


 それどころではない。とにかく俺も桜沢もこの一撃を食らうわけにはいかない。


そう考えている間にも異形の一撃は死神の鎌を彷彿とさせる軌道を描きこちら


へ来る。


「避けろ!」


 俺はとっさに横にいる桜沢の肩をなるべく加減して蹴飛ばしつつ、俺もその反


対側へ避ける。それの行動のすぐ後に強烈な破砕音が鼓膜を貫く。窓カラス及


びその他の破片が辺りに散らばり、俺の体にもそれらがいくつか当たる。その


異形なる豪腕は窓はもちろんのこと、その下にある壁すらも全体の三分の一程


が完全にひしゃげている。本当に冗談にならない威力だと改めて実感する。


「桜沢、大丈夫か?」


 多分、落ちてはいないと思うけど、とっさとは言え、あれはちょっとまずいよなぁ


いろんな意味で、と今さら少し反省する。


「なんとか……それよりお前、口で言ってよ、さすがに少し焦ったわよ」


「すまん、ちょっと色々と後手に回っちまって」


「一体、何があったのあいつは今、水上が相手しているはずじゃ、まさか」


「いや、まだ水上はやられていない。このトイレの中には依頼人 下灘 百合がい


て彼女が異形なるモノを召喚し、こっちに攻撃を」


「つまり、この件、最初全て、その女が元凶というわけね。厄介なモノ連れ込ん


で全く。」


 桜沢、あきらたような物腰でそう言いながら立ち上がる。異形から放たれた先


程の初撃から全く音沙汰がないのが少々、気になる。なぜだ。


「とにかくここじゃ不利だから一旦、建物の中に入るわよ。切石はそっちから入っ


て、私はここから入るから」


 桜沢はそう言うととすぐ隣の男子トイレの窓からなんの躊躇もなく入る。女子


なんだから少しくらいそういう仕草があってもいいと思うのだが、そんな状況でも


ないか。


 そう思いながら俺も少し、遅れて先程、通った水上がブチ込まれた教室へ入


る。


 そう言えばこの件が始まってひとりになるのは初めてだな。そう思うとたまらな


くなんか怖くなってきたな。とりあえず早く桜沢と合流しないとな。


 そんな事を考えながら、俺は出口である戸に向かう。相変わらずの荒廃した


教室内を一瞥し、殿前に到着し、少しだけ戸を開け外の様子を窺う。さっきみた


いに待ち伏せされていてはたまらないからな。


 特に何もないようだと安堵し、戸を開けようとした瞬間、軽快な足音と共に何


者かが俺の目の前を走り去っていく。


 あれは、水上じゃないか。


(続く)




「闇の香りはリンスと共に」 その9

「さぁ、こっちも行動するわよ」


 桜沢はそう言いながら銃を肩に引っさげ、窓を開ける。一応、水上が囮になっ


ている間に窓の外を伝って依頼人 下灘 百合が倒れている(と思われる)女子


トイレへ救出に向かうというわけだ。


「桜沢、そんな格好で行くのか?」


 明らかに機動性に難のありそうな浴衣を着たまま、外に出ようとするのを見て


思わず声を掛ける。


「仕方がないでしょ。時間ないんだし、着替えも下に置いてきたままなんだから」


「ええっと、さっき思ったんだけど、お前まさかここに住んでる?」


「そんなわけないでしょ! さっさっと行くわよ」


 なぜか少し恥ずかしそうな表情と感情をごまかすようにそう言いながら窓の外


にあるわずかな幅の足場に降りる。


 二階とはいえさすがにちょっと抵抗があるが、向こう側では水上が必死に闘っ


ているのだから躊躇してはいられない。桜沢のすぐ近くに降りると夏場特有の生


温い風が桜沢のリンスの香りを運び、鼻孔をくすぐる。


「行くわよ」


 そう言いながら、桜沢はゆっくりと前進し始める。トイレはさっき水上がぶち込


まれた教室の隣だから距離的にはそんなにないはずだが……妙に距離を感じ


る。足幅が狭いせいか、それともこの特殊な状況のせいか。


 教室の外ににさしかかると一ヵ所、窓が開いている。おそらく水上はあそこか


ら出たのだろう。教室の中をなんとなく見る。一言でいうと台風一過っ感じか。


机と椅子が入り乱れ、まるで知恵の輪のように難解に絡まっているように見え


る。水上の食らった一撃がいかに凄まじかったかをもの語っている。


「マジかよ」


 思わず呟いてしまう。


 とりあえずトイレの直前の所までは到着する。桜沢が急にしゃがむと俺に対


して手を使って、しゃがめとジェスチャーするので指示通りしゃがむ。桜沢はそ


のまま、さらに前進し、ちょうど窓のすぐ下の位置で再び止まる。俺もそれに


倣い桜沢のすぐ隣に移動する。


 桜沢は上を指し、俺の眼をジッと見つめ、無言の指示。どうやら俺に見ろと


言っているらしい。嫌なのは間違いないが反論している場合じゃない事は重


々、承知しているつもりだ。まぁそれ以前におそらく拒否権すらないだろうけ


ど。少しだけ間を置き、潔くあきらめる。ただ、自然とため息が出た。


 腰をゆっくりと上げ、不安と恐怖でパニックになりそうな感情を抑えつつ、目


の前光景を渾身の眼力で直視する。


 視界に映る光景がどんなものであれ、恐らく俺はびびっただろう。仮に何も


なかったとしてもだ。ただ、今、俺の瞳に映っている光景から考えて、俺はどう


反応すべきなのだろう。分からない。ただ自分の心臓の鼓動が妙に全身に響


くような感覚を覚え自分の心臓の存在をなぜか、今、あらためて実感している。


 彼女は一体、何をしているんだ。





「闇の香りはリンスと共に」 その8

 まぁ作戦とは言っても内容は至ってシンプル。水上が再度、あの異形の


者の囮となり、その隙に俺と桜沢が窓の外を伝って、依頼人の救出に向か


い尚かつあれを使役している術者の発見という内容だ。もう一度、あんな化


け物と闘わされるとかさすがにあんまりだと思う。


「おい、水上、本当にいいのかよ」


「仕方がないだろう。どちらにせよ誰かがやらないといけない事だ。依頼人


をこのままにしておくわけにはいかないだろう?」


「そりゃあそうだけど……」


 相手はこっちの攻撃が全く通じない、それに対しての水上は生身の人間


だ。ダメージを受ければ、疲労も蓄積する。しかも、敵の攻撃は一撃、一撃


が必殺の威力を持っているとなれば、どう考えても酷な采配だ。


「切石の言いたい事は分かるわ。だから、水上、これを使って」


 そう言いながら桜沢は水上になにやら投げる。


 それはどうやらメリケンサックのようだったそしてそれにはなにやら文字を


書いた紙のようなものが隙間なく巻かれている。


 なるほど以前、俺がやった札を拳に巻いて殴ったあれの進化版ってとこか


確かにあれならダメージを与えられるかも。


「それならある程度の霊撃戦闘が可能なはずよ。ただ無理はしないでね、駄


目だと思ったら時間稼ぎに徹して。あくまで命、優先わかっているわね」


「了解。よし、それじゃあもう一働きといきますか」


 水上は先程とうって変わって、いつの間にか静かになっている戸の近くま


で行く。


 『なにを?』と俺が思うよりも速く水上の鋭い前蹴りが戸を蹴破る。それとほ


ぼ同時にまるで衝撃波が天井から振ってきたような風圧が室内を駆ける。戸


は凄まじい音と共にバラバラに破砕する。どうやらあの異形がこちらが出てく


るのを見計らっていたらしい。突如、開幕した非日常劇場第二幕になんとか


遅ればせながら現状を理解する。しかし、水上もそれを読んでいて、完全回


避に成功し、さらに反撃に転じる。脅威的な一撃ではあるが当然、その威力


に比例し、隙も大きくなる。水上は当然、そこを見逃さない。


 大きめに一歩、室外に踏み出し、体を四分の一回転程捻る。部屋からちょ


うど半身出すと同時に先程のメリケンサックを嵌めた、右拳が異形の者の顎


を捉える。戦闘開始といったところか。


「死ぬなよ」


 おれはそう呟き、そして祈った。


(続く)

「闇の香りはリンスと共に」 その7

「なんでここにいる」


 部室に避難し、俺と桜沢の第一声がはもり部室内に響く。わずかな沈黙


の後、再び桜沢が喋り始める。


「まぁいろいろ聞きたいことがあるのは分かるけど状況から考えてどういう状


況かの説明が先じゃない?」


「確かに」


 部室のの戸が外にいる異形なる者が凄まじい打撃音共にノックをしてくる


 確かに現状を考えれば、桜沢がなぜここにいるのかなどは些事だ。


 そして今、俺達が置かれている状態とそこに至る経緯を簡単に説明する。


 室内に響く強烈な衝撃音に徐々に失われていくせいか、説明にやや手惑


る。


 桜沢は俺とは違いまるで扉の結界が破られない確信があるのか至って冷


静だ。聞き終わった後に少し、黙ったまま考え込む。そしてすぐに立ち上がり


押し入れの中でなにやらごそごそし始める。


「全く、面倒なモノを呼び込んだものね」


「あれは一体、なんなんだよ」


「さぁ?物理的に殴れるって事は憑依体である可能性が高いけど話だけじゃ


なんとも」


「倒すことは?」


「さぁ?神馬さんには一応、メールは送ったけど最悪の場合、逃げる可能性


も考慮しないとだけどそこそこいい結界を張ったからまぁそんな心配しなくて


もいいわよ」


 なにやら押し入れの奥から狙撃銃のようなものが出てきた。以前、あの豹


憑きを狙撃したあれか?


「けど、依頼人の少女や水上については?」


「依頼人は知らないけど、水上はあの程度で死んだりはしないよ」


 銃を持ちながら立ち上がり、ダーツを装填、心地よい金属音をさせる。


「そうだろ? 水上」


「もちろんっすよ」


 急に外の窓が開き、そっちの方からいきなり水上の声が聞こえ、思わず身


構える。


 そこには水上が頭に手を当てながら窓から入ろうとしていた。少し、頭から


出血しているようだが目立った外傷はないようだ。おかしいだろ、普通に考え


て。あの異形の者の腕から繰り出されていた一撃、まるでハンマーのようだ


った。


「水上、大丈夫なのか? 思いっきり入っていたように見えたけど」


「まぁな。とっさに衝撃の逃げる方向に飛んだからなんとかダメージは最小


限に押さえれた」


 衝撃を逃す方向に飛ぶ? 何者だよお前。


「さて、こうなってしまった以上、揉め事は解決するのが私達の部活だ。じゃあ


作戦を今から言うわ。いいわね」


 さて第二幕の開演といったところか。ブザーの代わりに溜息が出た。



「闇の香りはリンスと共に」 その6

  急に水上の体が一瞬、硬直したかと思うと大きくバックステップで後退し、再


び大きく間合いをとる。


 異形の者はというとまるで何もなかったかのようにゆっくりと体勢を整え、立ち


上がると再び悠然と歩を進め出す。


 あれだけの打撃をモロに食らって平然としているところを見ると今さらながら人


ならざる者だと実感する。


 水上の方へ視線を移すと脇腹に黒い染みのようなものが出来ているのに気付


く。


「水上、それ……」


「大丈夫だ。掠っただけだ。しかし、参ったな、クソ!」


 さすがの水上にも少し、焦りが見える。こちらの攻撃が全く効かないと判明し


たわけだから当然といえば、当然の反応だ。普通ならどう考えても逃げるべき


だが状況がそれを許さないという面倒な場面、確かに参った。


 攻撃が効かない以上倒すのは不可能。あと考えられる手はさっきと同じよう


な方法で間合いを詰め、攻撃はせずにすり抜け、女子トイレで倒れていると思


われる下灘を連れ、逃亡するくらいか。


 そんな考えを口に出そうとしたその時、微かなな風と共にリンスのような香り


が鼻をくすぐると同時に目の前に全く想定外の人物がたたずんでいた。我が


部の部長、桜沢潤だ。


 一瞬、誰だと思ったがそれも当然の話だ。服装はなぜか浴衣、しかも洗面


器やそれに入れたいわゆるお風呂セット、まるで銭湯帰りである。普段の制


服はあまりにも違いすぎる格好に若干、パニくる。


 そんな突然、現れた桜沢の発した第一声は


「なんであんたたちがこんな時間にこんな所にいるのよ」


 こっちの台詞だと突っ込んもうとした瞬間、水上がとっさに桜沢の声に反応


しこちらへ振り向く。ほぼ同時だろうか、異形の者はその隙を逃さなかった。


気が付いた時にはその豪腕は水上を捕らえ、水上は次の瞬間、視界から消


える。鈍い音と共に教室の戸に叩きつけられ、その戸と一緒に教室の中へ。


机や椅子やらがぶつかり合う音と同時に轟音が響き、教室から煙のような埃


が舞う。


「水上!」


 叫んではみたものの、どうすればいいのか最早、判断もつかず、ただまた


冷静さが失われていくのがなんとなく分かり、辺りがスローモーションになっ


たように感じた。俺は万が一の時のために握りしめていた、護符で作った簡


易対霊ナックルを振り上げ叫びながら、わけも分からず体重を前へと移動さ


せる。


 しかし、桜沢の行動はそんな命の惜しさや恐怖と混乱が混じった俺の動き


よりも迷いがなくそして速かった。


 俺の襟首を掴むと同時部室の扉を開けるとそのまま俺を引っ張り、入室


畳に勢いのまま転がす。そしてすぐに戸を閉めると懐から何か札を取り出し


戸に貼り付ける。すぐに凄まじい衝撃と音が室内に響く。ハンマーか何かを


戸に叩きつけるようなそんな感じの衝撃が断続的に戸を叩く。おそらく本来な


らばさっきの水上がぶち込まれた教室同様、一撃でオシャカになっていただ


ろう。となるとやはりこうして保っているところを見るやはり今、桜沢の貼った


札のご加護といったところか。普段はむかつく野郎だがさすが今回は仏様に


見えた。


(続く)



 

「闇の香りはリンスと共に」 その5

 逃げるべきだろう。普通に考えればあんなもの相手にするわけがない。まし


てや神馬さんや桜沢がいないこの状況での異形との遭遇、最悪だ。


 足が震える、油のような汗が全身を覆うのを感じる。すぐ左にある部屋の戸


に視線を走らせる。


(あの女はどうする?)


 思考は逃亡一択なのに対してわずかな良心が俺の中で葛藤をし始める。


(どうすれば……助ける?無理だ。このまま逃げる?けど、それは)


 不意に肩に手を置かれ、我に返る。


「落ち着け」


 水上はこんな状況にも関わらず冷静に俺にそう声をかけ、ゆっくりと前へ


歩を進めていく。だがさすがにいつものクール表情にやや険しさが感じられ


る。


「一応はやってみる。これでも戦闘担当だからな。とりあえず神馬さんには


連絡し続けろ。そして状況を見て、ダメそうだったらお前、一人でも逃げろ。


いいな」


 そう言いながら水上は近くにあった掃除用具入れのロッカーを開ける。中


からなぜか箒の柄だけ、しかも先端が鋭利に加工されている。明らかに本


来の目的とは違う逸品だ。


「なにそれ」


「こういう事もあろうかと暇な時に作っておいたんだ。ああいうのに効くかは


分からないけど素手よりはマシだ」


 水上は箒の柄を槍のように持ち、構える。というかこいつ、なんだかんだ


で結構、やる気満々なのは気のせいだろうか。


 今逃げたいのが本音だがそうもいかないよなぁ。そういう風に思考を巡ら


せつつ、無駄と薄々、分かりつつも神馬さんに電話を掛け続ける。


その異形は 水上の構えを確認し、一瞬だけ動きを止めるもののすぐにこ


ちらへ悠然と歩いてくる。


 それに対しての水上はいきなり構えを解き、やり投げの競技のように右手


で箒の柄を大きく振りかぶり、その異形に投擲。軽いはずの箒の柄に重量


感を感じさせ、異形へ確実に向かう一撃。


 しかし、異形はそんな意表を突く攻撃に臆する雰囲気を微塵も出さずにそ


の豪腕を右方向に薙ぐ。箒の柄はまるでポッキーのように驚くほど軽い音を


立てて、砕け散る。やはりあの左腕、当たれば、死亡確定だな、あれは。


 しかし、そう思った刹那、俺の視界に水上の姿は消え、驚きと同時に瞬き


をした次の瞬間、異形の懐といえる位置にその姿を認識。何が起こったのか


理解しようとするが水上の行動はそれを許さない。


 左から繰り出される水上のフックは無防備な異形の右頬にめり込む。夜


の静かな校舎に気分が悪くなるような鈍い音が響く。さらに水上ほとんど間


を置かずに右手でアッパーカット先程の音の終わり際にさらに音を重ねる。


 格闘技をテレビでたまに見るがあんなのまともに食らった場合、確実にKO


必至のはずだ。現に異形のモノもさすがにのけぞっている。だがどうやら水


上は完璧主義者らしく、体を一回転させたと思うと左の回転上段回し蹴りが


異形の頭を削ぐような速度で容赦なく蹴り抜く。


 異形の頭は廊下の窓をブチ抜き、ガラスが砕け散り、辺りに散乱する。


 その怒濤の連撃に俺は思わず終わったと安堵した。


(続く)



「闇の香りはリンスと共に」 その4

「トイレはどこに」


 台所にあったあり合わせの材料を使い、水上はとりあえず炒飯とスープを作


った。ささやな晩飯を食べて一服していた時、彼女はそう呟静かにきながら立


ち上がった。


「そこを出て直進すればあるよ」


 意識はしていないのだが妙に気恥ずかしい感じが脳を過ぎる。まぁそれは向


こうも同感らしく少し、恥ずかしそうな表情と共に足早に部屋の外へ出る。水上


は台所で洗い物をしている。


「さてと、水上、あれ、どうする気だ?」


「どうするもない。一晩は泊めるが後は神馬さんに相談して、終いだ。多分だが


ここに泊め続ける事を良しとは言わないだろうさ。そうすれば自動的に後の彼女


の処遇は大人達に委ねられる。俺達の考えるこっちゃないよ」


 洗い物の音を室内に響かせ、水上は冷静に言い放つ。


「そりゃそうか」


 冷静に考えれば、学校内でいつまでも家出少女を匿っておけるはずがないか。


「ただ……」


 そう静かに呟き、水上は洗い物をしていた手を止める。静寂と共に不安の入り


混じった空気が部屋を満たす。


「ただ、なんだよ」


「あの女、どこかで……」


「きゃーーー」


 突如、廊下の方から聞こえた、突き刺さるような悲鳴。


 次の瞬間には水上は台所から飛び出し、部屋の戸を開ける。考える暇もなく


つられる形で水上と共に部屋から出る。


 俺らが廊下にに出ると同時に女子トイレから現れた人影。下灘であってくれと


願ったがその願いはすぐに却下され、現れたのは人ですらない異形の者だっ


た。


 見た感じはパッ見、人だ。季節はずれのロングコートその下にはセーター、長


い黒髪はその黒さになぜか吐き気をを覚える。しかし、決定的に違う部分があ


る。


 左腕だ。それは当然、人のそれとはかけ離れていて、いや、多分俺の知って


いるどの生物にもあんな腕はない。二~三倍はあると思われるその異常な太


さに加え、地に擦りそうな程の長さ、その三分の一を占める極厚の刃ような爪


からは血が滴っている。下灘のか?女(?)はただ静かに笑みを浮かべ、こち


らに体を向ける。


「最悪だ。最悪。最悪だ。最悪だ」


 俺は冷静さを失いつつ、ただそう呟き続けるしかなかった。


(続く)