灰羽紳士による名言・珍言集 -4ページ目

「蒼き神の再誕」 その十六

 巫 静留は船に揺られながら、静かに海面を眺めている。時折、周囲を警戒


するような素振りも見せるが主な注意はやはり眼前の水面に注がれている。


 視線を腕時計に落とし、軽くため息をつく。


「やっぱ、あかんか。確かに生け贄ゆうたら女性やもんな。あーあ、妥協する


もんやないなぁ」


 巫は船室の方へ行き、声を掛ける。しかし、中にいるはずの漁師達から返


事も出てくる気配もない。妙な感覚と一抹の不安に表情を曇らせつつも、船


室ドアノブに手を掛けようとした時だった。背後、しかも自分のすぐ、後ろに何


者かがいるという気配がを察し、彼女の動きが止まる。思わず振り向き、驚き


と恐怖の表情。


「な……」


 声を発すると同時に聞いたことのない、鈍い打撃音。右頬にめり込むような


その強烈な打撃は彼女吹き飛ばし、受け身もなにもない、無茶苦茶な転がり


方をし、引きずるような音と共に静止する。


 綺麗だった顔は右半分が無惨に腫れ、まだぎりぎり意識は保てているのだ


ろうか、虚ろな瞳が向く先には先程、重しをつけて沈めたはずの切石 クロエ


が立っていた。


「な……ぜ……」


 巫は振り絞るような声で得心のいかない疑問をただ口にする。


「結構、エグい事になったな。えっ?加減するつもりだったんだけど、ついな。


……分かってる。約束は守る」


 切石は独り言のように何者か会話している。携帯は持っていないし、『視え


る』はずの彼女の目にも周囲にそれらしいモノはない。


「誰……と」


「因果応報とはよく言ったものだな。これはあんたが望んだ結末だ。文句は


言えないぜ?」


 彼女は徐々にはっきりしてきた意識のと同時にある事に気付く、それは切


石の目だ。日本人ではあり得ない、蒼い眼。そして現状と切石の言動。


「蒼き神は今日、ここに復活する。俺は今、『こいつ』に体を貸しているに過ぎ


ない。まぁつまり仮の状態ってところだ。そして、今からあんたにするのは『こ


いつ』の霊体をあんたの魂魄に上書きするらしい。おめでとさん。あんた神に


なれんぜ」


 巫の表情に悲壮感が漂い、そしてなんとかして逃げようと体を無理矢理動


かそうとする。


 切石は彼女の胸ぐらを乱暴に掴み、無理矢理、体を起こし、顔を近づける。


「諦めろ。往生際のわりぃ」


「お願いします。なんでもしますから、それだけは……」


 女の振り絞るような涙を流しながら必死の命乞い。振る舞ってばかりいた


彼女の初めて見せる本物の言動。


「その言葉が俺に届くわけがないだろう」


 切石はそう冷たく言い放ち、巫の表情に絶望が映る。


 こうして蒼き神は復活した。


(続く)



「蒼き神の再誕」 その十五

 妙な揺れを感じ、俺は目を覚ます。えーとこれはそう昨日に乗っていた船に乗


っていた時と同じ感覚。体を起こそうと試みるも体が思うように動かない事に気


付く。そしてはっきりとした覚醒と共に自分の手足が縛られている事に驚愕し


自分が多分、最悪な事態に巻き込まれた事を理解する。


「目ぇ覚めたか。突然、こんな事になってもうてすまんな。確か切石君って言っ


たかな。君も災難やねぇ」

 

 俺は顔を上げ、声の方向へ顔を向ける。そこには不気味な笑みを浮かべ、髪


をかき上げる巫 静留がそこに立っていた。先程までの浴衣ではなくジーパン


にティーシャツといった簡素な服装だ。そして、ここは船の上で辺りの空が結構


明るくなってきている。時間は午前四時くらいってところか。


「あの、すみません嫌な予感しかしないので聞きにくいのですが、これはどうい


う状況?」


「おっ、なかなか鋭いやないの、君……ってこの状況でそう感じない人間なんて


おらんやろうけどな。簡単に言えば君を蒼神様の生け贄にする。つまり、君を蒼


神の社の近くに生きたまま沈める」


 最悪だ。本当にこれ以上ないくらい最悪だ。いきなりの死刑宣告に焦りと恐怖


が全身を駆ける。


「ええなぁ。今の君の表情。死を目前に実感した時の人の顔って言うのはいつ


見てもたまらんなぁ。なんというか嗜虐心をくすぐるって言うんかな。そういう事


で君の命はあと、そうやな十分くらいって事。遺言や恨み言があるんやったら


聞いたるで。せめてもの情けや」


 何が、情けだよ。クソっけどダメだ。落ち着け、俺。拉致られてからそれなりに


時間が経っている神馬さんが事態に気付いて、何か手を打つ可能性だってな


いわけじゃないっていうか、それが唯一の可能性だ。だったら俺に出来るのは


ただ一つ……


「こんな事して、一体、何になるっていうんだ。そんな蒼神なんているわけない


っていうのに」


 そう、まずそこだ。昨日、蒼神の社の近くまで行き、実際、目にしてみたが霊


的なものは欠片も感じなかった。少しでもそういう要素があれば感覚的に『何


か』感じるものなのだがそれすらなく。神馬さんですら同様の判定だった。ここ


には何もいない。


「一つ目の質問についてやけど目的は調査と実験。昔はって言うても江戸時代


とかそれよりも前の話らしいけど、この地域ではいわゆる人身御供の風習があ


って何年かに一回、蒼神に生け贄を捧げていたらしいんや。そしてその年の豊


漁が約束されるとか。それに関しては別に私はどうでもいいんやけど本当にそ


うなのかなって」


「いや、そんなわけないだろう。さっきも言ったがあそこには何もいなかった、言


ってなかったが俺はそういう霊的なモノを見たり感じたり出来る、そして、あそこ


には本当に何も欠片もそんな要素は見当たらなかった。神はいなかった」


 とにかくダメもとの説得だ。この程度でやめるとも思えないし、そもそも俺自身


の霊的素養だって信じてもらえるかどうか……


「知ってるわ」


 一瞬、俺は固まる。どっちの事だ。俺自身の霊的素養か、それとも蒼神につい


てか。


「ちなみに蒼神がいない事もあんたの霊的素養についても全部知ってるわ。だ


からこその今回の行動、選択、この状況や。実験やからね。もしかしたら生け


贄を捧げたら復活するかもしれへんし」


 そんな遊戯王じゃあるまいし。これはおそらく説得は無意味ですよ言われたと


同義わけだが、そして今の会話で分かった事も結構あるがそれ以上にこのまま


では真相うんぬん以前に俺の人生がグランドフィナーレを迎えてしまう。正直


泣きたい。


「ああ、大体分かったって顔してるなぁ、ちょうど着いたし、あんた、理解力あっ


てくれて助かるわ。理解せんでも別に結果は変わらんけどね」


 船室の方からおそらく漁師であろう、黒く日に焼けた中年の男が二人、こちら


に向かってくる。


「ちょっと待ってって本当」


 多分、人生で一番焦っている。とにかく少しでも時間を稼がないとマジで死ぬ。


嫌だ。それは本当に本当に嫌だ。死にたくない。


「待たへんよ。君らの保護者、えっーと神馬とか言うたっけ? あの女はおそらく


結構なキレ者や。一瞬の遅れが命取りになりかねへんからね」


 二人の男が何やら俺の足に縄をさらに結ぶ。縄の先には結構でかい、コンク


リートの固まりが付いており、いよいよ、本当にヤバいと感じる。


「っていうかなんで俺? だいたい古今東西、生け贄と言えば女だろう」


「おっ段々、地が出てきたなぁ。そう、その通り、そして君らの仲間の中に最高の


生け贄がいた、があの騎士君の監視が厳しくてね。倒すのも厳しそうだったし。


仕方がないから君で妥協したいうわけや。文献にも生け贄の性別は明記されて


へんかったしね。もしかしたら条件が霊的素養だけかも知れないしね」


 俺の体が漁師によって持ち上げられ、体が宙に浮く。


「助けて、お願いします。なんでもしますから」


 死神の鎌がいよいよ、首に掛かった状況についに俺は今まで必死に保ってい


た冷静さが霧散し、パニくる。俺は身をよじり必死でもがく。


「じゃあな、青年。いい結果を頼むよ」


「嫌だーー」


 そう言い放ち巫 静留は手をバイバイと振る。それと同時に俺の体はコンクリ


ートの固まりと共に空中へダイブ。着水と同時に感じた海水のあまりの冷たさ


と状況に絶望し、結構な速度で沈んでいく。死ぬのか。絶望と恐怖という色が


俺の視界を塗りつぶしていった。

「蒼き神の再誕」 その十四

「しかし、君は切石君言うたか、運がないようであるなぁ」


 笑みを浮かべながら巫さんはこちらを見ながら、森先輩を背負った俺の


隣を歩いている。あの後、どう弁解しようなどと思考巡らせていたのだが


巫さんの言うように運がよく、さっき宴席で地味にしこたま飲んで、風呂へ


行った森先輩の事が心配になり、様子を見に来たところだったそうだ。お


かげで俺はパンイチではなく浴衣を着る事が出来、森先輩も巫さんにち


ゃんと浴衣やら下着やらを着けてもらえ、こうやって森先輩の部屋への


帰路につけたわけだからついていると言えばついているか。こんな森先


輩に遭遇してしまう時点でついてないような気もするが。


「すみません。手間をおかけしました」


「いや、ええってええって、止めんと飲んでるのを黙認していた、こっちに


も責任はあるしね。無事なにより……ってことにしとくは」


「いや、あのすみません、その何か含みのある言い方はやめて下さいよ。


俺が何かを森先輩にしたみたいじゃないですか」


「ふーん♪」


 なんかむかつくな。なぜ、俺が何もしていないのに『あーはいはい。そう


いうことにしておくわ』みたいな空気になってるんだよ。


「いやぁ、青春やねぇ」


「あーはいはい」


 俺は呆れ半分、苛立ち半分で少し語気を強める。


 とりあえず俺はとりあえず適当に流す事した。本当に予想よりも面倒臭


い人っていうかこういうふざけた感じは神馬さんに通じるものがある。類


は友をよぶってか?


「まぁまぁ。冗談やって。そんな怒らんとってーや」


「別に怒ってないですよ」


「ちょっとからかっただけやんか。悪かった。謝るわ……で、揉んだの?


吸ったの」


 無視する。どうやら相手にすればする程悪ノリするタイプらしい。


 俺は森先輩を背負い直し、足早に巫さんから距離を取る。背に感じる


感触については……湧き上がってくる奔流に少しの自己嫌悪と興奮。


「ノリ悪いなぁ。そこはカウスボタンやったら『こう、コリコリと金庫を開け


る要領でねっておい! 』くらいやってくれるで」


「いや、それ、今やったらただの誘導尋問に引っかかった間抜けな変


態がこの地に誕生するだけですよ」


 つい、会話を返してしまった。関西の人って皆、こんな感じなのだろう


か。


 下らない会話をしつつ、なんとか森先輩の部屋に到着森先輩をとりあ


えず布団に転がし、部屋を出る。


 先輩がとっくに湯冷めしていることや、ちょっと色々、見てしまった点が


気になる所だが先輩を背負ってここまで来たため温泉に行く前よりも汗


だくになっている現状と時間を考えたがこの状態で寝るのはさすがに気


持ち悪いので億劫だがもう一度、温泉に行く事を決意する。


「彼女さん、大丈夫やった?」


 背後から巫さんの声が聞こえ、振り向く。


「ええ、まぁ酒でああなるのはいつもの事なので。どうもありがとうござい


ました」


 ふざけた人だが助かったのは事実なので一応、改めての感謝。


「いえいえ、こちらこそ……」


 さわやかな笑みと共に俺に近づいたと思った瞬間、顎に妙な衝撃。何


かが掠めたよ……う。思考は停止し、意識が暗転。そして最後に聞こえ


たその言葉は……


「素晴らしい生け贄をありがとう」


(続く)








「蒼き神の再誕」 その十三

 この状況、俺は一体どうする事が正解なのだろうか。当然、人として酔いつ


ぶれた人間目の前におり、しかもその人物が知り合いであれば介抱すべきだ


ろう。ただそれが同じ部活の先輩でしかも女性で全裸となると話は違ってくる。


スッポンポンの女が目の前にいれば、いけない気分にならないわけがない。


そう、普通ならね。そんな気分を宇宙の果てまですっ飛ばすほど彼女の吐い


た吐瀉物の量は凄かった。


 正直ひくわぁ。これ、土下座モンだろう。湯船にも入ってるし。この人、もう少


し常識のある人だと思ってたんだけどなぁ。いろんな意味でガッカリ感の半端


ない人だ。


「森先輩! 大丈夫ですか? 一人で起きれます?」


 とりあえず声を掛けてみる。返事がない。やっぱりダメか。つーかどんだけ飲


んだんだよ。未成年だろあんた。


 考えた末に無理矢理、俺の肩を貸し、立たせるとなるべく先輩の体を見ないよ


うに男湯の脱衣所へ向け歩き出した。


 少しはそういう気分なったらとか考えていたが現実はそんなに甘くなく、俺も元


々、ちょっとアルコールが残っていたせいもあるだろう。先輩の吐瀉物の臭いが


原因で見事に『もらって』しまった。不覚。まさかこんな事になるとはね。昔、車


酔いで吐いた事はあるがアルコールで吐くのは今回が初めてだ。久々だが予


想以上に体力的にも精神的にも結構削られるな。今の俺は気力、体力ともに


ある意味限界だ。


 脱衣所につくと幸いにも人はおらず、とりあえず適当に先輩の体を拭き、俺の


浴衣を着せる。着る気のない人間に服を着せるのは意外と骨が折れる事が判


明する。その際、いろいろと見えてしまったが現在の俺のテンションを考慮に入


れて貰い、勘弁していただきたい。あとは再び、俺の肩を貸し、先輩の自室まで


運べばミッションコンプリートだ。先輩に浴衣を貸した結果、俺はパンツ一丁に


なってしまうが。


 浴衣一枚羽織った、汗ばんだ意識のない女性、びちょびちょに濡れた体でし


かもパンツ一枚の俺。状況的に誰かに見られたら下手したら通報されるかもし


れない。俺でも通報する。


 考えてもしようがない。とりあえず俺は意識のない森先輩と共に男湯を出る。


 しかし、この世は割と理不尽に出来ていて、このタイミングでこうあって欲しく


ないと願った場合、大抵、そうなる。しかし、それは多分たまたまであり、そうな


った場合のイメージが強く残るからそういう風に考えてしまうわけだ。だが俺は


やっぱり世界はそういう風に出来ているだなとつい思ってしまうのは現在、その


事象の当事者だからだろう。


 男湯から出た瞬間、俺はすぐに体全体の間接にアロンアルファが流し込ま


れたのではと思ってしまう程、瞬間動かなくなったのを実感する。


 目の前には今から女湯に入ろうとしている巫さんがこちらを向きながらたた


ずんでいた。

「蒼き神の再誕」 その十二

  鈍く響く頭痛で目を覚まし、ゆっくり体を起こす。辺りは真っ暗でよく見えな


いがどうも旅館の自室らしい。途中から無理矢理、付き合わされたビールのせ


いで途中からどうなったのか、そしてどうやってここまで戻って寝ているのか


記憶を辿っても何も出てこず、検索しても返ってくるのは頭痛と吐き気だけと


いう最悪の状況だ。


「ああっくそ! 次からは飲むのはよそう」


 俺は静かに呟くと立ち上がり室内を確認する。どうやら水上はいないようだが


どこへ行っているのだろう……と少し考えたが面倒臭くなってすぐに思考を中


断する。とにかく気分が悪い。しようがない温泉にでも入ってアルコールを抜く


か。確か温泉は深夜もやってたはずだ。


 そう思い立ち、俺は着崩れていた浴衣を少し直すと洗面所に干してあったタ


オルを手に廊下へ出た。


 さすがにこの時間では温泉には誰もいないな、っというか夕方に入った時も


他の客はいなかったので俺達以外の他の客がいないのかもしれないが。


 湯船にゆっくりと浸かり、とにかく何も考えず、ぼーーっとする。まだ頭痛が


するが多少はマシになったような気がする。


 さてと夕方の時は真面目ぶってああいうふりはしていたが今の時間帯、可


能性は限りなく低いだろうが絶対ないとは言い切れない『あの』王道的ラブコ


メ展開……試さずにはいられないな。こういう馬鹿な事にオッズを張る。これ


もまた人生の楽しみ方のひとつだろう。そんな言い訳を自分にしながら俺は


露天風呂へと向かう。


 しかし、確率的にはかなり低いと分かっていても妙に胸の鼓動が速くなっ


ていくを感じるのは酒のせいか、それとも俺が意外に小心者なのか。


 そんな事を考えながら俺は露天風呂の引き戸を開け、中へ入り、内部を


一望する。


 自分の視界に肌色が映り、俺は体中が一瞬で熱くなるのを感じた。だが


改めて、その肌色に焦点を合わせた瞬間、俺は俺の思考は停止した。


 そこにいたのは温泉の縁でうつぶせ状態で倒れている女性だった。


 ラブコメでなく湯煙温泉殺人事件だったらしい。などとジョークをかまし


ている場合ではなくすぐに停止した思考復旧させ、その倒れている女性に


近づく。湯気でよく見えなかったその人物が徐々に鮮明に見えてくる。


 そして俺はすぐにひらめき、全ての真相に辿り着く。


 見覚えのある顔、その人物のクセ、そして口元から流れる血……ではな


く吐瀉物。すべてが一本に繋がった。


「森先輩……どうしてこんな事に」


 そこに倒れていたのは酔いつぶれて寝ゲロでむせて尚も寝ている、森


先輩の無様な姿がそこにあった。


(続く)

「蒼き神の再誕」 その十一

 風呂の後、ひまつぶしも兼ねて、ゲームコーナー的な場所を探し、見つけた


がよく分からないトランプのゲームの筐体と明らか無理そうなUFOキャッチャー


があるのみで五分程でその場を後にする。


 その後、夕食となり、仲居さんに言い、神馬さんの部屋で全員集合しての食


事となった。旅館の方にもうまく説明したのだろう、ちゃっかりと巫さん分の食事


までこちらに来ている。


「神馬さんはあの巫さんについてはどう考えてるんですか?なんかあっさり今


回の件、オッケーにしましたけれど。なにか理由があったりするとか?」


 なんの理由もなく、この人がこういう面倒臭い席を設けるとは考えにくい。巫


さんの現れたタイミングといい、なんか嫌な感じがする。


「いや、別に今回の件、ぶっちゃけ、もう打つ手がないんでね、少しでもあの神


社に関する情報を聞けたらと、思ってね。もしかしたら発動条件とかあるのかも


しれないし、仮にも数日ここに滞在し、情報を収集したみたいだったから一応


ね。特に深い意味はないよ」


 せっかく珍しく何事もなく終わったのに。やはりこの人も桜沢と同じタイプの人


種なのだろうか。


 そんな事を考えていると部屋をノックする音が部屋に響く。どうやらご登場のよ


うだ。来るは厄災の種かはたまた不思議な縁か。


 現れた巫さんは浴衣姿であのうっとおしいイヤリングは外していた。洋服とか


より、こういう和装の方がこの人は似合うのか割と様になっている。


「いやいや、すんませんねぇ。皆さんが楽しくやってる所へこんな部外者がお


邪魔させてもうて」


「いや、こっちも調査するにしても若干、手詰まり気味だったんでね。あんたが


調べた情報にも興味があったし、渡りに舟ってやつですよ」


「そう言ってもらえると助かるわ」


 社交辞令っぽいやりとりの後、お互い席に着きとりあえず乾杯し楽しい楽し


い夕餉の時間が始まった。


 とは言っても世の中、こちらが思っているように事が運ぶ程甘くはないらしく


巫さんが持っている情報というのは所謂、こちらの欲しっている怪異に関した


情報は少なく、彼女は俺達とは違い、本当に民俗学を学んでいるのだろう。


出てくる情報は至って学問的と言ったらいいのか。蒼神信仰の由来、生まれ


たわけ、信仰が退廃していった経緯果ては現在の海の水質状態からみる、土


地の漁業がダメになった理由と蒼神、そして科学的な見地からの結論と装備


関係まで、要するにこちらの欲しかった情報ではなかったという話だ。


 桜沢と水上は早々に飽き、俺としょうもない話をしながら食事を進めていた。


神馬さんも見た感じは普通に会話しているように見えるが明らか目が死んで


いるのが分かる。しかし、ここまで来てしまったら帰ってとは言い辛い、そうい


う状況だろうか。嬉しそうに語る巫さんを目の前にすれば尚更だ。なんか違う


方向で面倒臭くなったなぁ。森先輩はというとどうも会話を記録しているらしく


一生懸命なにやらパソコンに打ち込んでいる。それは別に構わないのだが森


先輩の周辺に空の瓶ビールが微妙に増えていっている事の方が気がかりだ。


大丈夫かな。


 そんな思いを馳せながら今宵はゆっくり更けていく。


(続く)


「蒼き神の再誕」 その十

「すいません」


 反射的に謝罪の言葉を発すると同時に後づさり、この場から去ろうとする。


「ああっちょっと、待ちぃな。あんたらさっき、学生さんやろ。構へんからこっち


来ぃや。お姉さんとお話しようや」


 元気のいい声と人懐っこい関西弁に引き留められ、俺と水上は視線を交わ


し、しようがないというアイコンタクトをお互いに送り湯船へと歩を進める。


 少々、邪な期待もしたのだが湯は白く濁っているタイプの温泉であるため巫


さんの肝心な部分は全く見えない。どうでもいいと言えばどうでもいいが、残


念じゃないかと聞かれればちょっとがっかり、そんな気分だろうか。


「君達、今、がっかりしたやろ。特にそっちの子、顔に出過ぎ。ついでに言っと


くと一緒におったあの女子、二人共あんたらの事、警戒して、今日はやめとこ


う言うてたから、多分来うへんで」


 だろうな。と思いながら水上の反応を確認するとまるで誰かの訃報でも聞い


たようなショックを受けた表情及びオーラを出しているのが確認出来た。そこま


でガッカリする事なのだろうか。面倒臭いからしばらくほっとこう。


「巫さんもこの旅館に泊まってたんですか」


「まぁね。この辺でまともな旅館ってここしかないから、ある種、逗留先が一緒


になったんは必然と言えるかもね」


「巫さんも『蒼神』に興味が?」


「興味って言うんかな。ただ調べてみる価値はあるかなって程度やけど。調べ


ていくといろいろとね、分かってきてな。まぁその辺は今日の晩飯時にでも……


ああ、そうそう、これは一応、忠告ね。滞在中はなるべくなら常に一定の警戒


の警戒はしといた方がええよ」


 妙な事を言うな。今日、俺達の潜水した場所にやはりなんらかのいわくでも


あるという事だろうか。


「それはどういう……?」


「別に大した意味はないけどね。廃れてる言うても蒼神信仰はここいら一帯で


はまだ根強ぉ残ってる。そやからもしかしたら今日、あんたらがやってたみた


いに余所者が勝手に蒼竜神社を調査する事を快く思わない輩がいるかもしれ


ないって話。私もいろんな場所で調査したりしたからね。知らず、知らずに爆


心地なんて勘弁やろ?そういう意味の忠告や」


 縁起でもない話だ。無事に帰れると思った矢先にそんな話聞かされ、温泉に


つかっているのに何故か寒気のようなものを感じた。


「自分で言うといてあれやけど、一応、用心はしときって話でそんな深刻に考え


んでもええとは思うけどね」


 その後は蒼神とは関係ない話に終始し、俺達は露天風呂を後にした。出る際


に惜しげもなくその裸体を披露してくれた巫さんではあったがどこか俺達の反


応を見て、おもしろがっているという感じだったのが少し、イラついたのと、先程


の忠告が胸の奥で引っかかる感じがして素直に喜べなかった。


 隣にはしばらく湯船から出られなくなった馬鹿もいたがこの緊張感のなさは


頼もしいようであると同時に俺の不安をさらに不安にさせる、そんな気がした。


(続く)

 

「蒼き神の再誕」 その九

 なんだかんたで温泉もいいものだな。なんというか疲れが取れるような気


がする。よく考えたら今日は車でこんな所まで来させられ、おまけに潜水夫


の真似事までさせられたわけだ、疲れていないわけがない。


 温泉の内装は建物の外観とは異なり意外にも普通の旅館レベルの大き


い湯船と小さい湯船が存在するわりとスタンダードなタイプ温泉だ。個人的


にはもう少し種類があったりするとよりいいのだがそこまでは贅沢が過ぎる


か。


「おい、切石、切石」


 俺の目の前には水上が何故か仁王立ちでその表情には珍しく笑みを浮


かべている。しかし、こいつ本当にいい体してるよなぁ。なんとうかさすが戦


闘担当を自負するだけはあり、かなり締まった体つきをしている。俺もそん


なだらしない体をしているわけではないがやはり、こいつと比べると見劣り


する。……俺もなんか運動しようかな。


「なんだよ」


「なごんでいる所、悪いんだけどいいもの見つけたぜ」


 そう言いながら水上は左の方向を親指で指す。その方向に向いてみる


も湯気のせいかよく見えない。


「いいから、来いって。ほら」


 そう言いながら俺に手招きし、俺も渋々、湯船から上がる。


「これ、これ」


 そこには引き戸があった。風呂の入り口とはまた違うようなのでおそら


く露天風呂かなんかだろう。まぁいい物と言えば、いい物だ。


「露天風呂か。いいね。行ってみるか」


「馬鹿。それはプロ野球チップスで言えばポテトチップスに過ぎない。本


命はこれだ」


 またしても決め顔での親指指し。その指先には看板らしきものがあり


温泉効能などが説明されているがこれが何かと言いかけた口をつぐみ


こいつの妙なテンションに少し納得する。そこには『混』『浴』の二文字


が書かれていた。


「水上。浮かれているとこ悪いんだけど、確かに俺も一瞬、テンション上


がったけど多分、森先輩とか来ないと思うぞ」


「そんなの分からないだろうがうっかり、入ってくる事だって充分あり得る」


「どうでもいいけど。トラウマにだけはならない事を祈るよ」


 俺達はその引き戸を開けると露天風呂へ向かう。どうやら少し、距離の


あるタイプらしく一分くらい歩くとまた引き戸があり、どうやらあれが露天風


呂の入り口らしい。今は夏だから問題ないが冬だとこれはきついだろうな


と思う。引き戸は曇りガラスタイプで中を確認する事が出来ない。


「では、いよいよだな」


「いや、なぜそんな緊張感たっぷりな感じなんだよ」


「けどこの向こう側には生まれたままの姿の桜沢さんが……」


「いないから。あとお前、キャラ崩壊し過ぎ、もう少しいつもみたい冷静に


なってくれ」


 森先輩にしてもこいつにしても妙な所でイメージ崩壊ポイントを持って


やがるな。面倒臭い。


 そんな事を思いながら俺は躊躇なく、引き戸を開け中へ入る。立ちこ


める湯気の向こうにはひとつの人影どうやら先客が一人いるようだ。


「やぁ、こないな所で会うとは奇遇やな」


 先程、逗留先を聞いたこの人がここにいるこの状況を偶然とは言わな


いだろう。そんな突っ込みを胸に俺達の視線の先にいたのは先程、分


かれたばかりの巫 静留が静かに湯船につかっていた。


(続く)


「蒼き神の再誕」 その八

 こちらに近づいてくる神馬さんは胡散臭いものを見るような視線をこちらへ


向けている。


「ああっ、すんません。私、大阪の方の大学で民俗学を専攻している者で巫


静留いうもんなんやけどあんたらがなんやおもろそうな事してたんでちょっと


声掛けさしてもろたんですわ」


「で、そんな学生さんが私達に何か用?」


 露骨に面倒臭そうな態度で問いかける。っていうか初対面の相手に対して


その態度はどうだろう。


「いえね、私もここ一週間程、こちらの方に逗留して、その『蒼神』について色


々と調査してるんやけどね、聞いたらどうもあんたらも『蒼神』を調査に来てる


みたいやったからもしよかったらなんやけどお互いの情報交換そして……」


「もう一度、潜るなら自分もご同道したいと?」


「そゆこと」


「別に構わないが情報に関しては多分、あまり目新しいものはないと思うけ


ど。あなた、一週間もここで調査してるんでしょ」


「構へん、構へん。なんやったらこっちの情報の見返りに潜水させてもらう


って事でいいし。それやったらお互い、損ないやろ?」


「あんたがそれでいいなら。私達はこの近くのいすみ旅館に泊まっている


からいつでもどうぞ。では。行くぞ、お前ら」


 そう言いながら神馬さんは巫さんとすれ違い自分たちが乗ってきた車へ


向かって歩き出す。慌てて俺達もその後に続く。


 感じとしては特に興味がなく、どうでもいいといった印象か。まぁ別に俺


達は『蒼神』とかいうものに興味はないわけであくまで現地の霊的現象の


有無の調査の延長線程度に過ぎない。そこまで突っ込まれた話されても


というのが正直なところだろう。ではなぜこの話を神馬さんは了承したの


だろうか。適当な理由でも言って、断ればよかろうに。何か理由でもある


のかな。


 俺達はそのまま車に乗り、旅館に到着、チェックインし、各々の部屋へ


向かう。


 旅館とは言ってもかなり年季の入った感じであり、どちらかと言えば民


宿に近いイメージだ。部屋割りは俺と水上が梅の間、そして桜沢、森先


輩、神馬さんが萩の間と当然と言えば当然の組み合わせで心なしか少


しだけがっかり。全く我ながら何を期待しているんだか。


 飯時まで自由時間と言われ、一時解散となったわけだがこんな辺鄙な


所で自由にしろと言われてもなぁなどとか思いながら水上と共に部屋へ


向かう。


 部屋に荷物を置くと水上に部屋に備え付けの茶をいれてもらい、一息


つく。


「さてと自由時間とは言ったものの、どうするよ」


「そうだな。とりあえず温泉はあるっ言ってたからそれに入ったらゲーム


コーナーの有無を確認するでいいんじゃないか」


 名案というよりはそれ以外なさそうだな。車からのここまでの風景を見


た限り旅館の外に何かあるっていう感じでもなかったし、コンビニすらあ


るかどうかってレベルの街だ。外へ出るのは愚行だろう。面倒臭い話だ。


まぁ読みかけ本を持ってきているので旅先でゆっくりと読書というのも一


興か。


 そんな事を考えながら、俺と水上は風呂へ行く準備をし、部屋を出ると


温泉へと向かった。


(続く)

「蒼き神の再誕」 その七

「では明日の九時にここで……」


 船は港へ戻り、私達は船を降り、神馬さんと蔵森さんは明日の簡単な打ち


合わせのような事を喋っていた。


 正直、まだやるのかよという気持ちもあったがまぁその辺はあきらめている。


とりあえず何も起こらなかった現状を良しとすべきだろう。


 そんな事を考えていると道路側の方向から誰かがこちらに向かって歩いて


くる。どうやら女性のようだ。


「こんな所で何したはるんです?」


 その女はいきなり、しかも俺に話しかけてきた。少し、戸惑った俺を見て


少し苦笑いをしつつ、


「ああっ悪い悪い。いきなり挨拶もなしにびっくりさせてもうたか。いやな


ここに船とか珍しいな思てね。見たところ学生さん?」


 その妙に馴れ馴れしい関西弁の女はショーカットの髪に太め眉毛と端


正顔立ちは古いタイプの美人、個人的な感性で言わせてもらえばおっさ


んとかに好まれそうな容姿でただ右側の耳にだけ付けている短冊のよう


な形状の金色イヤリングが妙にアンバランスに見えた。歳は神馬さんと


同じくらいだろうか。


 しかし、こういう時どう返答すべきだろう。馬鹿正直に怪異の調査をして


ましたとかは言えないし、と逡巡していると


「私達は風羽高校の民俗学研究部で、今日はこの地域に伝わる神『蒼


海の神姫』、通称『蒼神』祀られている言われる『蒼竜神社』の調査を行


っている所なんです」


 森先輩がうまいタイミングで助け船を出してくれた。しかも容姿がこの


中で一番、真面目そうに見える森先輩が言うとなかなか説得力がある。


 なるほどこういう時はあくまで部活のフィールドワークの一部と主張す


るわけか。覚えておこう。


「へぇ、なかなかやるじゃない。でどうやった?なんかおもろいもんとかあ


った?」


 その女は興味津々といった様子で聞いてきた。しかし、この人、何者だ


ろう。口調から考える地元民ではなさそうだが、旅行者?


「いえ、それが寂れた社があった程度で特には……」


「ふーん。そんなもんかね。書物じゃあ結構、大袈裟に書いてあったから


どんなもんかな思てたんやけど」


 その女は残念そうに軽く息をつき、空を見上げる。


「おーし、お前ら、今日泊まる旅館に……あんた誰だ」


(続く)