灰羽紳士による名言・珍言集 -3ページ目

「隣人は死神とダンスを踊る」 その7

 凛という少女とはまた明日、ここへ来るという約束をした後別れ、俺達は再


び帰路についた。


「何よ。似合わないとか、偽善者っぽいとか思ってるんでしょ」


「いや、まだ何も言ってないし」


「けど、私はやっはり困っている人を放っておけない性質っていうか、正義の


味方として……」


 一人で何やら『正義』について語り始めた。適当に聞き流しつつも俺は俺


自身よりもこいつの方がよっぽど監視がいるのではないか、そう感じた。桜


沢よりも達の悪い何でも首を突っ込むタイプしかもバカという特典付きだ。


厄災を平然と持ち込むのはだいたいこういう奴だ。しかし、妙に思う所もあ


るこの女はうちの部のバックにいる組織が派遣した人物だ。組織の規模は


不明だが神馬さんの持っている狙撃銃や遠征費などから考えるとそれな


りの組織と考えていいはずだ。だがそれにしてはそんな組織から派遣され


た人物にしてはこの紙原 エルスという女はあまりにも妙だ。入るべきクラ


スに入り損ねる。周囲の風評に踊らされる。正義の味方気取りの性格。ど


う考えても『そういう』組織の人物には思えない。こいつ、一体……


「ねぇ聞いてるの?なぁ切石」


「ああ、聞いてる聞いてる。分かるよ。その気持ち。多分、それでいいんじゃ


ないか」


 面倒臭いので適当に相づちを打つ。


「でしょう。だから私はどんな時でも自分の正義を貫く覚悟があるって事な


の」

 

 だからといって紙原 エルス=面倒くさい奴という俺の評価が変わる事は


ないが。


「そもそも、私の認識する正義の定義ってのは、おっと」


 横でどうでもいい事を語っていた紙原が急に黙り、立ち止まる。


 俺は立ち止まらずに紙原の方へ視線を向ける。そこには紙原のすぐ手前


になぜかフタのないマンホールが大きな口を開けていた。もしそのまま歩い


ていればそのマンホールの中へ落ちていただろう。ちょっとした危機一髪とい


ったところだ。しかし、なぜ開けっぱなしなのだろう。周囲に工事をしている様


子もない。


「危ないなぁ。もう少しで落ちるところじゃない」


 やや、怒り気味に穴を避け、再びなにもなかったかのようにこちらへ来る。


 たまたまか?


 俺は妙な疑問を感じていたがそのまま再び歩き始める。『偶然だ』と自分に


言い聞かせながら。


「だから、私のいう正義っていうのは一般概念の正義ではなく、あくまで私の


価値観の……」


 再開したこいつとの延々と続くこいつの正義論にいい加減、うんざりしてき


た。っていうかこいつどこまでついてくる気だよ。監視の役目とはいえ限界が


あるだろ実際。まさか、こいつ、近所に住んでるとかじゃないだろうな。


 紙原の喋っている事を適当に聞き流し、俺は早く家へ帰りたいという気持ち


に思考のほとんどを支配させながら、自宅へ至る最後の交差点へ差し掛か


った。ちょうど信号が赤になり、はやる気持ちを抑えながら、横断歩道の前で


待つ。こういう時間というのはやけに長く感じるものだ。自分の隣でワケの分


からない事を喋りまくっている女がいれば尚更だ。そんな事を思っていると目


の前に一台のダンプカーが通りかかる。


 バキッ


 ダンプカーが目の前を通過したと同時に耳に入った何かが折れるような音。


それと同時に耳を貫く、脳を揺さぶるような衝突音。反射的に音の方へ視線


を走らせると紙原の左斜め前のガードレールにおそらく先程のダンプカーの


タイヤがめりこみ、そこにたたずんでいた。ガードレールは冗談みたいな形


に変形し、紙原もさすがに顔を強ばらせていた。当たれば即死コースだ、当


然か。


 落とし主であるダンプカーの姿は周囲にはなく、残されたのはタイヤのみ。


恐らく『偶然』ダンプカーのタイヤのボルトが折れ、現状に至るといったところ


か……はっそんな『偶然』あるものか。これは。


「おい、紙原さん」


「ああっさすがに分かっている、これを偶然と片づける程、私の頭も温くない


さ。まずいな」


 紙原はそう言い放つと軽く下唇を噛んだ。



「隣人は死神とダンスを踊る」 その6

「死んじゃってか……えっとお嬢ちゃん、名前教えてくれるかな」


「凛(りん)」


 少女は震える声で呟くようにそう名乗った。


「凛ちゃんか。可愛い名前ね。私はエルス、よろしくね。凛ちゃんはよくここのお


じさんと遊んでいたの?」


「うん。おじさんも私もひとりぼっちだったの。それでよく一緒にいて、いろいろ遊


んでもらったの」


 このご時世に随分とアブない事するおっさんだな。他意はなかったにしても絵


面的にも倫理的にも問題ありのような気がする。よく近所とかで噂にならなかっ


たものだ。そういう風に考えてしまう俺が下衆なだけかもしれないが。


「それで私にもやっと友達が出来たと思ったのに、これで私はまたひとりぼっち」


 そう言い終わると少女は再び、泣き始めた。世間一般ではそのおっさんは友


達とは呼ばないけどな。


「凛ちゃん、聞いて。確かに死ぬ事は悲しいわ。そうとても悲しいこと。でも死ぬ


っていうのはお別れであっても終わりじゃないの」


 少女は泣きながらも紙原の紙原の目を見、話に耳を傾け始める。


「死とは終わりではなく始まりなの。ちょっと難しいけど、そのおじさんは旅に出


たのよ」


「旅? おじさんはどこへ行ってしまったの?」


「遠くよ。とても遠い所。けど心配いらないわよ。いつか、必ずそのおじさんは帰


ってくる」


「嘘。私、知ってる。死んじゃった人は二度と戻ってこない」


 少女はやや語気を強め、紙原を見据える。しかし、そんな少女の態度にも紙


原は変わらず優しく微笑みかける。


「嘘じゃないわ。私は信じているもの。この世で死んだ者はまたこの世に生まれ


変わるって」


「天国に行くんじゃないの?」


「そう信じる人もいるでしょうね。けど私は違うもし、私の好きな人が死んだとし


ても私とその人には繋がりがある。だからその人が生まれ変わっても必ず会


いに来てくれる、そう信じて疑わないわ。凛ちゃんはどうしたい?」


「私もそう思いたいけど」


「じゃあ信じましょうよ。私がそう信じて疑わないようにあなたも。ただ、待ってい


るというのは辛いわ。だから私が今日からあなたの友達よ」


 やや、ゴリ押しな感じもするがうまくまとめるものだと感心すると共に少し紙原


を見直した。根は優しいというか根本はどっちかと言えば甘ちゃんなのかもしれ


ない。っていうか俺、いらなくね?


「友達……?」


「そう、凛ちゃんと私は今から友達。よろしくね♪」


「うん。ありがとう、お姉ちゃん」


 そう言いながら少女は紙原に静かに抱きつくと肩に顔をうずめ、再び静かに泣


いていた。俺はただそんな二人に声も掛けられず、ただ眺める事しか出来なか


った。

 

「隣人は死神とダンスを踊る」 その5

何の変哲もない住宅街、いつもの通学路。見飽きた風景で特に何も思う事は


なく俺は淡々と歩を進める。ただ、今日はいつもと違い、後ろに妙な追跡者が


いるせいか、やや歩く速度を速めている。とっととと帰りたい、そんな思いがた


だ頭の中でグルグル回っている。


「おい、切石。ちょっと待ってくれない」


「ちっ、なんだよ」


 さっきの発言に若干、イライラしているせいか、思わず舌打ちする。


「あれ」


 振り向くと紙原が自分斜め右を指さしていた。視線をその指先の指している


方向に移すとそこには家の前でうずくまり泣いている女の子の姿があった。小


学生くらいだろうか。


「あれがなんだよ」


「女の子が泣いているだろう」


「ええ、そうですけど」


「お前はバカか。女の子が涙を流していたら、それを拭ってやるのが男の、正


義の味方の努めじゃないか」


 何を言い出すんだいきなり。こいつもしかして俺の想像よりも遥かに頭のお


かしい人なのか。類は友を呼ぶとは言うがこの手の面倒臭い人種は桜沢で間


に合っているのだけどな。あいつでも自分を正義の味方とか言ったりしないぞ。


「正義どうこうっていう話はこの際、置いておくとして、つまり、あそこで泣いてい


る女の子は多分、なんらかの事情で泣いているのだから助けろと?」


「分かってるじゃない。ここで泣いてる女の子をスルーするなんて、正義の味方


の名折れだわ」


 いいよ、別に名折れでも、そんな矜持みたいなもん持ってないし。正義を名乗


った覚えもない。救うのは救われようとする者だけだ。面倒臭いから言わないけ


ど。まぁ泣いてる女の子の泣いてる事情を聞くくらいは別にやぶさかでもないし


な。


「OKOK。分かったよ。けど声はあんたがかけてくれないか」


「なぜ?」


「いや、よく考えたら、泣いてる女児で話しかけている男性っていうのは、その絵


的にほらいろいろまずいだろ。だから頼むよ正義の味方さん」


 ちょっと正義の味方を強調するように話す。別に挑発する気はないが関わりた


くないっていうのが正直なところか。


「なんか棘のある言い方するわね。そんな世間の目を気にして正義の味方が務


まると思っているの?」


 いや、だから正義の味方じゃないっつーの。この女、えらくこだわるな。


 そう言いながら、紙原はその女の子に近づくと目のでしゃがみ、視線を同じ位


置くらいにし、やさしい口調で話しかける。


「お嬢ちゃんどうしたの? なぜ泣いているの?」


 その女の子は泣きじゃくった顔を上げ、紙原と視線を合わせる。


「おねえちゃん、誰?」


「お姉ちゃんは正義の味方だよ。君みたいな泣いてる子をみたら放っておけな


くて、何かあったのかな?」


「ここの家の仲良しだったおじさんがね、死んじゃったの」


 声を震わせながら、そう呟いたその女の子は再び泣き始めた。てっきりもっ


と軽い話、せいぜい何か悪いことでもして家の外に出されたのかと予想してい


たのだが突如、女の子の口から出た『死』という単語これから始まる厄介事を


想像させるには十分な凶兆を孕んでいるように俺は思った。


(続く)



「隣人は死神とダンスを踊る」 その4

「俺らってそんなに評判悪いのか」


「悪いなんてものじゃないわよ。学校きっての奇人、変人が集まって奇妙な場


所でワケ分からない事してるって。あんたら、今まで一体どんな活動してたの


よ。転校早々、クラスから浮くところだったじゃない」


 奇人、変人の集まりって、確かに桜沢はそうかもしれないけど他の三人(俺も


含む)はそこまでひどくないだろ。心外だ。


「けど、あんたは任務とやらのためにはその『奇人、変人』共の仲間にならない


といけないってわけだ。ご愁傷様……俺の評判ってそんなに酷い?」


 俺は自嘲気味に笑いながら真顔に戻し、紙原へ思わず質問する。仲間が奇


人、変人呼ばわりされるのはもちろん気分が悪いがそれ以上に部活では一番


の常識人と思っていたのに俺まで奇人、変人にカテゴライズされているとかな


んか納得いかない。


「うん。えーっとね、あんたら個人評判も大概、酷かったよ。まず奇人、変人達


のボスであり、事ある事に奇行とイタい発言を繰り返し、挙げ句の果てにダブっ


た桜沢 潤」


 それに関しては別に反論はない。活動上仕方がなかった部分もあっただろう


から多少の誤解もあるだろうが俺から見てもあいつの行動はややアグレッシブ


過ぎる所があるからなぁ。贔屓目に見てもそうなのだから冷静な第三者から見


ればそう思われてしまうのもまぁ得心がいく。


「でその側近で桜沢と仲がよく、近所でよくゲロを吐いている所を目撃され、放


課後は高確率でゲロを吐いている通称リバース(吐瀉女)こと森 要この人はあ


れね、いじめられている人と仲良くしてしまって、一緒にいじめられてしまうって


いうパターンね」


 なんで森先輩には二つ名が付いてるんだよ。あの人はあれさえなければ本


当に言う事ないのになぁ。人間関係といい、色々残念な人だ。


「で、元広域指定暴力団『黒縄組』最年少幹部候補生にして喧嘩は無敗、殺


人すらもクリアしているという噂まである凶人 水上 冬馬」


 今度は都市伝説っぽくなったな。俺が中学の時もあまりいい噂は聞かなか


ったがここまでひどくなかったような気がするし、付き合った感じではそこま


で危険な人物にも思えない。おそららく噂に尾ひれがついた結果だろう。現


代の日本でそうそう人なんか殺せるかっつーの。


「そして期待のルーキーにして時間があれば図書室の片隅で本を読んで


いる住所は図書室、登校する引き籠もりこと切石 クロエ」


「ちょっと待てよ。俺ってそんなイメージなのか? もうちょっとマシだと思っ


てたんだけど」


「あんた自己評価高すぎだって、うちのクラスでのあんたのイメージは平


たく言えば『キモい』よ」


割と本気で傷つき、思わずその場でうずくまる。


「ごめん、ごめん。言い過ぎた。大丈夫だって生きてりゃいいことあるよ、多


分」


「慰め方が雑……」


「うっさいわね。調子に乗るな!さっさと歩いてよ」


「へいへい」


 渋々、立ち上がり再び歩き始める。紙原はなぜか微妙に距離を置いて付


いてくる。


「えーとすいません、紙原さん」


「何?」


「それは一応、尾行のつもりですか?」


「いや、一緒に帰って、妙な噂が立ったら嫌だから。もうちょっと距離開けよ


うかしら」


 いや、お前から接近しといてなんで俺がそんな事、言われなきゃいけない


んだよ。っていうか学校での風評、気にしすぎだろ。何しに来たんだよ、お前


は。


(続く)


 

「隣人は死神とダンスを踊る」 その3

結果からうちの部の新入部員になる予定だった紙原 エルスはソフトボール


部に仮入部していた。水上からの報告から森先輩の目撃情報が事実だった


事が確定し、桜沢はかなりガッカリしていた。ちょっと可哀想にも思えたが俺


からしたら監視者が入ってこない事はむしろ幸いだ。このままソフトボール部


エースにでもなってくれと切に願う。


 部活を終え、俺は夕方の日射しから目を逸らしつつ、校門前の階段を降りる。


いつもならば水上と一緒に帰る事も多いのだが今日は道場に寄ってくとかで


先に帰っているため、一人での帰路につく。いい歳した高校生が別にひとりで


帰るのが寂しいとかそういうわけではなく。むしろ一人の方が気楽だって思うく


らいの性格なのだが今日に限って言えば水上に一緒にいて欲しかったなと心


の仲で呟きつつ、目の前で手すりに腰掛けながら携帯電話をいじる紙原 エ


ルスを軽く睨みつけた。


「お、やっと来たか。えっと切石 クロエ君だったかな」


 華麗にスルー出来ないかなっと思ったがそれは無理があったか。


「あー誰かと思えば今、学校で話題を独占中の転校生、紙原 エルスさんじゃ


ないですか」


「ちっ白々しい。まぁいいわ。一緒に帰りませんか」


 満面の……作り笑顔だ。素人の俺にも分かる。ちょっと苦笑いになってるし


っていうかそんなに嫌かよ、俺と帰るの。俺も嫌だけど。


「謹んでお断りいたします」


 俺はそう言うと紙原を無視し、急ぎ足気味に再び帰路につく。


「ちょっ、ちょっと待ってよ。普通、女子にこう言われて、そんな無下に断る?


普通ならもっとこう、戸惑うとかあるじゃない?」


「あんたが俺の監視者じゃなければな。場合によっては殺される可能性のあ


る相手と仲良くとか普通に無理だろ」


「それは『最悪』の場合でしょ?そりゃあ万が一、暴走とかされてたらこっちも


無抵抗ってわけにはいかないし、それでも捕縛が優先よ。私らはあくまで経


過と結果が知りたいわけで特別あんたをどうしようっわけじゃあないわよ」


「どうだか。暴走しました、やむを得ず殺しましたって報告しちまえばなんと


でも言い訳がたつだろ」


「うわっひどっ。普通そこまで考える? 思ってた以上に性格歪んでるね。さっ


きも言ったけど、『観察』が最優先だからいきなり殺したりしないって、ね」


 紙原はそう言いながら後ろからついてくる。監視スタートってわけか。考え


れば遅すぎるくらいか。


「そういえば、あんた、俺を監視するなら民俗学研究部に入らなきゃいけな


かったんじゃないのか。なぜソフトボール部に?」


「そう、それなんだけどあんた達今までどんな活動してたのよ」


 なぜかちょっと怒っているっぽいのか、語気を強める。なんだ?


「私だって馬鹿じゃない。当然、部もあんたんとこの部活に入ろうと思って


いた」


「じゃあ、なぜ……」


「クラスの子達に『民俗学研究部に入ろうと思っているの』って言ったら」


「言ったら?」


「クラスのみんなにドン引きされた」


「……」


「それでなぜか、散々引き留められた挙げ句、ソフトボール部に誘われ


て、現在に至るってわけ。少なくともうちのクラスではあんたらの評判最悪


でしたよ」


 なぜだろう、今、俺、ちょっと泣きそう。俺らってそんな評判悪かったのか。


曲がりなりにも人助けが活動目的の部活だ。評判もそれなりかなっと思っ


ていたのはどうやら俺の思い込みらしく、少なくとも特進クラスでは引かれ


る程度の評価らしい。



「隣人は死神とダンスを踊る」 その2

 午後となり夏期講習を終え、いつものように部室へと向かう。あいつの言うよ


うに俺を監視するのであれば当然ながらうちの部に入ってくるだろう。ただでさ


え厄介な活動内容なのにさらに監視付きとはますます気分が重くなる。


 そんな事を考えながらとりあえず、部室の鍵を開け、中へ入る。


 ほどなくして、全員が集合したが特に案件もないようでいつもの水上が作っ


た料理をつまみながらの談笑というある意味うちの部のいつもの部室風景と


なった。まぁ先週に例の『神憑き』の事件があったばかりなのだから、そうポン


ポンと事件が起きてはこっちの身が保たないっというか主に俺の身が。現に


先週の件でマジで死にかけているのだから笑えない。


 とは言え、夏期講習が終わってかなり経つが新入部員の話とか紙原自身


が一向に現れないというのはどういう事だろうか。特進のクラスとはいえ、さ


すがにもう終わっているはずだが。


「なぁ、例の転校生について何か知ってるか? 」


 俺はそれとなく水上に聞いてみる。水上は別に情報通でも友達が多いわけ


でもないのでおそらくはあまり知らないだろうが会話のとっかかりとして口にし


てみる。


「ん? ああ……例の8組の。俺も転校してきたのは知ってるが詳しくは知らな


いな。時期的に少し、妙だなと思ったくらいだが、そいつか゜どうした」


「いや、別になんでもないんだけど何か知ってるかと思って」


「ふっふっ、君たちは一体、何を言っているのかね」


 俺達の会話を聞いていたのか、急に桜沢が会話に参加してきた。どうやら


何か知っているらしい。そういえばこいつは神馬さんと仲がいいのだからそう


いう情報を聞かされていてもおかしくないか。どの程度まで知っているのだろ


うか。意味深な態度とちょっとドヤ顔なのがイラつく。


「我が部の新しい仲間だよ。昨日、神馬さんから連絡あって、『新入部員が入


るかもしれないからよろしく』ってね」


 そんだけかよ。もっとなんかあるだろ。どうやら監視者であることは伏せられ


ているらしい。というか先週の件、そのものが当事者の俺と神馬さんしか知ら


ないのだから当然と言えば当然か。


「しかし、もう結構時間が経ってるっすけど。ここを知らないとか、捜して来ま


しょうか」


 水上がおもむろに立ち上がりながら提案する。俺としてはこのまま来てくれ


ない方がいいのだが。


「確かにじゃあ、ちょっと頼めるかしら」


「了解」


 そう言いながら部室から出ようとする。


「ねぇ、桜沢君、その子の容姿って知ってる?」


 右斜め向かいに座っている森先輩がノートパソコンの画面から視線を逸ら


さず、こちらに喋り掛けてきた。水上も声に反応して、振り向き動きを止める。


どうやら、紙原の容姿を知らずに捜そうとしていたらしい。


「ええっまぁ」


「背は高い?あなたよりもちょっと高いかも」


「はい、確か、そんくらいです」


「髪は女子にしては短め」


「ええっ」


「顔は宝塚っぽい?」


「そうです、そうですってなぜ森先輩が?」


「いえ、見慣れない子がソフトボール部の子とランニングしていたからまさ


かと思って」


 妙な沈黙が流れる。


「あっ俺、一応ソフトボール部に確認してきます。もしかしたら人違いかも


しれないっすし」


「そうね。一応、頼むわ」


 水上が部室を後にし、桜沢はコップに入った烏龍茶を一気に飲み、ため


息をひとつつくとこちらに視線を寄越す。


「なんでソフトボールなのよ……」


 久々の女子の新入部員を楽しみしていたのだろう。かなりガッカリしてい


る。っていうか、俺を監視する奴が俺と違うクラスで違う部活ってどうやって


監視する気だろうか。


「隣人は死神とダンスを踊る」 その1

 夏休みも半分が過ぎ、暑さばかりが日ごとに増し、既に夏休みのありがた


みも最早、虚空の彼方に消え去り、ただただ無為に日々を過ごす。やや、終


わりが見えてきた夏休みに怯えを覚え始め、妙な不安が胸の回りを漂う感じ


はなんとなく不快だ。


 そんな俺だが今、学校で授業を受けている。所謂、夏期講習というヤツだ。


無意味にただ時を浪費するくらいなら建設的だと思う人もいるだろうが、俺は


それだったら自宅でクーラーの中、甲子園でも見ながら、惰眠を貪る。そん


な事を考えながら、とりあえず黒板に書かれている文字をノートに書き写す。


「おお、そう言えば、切石、聞いたか?例の8組の転校生の話」


 休み時間に数少ない友人、牧野 涼とどうでもいい話をしていた際、突然そ


んな話題を切り出した。


「転校生? こんな時期に。普通は二学期からとかじゃないのか。よく知らな


いけど」


 とは言ってみたものの、おそらくはその正体は先週、俺を監視するとか言


ていたあの妙な二人組の片割れ、紙原 エルスの事だろう。しかし、本当に


監視するなら同じクラスにすべきだと思うがでかいバックがついてるとか言


っていたがそこまでは無理だったのだろうか。しかし、8組っていうのがまた


分からないあそこは所謂、特進コースというエリートコースだ基本、うちとは


入試の時点から別であり、同じ高校であっても似て非なるクラスだ。なぜそ


っちに編入したのだろうか。


「でねどんな感じの女だった?」


「俺も遠目でしか見てないけどな。あれはなかなか難しいぞ。多分、いい方


なんだがな、中性的でかわいいって言うよりは格好いいって印象の子だっ


たよ。っとほら噂をすればなんとやら。ほら、今教室の外にいる、あの子だよ」


 牧野の視線の先にこちらも視界を合わせると、見慣れない女子が一人、戸


にもたれかかりながらこちらを見ている。確かに牧野の言うとおり女子にして


は短めの髪にスレンダーな体型はどことなくボーイッシュなイメージを覚える。


 へぇ、前に会ったときフードを深くかぶっていたせいでよく見えなかったがああ


いう顔をしているのか。なぜかこちらに手招きしているように見えるが……


「おい、なんかこっちに向かって手招きしてるぞ。俺? 違う?」


 なぜか牧田が廊下にいる紙原と身振り、手振りで会話している。


「えっこいつ? マジかよ。おい、色男ご指名だぞ」


 牧田はそう言いながらオーバーなリアクションで俺の肩を叩く。なんでちょっ


とおもしろがってるんだよなどと思いながら、俺はしぶしぶ立ち上がり、廊下に


いる紙原の方へ行く。


「なんか用か。転校生」


「うむ、ここだけの話なのだが謎の転校生、紙原エルスは君を監視するために


ある組織から送られてきたエージェントなのよ」


「いや、真顔でそんな事言われても大体分かるよ。タイミング的にそれしか考え


られないだろう」


「しかし、それに当たってひとつ問題が発生した」


「問題?」


「ええ。本来はお前を監視するだからあなたと同じクラスに転校する手はず


になっていたの」


 普通に考えればそうだろう。学年は一緒でもほとんど接点を持たない8組で


は校内での監視はほとんど不可能に思える。


「なのに、ああっ……才能に溢れすぎた己がこれほど憎く思ったことはないわ」


 何言ってるんだこいつ。


「編入試験でオール百点を取ってしまい、しかもその中にここの教師が半分


冗談で入れた超難問が入っていたらしくて勢い余ってそれまで解いてしまった


私は本来あなたのクラスに編入するはずだったはずがエリートクラスである8


組の担任にヘッドハンティングされたわけ」


「ああ、それはよかったですね。じゃあ」


 棒読み気味のセリフと共に教室に戻ろうときびすを返すといきなり袖を掴まれ


る。


「待って、このままでは校内にいる時間、お前を監視する事が出来ない……ど


うしよう」


「いや、俺にどうしろとって言うかなんで俺に相談するんだよ」


「しかし、この学校で知り合いはお前しかいなかったのでとりあえずと思って」


「いや、知り合いじゃないから。むしろ敵だからね」


 どうやら、目の前に現れた監視者はかなりのバカらしい。面倒臭い奴がまた


増えた、そう思いながら俺は廊下の窓から雲一つない青空を見上げ、ため息


を一つついた。





「蒼き神の再誕」 その十九

「で、話の続きだが」


 黒峰は俺のリアクションを全く無視し、話を元に戻す。


「もう一つの選択肢だが、今まで通りの生活を送りながら我々に監視される


だが正直面倒臭いし、出来れば選んで欲しくないなぁ」


 本人目の前にして言いたい放題だなこの人。


「すまんな、切石。色々、説得はしてみたんだが」


 そう沈んだ面もちで呟いた黒峰の方を見つめる神馬さんのその横顔は黒峰


を睨んでいるように見えた。


「で、普通に考えれば多分、後者を選ぶんだろうけど、どうする?」


「他に選択肢は? 」


「二つって言っただろうが。バカか君は。『死ぬ』の選択肢も加えて欲しいか。


こっちとしてはそれが最良だ」


 いちいち物言いがむかつくな。まぁいいか。そうまで言われれば普通に生


活出来て、監視が付くだけの後者に決まっている。お前が面倒臭いとか知


るか。っていうかバックの組織ってなんだよ、全く。確かに普通に考えればこ


んな部活なんらかのバックボーンがなければ成立しないよなぁ部費とか事後


処理とか俺、なんかとんでもない事に巻き込まれたような……今さらか。


「じゃあ普通に生活しながら監視でお願いします」


「うん、当然の選択か。じゃあエルス、あとは頼んだぞ。監視の開始はそうだ


な君のとこの学校は確か、来週の夏期講習が始まるな。そこからにするか。


ではその時に。私はこれから蒼神を追う」


「了解しました」


 今日初めて発言したそのエルスという女の声はどこか澄んだような美しい


声だった。


「では、そろそろ」


 そう言うと黒峰と紙原はきびすを返し、国道のある方向へ去っていった。


「おーい、神馬さん、切石!こっち来てよ おもしろいモノがあるの 」


 海の方から桜沢達の声が聞こえる。


「行こうか」


 俺の肩に手を置き、珍しく優しく微笑みかける。


「しかし……」


「気持ちは分かる、でもせっかくの夏休みだ、私達のせいで皆が気まずくな


っちまうのもあれだろ? それに」


「それに」


「大丈夫だ。あんたらは必ず護るから」


 正直、説得力のあまり感じさせない発言だとは思ったが今の心情的には


どこか頼ってしまいそうな、そんな気持ちがあった。


「一応はその気持ち、受け取っておきますよ」


「ガキが生意気に」


 そう言いながらも神馬さんはどこか嬉しそうに見えた。


 確かにせっかくの夏休みだ。色々、厄介事がこれから待ち受けているだろ


うが今はしばし、忘れよう。そう、心に決めた。


(終)



「蒼き神の再誕」 その十八

 そこには妙な場違いな格好をした人物が二人立っていた。一人はこのクソ


暑い炎天下に黒いスーツにかっちりとネクタイまで締めにも関わらず全く暑


そうな素振りも見せず笑顔で眼鏡を掛けたサラリーマンっぽい男とこれまた


男の方と同じくこの真夏になぜか修道服、しかもご丁寧に深々とフードまで


被っているため表情や顔はこちらからはうかがい知る事は出来ない。体の


形から察する女性だろうか。


「着いたか。随分、早かったな。もうちょっと掛かると思っていたが」


「いえいえ、『たまたま』別件で近くに来てましてね。ああ、この子ですか例


の」


「誰ですか? この人達」


「そっちのリーマンもどきの方がうちの部のOBの黒峰 樹、そして隣にいる


方はその弟子……でいいのかな、紙原 エルスだ」


「以後お見知り置きを」


 作ったような笑顔で黒峰という男は微笑む。印象としては妙に違和感があ


る。説明しにくいが多分、サラリーマンではないのではとなんとなくそんな気


がした。


「で、いきなりあれですけどさっきの」


「ああ、あれね。君はこの『民俗学研究会』をやめる事が出来ないって意味」


 相変わらずの笑顔、そしてまるでおもしろそうな語調に少しイラッとくる。


「どういう意味ですか」


「さて、どこから話してよいのやら、いや、どこまで話していいんだいツッキ


ー?」


「おい、次その名で呼んだら殴るぞ、糞眼鏡」


 一瞬で空気が凍る。しかし、神馬さんを『ツッキー』呼ばわりするこの男、神


馬さんとどういう関係なんだろう。少し気にはなるがまぁ現時点では自分の今


境遇の方が心配だ。


「まぁいいや。簡単に言うとだ君はうちの部のバックの組織から保護観察指定


となったわけだが、組織についてはなんだよと思うかも知れないが今は気にす


るな。で君に与えられた選択肢は二つだ。一、今から我々に連れられて某所に


て数年間の監禁生活を受ける。なーに響き悪いが三食、おやつ付き、冷暖房


パソコン完備っつー実に快適な生活が約束される。私としてもそっちの方が


手間が掛からなくていいし、後の憂いもないのでぜひこちらを選んで欲しいっ


ていうか本当はこっち一択だったんだけどねぇ」


 やれやれといった感じ、わざとらしく額に指を当て首を軽く左右に振る。何を


勝手なことをベラベラと。


「ちょっと待ってください」


「ん?なんだ、まだ話の途中なのだが……まーいいか。で何か?」


「組織の話は百歩譲って、とりあえず置いておくとして、その保護観察指定に


なった原因ってやっぱり今回の件が原因ですか」


「そりゃあ、それしかないだろう。確かに今回の『蒼神』復活の件は君には気


の毒だとは思うがね。復活した蒼神の追跡、及び捕獲はもちろん、一瞬とは


いえ、神をその身に宿した君も観察対象となるのはむしろ当たり前だろう。な


にしろ文献以外ではほとんど例を見ない現象だからね」


 一瞬の目眩と共に「今日は厄日だ……」


 おそらく今までの人生の中で一番、自然にその言葉を口にした。


「蒼き神の再誕」 その十七

 真夏の日射し、周囲から聞こえる楽しそうな声の数々、少し独特だけど嫌い


じゃない潮の香りそして肌を撫でる心地よい潮風。ただ、今の俺はそんな夏の


情景をただ眺め、ぼーっとしている。


 さっきまで楽しそうにビーチバレーをしていた桜沢達は今、飲み物を買いに


行っている。どう補正をかけても、豊かとは言えないスタイルを気にする桜沢


を見られただけでも今回の件は価値があるようにも考えられるがやはり、そ


んな感情もどこか上滑り気味に感じ、どうも落ち着きが悪い。


「本当にすまなかったな」


 横で煙草をくわえ、すぐ横に座っている神馬さんが一言、声を掛けてきた。


 あの後、俺は気絶していた、船員を叩き起こし、港へと船を向かわせ、とり


あえず事なきを得た。港には余程、慌てて来たのだろう、汗まみれで浴衣姿


の神馬が今まで見たことのない、安堵の表情を浮かべていたのはある意味


その日、一番の衝撃だった。てっきりいつもの余裕の態度で来ると思ったの


だが。しかし、よく考えるとそれは今回の件は神馬さんの予想の範囲外の出


来事で本当に危なかった事を意味するのだとすれば改めてあの蒼き神とや


らが本当にいなかったらと思うと恐ろしく思う。


 事の顛末を説明し、その後旅館に戻り、今に至るというわけだが。この件は


とりあえずみんなには秘密という事だそうだ。言うなら言うで構わないとも神


馬さんは言っていた。今回の件は落ち度はすべて自分にあるから、だそえだ


が別に言う必要もないため、今のところはまだ今回は『珍しく』何もなかった


事になっている。


 巫(厳密にはの皮を被った別の何かだが)は港に着いた後、忽然と姿を消し


行方はようとして知れない。旅館の部屋には彼女の荷物はそのまま残されて


おり、旅館の人も困っている様子だったがどうなるんだろうな、あの後。


「俺、この部活、やめようと思います」


 なぜだろう自分でも驚くくらい自然に口に出せた。あの後、自室でぼんやり


と考えていたのだが今回の件でもう潮時だなと感じた。確かに部活の仲間は


いい人ばかりだし、何よりこいつらといると楽しい。あの図書室の片隅で漫然


と過ごしていた時にはなかった刺激的な日々は確かに『生』を実感させてくれ


る。そして多分、俺は桜沢の事が好きなのだろうだから今まで危険な目にあ


っても退部しなかった。あいつのそばにいたかったから。けど今回の件で心


の何かが折れたのだろう。恋愛の感情より死の恐怖が勝ったのかもしれな


い。とにかくこれ以上は無理だ。


「そうか……」


 あっさりとそう呟くと溜息と同時に紫煙を辺りにくゆらせる。


「意外ですね。止めないんですか? 」


「止めて欲しいのか? 」


「いや、そういうわけでは……」


「まぁ普通あんな目に遭ったらね……でもそれでも普通なら引き留めるかな。


お前は人材としては申し分ないし、何よりお前がいないと誰かさんが寂しがる」


 妙な言い回しだ。引き留めるための駆け引きか?


「引き留めないのはね、引き留める意味がないからだ」


 どういう意味だ、それだけ俺の意思が固いという事だろうか、それとも……


「それはどういう」


「そこから先は私が説明した方がよさそうですね」


 背後からいきなり発せられた知らない声に俺は驚きと同時に声の方向へ振


り向いていた