藤真利子というとまず女優として著名だが、往年の女優にちなんだペンネーム・微美杏里名義にて他者に詞の提供(自作アルバムでは作曲も含む)までしており、5年程度で終了してしまったとはいえその音楽活動も無視できないだろう。オリジナルアルバムは5枚リリースしているが、セカンドアルバム「浪漫幻夢」(1981)から作詞作曲を手がけるようになっていてサードアルバム「狂躁曲」(1982)ともども作詞作曲アレンジが気になる顔ぶれではあるが、いまのところ未聴である。たぶん深い意味もなくただ安かったからたまたま手に取ったという程度だったかと思うが^^;、フレンチポップス趣味を前面に押し出した2枚のアルバム「アブラカダブラ」(1983)・「ガラスの植物園」(1984)を1枚のCDに収めたものが30代半ばごろセルジュ・ゲンスブールやフランソワーズ・アルディを愛好した自分にとって親近感をおぼえる内容だった。女優としての藤のイメージとはちょっとズレると思うのだが、いかにもフレンチロリータという雰囲気の歌声だけに、まさにお誂え向きといえよう。
藤は以前取り上げたジェーン・バーキンのカバー曲なども含む「CRYPTOGRAPH〜愛の暗号」(1984)の小林麻美と近い世代(2歳違い)だが、共通の友人である松任谷由実の影響も無視できないようだ。藤の微美杏里というペンネームも、同様に女優にちなんだ呉田軽穂という別名を持つ松任谷に相談した結果の命名というが、松任谷が呉田名義を含め藤のアルバムに作品を提供しているのはセカンドアルバムまでで、後期のアルバムでは表に出てこないようだ。また、藤は自作アルバムでは作曲も手がけていると先に書いたが、作曲についてはサードアルバムまでで「アブラカダブラ」「ガラスの植物園」では作詞に専念している。とはいえ、全曲自分で手がけているだけにみずからの趣味でアルバムを作り上げようという意欲はさらに高まっていたのだろう。
前者「アブラカダブラ」において驚くべきは作曲編曲の顔ぶれで、坂本龍一・細野晴臣というYMOコンビ(残る高橋幸宏はサードアルバムでは参加しているがこのアルバムでは不参加)にムーンライダーズの鈴木慶一と白井良明、沢田研二にオフコースの松尾一彦が居並ぶ。このうち白井がアレンジのみを全曲手がけている。白井がほぼ全曲のアレンジを手がけた沢田のアルバム「MIS CAST」(1982)とはリリースが半年程度違うだけだし、ほかのメンバーをみてもメカニカルな印象が先に立ってしまうが、藤の意向かそういったサウンドが過剰になっている感はなく心地よい域に収まっていると思う。
神秘的な短い「Prologue」につづく松尾作曲「ひとりぼっちにしないで」でまず驚かされるのは、いかにもアルディの代表曲「さよならを教えて」を思い出させるメロディになっていることである。クラシック的な比喩で言えば「ベートーヴェンの合唱とブラームスの第一交響曲くらい」似ている^^; おそらくこれは藤のリクエストによるのではないかと思う。続く「紅茶の午后」は先行シングル曲。これも「さよならを教えて」のように具体的な曲は思い浮かばないが、サビなどアルディの曲に出てきそうな雰囲気だ。メランコリックな佳曲。ちなみにキリンの「午後の紅茶」は1986年からの販売なので無関係^^;
4曲目「うわきなパラダイス急行」は、そのままゲンスブール作曲のフランス・ギャル「娘たちにかまわないで」のメロディに詞をつけたもの。内容はゲンスブールの詞とは無関係のようだが^^;、サビの仏語「Laisse tomber les filles」はそのまま活かされていて、いかにもアルバムタイトルを想起させる呪文のように聞こえる。次の「哀しきマリオネット」は打楽器(?)の刻み方がインパクト大で耳をそばだてる。LPでいうA面最後は坂本作曲の「上海・夢の港町」だが、フレンチポップスっぽさこそ弱まっているものの美しさを前面に押し出した印象の素敵な曲だ。
LPでいうB面最初の曲「天使と魔法」は後でシングルカットされるが、アルバムの販促のためなのか「アブラカダブラ〜天使と魔法〜」というアルバムタイトルを前面に押し出したものに改題されている^^; しかし、「Prologue」でも出てきたフレーズが使われており、アルバム主題を想起させる内容であるとはいえる。この「天使と魔法」もやや快活さが現れてきた曲ではあるが、次の「モナリザの伝説」がよりアグレッシブなもので、サビがいかにも作曲者である沢田の曲を思い出させる。
B面3曲目「セピアの恋人」はイントロのストリングスに間奏の管楽の使い方などクラシック音楽っぽい雰囲気を漂わせており白井のアレンジとしては異色なものに感じるが、これは藤の意向によるものか。次の「YAI YAI YAI」はフランス語のフレーズも出てくるが、フレンチポップスっぽさはあまり感じない。これも「モナリザの伝説」ほどではないが作曲者である沢田の曲を聴くようだ。実質最後の曲となる「SO LONG」は、A面と相似を図るかのように坂本作曲の翳りを感じる曲。中盤以降は全般的にフレンチポップスらしい要素が弱まってきている印象だが、「Prologue」と同じメロディを違うアレンジで長いものにした「Épilogue」を最後に置いて、統一感を図りながら結ぶ。