「ドラマティック・レイン」(1982)の成功に味をしめたのか、稲垣潤一のシングル曲はそれから「エスケイプ」、「夏のクラクション」(ともに1983)と筒美京平作品が続く。このうち特に「夏のクラクション」は夏の終わりになるとあたかも風物詩であるかのようにラジオ等から流れてくるような記憶に残る曲となったが、リリース当時の売上枚数としてはどちらも「ドラマティック・レイン」には及ばないものとなった。そして、次のシングル曲はというと、CMタイアップが決まったためもあったが、最新アルバムからではないシングルカットによる「ロング・バージョン」(1983)という不可解なリリース状況となっている。このあと稲垣はレコード会社を移籍しているので、そのあたりのゴタゴタが影響した結果というのもあるのかもしれない。しかし、当時の売上枚数にもかかわらず、「ロング・バージョン」もまた稲垣初期の名曲として長く認知されるものとなったのはさすがであろう。

 

そんな次第で東芝EMIからのリリースとしては最後のアルバムにあたる「J.I.」(1983)だが、作詞における売野雅勇・作曲における林哲司というビッグネームの参入が目を惹くものだ。秋元康・湯川れい子・松尾一彦・安部恭弘・井上鑑といった前作アルバムまでのメンバーも継続して参画し、次作アルバム「Parsonally」(1984)ともども新旧併存という趣きを感じさせる。このあたりの多彩さが好ましい刺激となったのか、個人的には前作アルバム「Shylights」(1983)よりもこちらの「J.I.」の方が出来がいいように感じる。もっとも、ランキング上では「Shylights」が1983年度14位に対して「J.I.」が19位だそうだ^^;

 

冒頭「MARIA」は売野・林という新規参入コンビによる曲で、イントロから清新さを感じさせる。軽やかなスタートだ。対して、続く「夏の行方」は秋元・松尾というファーストアルバムからの顔ぶれによる曲だが、こちらもしみじみとした味わいで捨てがたい魅力がある。次の曲が「夏のクラクション」で、こちらは売野・筒美コンビだが、この2曲は舞台が夏の終わりで曲調も近いものがあるので、同じテーマでの競作を意図したものなのかと感じさせるところがある。

 

4曲目「男と女」は前出シングル「エスケイプ」のカップリング曲。曲は引き続き筒美だが、詞は秋元の手になる。「ドラマティック・レイン」と同じ組み合わせだけに、当初はこちらをA面にするつもりだったのだがインパクトの弱い曲調なので逆に変わったのか?と邪推したくなる^^; LPでいうA面最後の曲は「Everyday's Valentine―想い焦がれて―」。「ロング・バージョン」と同じ湯川・安部コンビによる曲で、いかにもボサアベという雰囲気のしっとりと聴かせるものだ。

 

前作アルバム同様、このアルバムのアレンジはほぼ全曲井上が手がけているが、LPでいうB面冒頭「蒼い雨」のみ松尾と清水仁・大間仁世(大間ジローの本名)という、小田和正抜きのオフコース担当だ。といってもアップテンポな曲調で、オフコースの雰囲気を期待すると肩透かしを喰らう^^; 次の「言い出せなくて」は秋元・林コンビによるバラード。調べたかぎりでは特にタイアップ等ないはずだが、これもどこかで耳にしていたように記憶しており、稲垣初期の名曲として受け取られているものだろう。

 

B面3曲目「一人のままで―There's No Shoulder―」は湯川・松尾コンビの曲だが、詞が同じ湯川になる前出「Everyday's Valentine―想い焦がれて―」の雰囲気に近い。次がシングル曲「エスケイプ」で、全般的に静かな曲の多いこのアルバムにおいては「蒼い雨」とともに異質な味わいを感じさせる。筒美への忖度でもはたらいたのか、井上が自身で曲を手がけていないのに詞を書いているというのは珍しい例ではないか。むろん、井上本人のアルバムでみられるような個性的なものではなく、オーソドックスなラブソングという趣きである^^; 最後はアレンジだけでなく作曲も井上が担当し、ファーストアルバム以来の参入であるさがらよしあきが詞を書いている「生まれる前にあなたと…」。静かなピアノによるイントロからギュッと心を摑んでくる、余韻を残すフィナーレである。