「花ぬすびと」(1982)が印象的なシンガーソングライター・明日香(1963〜2013)はヤマハポピュラーソングコンテスト出身者で、この「花ぬすびと」が第23回つま恋本選会にて優秀曲賞を受賞した(ちなみに、グランプリはあみん「待つわ」)。この曲はその後の第13回世界歌謡祭にてグランプリを受賞しているが、シングルレコードとして発売されるほんの半月程度前のことなので、この結果如何にかかわらずレコードデビューは既定路線だったのだろう。「花ぬすびと」は30万枚を売り上げたというヒットになったが、翌年のセカンドシングル「葉書」はパッとしない結果に終わったそうだ。そのためか、この曲はオリジナルアルバム未収録となっている。

 

しかし、ファーストアルバム「おてんばさん」はさらにその1年近く後、1984年の始めにまでずれ込んでいるのが不思議だ。本来販売政策的には「花ぬすびと」の勢いを駆って同時期にアルバムを出したいところだったのだろうが、このアルバムと同じ日のリリースになっているのが4thシングル「卒業白書」で、そこまでは散発的にシングルレコードを発表していただけに留まっていたことになる。そのヒントになりそうなのが作詞者の顔ぶれである。そのメンバーについて調べてみたものの、詳細不明な人ばかりであった。ただ、「花ぬすびと」ほか3曲を手がけたすずきゆみ子が高校時代の同級生であり、1曲書いている菅律子が明日香(本名は菅美奈子)の姉ということらしいので、おそらくは明日香本人のごく身近な人たちで固められているのだろうと推測される。ここでプロの作詞家を起用していればあっさりと曲は仕上がったのだろうが、明日香はそういう作業を拒否して素人同様の相手との曲づくりを優先したということらしく受け取れる。その結果、アルバムを作れるだけの曲が揃ったのがこの時期ということだったのだろう。なお、プロデュースも明日香本人がクレジットされている。タイトルこそ「おてんばさん」だが、内容は「花ぬすびと」を気に入って手に取った人の期待を裏切らない、憂愁を帯びた美しいアルバムだ。

 

クレジットを確認すると、全曲明日香本人が作曲及びベーシックアレンジを手がけたと記載されている。この頃明日香は名古屋音楽大学器楽学科にピアノ専攻として在学していたようなので、ここでいう「ベーシックアレンジ」とはピアノパートということらしく感じられる。別にアレンジャーとして名前の挙がっている人は、まず過半数の曲を手がけているのが鷺巣詩郎で、次いで2曲をヤマハポプコンのディレクターとして知られている平野孝幸が担当している。明日香本人も2曲手がけているが、制作時期の開きからか「花ぬすびと」のみ青木望と飛澤宏元が編曲者として名を連ねている。

 

冒頭の「夜明けの波間」は海岸を想わせる美しいイントロから始まる。ポプコンの先輩・中島みゆきの初期の曲を思い出させるが、鷺巣のアレンジはこの時期っぽいものだ。いっぽう、続く「雨の中のヒロイン」はやはりポプコンの先輩だが、谷山浩子の曲のようだ。ともにメランコリックで、自分好みなタイプだ^^;

 

3曲目がデビュー曲「花ぬすびと」で、この曲とサードシングル曲「ブルー ララバイ」には「新録音」との記載がある。未確認だが、おそらくアレンジ自体は変わらないもののシングルレコード用の録音ではなくアルバム録音のメンバーで演奏したものということだろう。やはり明日香本人の個性を聴くという点ではこの曲がベストだろう。前半の独特な静けさと後半の盛り上がりの対照ぶりが耳につくものである。

 

4曲目「中国街夢幻―チャイナタウン・ファンタジー―」はふたたび中島みゆきっぽいメロディだが、あっけらかんとした感覚でホッとひと息つける。LPでいうA面最後の曲はサードシングル曲「ブルー ララバイ」。冒頭や間奏のハープが美しい(演奏は山川恵子)。明日香の歌声も、薬師丸ひろ子っぽい澄んだ美しさを感じられる。

 

B面冒頭「So long」は詞も明日香本人の手になる。これも中島みゆきの初期の曲を思いださせるが、カントリーソングっぽいアレンジがA面の曲よりもいっそう中島に近い雰囲気を引き立てている。続く「男坂 女坂」は明日香本人と鷺巣両者がアレンジを手がけているということになっているが、明日香本人の手になると思われる冒頭の長いピアノのイントロがインパクトあるものだ。

 

B面3曲目はこのアルバムと同時発売になった4thシングル曲「卒業白書」。比較的軽いタッチの曲だが、間奏のスパニッシュな味わい漂うピアノとギターのかけ合いが印象的。後奏のピアノも美しい。続く「苦笑い」は「ブルー ララバイ」に似た透明感のあるメランコリックな曲。最後の「19の別れ」は唯一明日香本人単独のアレンジとなっている曲。やはりピアノ主体のアレンジだが、控えめに脇を固めるアコーディオンも印象的だ。重々しい曲調だが、明日香の声質の美しさが一抹の救いにも感じられる。