久保田早紀の3rdアルバム「SAUDADE」(1980)は、LPでいうA面がポルトガルギター主体のアレンジになるファドのような曲・B面がオーソドックスなポップスという趣きの曲で構成された、不思議なアルバムである。久保田はデビューに際して、プロデューサーの金子文枝とアルバム3作分くらいまでの展開を話し合ったという。つまり、ファーストアルバム「夢がたり」(1979)からこの「SAUDADE」までの3作ということになる。

 

実は、この「SAUDADE」収録の3曲目のシングルレコードとなった「九月の色」(1980)がアマチュア時代の久保田の作った「雨の歌は恋の歌」に手を加えたものであったという点にこのアルバムを読み解く鍵があると思う。かの「異邦人」(1979)を始め「SAUDADE」A面までの曲に色濃い異国情緒は、久保田がデビューまでの道を模索するなかで採り入れられるようになったものであって、それまでの久保田は「九月の色」に代表されるようなタイプのポップスを書いていたようである。つまり、「始めは差別化を意識して異国情緒の濃い歌でアピールしていって、徐々に本来の作風で勝負していくようにしましょう」とでもいったような狙いがあったのかもしれない。それを裏づけるかのように、続く4thアルバム「オレンジ・エアメール・スペシャル」(1981)は実際にはデビュー前に書かれた曲が多いとされている。久保田の「異邦人」以外の曲というと「オレンジ・エアメール・スペシャル」をあげるファンは多いようなので、ある程度その試みは成功したといえなくもないが、全般的には「異邦人」のインパクトが大きすぎたのが良くも悪くも久保田のアーティスト活動を決定づけてしまったのだろう。

 

アレンジに関しては上記のようにLPでいうA面とB面で特徴的な違いがあるが、いずれも萩田光雄の手になるのはそれまでの久保田のアルバム同様である。また、全曲久保田の作曲であるのに対して1曲だけ詞が山川啓介・4曲が山川・久保田の連名になっているは前作アルバム「天界」(1980)と同じだ。

 

上記のとおり「SAUDADE」A面はポルトガルギター主体のアレンジで、リスボンにて現地ミュージシャンとおぼしきメンバーが伴奏して録音している。その冒頭が「異邦人」のニューバージョンであるというのは複雑な印象である。3枚目のアルバムにして大ヒットしたデビュー曲頼みになってしまうのかというイメージが先に立ってしまって、これが当初からの腹案だったのだとしても焼き直し感が否めないからである。このA面でのポルトガル録音はレコード会社側からの発案で実現したものだそうだが、いささか差別化を狙いすぎてマニアックなサウンドになってしまったように思える^^; シャンソンなりカンツォーネなり、あるいはその他ワールドミュージックといったジャンルに興味を持つ人であれば受け入れられるだろうが、その限りにおいては独特な哀愁を感じる。

 

「アルファマの娘」以下、A面の曲についても同様のことがいえる。アルファマはリスボンの旧市街の地名。3曲目「トマト売りの歌」ではリスボン近郊のリゾート地・エストリルの名も出てくる。5曲目のタイトル「4月25日橋」も実在する橋で、1974年4月25日に起きたカーネーション革命にちなんで名づけられたものだそうである。

 

LPでいうB面冒頭は表題曲「サウダーデ」。厳密には日本語化出来ないが、郷愁とか憧憬とかいったニュアンスを持つその言葉のとおり、しみじみと聴かせる佳曲だ。前記のとおりこの曲以降はオーソドックスなポップスという印象のアレンジだが、このポルトガル語のタイトルをお題として連想したかのような内容の詞になっており、あたかも「異国からの帰還・回想」と思わせる前半と後半の繋ぎというべき曲だ。

 

続く「九月の色」は、前記のとおりシングル曲で、かつアマチュア時代の曲をもとにしたものだ。金子はこの曲の原型となった「雨の歌は恋の歌」を聴いたのが久保田に着目するきっかけとなったそうだが、確かに個性という面では弱い気もしないでもないものの切なさを帯びたいい曲だと思う。次の「憧憬」も、その方向を突き詰めていったかのようなピアノのイントロが印象的だ(ちなみに弾いているのは羽田健太郎)。対してB面4曲目「真夜中の散歩」は決然としたかのような力強さをみせる。この曲が唯一の山川単独になる詞だが、いかにも山川という感のハードボイルドな味わいだ。最後の曲のタイトルは、置かれている位置とは裏腹に「ビギニング」^^; 上記のような経緯を踏まえると、これから久保田が本来の自身の持ち味で勝負しようとする始まりを祈念してのネーミングのように思えるが、なかなかダイナミックな聴きばえのするフィナーレとなっている。