おおおぅ、そうなるかぁ
そうなるよなぁ
私がうっかりやったなぁ
あぁあーーーがっかり
勝ち負けをおいて心をひらく
心理カウンセラーで看護師の
あきねぇこと池田あきです。
お仕事でちょっとしたミス。
これでいいかなーと始めたことのツメが甘かった。
対処はすぐしたから、次からは大丈夫とわかっているけど
今回の分は、毎日確認しなきゃいけないので
毎日をれを見るたび「あううう、めんどくさーい(ゲッソリ」となっている
これは私個人のビジネスの話しだから
困っているのは私ひとり、
対処も素早くしたから、この1つが終わればいいだけ。
でももしこれが、誰かとやっていることならどうだろう。
今みたいにドライになれるだろうか。
「はい私、やってもーたね!。よっしゃブログに書こう。ネタゲットだぜ!」なんてなっただろうか。
きっと今より「本当に申し訳ありませんでした_| ̄|○」となるだろう。
んで思いだしたのはその謝っているとき、
もちろん誰かに迷惑をかけるのだから、申し訳ない気持ちを持つのは当たり前だと思うのだが、
問題は謝罪の気持ちを持つことではなくて、『ことの重みよりも"申し訳ない感"を出している』という自分のマインドの方だと思うのだ。
私もやってしまうことがあるので、自分のために書いておくが(笑)
ことの重さよりも謝っているとき、そこに『私がこんなに謝っているんだから許しなさいよ』という傲慢が隠れていないかをよく見て欲しい。
それは謝ることで、自分を相手の下に置いているように見せて実は、『相手よりへりくだった私を責めるな』というマウントであり、相手へのコントロールだと思っている。
言っているときにこれを意識出来ればまだいいけど、意識してようがしてなかろうがとにかく、相手はその得体のしれないコントロール圧を感じてなんだかイヤな気持ちになるかもしれない。
わからん人はよっぽどの鈍感か、表面の勝ち負けにこだわる人だな(^^;)
わたし先日これをやってしまって、言うたそばから気持ち悪くなりました(チーン
話しが飛んだけど、ようするに
「あなたが謝ることで得ているメリットがありませんか?」ということ。
してしまったミスについて謝り、最大限の対処もしたのなら、そこで終わりでいい。
誰かに謝るのをやめられないという時には、コントロールする気持ちはないかも思い出してほしい。
自戒をこめて書いてみた。(笑)
あと"ミスしたことでいつまでも自分を責めてしまう"というのも
それをすることで、あなたが得ているメリットが必ずあるので
それを考えてみると、思わぬ答えが出てきて面白いと思うよー。
あーあ。しんどいから、はよ終わらそ!
よしやるぞー('ω')ノ
おわり
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