自分が輝いた場面、自信をもってがんばったと言える場面、それらを話す学生さんたちは眩しい。
生き生きとして、エネルギッシュで、こちらも元気をもらってしまう。
そういう若い人たちに出会いたいし、出会えればついつい応援したくなる。
まさに可能性の塊、今後の成長を見てみたい。
そういう元気な若者と一緒に仕事に打ち込んでみると、きっと充実した時間になり成果も期待できることがイメージできる。
学生を採用する企業側としてはこういう学生に出会えるととても嬉しくなってしまうし、何が何でも採用したくなるのではないだろうか。
だが現状はどうだろう?
なかなか出会えない・・・といったところではないだろうか。
そんな学生は少ないのか?
それに対する答えは「No!」
ただ、これにはちょっと補足説明が必要。
目に見える「生き生き学生」は決して多くないと感じる。
おそらくコレが企業から見える世界。
一方、まだ覚醒していない目に見えない「生き生き学生」はゴロゴロいる!
これは学生に近い立場から見える世界。
前者を「覚醒学生」後者を「未覚醒学生」と定義して話を進めたい。
ちなみにココで「未覚醒学生」について捕捉したい。
彼らは変われるのだが、作られた学生(2018/7/11にも記述)に変わるのではない。
表面を取り繕うのではなく、腹の底から自分の価値に気づき、自信を持ってゆるぎない主張ができるようになる。
これは自身が経験した過去の事実(2018/7/11にも記述)が根拠となっているので、表面的な事とは全く異なる。
それは彼らの表情を見れば誰もが直感的に理解できる。
さらに、そこからの急成長たるや目を見張るものがある!
そして今回は、未覚醒学生 → 覚醒学生 と変化する際にとても大事なことについて述べたい。
それが、
「学生が恐れること」と「安全な場」
である。
学生たちは誰もが覚醒学生になりたいと思っているが、彼らにとってそこには大きな恐怖がある。
なぜなら、そこには「アウトプット」が伴うから。
そもそも学生は、インプットは日常茶飯事だがアウトプットの機会は極端に少ない。
そういう事に慣れていない彼らは、それを初めて行うにあたって恐怖を感じてしまう。
アウトプット後にどのような反応があるのかに敏感になり、怖くて怖くて前に進めない。
だが、こういう場面ではこんな声を聞こえてきそうだ。
「そんなの気にする事はない!なんでも挑戦してみて、失敗してもいいじゃないか!」
うん、私も同意するし、もちろん私ならそうする。
でもそれは多くの失敗を経験して打たれ強くなった人だから言える事。
彼らはとにかくそれに慣れていない。
それには我々オトナがしっかりと寄り添う必要がある。
そこまでする必要はあるのか?
もっと鍛えてもいいんじゃないのか?
なんて声もありそうだが、寄り添うことで採用する側へのメリットも大きい。
そうする事により、彼らはまさに覚醒する。
本人も気づいていなかった自分の価値が腹の底から理解でき、それまで予想もしなかったパフォーマンスを発揮する。
そういう人材を眠らせておくのは企業にとってももったいないこと。
もちろん、学生本人にとってももったいないこと。
まだまだ自分の価値に気づいていない未覚醒学生が一番戸惑うことが一つある。
いわゆる恐怖の一番の原因がコレ。
それは、
「人によって評価が異なる事」
同じ事を言ってもある人からは褒められ、別の人からは否定される。
そんなの当たり前じゃないか!!
と思った方、ちょっと待って。
もちろん当たり前なのだが、彼らはまだまだ自分に自信が持てず、不安定な状態。まだ覚醒していない。
その状態で異なる評価をされてしまうと戸惑い、不安になり、萎縮し、「何を言っても理解されない」という状態に陥ってしまう。
これでは彼らの将来を奪ってしまう。
そして企業にとってもせっかくの才能に出会える機会を失ってしまう。
ところが覚醒してしまうと彼らは強い!
否定的な評価が返ってきても、
「そういう考え方もあるよね〜、勉強になった!」
なんて言い出す。
この安定感! 下を向いていた君はどこにいったの?
まさにこれこそが成長。
頼もしくなったなぁ、なんてホロリ。
そこまで育ててから社会に送り出したい。
これは学校の役割か?企業の役割か?
それについての答えはまだ分からないが、社会全体がそのような文化を持てばもっと豊かな世の中になると思う。
「褒めて伸ばす」なんて言葉もあるが、この場合はちょっと違うと思う。
まずはとにかく「×」をつけない事。
単に褒めるのではなく、彼らをまずは受け入れる事。
彼らはまだまだ未熟で不安定で、時には幼稚な事も言う。
でも否定してはいけない、それでいいじゃない、若いんだから。
萎縮させてしまっては未来を奪う。
受け入れ、しっかりと傾聴し、そう考えるようになった経緯を聞き、理解する。
すると彼らは安心し、心を開き、さらに深い理解へと自ら視線を移す。
いつのまにか自然と学ぼうとする。
それが覚醒へとつながる。
「何を言ってもいいよ、否定されないよ、怖くないよ」という場があってこそ若い人は成長するようだ。
それがまずは急成長への第一歩。
彼らが覚醒するまで、安全な場所で見守ろう。
鍛えるのはそれからでも遅くない。
そしてそのような環境を作る事が我々オトナの役割だと考える。
前回予告した、
「学生が恐れること」と「安全な場」
については以上。
次回は、
「覚醒」に導くには
について述べてみたい。