就活、採用試験に不可欠なのが面接。
その時に必ず聞かれるのが「何をやりたいですか?」ということ。
よく思う。
自分はハタチ前後の頃、やりたいことを明確に言えただろうか?
すっかりおじさんになった今でこそ言えるが、それは多くの試行錯誤と失敗や成功を重ねてきた結果。
経験があるからこそ言える。
実際、学生に同じ問いをしてみるとほとんどが「分からない」と答える。
これはごくごく自然な回答だと思う。
彼らが何も考えていないとか、劣っているからなどということは決してない。
彼らは我々が思っている以上に考え、行動している。
そして悩んでいる。
ちょっと考えてみれば当然。
学生は仕事の経験がないし、学校での勉強しかしたことがないのだからこのような質問には戸惑って当然。
しかし働く大人はそこに明確な回答とビジョンを求める。
それはとても酷なことだと思う。
一方、企業側からすれば雇うということは大きな投資になるため、見極めるためにビジョンを求めることは理解出来る。
それもある意味、仕方がないのかもしれない。
これらは学生が悪い、企業が悪い、という話ではない。
お互いに「そうせざるを得ない現状」があるということ。
だからこそ企業は「求めること」を変えてみるのもいいかもしれない。
一方、「学生にちゃんとしたビジョンを持たせることが学校や指導者の役割だろう」という声も聞こえてきそうだ。
ごもっともな話。
当然それもやる。
というより、それにかなり力を入れる。
「何をやりたいのか分からない」という学生にビジョンを作らせることは実は難しくない。
長年その仕事をしていればそういうコツも分かってくる。
何度が面談をすればその学生の考えも掴めてきて、「何をやりたいのか」という結論に導き、ビジョンを作らせることはできる。
相手をうならせるような、かなり体裁のいい文章ができる。
しかし、ちょっと考える必要がある。
あくまで「作らせる」ことは可能なのである。
彼ら自身、経験がないところからイメージを膨らませ、調べ上げ、言葉をチョイスし、文章を練り、「形」を作る。
一番意識するのは「どうすればウケが良いか」である。
これは学生でも十分可能。
早ければ数日で完成。
そして、そこには指導者のフィルターも存在する。
さて、企業が求める「ビジョン」ってそういうこと?
たぶんちょっと違うと思う。
学生は作り、企業はそれを判断材料として採用に結びつける。
この時、「作られたビジョン」は素の自分とはかけ離れていることは少なくない。
体裁こそ整っているが、実はかなり無理をしている。
さて、その無理は長続きするだろうか?
そこにミスマッチの原因があるように感じる。
ただ何度も言う。
これらは学生が悪い、企業が悪い、さらには学校が悪い、という話ではない。
お互いに「そうせざるを得ない現状」があるということ。
長くなるので今日はこの辺で。
次回は、
だからこそ企業は「求めること」を変えてみるのもいいかもしれない。
という部分について考えを述べてみたい。