生きる意味
「生きる意味」というお話です。
----------↓
「JALのスタッフだけが知っている心温まるストーリー」の中から…
羽田発、沖縄行きの機内でポーンと軽快な音がして、シートベルト着用のサインが消えた。
窓側に座った妻・友里は、待ちかねたようにバッグの中から写真を二枚、取り出した。
光穂(みつほ)と真(しん)の写真だ。
「光穂、真ちゃん。
ほら、もう雲の上まで来たよ。
飛行機に乗ってるんだよ。
見える?」
目に涙をいっぱいためた妻が、小さな声で二人に語りかける。
妻はあの日以来、全く笑わなくなってしまった。
1年前の3月11日。
津波は、私と妻の大事なものばかり奪っていった。
家はもちろん、しっかり者の母、穏やかな祖母、そして二人のかわいい子どもたち。
私たち夫婦はあの日から抜け殻のようになってしまった。
たくさんのものがぽっかり抜け落ちた状態に耐え切れず、「みんなのところに行こう」と言い出したのはどちらだったか、覚えていない。
みんなのところへ行く前に、せめて子どもたちとの約束だけは果たそうと、私たちは沖縄行きを決めた…。
私たちは、海沿いの町から車で30分ほど走った商店街の一角でパン屋をしていた。
夫婦二人でもやっていけるほどの小さな店で、焼きたてのメロンパンと、妻が改良に改良を重ねたラスクが人気だった。
私と妻は毎朝、光穂や真が寝ている間に家を出ていた。
母と祖母がいるから、安心して子どもたちを任せられたのだ。
それに、朝は早いけれど、仕込みさえ終われば遅くない時間に帰ることができるから、子どもたちと触れ合う時間もちゃん取ることができる。
ある日、売れ残ったパンを手に玄関のドアを開けると、バタバタと子どもたちが走ってきた。
5歳の娘と3歳の息子がいつものように、「パパ、ママ、あのね…」と口々に話し始める。
私は光穂と一緒にリビングへ行った。
「ね…、パパ。スカイタイムって知ってる?」
「スカイタイム?」私は首を捻った。
「タイムっていうとハーブかな?」
「ちがーう」
「ええ?なんだろうースカイだから…空に関係してる?」
「ちょっとせいかーい」
「あのね、飲み物なんだよ。美味しいジュース!」
「へえ、新しいジュースが出たのか。幼稚園で飲んだの?」
ううん、と光穂は首を振った。
「スーパーとかには売ってないの。飛行機に乗ったら飲めるんだって、リオちゃんが」
リオちゃんというのは、光穂の一番仲のいい友だちだ。
「へえ。じゃあ、リオちゃん、飛行機に乗ったんだ?」
「うん、沖縄に行ったんだって。そのときに、飛行機の中で飲んだスカイタイムっていうジュースが、とっても美味しかったって言ってた。ね、パパ。光穂も飲んでみたい。飛行機、乗ろうよ」
「ジュースを飲むために飛行機ねぇ」
私が苦笑したとき、妻が真を連れて戻って来た。
「あら、何の話?」
「よし、じゃあ、今年の夏休みは沖縄に行くか!」と大声で叫んだ。
毎年、お盆には店を休んで家族で旅行をしている。
「本当?やったぁ」と光穂が飛び上がって喜んだ。
そして、キョトンとしている弟に、「真、飛行機乗れるんだよ!スカイタイム、飲めるよ!」と言ってぎゅっと抱きしめた。
「え、飛行機?乗れるの?やったぁ!ぼくはね、コーラ、コーラがいいの!」
息子は特別な日にしか飲ませてもらえないコーラが大好きだ。
「お客さま、お飲み物はいかがいたしましょうか」
そっと声をかけられ、私は妻の頭ごしに見ていた雲海から機内へ目を戻した。
窓に顔を貼り付けるようにしていた妻がポツリと「スカイタイム」と呟いた。
「スカイタイムと…コーラを」きっと真ならそう頼んだだろうから。
益田という名札をつけたCAさんが、妻のテーブルにスカイタイムを、私のテーブルにコーラの入った紙コップを置いた。
そして、スカイタイムの入った紙コップを更に二つテーブルに置いた。
不思議に思い、顔を上げると、彼女は
「お子さまの分もと思いまして…よろしければ、どうぞ」と微笑んだ。
妻が手にしている二枚の写真が見えていたらしい。
初めて飲むスカイタイムは爽やかな、柑橘系の味だった。
「スカイタイム、美味しかったです」
「ありがとうございます」
感じのいい笑顔に、私はつい、
「娘が、幼稚園の友だちからスカイタイムというジュースがすごく美味しいって聞いてきましてね。飲みたがっていたものですから、じゃあ、夏休みに飲みに行こうねって約束してたんたんです」と言った。
過去形で話している自分に気付いて、私は口をつぐんだ。
そうだ、子どもたちの話はもう、過去形でしか話せないのだ。
永遠に。
「二人とも、去年の震災で」
ぽつんと呟くと、「それはざそかし…」と彼女は言葉を飲み込んだ。
そして、通路にそっとしゃがむと、私と視線を合わせた。
「お子さんのお名前、なんとおっしゃるんですか?」
「幼稚園っておっしゃっていましたけれど、光穂ちゃんが…?」
「ええ、そうです、5歳の年中さんで」
「じゃあ、真ちゃんは」
「3歳でした」
気がつけば、私は益田さんに子どもたちの話をたくさんしていた。
思い出すと辛くて、眠れなくなるほど苦しくなる子どもたちのことを、こうして楽しそうに話す自分が不思議でたまらなかった。
益田さんに釣られたわけではないけれど、現在形で子どもたちのことを話すと、まだ二人が生きているようにも思えてくる。
そう言うと、益田さんは優しく微笑んだ。
「だって、光穂ちゃんも真ちゃんも、お父さんとお母さんの中で生きておられるから」
私はハッと彼女の顔を見つめた。
いまのいままで、そんなふうに考えたことがなかった。
そんなふうに考えられる余裕がなかった。
益田さんは、手にしていた小さな紙袋を私に手渡した。
「これ、光穂ちゃんと真ちゃんに。どうぞ」
中を覗くと、クリアファイルやシールやボールペン、そして、かわいらしくラッピングされたキャンディの袋が二人分、入っていた。
子供用のノベルティらしい。
「光穂ちゃんと真ちゃんのご搭乗記念です」
と益田さんが微笑む。
「光穂。真。飛行機に乗れて、本当によかったね」
妻は二人にそうささやくと、写真をそっと紙袋の中へ入れた。
まるで光穂と真がグッズを嬉しそうに抱きしめているようだった。
一番最後に飛行機を降りた私は、見送りをしてくれている益田さんに両手を差し出した。
優しく握り返してくれた彼女に言う。
「ありがとうございました。子どもたちとの約束を果たすことができました」
「よかったですね」と頷いた益田さんは、労わるような目で私を見つめた。
「次回のご搭乗をお待ちしております」
この旅行が済んだら二人の下へ行こうとしていた私は一瞬、躊躇したけれど、「ええ、是非」と頷いた。
この1年間、生きる気力を失い、自分の殻に閉じこもりがちだった妻が、涙をこぼしながら、それでも笑顔で益田さんとしっかり目を合わせていた。
沖縄は快晴だった。
ホテルにチェックインした私は、「これで光穂と真との約束、果たせたね」と妻に笑いかけた。
「それで…どうする?」
この旅行が終わったら、子どもたちとの約束を果たしたら、後を追うつもりだった。
久しぶりの旅行で疲労の見える妻は、それでも家を発ったときよりもはるかに生気に満ちた顔で、首をゆっくり横に振った。
「やめておきましょう。だって、私たちがいなくなったら、誰があの子たちの話をするの?」
妻は自分の胸に手を当てた。
「ここに生きているあの子たちを、消すわけにはいかないもの」
“スカイタイム”より抜粋引用
『大空では毎日、奇蹟が起きている』オープンブックス
----------↑
2万人以上の人が犠牲になった東日本大震災。
大きな悲しみを抱えながら、「生きる意味」を考えながら、必死で頑張っている人たちがいることを決して忘れてはならない。
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「JALのスタッフだけが知っている心温まるストーリー」の中から…
羽田発、沖縄行きの機内でポーンと軽快な音がして、シートベルト着用のサインが消えた。
窓側に座った妻・友里は、待ちかねたようにバッグの中から写真を二枚、取り出した。
光穂(みつほ)と真(しん)の写真だ。
「光穂、真ちゃん。
ほら、もう雲の上まで来たよ。
飛行機に乗ってるんだよ。
見える?」
目に涙をいっぱいためた妻が、小さな声で二人に語りかける。
妻はあの日以来、全く笑わなくなってしまった。
1年前の3月11日。
津波は、私と妻の大事なものばかり奪っていった。
家はもちろん、しっかり者の母、穏やかな祖母、そして二人のかわいい子どもたち。
私たち夫婦はあの日から抜け殻のようになってしまった。
たくさんのものがぽっかり抜け落ちた状態に耐え切れず、「みんなのところに行こう」と言い出したのはどちらだったか、覚えていない。
みんなのところへ行く前に、せめて子どもたちとの約束だけは果たそうと、私たちは沖縄行きを決めた…。
私たちは、海沿いの町から車で30分ほど走った商店街の一角でパン屋をしていた。
夫婦二人でもやっていけるほどの小さな店で、焼きたてのメロンパンと、妻が改良に改良を重ねたラスクが人気だった。
私と妻は毎朝、光穂や真が寝ている間に家を出ていた。
母と祖母がいるから、安心して子どもたちを任せられたのだ。
それに、朝は早いけれど、仕込みさえ終われば遅くない時間に帰ることができるから、子どもたちと触れ合う時間もちゃん取ることができる。
ある日、売れ残ったパンを手に玄関のドアを開けると、バタバタと子どもたちが走ってきた。
5歳の娘と3歳の息子がいつものように、「パパ、ママ、あのね…」と口々に話し始める。
私は光穂と一緒にリビングへ行った。
「ね…、パパ。スカイタイムって知ってる?」
「スカイタイム?」私は首を捻った。
「タイムっていうとハーブかな?」
「ちがーう」
「ええ?なんだろうースカイだから…空に関係してる?」
「ちょっとせいかーい」
「あのね、飲み物なんだよ。美味しいジュース!」
「へえ、新しいジュースが出たのか。幼稚園で飲んだの?」
ううん、と光穂は首を振った。
「スーパーとかには売ってないの。飛行機に乗ったら飲めるんだって、リオちゃんが」
リオちゃんというのは、光穂の一番仲のいい友だちだ。
「へえ。じゃあ、リオちゃん、飛行機に乗ったんだ?」
「うん、沖縄に行ったんだって。そのときに、飛行機の中で飲んだスカイタイムっていうジュースが、とっても美味しかったって言ってた。ね、パパ。光穂も飲んでみたい。飛行機、乗ろうよ」
「ジュースを飲むために飛行機ねぇ」
私が苦笑したとき、妻が真を連れて戻って来た。
「あら、何の話?」
「よし、じゃあ、今年の夏休みは沖縄に行くか!」と大声で叫んだ。
毎年、お盆には店を休んで家族で旅行をしている。
「本当?やったぁ」と光穂が飛び上がって喜んだ。
そして、キョトンとしている弟に、「真、飛行機乗れるんだよ!スカイタイム、飲めるよ!」と言ってぎゅっと抱きしめた。
「え、飛行機?乗れるの?やったぁ!ぼくはね、コーラ、コーラがいいの!」
息子は特別な日にしか飲ませてもらえないコーラが大好きだ。
「お客さま、お飲み物はいかがいたしましょうか」
そっと声をかけられ、私は妻の頭ごしに見ていた雲海から機内へ目を戻した。
窓に顔を貼り付けるようにしていた妻がポツリと「スカイタイム」と呟いた。
「スカイタイムと…コーラを」きっと真ならそう頼んだだろうから。
益田という名札をつけたCAさんが、妻のテーブルにスカイタイムを、私のテーブルにコーラの入った紙コップを置いた。
そして、スカイタイムの入った紙コップを更に二つテーブルに置いた。
不思議に思い、顔を上げると、彼女は
「お子さまの分もと思いまして…よろしければ、どうぞ」と微笑んだ。
妻が手にしている二枚の写真が見えていたらしい。
初めて飲むスカイタイムは爽やかな、柑橘系の味だった。
「スカイタイム、美味しかったです」
「ありがとうございます」
感じのいい笑顔に、私はつい、
「娘が、幼稚園の友だちからスカイタイムというジュースがすごく美味しいって聞いてきましてね。飲みたがっていたものですから、じゃあ、夏休みに飲みに行こうねって約束してたんたんです」と言った。
過去形で話している自分に気付いて、私は口をつぐんだ。
そうだ、子どもたちの話はもう、過去形でしか話せないのだ。
永遠に。
「二人とも、去年の震災で」
ぽつんと呟くと、「それはざそかし…」と彼女は言葉を飲み込んだ。
そして、通路にそっとしゃがむと、私と視線を合わせた。
「お子さんのお名前、なんとおっしゃるんですか?」
「幼稚園っておっしゃっていましたけれど、光穂ちゃんが…?」
「ええ、そうです、5歳の年中さんで」
「じゃあ、真ちゃんは」
「3歳でした」
気がつけば、私は益田さんに子どもたちの話をたくさんしていた。
思い出すと辛くて、眠れなくなるほど苦しくなる子どもたちのことを、こうして楽しそうに話す自分が不思議でたまらなかった。
益田さんに釣られたわけではないけれど、現在形で子どもたちのことを話すと、まだ二人が生きているようにも思えてくる。
そう言うと、益田さんは優しく微笑んだ。
「だって、光穂ちゃんも真ちゃんも、お父さんとお母さんの中で生きておられるから」
私はハッと彼女の顔を見つめた。
いまのいままで、そんなふうに考えたことがなかった。
そんなふうに考えられる余裕がなかった。
益田さんは、手にしていた小さな紙袋を私に手渡した。
「これ、光穂ちゃんと真ちゃんに。どうぞ」
中を覗くと、クリアファイルやシールやボールペン、そして、かわいらしくラッピングされたキャンディの袋が二人分、入っていた。
子供用のノベルティらしい。
「光穂ちゃんと真ちゃんのご搭乗記念です」
と益田さんが微笑む。
「光穂。真。飛行機に乗れて、本当によかったね」
妻は二人にそうささやくと、写真をそっと紙袋の中へ入れた。
まるで光穂と真がグッズを嬉しそうに抱きしめているようだった。
一番最後に飛行機を降りた私は、見送りをしてくれている益田さんに両手を差し出した。
優しく握り返してくれた彼女に言う。
「ありがとうございました。子どもたちとの約束を果たすことができました」
「よかったですね」と頷いた益田さんは、労わるような目で私を見つめた。
「次回のご搭乗をお待ちしております」
この旅行が済んだら二人の下へ行こうとしていた私は一瞬、躊躇したけれど、「ええ、是非」と頷いた。
この1年間、生きる気力を失い、自分の殻に閉じこもりがちだった妻が、涙をこぼしながら、それでも笑顔で益田さんとしっかり目を合わせていた。
沖縄は快晴だった。
ホテルにチェックインした私は、「これで光穂と真との約束、果たせたね」と妻に笑いかけた。
「それで…どうする?」
この旅行が終わったら、子どもたちとの約束を果たしたら、後を追うつもりだった。
久しぶりの旅行で疲労の見える妻は、それでも家を発ったときよりもはるかに生気に満ちた顔で、首をゆっくり横に振った。
「やめておきましょう。だって、私たちがいなくなったら、誰があの子たちの話をするの?」
妻は自分の胸に手を当てた。
「ここに生きているあの子たちを、消すわけにはいかないもの」
“スカイタイム”より抜粋引用
『大空では毎日、奇蹟が起きている』オープンブックス
----------↑
2万人以上の人が犠牲になった東日本大震災。
大きな悲しみを抱えながら、「生きる意味」を考えながら、必死で頑張っている人たちがいることを決して忘れてはならない。
科学とは限定つきの真理である
「科学とは限定つきの真理である」というお話です。
----------↓
筑波大名誉教授、村上和雄氏の心に響く言葉より…
笑いの効用を科学的に実証するために、私たちは糖尿病に着目しました。
糖尿病の指標となる血糖値は、ほんの少しの血液で簡単に測定ができますし、明白な結果が出ます。
また、血糖値が変化した場合、「どの遺伝子のスイッチがオンになっているか」を調べることもできるからです。
実験は糖尿病患者に対して昼食後の40分間に、1日目は医学部教授による「糖尿病に関する講義」を聞いてもらい、2日目は落語を楽しんでもらい、終了後に採血をして血糖値を測定するというものです。
講義は当然ながら真剣なもので、笑いはありません。
吉本興業と共同で3回実験をして、3回とも漫才や落語を聞いた人のほうが血糖値の上昇が抑えられたという結果になりました。
もちろん被験者の人数も条件も限られたものですから、まだ十分に科学的な臨床実験とは言えませんが、今後の研究に向けた貴重な第一歩となったことは間違いありません。
これは余談ですが、実験を大阪でやると困った問題が起こるのです。
というのも、大阪のおばちゃんたちは真剣な講義でも笑うんですよ(笑)。
だからデータの信憑性が低くなる。
地域差や個人差というファクターがありますから、これも非常に難しい問題なんですね。
また、私の友人で、イメージ療法をやっている人がいます。
患者に自分の胎児期をイメージさせて、自分が両親に待ち望まれて生まれてきたことを実感させることで、病気を治している人がいるんですよ。
その人と、いま共同実験をやっているのですが、そのイメージ療法をやっていると確かにガンが治る場合があるんです。
つまりそのときに、ガン抑制遺伝子のスイッチがオンになるんですよ。
これはまさにイメージが物質に影響を及ぼすということであり、意識が遺伝子のスイッチのオンとオフにかかわっているという好例だと思います。
いま分かっていないことを否定するのは、非常に非科学的なんです。
分からないことはいっぱいあるし、特に命に関しては、ほとんど分かっていないのですからね。
科学の成果が絶対的な真理ではありません。
私に言わせれば、科学とは限定つきの真理なんです。
遺伝子も物質ですから、意識やイメージが物質である遺伝子のスイッチのオンとオフに影響するのは確実です。
それを実証するためにも、私たちはデータを増やしていく必要がある。
笑いの研究がその先鞭になれば、と思っています。
『心の力』“村上和雄&玄侑宗久”致知出版社
----------↑
この美しい地球上には、多くの生命体が活動しています。
でも、その生命体の「命」について、私たち人間は、まだ、よく理解していないのが現実です。
わからないんだから、否定しようがない。
特にスピリチュアルなことについては、可能性があるなら、信じて実行してみる。
今は、そういう柔軟な姿勢が大切だと思います。
地動説と天動説の例のように、その内、「命」についての真実が明らかになれば、スピリチュアルなことも当然のこととして、誰もが信じる世界が来ると思います。
そうなれば、今話題の「進化論」対「ID理論」の論争にも、結論が出ていることでしょうね。
----------↓
筑波大名誉教授、村上和雄氏の心に響く言葉より…
笑いの効用を科学的に実証するために、私たちは糖尿病に着目しました。
糖尿病の指標となる血糖値は、ほんの少しの血液で簡単に測定ができますし、明白な結果が出ます。
また、血糖値が変化した場合、「どの遺伝子のスイッチがオンになっているか」を調べることもできるからです。
実験は糖尿病患者に対して昼食後の40分間に、1日目は医学部教授による「糖尿病に関する講義」を聞いてもらい、2日目は落語を楽しんでもらい、終了後に採血をして血糖値を測定するというものです。
講義は当然ながら真剣なもので、笑いはありません。
吉本興業と共同で3回実験をして、3回とも漫才や落語を聞いた人のほうが血糖値の上昇が抑えられたという結果になりました。
もちろん被験者の人数も条件も限られたものですから、まだ十分に科学的な臨床実験とは言えませんが、今後の研究に向けた貴重な第一歩となったことは間違いありません。
これは余談ですが、実験を大阪でやると困った問題が起こるのです。
というのも、大阪のおばちゃんたちは真剣な講義でも笑うんですよ(笑)。
だからデータの信憑性が低くなる。
地域差や個人差というファクターがありますから、これも非常に難しい問題なんですね。
また、私の友人で、イメージ療法をやっている人がいます。
患者に自分の胎児期をイメージさせて、自分が両親に待ち望まれて生まれてきたことを実感させることで、病気を治している人がいるんですよ。
その人と、いま共同実験をやっているのですが、そのイメージ療法をやっていると確かにガンが治る場合があるんです。
つまりそのときに、ガン抑制遺伝子のスイッチがオンになるんですよ。
これはまさにイメージが物質に影響を及ぼすということであり、意識が遺伝子のスイッチのオンとオフにかかわっているという好例だと思います。
いま分かっていないことを否定するのは、非常に非科学的なんです。
分からないことはいっぱいあるし、特に命に関しては、ほとんど分かっていないのですからね。
科学の成果が絶対的な真理ではありません。
私に言わせれば、科学とは限定つきの真理なんです。
遺伝子も物質ですから、意識やイメージが物質である遺伝子のスイッチのオンとオフに影響するのは確実です。
それを実証するためにも、私たちはデータを増やしていく必要がある。
笑いの研究がその先鞭になれば、と思っています。
『心の力』“村上和雄&玄侑宗久”致知出版社
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この美しい地球上には、多くの生命体が活動しています。
でも、その生命体の「命」について、私たち人間は、まだ、よく理解していないのが現実です。
わからないんだから、否定しようがない。
特にスピリチュアルなことについては、可能性があるなら、信じて実行してみる。
今は、そういう柔軟な姿勢が大切だと思います。
地動説と天動説の例のように、その内、「命」についての真実が明らかになれば、スピリチュアルなことも当然のこととして、誰もが信じる世界が来ると思います。
そうなれば、今話題の「進化論」対「ID理論」の論争にも、結論が出ていることでしょうね。
二つの世界を持つ
「二つの世界を持つ」というお話です。
----------↓
川北義則氏の心に響く言葉より…
「人間の衰退の徴候は、魅力の有無である」
こういっているのは、日本ではおなじみの経営学者ピーター・ドラッカーである。
芸能人で「カッコいいな」「面白いな」と人気者だった人間が、急に輝きをなくすことがある。
「いつもと違う。どうしたのだろう?」
そういう人間は、燃え尽きてしまったのである。
お笑い芸人を見ていると、それがよくわかる。
一発芸でのし上がった人間は、すぐに頂点に達し、あっという間に魅力を失って消えていく。
芸の幅が狭いからだ。
ドラッカーは「二つ以上の世界を生きよ」とすすめている。
どういうことか。
たとえば、仕事大好きのサラリーマンがいる。
仕事をやっていれば、あとは何もいらない。
とにかく、いまの仕事が楽しいのだ。
そういう人であっても、まったく異質な世界、そこへ行けば仕事と同じくらい充実した時間を過ごせるもう一つの世界を持つべきだというのである。
別の世界を持っている人は、それが含み資産になって、魅力度が簡単にあせない。
輝きを短期間で失わないですむ。
仕事で初対面の出会いをして、別れ際に何となく、「もうちょっと話していたいな」と思わせる人物がいる。
どんな人間か。
経験から言えば、仕事以外に「別の世界」を持っている人に多い。
マクドナルドの原田泳幸社長は、学生時代からジャズドラムを叩くという別の世界を持っている。
仕事とプライベートをきっちり分けて、両方楽しんでいる。
ドラムは年1、2回ライブコンサートを開くほどだから半端ではない取り組み方である。
よく「本当にやりたいことは別にある」「暇になったら、ぜひやりたい」という人がいるが、意味のないセリフだ。
本当にやりたいのなら、すぐにでもできるはず。
これらのセリフは、いまの仕事に全力投球していないことの言い訳でしかない。
仕事に邁進し、スランプにもならず、つねに魅力的な自分であるためには、最低でも二つの世界を持つことだ。
『「人間的魅力」のつくり方』三笠書房
----------↑
いつもの自分と、もう一つの自分、2つの自分を持つこと。
それが、人間の魅力を作り出す源である。
魅力的な人って、見た目では想像できないことをやっている人なんです。
あなたは、もう一つの自分をお持ちですか?
----------↓
川北義則氏の心に響く言葉より…
「人間の衰退の徴候は、魅力の有無である」
こういっているのは、日本ではおなじみの経営学者ピーター・ドラッカーである。
芸能人で「カッコいいな」「面白いな」と人気者だった人間が、急に輝きをなくすことがある。
「いつもと違う。どうしたのだろう?」
そういう人間は、燃え尽きてしまったのである。
お笑い芸人を見ていると、それがよくわかる。
一発芸でのし上がった人間は、すぐに頂点に達し、あっという間に魅力を失って消えていく。
芸の幅が狭いからだ。
ドラッカーは「二つ以上の世界を生きよ」とすすめている。
どういうことか。
たとえば、仕事大好きのサラリーマンがいる。
仕事をやっていれば、あとは何もいらない。
とにかく、いまの仕事が楽しいのだ。
そういう人であっても、まったく異質な世界、そこへ行けば仕事と同じくらい充実した時間を過ごせるもう一つの世界を持つべきだというのである。
別の世界を持っている人は、それが含み資産になって、魅力度が簡単にあせない。
輝きを短期間で失わないですむ。
仕事で初対面の出会いをして、別れ際に何となく、「もうちょっと話していたいな」と思わせる人物がいる。
どんな人間か。
経験から言えば、仕事以外に「別の世界」を持っている人に多い。
マクドナルドの原田泳幸社長は、学生時代からジャズドラムを叩くという別の世界を持っている。
仕事とプライベートをきっちり分けて、両方楽しんでいる。
ドラムは年1、2回ライブコンサートを開くほどだから半端ではない取り組み方である。
よく「本当にやりたいことは別にある」「暇になったら、ぜひやりたい」という人がいるが、意味のないセリフだ。
本当にやりたいのなら、すぐにでもできるはず。
これらのセリフは、いまの仕事に全力投球していないことの言い訳でしかない。
仕事に邁進し、スランプにもならず、つねに魅力的な自分であるためには、最低でも二つの世界を持つことだ。
『「人間的魅力」のつくり方』三笠書房
----------↑
いつもの自分と、もう一つの自分、2つの自分を持つこと。
それが、人間の魅力を作り出す源である。
魅力的な人って、見た目では想像できないことをやっている人なんです。
あなたは、もう一つの自分をお持ちですか?
自分で選べる人生
「自分で選べる人生」というお話です。
----------↓
ハーバード大学教授、タル・ベン・シャハー氏の心に響く言葉より…
ダン・ミルマンは『癒しの旅』という著書の中で、恩師から聞いたこんな話を紹介しています。
昼食を知らせる笛が鳴ると、労働者たちはいつも皆で座ってランチを食べていました。
サムという男は毎日ランチの包み紙をあけては毒づいていました。
「またピーナツバターとジャムのサンドイッチかよ。
俺はピーナツバターとジャムが大嫌いなんだよ!」
サムは毎日毎日、ピーナツバターとジャムのサンドイッチに文句を言っていました。
何週間かが経ったころ、とうとう耐えきれなくなったひとりの同僚が言いました。
「いい加減にしてくれよ。
そんなに嫌いなら、奥さんに別のサンドイッチをつくってもらえばいいだろう」
「奥さん?」サムは答えました。
「俺は独身だよ。
このサンドイッチをつくっているのは俺さ」
私たちも知らず知らずのうちに、嫌いな材料でサンドイッチをつくるようなことをしてはいないでしょうか。
人生にはたしかに与えられた材料があり、ときにどうすることもできないような外的な環境があります。
体質や生まれた家庭、変動する世界市場を思いのままに変えることはできません。
他人の選択についても、手の出しようがありません。
しかしそのような制限があったとしても、どの材料を選ぶか、材料をどう使うかを決めるのは私たちです。
私たちはみな、どんな環境にいても、自分の周りや自分自身の中にある可能性を見つけようとすることができます。
いつもとは違ったものの見方をすれば、自分のサンドイッチをつくるためのおいしい具材をこんなにも多くの中から選べるのだと気づくことができます。
材料を選ぶ自由、つまり状況に対するたくさんの対処法を選ぶ自由を活用すれば、私たちは「現実をつくりだす共同制作者」になれるのです。
あなたはどんな現実をつくりたいですか。
あなたが口にするサンドイッチは、たいてはあなた自身がつくっています。
あなたは思っている以上に多くの選択肢があります。
選ぶのは、あなたなのです。
『次の2つから生きたい人生を選びなさい ハーバードの人生を変える授業Ⅱ』大和書房
----------↑
自分の人生、誰のせいでもない、自分で選んだ人生です。
自分で選べる人生でもあるんです。
自分の夢を実現する人生を選ばない手はないですよね。
----------↓
ハーバード大学教授、タル・ベン・シャハー氏の心に響く言葉より…
ダン・ミルマンは『癒しの旅』という著書の中で、恩師から聞いたこんな話を紹介しています。
昼食を知らせる笛が鳴ると、労働者たちはいつも皆で座ってランチを食べていました。
サムという男は毎日ランチの包み紙をあけては毒づいていました。
「またピーナツバターとジャムのサンドイッチかよ。
俺はピーナツバターとジャムが大嫌いなんだよ!」
サムは毎日毎日、ピーナツバターとジャムのサンドイッチに文句を言っていました。
何週間かが経ったころ、とうとう耐えきれなくなったひとりの同僚が言いました。
「いい加減にしてくれよ。
そんなに嫌いなら、奥さんに別のサンドイッチをつくってもらえばいいだろう」
「奥さん?」サムは答えました。
「俺は独身だよ。
このサンドイッチをつくっているのは俺さ」
私たちも知らず知らずのうちに、嫌いな材料でサンドイッチをつくるようなことをしてはいないでしょうか。
人生にはたしかに与えられた材料があり、ときにどうすることもできないような外的な環境があります。
体質や生まれた家庭、変動する世界市場を思いのままに変えることはできません。
他人の選択についても、手の出しようがありません。
しかしそのような制限があったとしても、どの材料を選ぶか、材料をどう使うかを決めるのは私たちです。
私たちはみな、どんな環境にいても、自分の周りや自分自身の中にある可能性を見つけようとすることができます。
いつもとは違ったものの見方をすれば、自分のサンドイッチをつくるためのおいしい具材をこんなにも多くの中から選べるのだと気づくことができます。
材料を選ぶ自由、つまり状況に対するたくさんの対処法を選ぶ自由を活用すれば、私たちは「現実をつくりだす共同制作者」になれるのです。
あなたはどんな現実をつくりたいですか。
あなたが口にするサンドイッチは、たいてはあなた自身がつくっています。
あなたは思っている以上に多くの選択肢があります。
選ぶのは、あなたなのです。
『次の2つから生きたい人生を選びなさい ハーバードの人生を変える授業Ⅱ』大和書房
----------↑
自分の人生、誰のせいでもない、自分で選んだ人生です。
自分で選べる人生でもあるんです。
自分の夢を実現する人生を選ばない手はないですよね。
まず、自分が幸せになる
「まず、自分が幸せになる」というお話です。
----------↓
斎藤一人さんの心に響く言葉より…
よく、自分の身内の相談に来る人がいるんだけど、私はそういう人にいつも言うの。
「自分がしわせになりな」って。
それをわきで聞いている人が「その身内を見捨てて自分だけしあわせになれ」ということですかって聞くんだけど、そうではないんです。
たとえばその身内がお姉さんだとしたら、まず自分がしあわせになってしあわせの波動を出せば、お姉さんもつられてしあわせの波動になるの。
だから、お姉さんを見捨ててあなただけしあわせになれって言ってるんじゃないんです。
救いたかったら、今と違う行動をとらないと救えないんだよ。
こっちが氷だったら向こうは冷えちゃうけど、こっちがストーブになって温めればいいんだよ。
相手もしあわせになりたいんです。
それを相手が不幸だからといって、その不幸に付き合っちゃダメだからね。
それでまだお姉さんのところに行くと引きずられちゃうんだとしたら、しばらく会わないようにするとか。
それは決して、相手を見捨てるんじゃないんだよ。
あなたも助かり、相手も助かる方法が一番なんだよ。
「娘が引きこもりなんです」って母親が私のところに相談に来たのなら、あなたが変わらないとダメなの。
私は来てない娘さんを変えることはできないんです。
それに、人は人を変えることはできないんだよ。
変えられるのは自分だけなの。
だから相談に来たお母さんが明るくするとか、フラダンスを習いに行くとか、自分が自ら外に出ると楽しいことがいっぱいあるよって示さないとダメなんだよ。
それとこういうときって、娘はお母さんのことを嫌っているの。
だから困らせようとしてるんだよ。
それでなぜ嫌いになったかというと、「おまえはこう生きるんだよ」と言って教わってきたことがことごとく外れたんだよ。
学校でいじめられているのに「元気に行きなさい」と。
だからその子は、自分が不幸なのは親のせいだと思ってるの。
それを病気という形で仕返ししてるんだよ。
だからお母さんは「今までお母さんも間違ってたけど、まずはお母さんだけでもしあわせになるよ」とか、「だからあんたも早く治しなよ」って言えばいいの。
そうやってお母さんがしあわせになって自らの波動を変えると、それが娘さんにも影響するの。
それで、しあわせそうなお母さんを見て、自分だけが不幸にしていることがばかばかしくなるんだよ。
湿った薪は燃えないって言うけど、バンバン燃えてるストーブの前においておけばやがて乾いて燃えるようになるの。
だから一番大切なのは、あなたがバンバン燃えてるストーブになることなんだよ。
そうしたら薪が濡れてようがなにしようが関係ないんです。
『天 TEN』“斎藤一人&柴村恵美子”サンマーク出版
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人の態度や行動を変えたいと思ったら、まず、自分の態度や行動を変えること、なんです。
自分から、影響の輪を広げていくのが、一番早い方法なんです。
人は、強制されると反発します。(何かに依存した状態です。)
人は、自ら気づき、反省した時、自分のために行動を始めます。(これが自立です。)
何かに依存している人を自立させるために、まず、何も言わずに、そのお手本を魅せるんですね。
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斎藤一人さんの心に響く言葉より…
よく、自分の身内の相談に来る人がいるんだけど、私はそういう人にいつも言うの。
「自分がしわせになりな」って。
それをわきで聞いている人が「その身内を見捨てて自分だけしあわせになれ」ということですかって聞くんだけど、そうではないんです。
たとえばその身内がお姉さんだとしたら、まず自分がしあわせになってしあわせの波動を出せば、お姉さんもつられてしあわせの波動になるの。
だから、お姉さんを見捨ててあなただけしあわせになれって言ってるんじゃないんです。
救いたかったら、今と違う行動をとらないと救えないんだよ。
こっちが氷だったら向こうは冷えちゃうけど、こっちがストーブになって温めればいいんだよ。
相手もしあわせになりたいんです。
それを相手が不幸だからといって、その不幸に付き合っちゃダメだからね。
それでまだお姉さんのところに行くと引きずられちゃうんだとしたら、しばらく会わないようにするとか。
それは決して、相手を見捨てるんじゃないんだよ。
あなたも助かり、相手も助かる方法が一番なんだよ。
「娘が引きこもりなんです」って母親が私のところに相談に来たのなら、あなたが変わらないとダメなの。
私は来てない娘さんを変えることはできないんです。
それに、人は人を変えることはできないんだよ。
変えられるのは自分だけなの。
だから相談に来たお母さんが明るくするとか、フラダンスを習いに行くとか、自分が自ら外に出ると楽しいことがいっぱいあるよって示さないとダメなんだよ。
それとこういうときって、娘はお母さんのことを嫌っているの。
だから困らせようとしてるんだよ。
それでなぜ嫌いになったかというと、「おまえはこう生きるんだよ」と言って教わってきたことがことごとく外れたんだよ。
学校でいじめられているのに「元気に行きなさい」と。
だからその子は、自分が不幸なのは親のせいだと思ってるの。
それを病気という形で仕返ししてるんだよ。
だからお母さんは「今までお母さんも間違ってたけど、まずはお母さんだけでもしあわせになるよ」とか、「だからあんたも早く治しなよ」って言えばいいの。
そうやってお母さんがしあわせになって自らの波動を変えると、それが娘さんにも影響するの。
それで、しあわせそうなお母さんを見て、自分だけが不幸にしていることがばかばかしくなるんだよ。
湿った薪は燃えないって言うけど、バンバン燃えてるストーブの前においておけばやがて乾いて燃えるようになるの。
だから一番大切なのは、あなたがバンバン燃えてるストーブになることなんだよ。
そうしたら薪が濡れてようがなにしようが関係ないんです。
『天 TEN』“斎藤一人&柴村恵美子”サンマーク出版
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人の態度や行動を変えたいと思ったら、まず、自分の態度や行動を変えること、なんです。
自分から、影響の輪を広げていくのが、一番早い方法なんです。
人は、強制されると反発します。(何かに依存した状態です。)
人は、自ら気づき、反省した時、自分のために行動を始めます。(これが自立です。)
何かに依存している人を自立させるために、まず、何も言わずに、そのお手本を魅せるんですね。