やはり所属長になってか視点が俯瞰よりになっているところはある。

宇宙が気になったり。

経営側によったり。


今、社内システムで値引登録に見積り作成が必要。

ただ本当は意味が無い。

皆分かっててやってる。

システムに意味を持たせようとしても、その前提となる会社や幹部に方針がが無いから持てる訳も無い。

それは真実を上げていない現場にも責任はある。

せめて現場の長がひねり出しているが、限定の枠内のそれなので限度があり、今の状況ではあまり意味が無い。

今迄そんな構図でずっと来ている。

現場の長のひねり出す方針は、その場の打開で、本来は更なる幹部がもっと積極的に吸上げて方針なりに転化すべき。

今迄の流れは憎むのでなく、粛々と改善するのが大事の様な気がする。

そう、罪を憎んで人を憎まず。


会社が打った施策通りに現場が実施したら相当な軋轢や反応が出る。

だから適当に現場レベルでやりやすいように緩衝してた。

それが今迄。

会社側からすれば現場が緩衝するからストレートな反応が出ず、会社の進歩に繋がらなかったと言えるのかも。

ただ、全くの緩衝なしというのも難しい。

だからその調整幅は難しい。


トップはその辺全て把握というか織り込み済み、想定内でやっていかなくてはならない。

だから根本は経営トップの変換が必要。

というところに結局たどり着く。

当たり前か。

年末にある新聞広告が目にとまった。

宇宙の新論の書籍の宣伝。

宇宙の真理を解いていくとものの起源に迫れる。

みたいな感じだった。

正月にその本を本屋に寄ったとき探したが見当たらず。

ただ幾つかの同じ様な書籍をぱらっと見た。


宇宙の始まりはビッグバンとされていたがその前にわずかながら別の段階が存在した。

その全ての始まりと言える所で時間さえも始まった。

以後宇宙は膨張し続けている。

そういう宇宙の事を解明していく事が身辺の真理をも解明する。


確かにそれはいえるかも、と思った。

例えば1次元から色々な次元があるとして、我々は三次元世界に存在している。

4次元と言う世界がありそこは3次元にもう一つ別の基軸が加わった世界で、それは時間だと言われている。

確かに、点も縦横も高さも、そして時間さえも、その宇宙誕生前の起源から発生したのであれば、全ての基軸はそこからなのでこれら次元を構築する基軸もそこから始まったのだろうなと思う。

時間の次の5次元はさらにどんな基軸が加わっているのだろう。

万物に存在する基軸な訳だから、それは力かな?とか思う。

言い換えるならエネルギーか。

エネルギーは×時間という概念だから時間無しでは語れないが、発生起源が同じならつじつまも合うような気がする。


そんな事を久しぶりに考えた。

でもそういう根本てきな考えは仕事世界が立脚する前提に既にあるわけだから無関係じゃない。

というよりむしろ無視できない大前提。

意外と見てないこういう部分が劇的に表面である仕事世界を変える要因のような気がする。


そう言えばUFO、昔は信じてなかったけど何となく今は信じてる気がする。


自分の立脚するところの大前提の世界を知らな過ぎる。

意識しなさ過ぎる。


宇宙に限らず、人間てそういう生き物なんだと思う。

けどそこが進化の伸びしろで、長い目で見てその辺が変わるのが人間の未来の様な気がする。

おととい営業部会議だった。

今回は合同で次席参加。

ここ最近は見込みと実績の差異を分析して把握しているかが報告内容を占める状況。

前回多くの営業所がそれを指摘され今回になる。

前回、今回ともウチは報告内容としては一番明確と自負できる内容だった。

原因は、やはり次席以下の営業所が確りしている事。

所帯が小さい事。

売上がいい事。

それに部長指導での数字管理があり、その全てに私の把握がのっかっている状態。

見ようによっては私が優秀に見えるかもしれない。

だが、実際はタマタマ運がいいというのが要因の大部分を占める。

それを厳しく自覚して精進する事が必要。

2011年になった。

去年は所長になった。

視界が変わり、ラクになる面があったり、しんどい面は多分これから嫌というほど味わうのだろう。

味合わないとウソの様な気もするし、そんな感覚じゃダメな様な気もする。

で、何が足りないのか。

我の様な気がしてきた。

少し昔何かの勘違いで間違った我を張ろうとした時があり、即しっぺ返しを食らった。

けどこの時は即で良かった。

遅ければその分重大な事態になった気がする。

で、今は守りに入り過ぎない事も重要だと思う。

それも基本は、自分との闘いとか、この辺がベースにありきの話になってくる。

このベースあたりを履き違えて始まるともう全く見当違いの事をしていたりする。


自分との闘いに勝ち、我を通していく。

こんな事を考えたり、進めていくと自分で自分をがんじがらめにして身動きが取れない状態に多分なったりする。

だから、「成るようにしか成らない」という思考回路も必要で、その辺が難しい。

とことん迄自分を追い詰めていく中で、でもそういう悟りの様な背景も必要。

でないとどっかで破裂とかたぶんする。


だと、逆にベースは「成るようにしか成らない」思考で、その上にかなり壮大な自分との闘いをやっていく覚悟が立脚する感じ。


けど、とか何とか言っても人間なんて全く小さな存在でその中で自分なんて更に極小な存在。

ただゼロではなく存在しているのは確か。

そこに上の様な気持ちで生きていく。

で、どうなるのか。

どうもならないかも知れないが、何にも無しで行くよりはゼロとそうでない違いがある。

俺の生きていくとはそういう事なのかもしれない。

先日、土曜日の新聞に昔のサザエさんのマンガ(4コマ)が載っていた。

毎週やってる特集でサザエさんの4コマまんがを題材に世相を切るといった記事だ。

今回は夏休み中の波へいがカツオ達に「今日は縁日、明日はプール」というと、子供達は大喜びする。

その後カツオが外で友達と出会い「今日は万博、明日はハワイ」と言われる。

がっくりするカツオに波へいが「上を見るな」と言って終る。


丁度その記事の上に活躍するビジネスマン みたいな記事が載っていた。

この回は自社でEV車メーカーを立ち上げたベンチャー社長。

この人俺の一コ上だった。

それでこれだけの事をやっている。

国内で13番目の自動車メーカーだそうだ。

スゴイなと、はじめそっちの記事を見た後、前述のサザエさんを見た。


場違いなステータスがかったものを望んでも意味がない。

自分の身のおける場所でのベストこそ一番である。

カツオで言えば「縁日とプール」である。

そうたしなめられた感じだった。

意味や価値は同じでもステージが違うだけである。


今はおれは自分の置かれた場所や役割がある。

そこでベストな戦いをすべきである。

転勤後、単身赴任が1ヶ月過ぎようとしている。

大体の事には慣れた。

独身時代がオーバーラップしている面もある。

ただそれだけじゃ当然ダメだし、そうなる訳もない。

したの奴らで出来るヤツは居る。

それはどの世代でも居る。

昔はそんな事に抱かなくてもいい危機感を感じてた時期もあった。

今、赴任先でやはりそういう出来る部下が居た。

だが、嬉しくさえ思うが、ヤバさは感じない。

俺の役目は上手く回すことで、実力で№1に成る事ではない。

役割分担である。

これから巡って来る厄介事の気配も感じつつある中で、それをキチンと受け止め戦って行く事だろう。

所属長になり初の全社会議に参加した。

挨拶では緊張したがこれからの会社の為の活動、その為の実績確保を主張した。

その後、k会で飲んだ。

kから「自重してる、その優しさが逆に気にいらない。もっと牙を持て。」と言われた。

たしかこの手の檄はKUZZからも言われる事がある。

だがどうもコレに対してイマイチ完全に腹落ちしない。

これで走ってもたぶん空回りしそうだ。

事実、以前そうだった気がする。


周りに対してどう?

と言うよりも、己のベストをやっていく事の大事さ。

それが有ってからの対外的なモノだと俺は思う。

そこを無しで今迄ずいぶん遠回りした。

ま、遠回りではなく、通るべき道だったのだろう。


だから、客観的に見たらそういう考えも勿論ありだし、それが忠告やアドバイスになって出てくる事もあるだろう。

ただ俺はそれを鵜呑みに出来ない。

キチンと腹落ちしたならありなのかもしれないけど。


自分のベストをやっていって、それが評価も得て、対外的なポジションさえも得ていく。

トップの人間はそうだと思うし、そう有るべきだと思う。

対外的なモノを気にして、その中のポジションで高位につけても、その程度の動機で上がって来たモノならすぐ落ちるだろう。

それに何より疲れる。

そんな基準で人生を使いたくない。


だから今回のはあくまで忠告としては貰っとく。

その位の度量は俺もある。

ただ今のところはその辺に置いておく。

完全に腹落ちしたなら取り入れるだろうが、それまでは俺のやり方で己に勝っていく。

その方が強いと俺は思う。

今週は赴任して新所長として引継ぎ業務だった。

仕事上のもろもろはあるけど、今一度己の慢心や自分に負けることだけは重々注意したい。

そこで、前職場の残務の一部を今日行った。

これは俺の怠慢が生んでいる部分が大きい。

更にそうなった要因に自分の覚悟の欠落がある。

自分が責められることの回避を考えていた。

そんな事より大事な事がある。

一番大事なことはそんな事ではない。

それを見失うと、自分を守る事が第一優先になってくる。

保守、保身を考えてるならば、それは警笛を自分に鳴らすべきである。


おちまさと氏のブログから気になった所を以下に引用。


今回の事故を

見ていると

「モチベーションとは

与えられるものでなく

やはり自ら生み出すものなのだ」

ということを

考えさせられる。


行き詰った時、モチベーション低下が要因の一つに上げられる。

モチベーションを喚起する、与える、と言うような事を考える。

が、おち氏の言うとおりモチベーションは自らひねり出すもの。

それでなくては行動などには繋がらない。

行動に届かなければ、それはモチベーションと言えるのだろうか。

その辺まだ我々、そして私にも甘えがあったような気がする。


昨日でA営業所最終日になる。

同時に営業部会議だった。

今回は参加する立場として来週からはK営業所長という事で微妙な立場だった。

そのためか、いつもより少し俯瞰した目で会議自体を見れた。


いつもか、今回だけか、Ⅰ所長は先走り感が際立った。

空回りしていた。

自分の不準備。

それを痛感していただろう、それが悪い方へいかなければ良いのだが。

とにかく噛み砕く事が無い。

だからなのか、伝達する事もできない。

で、今回の失態。

でもこんな失態が露呈するのは初めて見た。

今迄状況として同じ様なモノはずっとあったが、露見したのは初めてでは。

俺の俯瞰と対照的で、だからこそ俺には空回りの惨状がよく見えた。

言ってみれば反面教師で、こんな惨状は俺の最も嫌う状況。

この人はミスを起こしている部下を指摘するが、それはむしろ自分の責任と言うのを理解しないのか。

A営業所に来て1年半、何か未熟点があれば自分の責任である。

どうも責任転嫁の気があるように感じる発言をたまにする。


会議を通して感じたのは、営業部推進方針はあるがそれが全てではないという事。

営業部方針が第一重要事項ではない。

それは必ずやるという事においては同じだが、もっとやっていくべき事はある。

プラスαの活動。

これが会社の将来を決める。

単に売上の実績上乗せの活動ではなく、会社の未来を見据えた仕事。

それこそがやるべき事。

その前に条件があり、営業部方針はその部分。

だから大事ではあるが、それだけでは全く足りてない。

こんな部分はチャッチャとやっつける位でなくてはならない。

俺たちはもっと先の戦いに行かなくてはならない。


運営ベースがゼロベース。

①営業所でⅩファイル的活動はゼロベースまで持っていくべき。

②その上に楷書の将来の為の仕事を構築する。

当面ゼロベースでの運営が出来る営業所スキルを構成する事が俺の仕事となる。

運営とか経営とか、いとなみって字が入る。

これは一定ベースを確保し回していくというイメージ。

今後の俺の仕事はこれをやりつつ、上乗せをしていく事。

それは一定ベースをどれだけ余力を残しやれるかになってくる。


人間は能力にもよるがある事を行うときの意識やテンションがMAXじゃない方が同時に別の事を考えられる。

能力さえ結局はその辺が起因しているのではと思える。

ある事をするときにテンションを限界値に近いところで行わない。

あえてローテンションで行い、且つパフォーマンスは落とさない。

そういう状況を作れれば、同時並行処理が頭の中で出来て、プラスαを作る準備が出来る。


息をする事は意識してない。

だから同時に思考も出来る。


全力疾走時は無理でも、ジョグなら思考は出来る。


スポーツでもバスケットやサッカーはプレーしながら考える事が必要になる。

この時テンションが低い方がひらめきとかは出る。

一杯一杯になっちゃいけない。


よく、走りながら考えろ!という事が言われる。

この時付け加えなきゃいけないのは、ローテンションで走りながら別の事を考えろ、という事。

「走り」の部分で限界値に近いところにテンションや意識をもっていってはダメ。


鬱の対策に「がんばらない」という事が言われるが、普通の人々はパフォーマンスは落とせずむしろ上げたい訳だから、大事なのは「テンションは上げない感じでする事は同じ」という事になる。


一生懸命さや高い意識というのは、客観的にも自意識的にも実は重要ではなく(むしろ必要ないかも)。

パフォーマンスだけは落とさないっていうプロ意識的なものの方が必要。

そして残した余剰部分でプラスαが出切るし、それが重要。

大した事してなくてもMAXに近いテンションでやっていたら、それ以上を望むのは難しい。