これはやはり必要なのかな。
と思うところがある。
見限る感。
20代の頃は会社に帰属しないというか、別のところにいくかもしれないし、通用するような実力をという様な考えを持っていた。
今はない。
それは実際に実力が他で通用するかしないかという事ではなく、そういう考えをしなくなった。
ま、実力うんぬんは別にして、一生この会社というのは今は絶対的にある。
大体結婚を機にそれが出てきて、子供が出来て一層強まり、以後は意識する事も無く強化された気がする。
ずっとこの会社と思う事でのメリットは、やはり仕事に責任感が出る事か。
本当の意味で会社の為になるのかを、やっている仕事に考える。
ある種の帰属感がなければ、そうは考えないのではと思う。
よってそれが日々高まってきた。
と考えている。
けれど、あまりにもその過程について考えなさ過ぎのまま、その感だけが肥大していったのでは?
と時おり思うことがある。
今、それを思う。
やはり、ある種の見限る感がある事で納期意識から仕事の質量が高まるし。
それがのべーっと無い状態では質量の高まりは難しい。
結果的に他の仕事をするかどうかは別に、今の仕事に納期を設けるのは得策の様な気がしてきた。
例えば、ベンチャー企業が(ベンチャーじゃなくてもだが)新規事業に打って出る時、期間や資金という線引きを設けるのは当然。
そこをGOかストップの境い目とする。
その線の少し先に成功があるかもしれない時に、その線到来のせいでストップしたら勿体無い。
という話もあるかも知れないが、それはそれ。
その線引きがある事での、そこまでの事の運びの効性は雲泥の差だ。
その辺の意味からすると、20代帰属意識の無かった効果は、意外とそっちで大きかったと今思う。
逆に、今の自分はそこが欠如したか、と思った。
別に仕事変えるとか思わないし、責任や意気込み(意気込みや情熱的なモノは空回りや側だけになる事に注意だが)のレベルを下げてとかじゃないが、ある種の見限る感は必要だなと。
実際に見限るかどうかは別にして、納期感は必要。
ってウチの会社未だメールフリーになっていない。
この時代に。
ある種あきらめとかも有るが。
この辺も見限る感を持って取り組まない限りは打開できないだろうな。
それと新規事業感も無い。
これは納期感や資金上限感を明確に持って挑んでない。
その前に儲かるか分からないのに金は出せん的なモノがある。
そうじゃなく、明確な線引き感の上に展開されてないところが今迄新規事業間が皆無な感じの原因と思ってきた。
ま、社長の考えが一番なのは当然だけど。
そして、その社長の考えをどうにかする的なコンセプトやその強度が全く弱かったのも言える。
そこまでの会社危機に直面していなかったと言うのもあるが。
そういう危機感を感じてるなら、そのテンションで言ってこい、という何か社長の待ちのテンション(そうじゃないのかもしれないが)に見えるのも気に入らない。