最近毎日走っている。
鍛える為だ。
心身を。
限界値というのはあるが、人が考えている自分の限界値は実は本当の限界より数段下に設定されている。
鍛えるというのは、この自分で考えてしまっている限界値を本当の限界値に近づける事。
そうする事で限界値により近い経験を実際にしていく事になる。
そして、それが本当の限界値さえも上げていく事になる。
鍛えて可能な範囲が飛躍的に上がった様に見えるのは、自分の思っている限界値が数段上がった状態。
そこに本当の限界値が上がったのは無いか微々たるもの。
毎日走る事で走力、体力が上がる。
体はシェイプされる。
徐々にだが。
確実に体感できている。
この体験が体力面だけでなく、仕事においても、いや生きる事全般で可能分野の拡張を感じさせてくれる。
拡張が可能である事を。
人はプレッシャーというモノを感じる。
その感じ方は人様々だ。
とかくプレッシャーが臨海点に達すると、一杯一杯になり何にも出来なくなる。
ならば臨界点を上げておくしかない。
その行為が自分を鍛える事である。
以前に億劫に感じた事。
実行するのに抵抗を感じた事が最近そう感じなくなってきた。
スッとその行動に入る。
多少の障害は障害と思う意識さえなくなってきた。
このまま継続して鍛えていけばそれは更に促進されるだろう。
妹の言った言葉で「運動は絶対ではないが勉強は絶対に裏切る事は無い」という様なものある。
妹は非常に優秀で中学の時だが、運動も勉強も学年一番だった。
なのでその裏付けなのかと非常に印象深く覚えている。
高校3年の時。
英語の先生で東大出身の年配の先生が、「運動ではなく、自分を鍛えるという事においては英語の方が、より強く効果的に鍛えられる」という様な事を言って、自分でも恐らくはそうなんだろうなと思っていた。
ある意味そんな側面もあるんだろうが、今俺は違うと思う。
たぶん鍛える事の導入部や、その体感を得る事においては運動程適しているものは無いと思う。
生きる事はプレッシャーと戦う事に他ならない。
より強いプレッシャーと戦う様にする事は自分を鍛える事である。