Little Friends -297ページ目

最悪の年末年始⑥

(続き)駅前もマクドナルドと喫茶店くらいしか営業していないので、僕はマックに入った。

混んだ店内でパジャマ姿は恥ずかしかったが、この時食べたビッグマックとポテトは本当にウマかった…。

病院に戻るとすでに脱走は発覚しており、おっかねー婦長さんに死ぬほど怒られた雷

結局、退院したのは1月6日。たかが盲腸で2週間も入院するハメになった。今までの人生では、間違いなく最悪の年末年始だったけど、それ以後の人生でもそんなに恵まれた年末年始を過ごしたことはない。

でも、海外では年末になってもまだ、血なまぐさい大規模空爆やテロの連鎖で、無意味な血が流されている。日本でも、未曾有(みぞうゆう)の金融危機と社会不安に見舞われていて、いろいろ不満もあるからブログにも何度か書いたけれど、とりあえず今年も僕は無事に生きることができた。

それだけでも、ありがたいと思わなければいけないのかもしれないね。


今年の更新はこれで終了、正月中は更新しないかも…。

今年1年、こんなおバカブログにおつきあいいただき、皆様には感謝しております。

新しい年が、皆様にとってよい年でありますよう…m(_ _)m

最悪の年末年始⑤

(続き)わびしい元旦の朝食が済んだ頃、母が見舞いに来た。僕はおせちの件を訴えたが、

「病人のくせにワガママ言うな」

とバッサリ切り捨て、さらに衝撃の発言!

「予定どおり、明日から行ってくるからね」

……は!?

予定とは、元日は家で過ごし、2日の朝から祖母を連れて家族みんなで2泊3日で温泉旅行に行くこと。僕が入院したから、当然中止かと思っていたが、

「別に死ぬような病気じゃないんだし、キャンセル料がもったいないでしょ」

………オーマイガーショック!

何かあったら親戚の伯母さんに連絡しなさいと言い残し、母はそそくさと帰って行った。

…絶対にグレてやるむかっ

13才の純真な少年は、心の中でそう誓ったのであった。

僕を置き去りにして家族が温泉に旅立った翌日、午後の検温を終えた僕は、パジャマのまま上着を羽織り、ナースステーションの前をかがんで通り抜け、病院を抜け出した。

まだ抜糸していない傷口をかばいながら、ゆっくりと駅の方へ向った。

連日のおせち攻めでウンザリだし、クリスマスの前からまともな物を食べておらず、とにかく何か食べたかった。でも、この頃は三が日に営業している飲食店などほとんどない。(続く)

最悪の年末年始④

(続き)下腹部に力が入らないから、ゆるゆると用を足し、再び長い道のりを戻ろうとしたところで、見回りにきたナースさんに発見され、こっぴどく怒られた。

「傷口が開いたらどうすんの!」

いやいや、チョロ毛の粗品を見られたうえに、オシッコまでさせてもらわなければならないなら、傷口が開いた方がマシ汗

翌日から食事が出されたが、最初は重湯とオレンジジュースだけ。マズい!そのあと三分がゆになり、年明けからは一般食になると言われた。

レコード大賞も紅白も見ることなく、病院で年を越した汗

そして元旦の朝食。ご飯はまだ七分がゆだけど、味噌汁とおひたしにおかず。ほぼ1週間ぶりのまともな食事だった。でも、おかずが…。

栗金団に伊達巻き、煮豆だけ。

…栗金団でご飯が食えるかよパンチ!

おせちというのは、お重にたくさん盛られているからありがたいのであって、プラスチックのお皿に3品だけ乗っていてもかえってわびしい。

でも、入院患者にお正月気分を味わってもらおうという暖かい配慮のおかげで、三が日の間は毎食おせち3品だけ攻撃むかっ

もともとおせちは好きじゃなかったけど、これがトラウマになり、いまだにおせち料理は大キライだ。(続く)