愛弟子?Nくん②
(続き)新メニューの考案などは無理だけど、僕がH店を離れる頃にはNくんに安心して店の実務を任せられるようになった。
ただ、海千山千のクボタさんのお守りは若い彼にはさすがに重荷で、彼の相談はいつもクボタさんのことだった。
東京にいる頃は僕が間に入ってあげられたけど、札幌に行ってしまってからはそれもできなくなり、せっかくのNくんのやる気もだんだん失せてしまったようだ。
クボタさんが閉店を決めた時、僕が心配したのはNくんの身の振り方。直営店の社員として採用してもらえるように本部に頼もうと考え、Nくんに聞いたところ、意外にも断られた。
もうラーメン屋はやりたくないと言う。
正確には、もう人に使われてラーメンを作るのはイヤだとのことだった。かと言って、自分で店を出す資金も技量もないし、ラーメン屋は将来の夢として今は他の仕事がしたいと言った。
僕も全く同じ気持ちで仕事をしていたから、Nくんに無理強いはできなかった。
こうしてラーメン業界から離れたNくん。今までいろんな人に仕事を教えたけど、Nくんは唯一の僕の愛弟子のような存在だった。いつか、自分の店を持って存分に腕をふるってほしいと思う。
ただ、海千山千のクボタさんのお守りは若い彼にはさすがに重荷で、彼の相談はいつもクボタさんのことだった。
東京にいる頃は僕が間に入ってあげられたけど、札幌に行ってしまってからはそれもできなくなり、せっかくのNくんのやる気もだんだん失せてしまったようだ。
クボタさんが閉店を決めた時、僕が心配したのはNくんの身の振り方。直営店の社員として採用してもらえるように本部に頼もうと考え、Nくんに聞いたところ、意外にも断られた。
もうラーメン屋はやりたくないと言う。
正確には、もう人に使われてラーメンを作るのはイヤだとのことだった。かと言って、自分で店を出す資金も技量もないし、ラーメン屋は将来の夢として今は他の仕事がしたいと言った。
僕も全く同じ気持ちで仕事をしていたから、Nくんに無理強いはできなかった。
こうしてラーメン業界から離れたNくん。今までいろんな人に仕事を教えたけど、Nくんは唯一の僕の愛弟子のような存在だった。いつか、自分の店を持って存分に腕をふるってほしいと思う。
愛弟子?Nくん①
初めてH店に行った頃は店長がおらず、まだ24才のNくんが一応店長代理だった。
でも、クボタさんが仕事を陣頭指揮しているわけではないし、この体制だと責任や権限の所在も曖昧だから、僕はNくんを店長にした方がいいと思った。
まだ年は若く経験も少ないとは言え、僕がいる間にみっちり教育すれば大丈夫だし、今のままではお気楽な社員で終わってしまう。人を育てなければ組織は活性化しないと僕はクボタさんに進言した。
クボタさんも最初は渋ったし、当のNくんも乗り気ではなかったけど、最終的にNくんが正式に店長になった。
案の定、Nくんは見違えるように変わった。今まで受身だったのが、疑問に思ったことは納得するまで質問してくるし、他のスタッフにも積極的に指示を出すようになった。
休みの日には、僕の真似をしてラーメンの食べ歩きを始めた。もっとも、いつも1人の僕と違って、Nくんの場合は、かわいい彼女と2人でラーメン食べ歩きデートだったけど(笑)。
クボタさんもNくんの変わりようには驚いていたが、力がないからやらせないのでは、いつまでたっても力がつかないし、やる気さえ持たせれば人は自分で育つのだと僕も痛感した。(続く)
でも、クボタさんが仕事を陣頭指揮しているわけではないし、この体制だと責任や権限の所在も曖昧だから、僕はNくんを店長にした方がいいと思った。
まだ年は若く経験も少ないとは言え、僕がいる間にみっちり教育すれば大丈夫だし、今のままではお気楽な社員で終わってしまう。人を育てなければ組織は活性化しないと僕はクボタさんに進言した。
クボタさんも最初は渋ったし、当のNくんも乗り気ではなかったけど、最終的にNくんが正式に店長になった。
案の定、Nくんは見違えるように変わった。今まで受身だったのが、疑問に思ったことは納得するまで質問してくるし、他のスタッフにも積極的に指示を出すようになった。
休みの日には、僕の真似をしてラーメンの食べ歩きを始めた。もっとも、いつも1人の僕と違って、Nくんの場合は、かわいい彼女と2人でラーメン食べ歩きデートだったけど(笑)。
クボタさんもNくんの変わりようには驚いていたが、力がないからやらせないのでは、いつまでたっても力がつかないし、やる気さえ持たせれば人は自分で育つのだと僕も痛感した。(続く)
恐怖のFCオーナークボタさん⑦
H店の方は、クボタさんに悩まされながらも、少しづつ売上が伸び始めた。スタッフみんなのおかげだし、若き店長Nくんが力をつけてきたのも大きい。
その後、僕はH店の担当ではなくなったけど、苦労はしたぶん僕も愛着があって、ヒマを見つけてはH店に顔を出し相談にものった。
僕が札幌に転勤する時は、直営店も本部もやってくれなかった送別会をやってくれて、本当にうれしかった。東京は決して冷たい人ばかりじゃないと実感した。
僕がいなくなった後、やはりクッションがなくなったせいか、現場スタッフとクボタさんとの軋轢が絶えず、売上も下降しはじめた。本部も全くフォローせず、クボタさんはそれも不満で何度か札幌に電話をしてきた。
でも、さすがに札幌にいてはどうにもならなかったし、直営店の店長になってしまうと、僕も自分の店だけで手一杯だった。
僕が会社を辞める直前、クボタさんからH店を閉めると連絡がきた。
本部の無能ぶりも腹が立ったけど、原因の一端はクボタさんにもあるわけで、それはさすがにクボタさん本人には言えなかったし、H店とスタッフを守ってあげられなかったという後悔の念が、さらに僕の病気を悪化させたのも確かだ。
その後、僕はH店の担当ではなくなったけど、苦労はしたぶん僕も愛着があって、ヒマを見つけてはH店に顔を出し相談にものった。
僕が札幌に転勤する時は、直営店も本部もやってくれなかった送別会をやってくれて、本当にうれしかった。東京は決して冷たい人ばかりじゃないと実感した。
僕がいなくなった後、やはりクッションがなくなったせいか、現場スタッフとクボタさんとの軋轢が絶えず、売上も下降しはじめた。本部も全くフォローせず、クボタさんはそれも不満で何度か札幌に電話をしてきた。
でも、さすがに札幌にいてはどうにもならなかったし、直営店の店長になってしまうと、僕も自分の店だけで手一杯だった。
僕が会社を辞める直前、クボタさんからH店を閉めると連絡がきた。
本部の無能ぶりも腹が立ったけど、原因の一端はクボタさんにもあるわけで、それはさすがにクボタさん本人には言えなかったし、H店とスタッフを守ってあげられなかったという後悔の念が、さらに僕の病気を悪化させたのも確かだ。